第百六十三話:夜空と混浴
ファス達にキツイお灸を据えられてから、三日ほど馬を走らせると(僕は自力で走っているけど)【アマウント】の街との間にある小さな村に立ち寄る話になった。
ここまでの道のりで周囲の様子は一変しており、乾燥地帯から少しずつ緑が増え背の低い芝のような植物が多く見られるようになっている。遠くに山脈が見え、森林のようなものもちらほらと確認できた。
「次の村で食料を補給しておきましょう。宿があるかはわかりませんが、少し休憩できますね」
「真也君はずっと走ってたけど、大丈夫なの?」
慣れた様子で馬を走らせる叶さんが顔を覗かせる。
船酔いに悩まされていた彼女だが、なぜか馬では酔わないらしく慣れた様子で手綱を操っていた。
「全然平気だよ。ファス、もっと【重力域】を強めてもいいぞ」
「わかりました。……人目があるので、そろそろ馬に乗ってくださいね」
「というか重り付きで走ってたの!?」
「化け物……」
小清水にどん引きされていたが、気にしないようにしよう。
昼前にはファスが言った村に到着した。
柵や畑が見え、栽培しているのは芋だと思う。何かの花もあるな。
村に入ると、僕等以外の旅人や商人が何人かいた。やはりこの村は通り道としてよく利用されているらしい。
僕等が選んでいる道はわざと人を避けるような道にしているのだが、それでも旅人が一定数いるようだ。
トアを中心に食料を買い付けを行う。
旅人が多く利用するだけあって小さな村にしてはしっかりと食料が売られていた。主に芋が中心だが、山菜や食用の虫など色んなものが並べられている。
「香草類も結構あって助かるべ。何より花油があるだ。旦那様、今晩は油料理が作れるだよ」
にっこにこで食材を吟味し、トアが油のつまった瓶を掲げる。
フクちゃんと一緒に万歳をした。トアの揚げ物はマジで旨いからな。
旅の途中で野生動物だか魔物だかを狩ったが、調味料を節約するためにやや薄めの味付けだったのだ。油料理なら味の濃いものが食べれそうだ。
その後、適当な消耗品を補充して宿を探すが村唯一の宿は満室らしいので村から少し離れた、野宿に適した場所を教えてもらいその場所へ向かった。
着いてみると、場所は岩場にできた入り口の広いちょっとした洞窟で、乾燥もしているため過ごしやすそうだ。テントを張るスペースも十分だな。
トアの料理を全員で堪能した後、いつもならファスがお湯を準備して各々テントに行くのだが……。
「そろそろ、お風呂に入りたいなーって」
と叶さんが言い始めた。僕としてはフクちゃんの泡もあるし清拭で全然良いのだけれど……。
洞窟の傍にあるちょっとした岩の窪みをみて、ここならお風呂の準備ができるのではと思ったようだ。確かに浴槽と言われればそう見えなくもない感じだ。
「そうね。今までは暑かったけど、標高があがっているのか快適な気温だもの」
「私も賛成だ。我慢できないことはないが、考えてしまうと風呂に入りたくなった」
「べ、別に私は我慢できるよ。でも入りたいと言われれば入りたいかも」
転移者組がそう言い始めたので、それならと準備をすることになった。
少し前なら労力が大変で諦めていたのだが、いまの僕等ならできるかもしれない。
ファス達も温泉宿で体験してから、お風呂は大好きになったらしく乗り気のようだ。
「マスター。トアー、手伝って―」
「では私はこの窪みを水で洗い流しましょう。綺麗になったら、適当に石を温めますか」
「結界は私と叶で準備するよ。ついでに保温の【紋章】も書き上げよう」
「じゃあ私は【鑑定】でお風呂に入れられるような植物を探すね。無いかもだけど……」
「留美、一人は危ないわよ。私もついて行くわ」
というわけで、僕とトアはいい感じの木材を探しに、近くの林へいく。
勝手に切って大丈夫かとも思ったが、人の手が入っている様子でもないし、トアの斧とフクちゃんの糸でサクッと木を切って枝を落し、丸太を抱えてキャンプへ戻る。
何百キロは在りそうだが、普通に持てるし【ふんばり】で無理やり支えられる。
自分の膂力が過剰に上がっているせいで、重さの感覚が麻痺しそうだ。
キャンプへ帰ると、すでに結界が張ってあり、中を見ようとすると蜃気楼のように視界がぼやける。内側から紬さんが結界を開けてくれたので、中へ入るとすでにファスが弱めの【息吹】を積み上げた石にぶつけていた。
「がおー」
口を開けて小さくがおーと言うファス。何この可愛い生き物、お持ち帰りしたいわ。
「香草は拾ってきたわよ。毒がないかは留美が確認したわ」
小清水も帰って来たようなので、ファス、トア、小清水、僕で下に敷く床材を作る。
「マスター、切るの手伝って―」
「わかった」
僕は【手刀】トアは手斧で木々を雑に切り分け、仕上げはフクちゃんと小清水でツルツルの床板を何枚か作った。うーん、こんな簡単にできるもんなのか凄いな。
切り落としたばかりの木はなんか不思議な香りだ。
洗い流した岩場に再び水をファスが流し込み、熱した石を入れる。
その上に木材を置いて、フクちゃんが糸で板が滑らないように固定。
最後に、日野さんが香草を入れると木材の香りと合わさって少し甘いような匂いが立ち上る。
紬さんの【紋章】も起動しており、湯の温度も適正に保たれているようだ。
あたりはすっかりと暗くなり、星空を綺麗に眺めることができる。
これで準備完了だ。といっても僕は肩身の狭い男一人。
ここはテントに戻って女性陣が入ってから、湯を頂くことにしよう。
「じゃあ、僕はテントに戻るから、皆はゆっくりどうぞ」
そう言って、そそくさと行こうとすると裾をファスに掴まれる。
「ん? どうしたファス?」
「一番風呂はご主人様ではないのですか?」
それが普通とでも言うようにファスが首を傾げる。
「いやいやいや、僕一人の為に皆が後で入るのは心苦しいよ。先に入ってくれ」
「旦那様も一緒かと思っていただ。前もそうだったべ」
「マスターと一緒にお風呂ー」
ファス、トア、フクちゃんが声をあげる。他の転移者もいるので流石にそれは不味い。
「混浴なのっ!? ……うぅ、流石にまだ恥ずかしいかも。しかし、ここで退いては……何のために奴隷になったのか。……私も一緒に入るよっ!」
顔真っ赤にして何言ってんだこの聖女は!?
「叶さん、君は一回落ち着こう。ファス達に合わせちゃダメな部分だからね」
「叶、流石にそれはハレンチよ。私がいるうちはそこの女の敵に好きな思いはさせないわ」
「真也なら私は一緒に入ってもいいよ。湯あみ着もあるしね」
「十分な広さですし、私もいいかな?」
「紬、留美!? あんた達までっ」
「マジで心臓に悪いので僕一人でいいです」
ここで流されて一緒に入れば色んな意味で不味い。
ただでさえ、最近キャパオーバーなのだ。
「なら、私は後でご主人様と入りますので、コシミズは先にどうぞ。テントで体を綺麗にしましょう」
「ボクもマスターと入る」
「オラもだべな。湯に入るまでに皆で体を拭いとくだ」
結局、僕、ファス、フクちゃん、トア。残りの転移者組で別れて入ることになった。
いや、ファス達と入るのも緊張するんだけど、まぁこれまでの生活でも色々あったしファス達はそれが当たり前という感じなので一緒に入る。
実際のところ、前の世界の常識を持つ叶さん達がいなければ普通にファス達と入る流れだったとは思うけど、どうにも意識すると恥ずかしいんだよな。
テントに戻り、身体を拭いてお茶を飲んだり話をして過ごしていると、叶さんがテントに入ってくる。
湯上りの彼女はラフなシャツとズボンで、やや火照った赤い素肌が扇情的だった。
「上がったよ。まだ十分温かいから、ゆっくりどうぞ。夜空もめっちゃ綺麗だったよ」
「わかった。ありがとう」
直視できず、やや視線をそらして答えた。
ファス達と湯ぶねにつくと湯気が立ち上っており、手を入れて確認すると温度も僕の好みよりはややぬるいが十分な温度だ。
「トア、湯あみ着をちゃんと着ないとダメですよ」
「面倒だべ、旦那様しかいないなら。脱いでもいいでねぇか?」
「ナノウさんが言うには、これがご主人様の世界の『わびさび』という性的嗜好らしいです」
「また、否定しづらい知識をあのギルマスは……」
「マスター、入ろー」
白い湯あみ着を纏った皆と一緒に湯ぶねに浸かる。ちなみに僕も湯あみ着を着ている。
この世界では共同風呂なんかでは、湯あみ着を着ることが一般的らしい。
口から変なため息が出て、空を見上げるとどこまでも深い夜に星が散りばめられていた。
少し遠くには山々がうっすらと見え、月明かりがどこまでも景色を照らす。
「ここの星空も綺麗ですね」
「ファスとはよく一緒に空を見るな」
「ボクもー」
「オラは仲間外れだだか?」
左側からトアが身を寄せる。右側ではファスが肩が触れる距離に座り、フクちゃんが僕にもたれる様に座っている。
「これからは一緒だ。やっぱ風呂はいいな」
エロい気持ちもあるにはあるが、今はファス達とのんびりできることが何よりも安らぐ。
露天風呂なのでのぼせることもなさそうだ。
喉が渇けばファスが氷水をだして飲ませてくれるしな。
特に喋ることもなく、皆で景色を見ていると、後ろから気配がする。
「やっほー、来ちゃった」
「叶さんっ!?」
湯あみ着を着て酒瓶とコップを持った叶さんがそこにいた。耳まで真っ赤にしているが、僕が止める前に湯ぶねに入って来た。
髪を紐でくくってまとめている。トアやファスはそんなことをしないので知らなかったが、女性ってお風呂に入る時そんなことするのか大変だなぁ。
ってそんなこと考えている場合じゃない!!
「来るとは思っていましたよカナエ」
「手に持っているのは酒だべか?」
「おさけ?」
「村で買ってたんだよね。【聖女】のジョブのせいか全然酔わないけど、皆と飲もうと思って。お風呂で飲むとは思わなかったけどね」
「いや、叶さん。流石に不味いって」
「私、真也君の奴隷だし。元居た世界だったらダメだけど、ここって異世界だし、誰も咎めないよ」
「僕が気にする。一応は男だし、何か間違いだってあるかもしれない」
叶さんとの関係はいずれそうなるかもしれないが、すぐにファス達と同じってのは気持ちが追いつかない。
「間違いなんてないよ。間違いなんて言わせない。私この世界での避妊についても勉強しているし、ちゃんと覚悟を決めてここに来ているから。はい、コップどうぞ」
「ご主人様に一番に注ぐのは私ですよカナエ」
「そうだねファスさん。フフフ、めちゃくちゃだけど、いいよねこういうの。古き良きって感じじゃない真也君?」
「日本にこんな古きは無いんじゃないかなぁ」
大奥でもこんなシーンは無さそうだ。それにしても、避妊という生々しい単語にちょっとビビってしまう。彼女の覚悟は僕の何歩も先に進んでいるようだ。
皆でお酒を飲んで、星空の下で湯に浸かる。
叶さんだけじゃない、ファス、フクちゃん、トア、皆とのこともしっかり考えないとな。
そんなことを思いながら、夜は更けてゆく。
「こぉおおおおおおおおのおおおおおお、女の敵っ!!!」
そして、小清水に叶さんとの混浴がバレて刀を振り回されながら怒られたとさ。
次回はアマウントの街へ到着します。
ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになります、更新頑張ります。
ご指摘&感想いつも助かります。モチベーションがあがります。






