閑話9:トアの秘密のレシピ
デルモを倒した後、アナスタシアとこれからのことを話し合った数日後の話。
「トアさん。2番にサリココ炒め、3番砂漠魚の塩釜焼き、よろしく」
「あいよ、砂蛇酒が売り切れだべ。注文止めるだ」
ここはグランド・マロにある冒険者ギルドの厨房、デルモが倒された後の冒険者達は管理されていない未知となったダンジョンの探索に繰り出し、日々の糧を得るようになっていた。
貴族によって押し付けられた依頼ではない、対等な取引が戻ってきたのだ。
そのことが広まると、外部からの冒険者達もどんどんやってくるようになる。
砂漠の街は正しい活気を取り戻しつつあった。
「トアさん、次の団体が来たぞ。食器は並べとくぞ」
「わかっただ。7番、9番の料理できているだよ。ソースの説明を忘れないように」
鉄鍋を振り、お玉で調味料を掬いながら味の調整。
スープ、盛り付け、次の準備、運ばれてくる下ごしらえされた素材を捌きながら、指示を出し続ける。
サリココと呼ばれるエビのような砂漠の虫の殻と、香味野菜を煮た寸胴の前にでると木製の棒で中身をゆっくりかき回す。
「【旨味抽出】だべ」
棒を取り出し、トアが寸胴にお玉を入れて引き上げると、何時間も煮込まれ旨味が凝縮された上澄みのみが乗せられていた。
本来素材から直接引き抜く【旨味抽出】のスキルだが、トアは調理の過程をいれて手間をかけることでより上質なものへ昇華させていた。
レベルが上がり上昇した嗅覚により、無駄なく味付けされたそれは、素材本来の味と合わさり調和する。【栄養増加】のスキルも付与されたその料理はまさに心と体を満たす料理。
レベルに頼った【旨味抽出】により、素材をないがしろにするような調理はすでにこの街では程度の低い料理として認識が広まっていた。
その為、冒険者としてのトアの元にはギルドの食堂での調理から貴族達へのもてなしまで、幅広い場所で調理の依頼がひっきりなしに舞い込んでいた。
大衆料理から高級コース料理まで幅広い要求を日々こなしている彼女は、ある意味吉井のパーティーの中でもっとも忙しい日々を送っているといえるだろう。
ちなみに吉井はヒットにパンク・ボクスの技術を学んだり、ダンジョンの探索。
ファスは吉井と一緒に地下の探索や、デルモが街に仕掛けた【魔法陣】の撤去などをしている。
フクは工房を取り戻した職人達から、日々技術を学び。それぞれ次の冒険に向けて準備を行っていた。
有名になってしまったトアの料理を食べようと、押し掛けた冒険者や街の人々を捌き切り、戦場のような昼時が終わる。
汗でびしょびしょの調理着を着替える為に部屋へ戻ると、ギルドからあてがわれた部屋の鍵が開いている。奴隷スキル【位置捕捉】で吉井が中にいることを察知すると、トアの尻尾が左右に振られた。
「入るべ、旦那様」
「トアか、食堂はもういいの?」
「カンバンだべ。なんとか終わっただよ。旦那様は探索だべか」
修理された鎧を取り出す吉井の横で、トアが調理着を脱ぐ。
やや頬を赤く染めた吉井が、目を逸らしつつ焦った様子で答える。
「……午前の探索は終わったよ。本当はこれからヒットさんと闘技場で稽古だったんだけど、急に用事があるってんで今日は暇になったんだ」
その様子を見て、トアはクスリと笑いながら濡れたタオルで自分の体を拭く。
「夜にアナ姫への客へ料理を出す予定があるけんど、それまでオラも暇だな。それなら旦那様、頼みがあるだ」
「荷物持ちから、疲労の引き受けまで、何でも言ってくれ」
サムズアップする吉井に対し、トアはため息を付く。いい加減この旦那様は自分が主人であるという自覚を持って欲しいものだ。
体を拭き終わり、下着を着替えたトアはフクが部屋中に設置しているハンモックに座り、その横をポンポンと叩く。
「たまにはオラの話に付き合って欲しいだ。最近、ファスやカナエとバッカつるんでずるいべ」
その言葉に吉井が一瞬呆けた顔をする。
まったく、旦那様はオラがどう思っているのか全然わかってねぇべ。
心のなかでそう思い、今日は自分と話してもらおうと普段の彼女からはあまり想像できない、やや幼げな甘えた表情が浮かび上がる。
「いいけど、そんなんでいいのか?」
「色々忙しくて、中々二人切りになれなかったからな。オラにとっては貴重な機会だ」
ちょっと、拗ねた風にトアがそういうと、少し緊張した様子で吉井が隣に座る。
「わかったけど、その前にシャツくらいは着てくれ」
フクちゃん謹製のブラジャーによる深い胸の谷間の破壊力は吉井には強すぎるようだ。
苦笑しながら、シャツを一枚着る。
「こうして、旦那様と話すのは初めてだな」
「そうか……なんか緊張してきたな」
耳をペタンと倒し、普段のしっかりした様子とは違う甘えた様子で、頭を擦り付けるようにトアが身を寄せる。吉井よりも身長が高いトアが小さく収まる。
「この際だから、ちゃんとオラのことも知ってもらうべ」
「わかった。僕もちゃんと話したかったんだ」
「ホントけ?」
「うん、思えば。初めて森で会ってから、ここまでトアには世話になりっぱなしだったような気がするな」
「フフフ、オラが一生分の運を使った話だべな」
ハンモックに腰かけて二人で出会いから話す。
怪我で満足に動けないトアを見つけたこと、女将からトアを買い取ったこと。
傷を引き受けたこと、草原でのこと、日々の料理のこと、話題は尽きず、身振り手振りを交えながら思い出を語り合う。
「あの時の料理を食べたフクちゃんの反応が……どうしたんだトア?」
身を寄せ、吉井を見上げるトアの眦から涙が流れる。
「……怖いだ。今のこの時間が夢じゃねぇかって思うだよ。本当のオラはまだあの宿で、一人でいるんじゃねぇかって。そう思ってしまうだ……そんくらい、今が夢みたいに……信じられないくらいに幸せだ」
吉井が優しくトアの犬耳を撫でる。
「実は僕も時々そう思う。今のこの日々は、あの日の死ぬ間際の夢じゃないかって。でもこうして誰かに触れているから生きているって思えるんだ」
「クゥン……そうだべな。旦那様、オラは誰かを好きになるって正直良くわかんなかっただ。でもオラはあの夜、旦那様が生きて欲しいって言ってくれた時に……この人の為に生きようって思っただ。そんで一緒に旅をして、もっと旦那様のことを知りてぇって思って、好きな味付けとか、オラしか知らない旦那様のこととかが増えていくと、それが嬉しくて……多分これが番になりてぇってことなんかなぁって……」
トロンとした目でこちらを見上げるトアが少しずつ近づく。普段は見上げることの多い彼女を吉井は上から掻き抱いて二人はキスをした。
呼吸が苦しくなるほどに深く口付けした二人は惜しみながら離れる。
先に口を開いたのは吉井だった。
「トアが望むなら奴隷から解放して、ファスやフクちゃんも別に僕は――」
その言葉は唇に当てられたトアの人差し指に止められる。
「わかってねぇべな。旦那様が『オラ達』の旦那様でいるために、オラ達が大事な群れで……家族で在る為に必要なことだべ。逃げないで、信じて欲しいだ。オラ達は自分の意志で旦那様のものでいたいと思っているってことを。だけんど……たまには、構ってくれなきゃ噛みついてやるからな。大好きだべヨシイっ!」
トアが抱き着いて、二人はハンモックに倒れ込み……結果として夜の予定に遅れたトアはアナスタシア姫にこっぴどく怒られたのだった。
トア視点はなまりの為に地の文が書きづらく。今回はこんな感じにしましたが。
次はトアの言葉で書けるように挑戦します。普段はパーティーの良心というかお姉さん的な彼女ですが、二人きりの時は甘えたがりの一面があるようです。トア自身そんな自分に驚きながらも受け入れている様子。
次回も閑話です。久しぶりの宙野君登場です。
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