第十八話:帝都へ行くそうです。
畳3枚分ほどの間合いをとりながらひたすらに『飛ぶ斬撃』を躱していく。
見える、僕にもみえるぞ! とか言ってみたい。いや、別にニュータイプになったというわけじゃない。
ここ数日続けてきた、魔力を感じる特訓のおかげでギースさんのスキルの始動が大分わかってきたのだ。
ついでに、魔力のコントロールにも慣れてきて、踵だけで踏み込んだり足の指先で重心を移動させたりと、【ふんばり】の調整が細かくできるようになったおかげで運足だけならかなりの練度になったと思う。
ただし次の課題もでてきた。
「どうした、躱すだけかぁ! 打ち込んでこい」
そう、攻撃である。ギースさんが露骨にスキルを打った後のスキを見せてくるんだけど、これにつられて攻撃すると、①棒か甲冑で受けられる②体勢を崩される③しばかれる。という流れが待っている。
問題は火力の無さなのだ。いくら魔力をこめようと【拳骨】は体の強度が上がるだけで拳の威力が上がるわけではない。かといって投げに持っていけるほど相手は甘くない。掴んでもその接点を利用されこちらが崩されることまである。あぁ才能がないとか言い訳せずにもっとちゃんと稽古しとけばよかった。
「来ないなら、死ねぇ!!」
「ちょ、待ってぇええええ」
もちろんいつまでも捌けるはずもなく、結局追い詰められて苦し紛れの手刀と突きを繰り出すものの、まったく効かず反撃を受けて吹っ飛ばされた。
今日でこっちに来てから30日目になる。この世界の一カ月が30日か31日かわからないが、そろそろ脱出しなければならない時期だろう、しかし強くなった実感がまるでない。
ファスは瞑想を続け魔力の基本的な操作に磨きをかけている、フクちゃんは……もうあの子だけでいいんじゃないかな? とかいうレベルで強い。戦ったことないけれど、おそらく僕よりも格段に強いのではないだろうか?
「チッ、やるだけ無駄だ。壁でも殴ってろ」
そう言ってギースさんがどこかへ行ってしまったので、具足を付けたまま壁を殴る。ゴツンゴツンとひたすらに殴る。【拳骨】で拳を固め【ふんばり】で体重移動して、殴り続ける。一昨日からこの壁殴りをやっているが、ちょっと楽しい。
なんていうか性に合ってる気がするのだ、無心に木刀を振ったり型稽古を何時間も繰り返すとかいうのも良くやっていた。頭を使わず単純な作業を繰り返す、疲れて動けなくなるまで、何も考えず体を動かす。
そういうのが好きな性分なのだろう。
「すみませーん、団長が部屋に来いって言っているっす。出口にいる奴らが案内するんでついていってください」
不意に話しかけられて、意識を引き戻された。この前話した気さくな騎士団のおにいさんだった。
「あっ、はい」
「いやぁすごいっすねぇ、さすが転移者っす。団長と何合も打ち合える人なんてそういないっすよ。しかも重しを付けて」
そういや、これ重しだったな。慣れちゃって意識してなかった。
「いや、あれはギースさんが手加減しているからですよ。でなければすぐにやられてます」
「それでもすごいっす。あの、立場上こんなこと言っちゃ不味いんすけど、俺ら騎士団は皆応援してるっす。最初はバカにしてたんすけど、もう本心から笑っている奴なんていないっす。笑わなきゃならないから笑ってるフリしているだけで、だから……応援してます」
そう言って、直立し右腕を斜めに掲げた。これは……敬礼? 見渡すと練武場にいる他の騎士達も同じ姿勢をとっていた。すぐに皆何事もなかったように稽古に戻る。
これはずるい。すぐに声を張り上げて礼をした。
「ありがとうございました!」
頭を下げる必要があったのだ。だって……こんなの泣くに決まってんじゃん。
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真也が去った後に騎士の男は殴られていた壁を見る。
「なんていうか、ウチの子爵様は本当に見る目がないっすねぇ」
男が見るそのレンガの壁は至る所にヒビが入り、少し触れただけで表面はボロボロに崩れた。
確かにこの程度の壁ならスキルを使えばもっと崩すことだってできるだろう。しかしスキルを使わずこんなことができるのかと言われたら剣を使っても無理だろう。刃こぼれするか折れるのがオチだ。
人を壊すには十分な威力だ、それをあんなでたらめな動きのなかで打たれ続けたら到底耐えられる気がしない。そもそも自分の剣なんてあの少年にはもうかすりもしないだろう。
まだ【クラス】のレベルでいえば自分達のほうが上だろう、複数人で囲めば勝てるだろう。しかし一対一で向かい合ったときを考えるとゾッとする。少なくとも自分は二人の攻防を目で追いきれてない。
わずか一カ月鍛えただけでここにいる新兵達の、そのほとんどよりも強くなっていることにあの少年は気づいているのだろうか?
「俺、騎士団辞めようかな……」
若い騎士のそのつぶやきは練武場の壁に吸い込まれていった。
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その後、具足を脱いで。案内のままにギースさんの部屋へ行く。軟禁されてる身なのにこんなに自由に動いてよいのだろうか?
ノックをして部屋に入る、案内してくれた騎士団の人は入り口に待機するようだ。
「おう、来たかまぁ座れ。ここなら自由に話しても大丈夫だ、アグーの奴は予想通り侯爵の使者をもてなす準備に忙しいようだ。どうやら明日あたり使者がくるそうだから、逃げだすなら今夜だな」
「ずいぶん急ですね。というか僕、あんまり強くなった気がしないんですけどやっていけますかね」
「……まぁ、防御だけならそう困らんだろ、攻撃に関しては課題ありだな、俺の剣の型覚えただろ? あれをいい感じにいじって自分のものにしろ。後は鍛えろ、毎日走って型やってなんか殴っとけ」
「練兵に自信ありって言ってませんでしたっけ?」
「言ったぞ、おかげでさらに自信がついた。あのボンボンがまともなら、お前を他の転移者と比べても……まぁいいか」
なんだよ、気になるな。
「それで、僕はどうすればいいですか? ファス、えっと奴隷も一緒に逃げられますよね?……」
「あんな奴隷にずいぶん執着してるんだな。わかっているさ今晩、うちの騎士団の若いのが鍵を開けに行く。そうしたら案内に従って隠し戸から外にでろ。一応馬を用意してある。太い道をたどれば冒険者ギルドがある町に着くはずだ」
「……僕馬乗れませんよ。乗り方習ってないし」
「……」
沈黙が部屋を支配する。
「もしかして、忘れてました?」
「……まぁアレだ。走れ」
完全に忘れてやがったな。まぁ稽古をつけてもらった手前、糾弾するわけにもいくまい。最悪ファスは負ぶっていこう軽いし余裕余裕。
「わかりました。今までお世話になりました。剣の型はありがたく頂戴します」
「あぁ、まぁお前はそれなりに見どころがある。腐らずに研鑽を続けろ」
そう言ってギースさんは後ろを向いて煙草を吸い始めた。最後に一礼して部屋を後にする。
部屋に戻り、ファスとフクちゃんに今夜の計画のことを伝える。結局ファスの呪いは解ききれなかったな。ここから脱出したら、多少無理してでも吸呪しよう。
「いよいよ、今夜ですね。緊張してしまいます」
(ガンバル)
二人とも気合は十分のようだ。最悪二人だけでも逃がさないとな。
しばらく待機していると、フクちゃんが何かを察知したようだ。
(ダレカクル、ヒトリ)
ギースさんの使いかな?
控えめにドアがノックされる。
「もしもーし、誰かいますかー?」
若い女性の声だった。えーとどうすればいい? 無視するべきだろうか。無言でいるともう一度ノックされる。
「あれー? 絶対ここだと思うんだけどなぁ。よーし」
「!? ご主人様」
ファスが声をあげる。扉越しに魔力を感じた。僕のイメージで言うとかなりの『熱量』だ。これは不味い。
「待った、待った。いるよ、いるから手荒なことはしないでくれ」
「あー、やっぱりいたー。ねぇ貴方、転移者様でしょう?」
「そうだ、君は誰だ」
「私? 私は……秘密かなー。ちょっと待ってて。すぐにここから出したげる」
「秘密って、おーい、もしもーし」
返事がない、どこかへ行ったようだ。
「何だったんだ?」
「わかりませんが、警戒はしたほうがよいかと。先ほどの魔力、尋常ではありませんでした」
「やっぱりか、めんどくさいことになりそうだなぁ」
(カル?)
「とりあえず保留で」
(リョウカイ)
そしてそれから数分後に再びフクちゃんが警告を発する。
(ダレカ、クルヨ、ゴニンイル)
しばらくすると窓越しに僕の耳にも喧噪が聞こえてきた。
「いえ、ですから。転移者は病にかかっておりまして。けっしてお見せできる状態ではないのです」
「それほどの状態なのか、ならばすぐにでも帝都へ連れて行き治療を受けさせなければ」
「いえいえ、そんな手間を取らせるわけにはまいりません。今当家の方で最高の術師を手配しておりますゆえ、諸侯会議までには問題なく出席できるかと」
「そんなことを言っている場合か!! 幸いここへは走竜を使ってきた。すぐに出発すれば明朝までに帝都へ行ける」
「いえ、あの……」
そんな会話が続いている。どうやら明日来るはずだった使者が今夜訪れさらに転移者の様子が見たいらしい、もしかしなくてもピンチじゃなかろうか?
「ファス、顔を隠せ。フクちゃんはファスのローブの中に。何かあったらファスを守ってくれ」
「はい」
(リョウカイ、マスター)
「どういうことだ!! 離れで最高の暮らしをさせているのではなかったのか!?」
「いえ、あの病の関係でここがよいと」
「もうよい!! 早く案内せよ!!」
そう声が響き、数十秒後扉の鍵が開かれる。
入ってきたのは、立派な髭を生やしたイケメン(というより男前)の男性に赤毛のメイド。その後ろにアグー、と召喚士の、ええとソヴィンだっけ? あとは給仕が扉の前で待機している。
赤毛のメイドと目が合うとウィンクされた、さっき訪ねてきたのはお前か。
「なんと、ひどい。信じられぬ」
髭のナイスガイがショックを受けた表情でそうつぶやく。いやいや、住めば都ですよ。少なくともわりと住み心地はよいと思います。強いて言うならトイレが不便かな?おマルしかないので。
心の中で謎の反論をしていると、ナイスガイがツカツカと寄ってきた。
「お初にお目にかかります。コスト領伯爵、バルボ・アスペラ・ファルモと申します。転移者殿」
使者じゃなくて伯爵本人が来てんじゃん。どうりであのアグーが強気に出れないはずだ。
「初めまして、吉井……」
「ヨシイ様はご病気でして。体調が優れぬのです、そうですよねヨシイ様」
アグーが割って入ってきた。さてどうするべきか、ここで実はずっと閉じ込められてました。とか言おうものならアグーの立場がないはずだが、下手に追い詰めてヤケになられても困るな、ファスもいるし適当にはぐらかそう。
「まぁ、確かに体調が優れなくはありますが」
パァとアグーの顔が輝く。
「そうでしょうとも、なので私はこの離れで――」
「黙れ」
おおぅ、バルモさんの静かな一喝でアグーは黙ってしまう。迫力あるなぁ。
「転移者様、確かヨシイ様でしたな。こんなところにいては体の調子がますます悪くなってしまいます。すぐにでも帝都へ向かいましょう」
「帝都ですか?」
「はい、実は諸侯会議前に各々の転移者達の顔見せを一度したほうがよいと姫……コホン。案が出ておりまして、それでちょうど別件で帝都へ行くまでにここの近くを通るので寄ったのです」
「そ、それは、不味い。いえ、不味くはないですがヨシイ様はご病気で」
懲りずにアグーがなんか言っているが、さっきの喝が聞いているのか極小さな声でボソボソ喋っているだけだ。
「移動にはなりますが、特注の馬車です。少なくともここよりは快適な空間を保証します。さぁこちらへ」
有無を言わせず連れていかれそうだ。ここで残ったらアグーになにされるかわからないし、行くしかないか。
「わかりました。ただ、彼女も連れていきたいのですが?」
「彼女? ずいぶん汚いボロを着ていますが……奴隷ですかな」
「はい、僕の奴隷です。彼女も連れてよいのであればすぐにでもここを出たいのですが」
「……」
なぜかチラリとメイドをみる伯爵、メイドが頷くのを確認して伯爵から返答があった。
「ええ、勿論ですとも。奴隷は財産ですからな、オークデン、お前にも来てもらう。転移者に対してどのようなもてなしをしたのかしっかり帝都で話してもらおう」
その言葉を聞いてアグーは、顔を白黒させたあと無言で頷いた。
ちなみに特注の馬車はどんなんだったかというと。
「四次元ポ〇ットかよ」
明らかに外からみたよりも大きく(広さだけでも僕がいた牢屋の2倍はあるだろう)豪華な内装が目に痛い落ち着かない空間だった。
さて、そろそろ他の転移者もでてきます。
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