第百六十七話:そんなことより、デートの話をしようか
非常に悩ましい。目の前にあるのは、手書きのメニューで転移者のあれこれで何となく意味は理解できるが、どのような料理なのかさっぱりだ。
「この、豆? のデザートってなんだ?」
「あっ、それおすすめ。かわいい容器にペーストとベリー系の果物が入ってるの」
「いやいや、ここは肉料理が旨いんだよ。見た目もおしゃれっぽいから、ガッツリ食べても雰囲気壊さないし」
左右から、将司とその彼女の七瀬さんが顔を突き出してくる。
「はぁ!? 何言っているのマー君。一つの店でたくさん食べたら、色んな店回れないじゃん。そんなこともわかんないの?」
「そんなことわかるかよっ!?」
なるほど、色んな意見があるんだな。とりあえず、両方頼めばいいのではないだろうか。
ちょうど、店員さんが近くにいるし、手を挙げて注文しようとすると、その手を掴まれる。
「……真也。その前に話すことがあるだろうが」
なんか青筋を立てて悟志が睨み付けてくる。時計塔でとりあえず他の人の邪魔だから下で話をしようとなって、せっかくだからデートで利用できそうな店あるかを観光に来たという将司に聴くと、良い店を知っているとのことでここに来たんだけど。
……うやむやにはできんか。
メニューをたたみ、両手をテーブルについて頭を下げた。
「この通り、連絡しなかったのは悪かった」
「……ハァ、言っとくが、急に転校しようと言ったことだって許してないんだからな」
「ん? 転校?」
そんな話あったっけ?
「お前、こっちに来た日に唐突に転校するって言ったろうが」
「……あぁ、そうだったな。そうか……悪かったよ」
あの日、僕が首を括ろうとした日に最後の別れを転校だと嘘をついたのだ。
「そのことについては……ゆっくり話すよ」
「何だ急にしんみりして。とにかく、あそこから始まって闘技場から消えたと思ったら、手紙で警告だけ残しやがって、その後は音信不通だぞ。王都のギルドから手紙も送ったけど全然返信も無いし。何してたんだ?」
「宙野に追われたり、お尋ね者になったり、砂漠に遭難したりしてた」
マジで色々あったな。手紙まで出してくれていたのか、悪いことしたな。
「……どんな目に合ってんだよ。それで、どうしてこの街に来たんだ?」
「……実はまだ宙野に追っかけられてて、会うと面倒そうというか……あんまり喋れないというか」
悟志は貴族側だったはずだ。心苦しいがお互いの為にもあんまり行き先は伝えない方がいいかもしれない。
「そのことなら心配すんな。別に貴族側も一枚岩じゃねぇよ。俺のパトロンは第一王女のネリネスト様についているから、マルマーシュ様についている貴族達とは実質別陣営みたいなもんだ。まぁ話せないならかまわんが、連絡はつくようにしろよ。というかなんで宙野はお前を目の仇にしてるんだ? 噂じゃあ宙野の手柄を攫ったとか、桜木に不埒なことをしようとしたとか言われているぞ」
うわぁ……宙野の野郎、勝手なことばかり言っているようだ。
「不埒というか……一緒にいるんだよ」
「……マジか? 闘技場の様子もあれだったが……お前のデート相手って桜木なのか?」
ポカンとした表情でこちらを見る。
横で言い争っていた将司と七瀬さんも頬を引きつらせている。
「桜木って『図書館の聖女』とか言われていた。あの桜木だろ? 宙野と付き合ってるんじゃないのか?」
「宙野君どころか、学校のイケメン連中は大概玉砕してるよ。桜木さんって女子とすらあんまりつるまないし。へぇ、やったじゃん吉井君。桜木さんってやっぱ清楚な大人しめ感じだよね。デートプランはどこがいいかなぁ?」
女子とつるまないのは、趣味が違うからというか、普段は猫被っていたからなぁ。
ずっとファスとかといると麻痺してたけど、僕と叶さんが付き合うってなったら皆こういう反応をするんだろうな。
学校では、他を寄せ付けない仮面をかぶった完璧美少女。
片や僕は、典型的なオタクというか教室の端で悟志みたいな趣味の合う友達と話すだけの奴。
釣り合わないのは重々承知だけど、叶さんの気持ちはこの世界で何度も叩きつけられた。
何より、僕が彼女と一緒にいたいと思っている。
「元々、学校でちょっと話してたんだよ。その後色々あって、多分今後も一緒にいると思う」
「なるほど、お前が宙野に目の敵にされる理由がわかったよ。貴族側としても【聖女】は欲しいだろうしな。桜木とデートか、確かに荷が重いだろうな」
「……まあね」
……他にも複数人とデートする予定と言ったらどうなるんだろう?
「吉井。何しているの?」
「……わわっ、貴族側だと思うけど、逃げた方がいいんじゃ……」
店を見ていたのか、小清水と日野さんが後ろから現れた。小清水は刀を入れているアイテムボックスに手を当てているし、日野さんもアワアワしながら手先を隠している。多分何か持っているな。
「待ってくれ、二人とも。こいつは葉月 悟志って言って僕の友達なんだ」
「おーい。俺は? 風紀委員の小清水さんに日野さんじゃん」
将司が手を挙げる。小清水は無視している、そういえば男性に対して色々あったんだっけか。
「二人のこと知ってるのか」
「いや、二人ともかなり有名人だろ。女子の人気ランキング上位じゃん。男子ならまず知らない奴いないって」
「マー君、後でゆっくり話そうか?」
「へっ? ちょ、ナナ……さん? 耳引っ張んなって、これは男子ならしょうがないっていうか、ちょ、イタイイタイっ!?」
まぁ彼女の前で女子のランキングとか言ったらダメだわな。
馬鹿ップルの様子を見て毒気を抜かれたのか、小清水と日野さんは武器を取り出すのを止めたようだ。
「どこまで話したの?」
「行き先は言っていない。これまでのことをかいつまんで話しただけ、悟志は信用できる」
「俺はっ?」
「マー君は喋らない方がいいんじゃない?」
警戒心バリバリな小清水にとりあえず悟志のことを簡単に紹介する。
悟志も教会へ女子達が行くことになった理由は知っているようで、どこなく遠慮していた。
というか、僕等女子と話すなんて苦手だったのになぁ。悟志の奴もなんか慣れた様子だ。
異世界で何かあったのだろうか?
「小清水さん。とりあえず安心してくれ。この街は俺のパトロンの親戚が治めていてな、小清水さん達のことは将司ともども黙っておくし、宙野へは情報が行かないようにする。必要なら誓約書を書いてもいい」
「そうしてくれると助かるわ。それで吉井?」
「ん? 何?」
メニューを見ていたら、唐突に話しかけられた。
「……この店の料理は美味しいの?」
「まだ注文してないんだ。デザートかメインの料理かで悩んでる」
「そ、それなら。二人で頼んで分けたらいいんじゃない?」
目線を机に向けたまんま、ポニーテールを揺らしてそう提案される。
なんで目線を合わせないんだろう? なんか顔赤いし。
「確かに、僕はそれでいいけど。小清水はいいのか?」
「別に私はいいわよ」
横を見ると日野さんがうんうんと頷いているし、これで良いのだろう。
じゃあ、普通にメインを何種類かと、デザートを……。
なんか、悟志達がこっちを見ながら顔を寄せている。
「おい、あれってそうだと思うか? あの真也が桜木だけじゃなく、小清水まで……」
「絶対そうだよ。小清水さんでなくとも、あんな表情してあんなこと言うって実質告白じゃん」
「嘘だろ真也。お前遥か高みに……」
ブツブツ言っているけど、良く聞こえない。
そして、わざとらしく。七瀬さんがこっちに寄ってくる。
「ところでー。吉井君って桜木さんとデートだとか……その辺誤解とかはー……」
一瞬で小清水が沸騰したように立ち上がる。うわっ、びっくりした。
「な、な、な、別に個別デートなんて、し、してないわよ。別に叶が羨ましいとか、私もデートしたいとか!?」
「千早ちゃん、落ち着いて、何も言われてないから」
「い、行くわよ留美。じゃあね吉井。私はこの店おしゃれだと思うわ」
「あれ、料理を食べるってのは……」
めっちゃ駆け足で出て行ってしまった。何だったんだ一体?
「おい真也。小清水のあの様子……お前本当に何があったんだ」
悟志があんぐり口を開けていた。
「知ってるだろ、小清水は他の女子と同じように貴族に手籠めにされるところを脱出して教会に行ったんだよ。男性に対してはちょっと過剰だったりするんだ。あれでもいい方向に変わってくれたほうなんだよ」
草原では斬りかかられたしな。あれから誤解は解けたと思うけど、それでもギクシャクするのは仕方がないだろう。
まぁ、ファス達のこともあるし、叶さんとも契約しちゃったし。
むしろ、デートをするって言ったことが驚きだ。彼女なりに考えがあってのことだろうけど。
「お前、学校では女子と話している所を見なかったから知らなかったんだが……天然だったのか?」
「だれが天然だ失礼な。うーん、よしこうなったら一人で食べるか。店員さーん、注文してもいいですか?」
美味しいメニューがあったら、小清水と来てもいいかもな。なんて思いながら昼食を食べたのだった。
吉井君は意外と天然属性というか、自己肯定感が低いので、わりと勘違いしがちです。
元いた世界でもそれなりに露骨な叶さんのアプローチをスルーしていたりしています。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションがあがります。更新頑張ります。
感想&ご指摘嬉しいです。感想は何度も読み直しています。






