第百六十話:グランド・マロを去りながら
あれほど巨大だったグランド・マロが少しずつ小さくなっていく。
船から見たあの街はこれほどに美しかったのか、ダンジョンから入ったから知らなかった。
何かの本で船が通った後を航跡と呼ぶことを知ったことを思いだす。
サラサラと過ぎていく、砂河の奇妙な船跡は渦巻きながら僕等から離れては近づいていた。
僕が今乗っているのは、白星教が保有する立派な船舶だ。
大きなマストに白星教の紋章が描かれた帆がパンパンに張っている。
「ご主人様、何を見ているのですかー?」
荷物の整理をしていたファスが上がってくる。この船三層ほども階があるのです。
後ろにはトアとフクちゃん、そして叶さんも出て来た。
「お茶を入れただよ、菓子も焼いたから皆で食べるだ」
「わーい、おかしー」
「うっぷ、私はパス。船酔いが……」
苦笑しながら、皆の元へ歩み寄る。
アナさんから、この旅を提案されてから三週間ほどが経っていた。
※※※※※
「空の旅? 何ですかそれ?」
「ファスさんの話と【竜の後継】の話は関係あるわ。その前に、ナルミ。貴女はこれからどうしたいのか教えてもらえるかしら」
急に話を振られたナルミは困惑しているようだった。
「私か……正直なところ、えと、ファス、様、殿?」
「ファスと呼んでください。この前は耳を隠してすみませんでした。私以外のエルフを見るのは貴女が初めてですナルミ」
ファスがフードを脱ぎ、顔布を外す。偽装のエンチャント付き耳飾りを外すといつもの尖った耳に戻る。
やっぱり投影されていたエルフの女性にそっくりだ。
「わかった……その顔、やはりニグライト家に縁がある者だろう。私としては、君に何が起こったのか明らかにするべきだと思う。今回エルフの宝を取り戻すことに協力してくれた礼も兼ねて【ニグナウーズ国】へ招待したい」
「王族として神輿に担ぐつもりとか?」
叶さんが突っ込みを入れる。まぁありそうな展開だよな。
「イワクラ家にそのような力はない。先程の……二人の様子もある。ドライアドにそっぽ向かれたくないしな。純粋に真実を明らかにしたいだけだ。礼をしたいというのも本当だ」
ドライアド? 気になっているとトアが耳打ちで。
「男女の仲を邪魔すると、恋愛好きなドライアドの加護が薄まるってことわざだべ」
と教えてくれた。「馬に蹴られる」みたいなもんか。ナルミの言葉を聞いたアナさんがうんうんと頷く。なんか芝居がかっているので、多分悪いこと考えてるんじゃないかなぁ。
「話はわかったわ。それを聞いてファスさんはどう思う?」
「私は……」
ファスがチラリとこちらを見る。
「ファスが本当にしたいことを言うべきだ。僕はそれを応援する」
その言葉を聞いて、決心がついたようにファスが頷く。
「本当はずっと知りたかったんです。自分がどうして呪われていたのかを、そして全てを知った上でご主人様と共にいることを選びとろうと思います。逃げ道ではなく、選びとった私の気持ちをご主人様に受け取ってもらいたいから」
ファスは胸に手を当て、凛々しく言い放つ。
あぁ、重いな。とても重い。でも受け止められる男になってみせる。
そうだよね。爺ちゃん、ギースさん。
トア、フクちゃん、叶さんもファスの言葉を聞いて頷いていた。
「わかったわ。じゃあ私から言えるのは一つよ。【竜の後継】の真実は賢者が残しているわ。【大森林:ニグナウーズ国】へ向かい。奴隷ちゃんとヨシイのことを知りなさい」
アナさんはびしっと指を突き付けてくる。奴隷ちゃんか、初めてアナさんとあった夜のことを思い出すな。しかし、誤魔化されんぞ。
「……いやいや、ここで知っていることを教えてくれたらいいじゃないですか」
「えー、それじゃ面白くなくない?」
なに雰囲気で押し通そうとしているんだこのお姫様は。
その後、しばらくやんや、やんやと言い合いをした結果。
「じゃあ、ちょっとだけ教えるわよ。さっきの昔話ね。あれうちの国と教会が話を改変しているのよ。これ一応国の機密なんだけど……ナルミは聞かない方がいいかも?」
「他言はしないと誓う。なんならそこの【紋章士】に誓約書を書かせればいい」
「一応準備はできるが……ここまで来て、それは無粋だろう」
紬さんが椅子に腰かけながら指をチッチッチと振る。
「まぁ、いいか。じゃあぶっちゃけるね。話の『恐れる対象がいなくなった【竜王】は【勇者】を裏切り、人々を支配しようと新たな魔王となった』ってあったでしょ。あれ実は逆なのよねー。魔王がいなくなって、他国とのいざこざが怖くなった国が竜の力欲しさに勇者を使って竜王殺そうとしたってのが真相なのよね。教会と賢者視点はうちの国の文書には残ってないからわからないけど」
……部屋に沈黙が流れる。絶句している僕等を見て好都合と思ったのかアナさんがたたみかける。
「竜王達の死体を素材に使って小人族に作らせたのが『竜の武具』ってわけ。女神の加護を持つ者……つまり転移者のみに扱えるもので、この武器の力を使ってラポーネ国は大陸の覇者になったらしいのよね」
「つまり、竜王達は協力して魔王を倒した勇者というか、人間達に裏切られて死んでしまったと……」
「【竜の呪い】が存在するのも納得です」
「いつの世も、怖いのは人だべなぁ」
部屋の皆が、複雑な視線でアナさんを見る。ちなみにナルミと小清水は嫌悪感たっぷりの表情だった。
「……そんな目で見られると辛いわね。実際、この話は王族でも知らされていないわ。城の文書を盗み見……漁っていたら偶然見つけちゃったのよね。そこに【竜の後継】についても書かれていたわ。ただ、文書が古いのと意図的に読めない部分が多くて……断片的に解読できたのは『災厄の魔王の天敵』『竜王の呪い』『愚かなる道の者』このくらいね。だから初めてヨシイの【ジョブ】を見た時本当に驚いたわ、歴代のどの転移者にも見られなかった【愚道者】の【ジョブ】そしてその隣に竜の呪いを受けた奴隷。各地に頻発するカルドウスに関係する事件。関係が無いわけがないと興味がそそられたってわけ。その後は文書の解読を進めようとしたのだけど、罠に嵌まってマル姉様とその取り巻きに追いやられ、今にいたるわ」
何してんだこの姫様。というより、本当にファスと僕って何なんだろう?
かつて竜王を裏切った人間達、その呪いを受けたファス。呪いそのものと表現された僕。
わからんことだらけだ。
「アナさんはどうしてナルミの故郷【ニグナウーズ国】に行けばいいと?」
「私が城で見つけた文書は賢者が書いたものの写しだったわ。普通では読めないようになっていた。部分的にでも解読できたのは私が【精霊使い】だからよ。本来は特別な眼が必要だった」
ファスの翠緑の瞳が輝く。
「私の【精霊眼】なら解読できると? それならば、向かうのは文書があるラポーネ国の首都【城塞都市ブランカ・セントロ】だと思いますが」
「残念だけど、ブランカ・セントロにある文書は不完全だったわ。完全な文書は【ニグナウーズ国】に残っているものだけでしょうね。そしてちょうど、【ニグナウーズ国】より冒険者ギルドにA級冒険者への緊急依頼があったわ。条件はA級冒険者、そして強力な浄化の力、ヨシイは今回ギルドの冒険者として私の依頼を受け、見事ダンジョンの攻略を果たしたわ。近いうちに正式にB級を跳び越えてA級冒険者になるはずよ。そして浄化の力は聖女様がいるわ。依頼を受けるなら冒険者特権で審査なしで入国できるわよ」
再び、ビシっと指が付きつけられる。
「できすぎですね。まるで、こうなることが分かっていたかのようだ。どこまでアナさんの筋書き通りなんです?」
メイド服の姫様は口に手を当てウインクする。
「さぁね。選ぶのは自由よ。【ニグナウーズ国】は山脈を超える必要があるわ。飛行船のチケットが偶然ここにあるのだけど?」
まだなんか隠しているんだろうな。しかし、ファスのことがわかるなら乗ってみるのも面白そうだ。
「ファス、トア、フクちゃん、叶さん。どうする?」
「ご主人様について行きます」
「右に同じだべ」
「ボクもー」
「当然行くよ。今回の件でネリネスト王女の後ろ盾を使って教会から距離を置けるしね。いままで離れていた分。これからは一緒だからね」
頼もしいメンバーの言葉を受け、僕は姫様からチケットを受け取った。
※※※※※
そこから三週間、グランド・マロで細々した準備を行った。
何せやることは山ほどあった。デルモの宝の仕分け、ボロボロになった(僕だけ)防具の修理、作り直されたダンジョンの調査。
ボルテスさんやマイセル、地下の職人に色々なものを作ってもらい装備を整える。
ヒットさんからは、パンク・ボクスと呼ばれるこの世界の拳闘について技術を教えてもらった。
なんとか僕の合気道やギースさん剣術と合わせられるように日々研究中だ。
叶さんは僕等のパーティーに入るために何十枚も手紙を書いていた。
最終的にはアナさんも手伝って僕等との行動を可能にしたらしい、教会に残った他の女子達はバルさんがきっちり面倒を見るらしく、小清水と紬さんも教会の女子達へ合流する予定だ。
そして、全ての準備が整って僕等は叶さん達が乗ってきた砂漠船に乗り込んだ。
目指すルートは複数あるらしく、これから相談する予定だったが、船旅が苦手な叶さんに配慮して陸地についてから話すことにした。
砂漠の街でマイセルや他の子供達とさよならをした時、マイセルから歪なペンダントを貰った。
【鑑定防止】のエンチャント付きだそうだ。子供たちはこれから冒険者になったり、店を取り戻した職人の元で技術を学んだりとそれぞれの道を歩んでいく。
次に来ることがあれば、きっと今よりも素敵な街になっていることだろう。
ヒットさんはギルマスをしながら闘士としても復帰した。
正しい闘技場の在り方を取り戻すことがチャンピオンへの償いだと言っていた。
アナさんはもうしばらく、グランド・マロで足場を整えるらしい。
すでに何人もの貴族が、メイド服でないドレスを着た彼女へ謁見をしに訪れるのを見た。
一応、僕は彼女の直属の証として地下職人が作った勲章のようなものを貰ったが、どう使うのかいまいちわからないな。
最後にナルミだが、彼女は彼女で立場上僕等とは違うルートで国へ帰るそうだ。
どちらが先になるかわからないが【ニグナウーズ国】での面倒は見てくれるとか。
思い返せば色々なことがあったな……トアが作った卵菓子を食べながらそんなことを思ったのだった。
……なんか忘れている気がするけど、気のせいだろう。
※※※※※
その夜。聖女用にしつらえた、豪奢な部屋へ女性陣が集まった。
「ご主人様は完全に寝ています」
「爆睡だべな」
「むにゃむにゃ~」
「【星涙大癒光】【星涙月光円】こ、これで船酔いは大丈夫」
「こればかりは真也に聴かれてはこまるからな」
「わ、私は別に……」
「千早ちゃん、頑張って」
ほとんど寝ているフクを置いて、中森が机に地図を広げる。
日本語で様々なメモが書かれている地図には【ニグナウーズ国】へ行くいくつかのルートが描かれていた。
「グランド・マロで情報を集めた結果。飛行船の乗り場があるバレノシッポという街へ行くまでに通過するのは【山間の街アマウント】か【鍛冶の街クレイブルズ】だ。通常のルートならばクレイブルズであり、アマウントは遠回りとなる」
真剣な表情で中森がその通路を指でなぞる。
「ええ、そして街の特徴が全く違います。【鍛冶の街クレイブルズ】は大都市でありダンジョンを抱えています、ちょうど腕試しの武闘大会が開かれていますし。修練場も至る所にあるとか。珍しい装備もあり、恐らくご主人様が好きそうな雰囲気です。次の飛行船が訪れる日までの滞在はこの街でしようとご主人様が言う可能性は非常に高いと思います」
ファスの表情は険しい、他の面子も鍛冶の街というフレーズが吉井に刺さることは容易に想像がついていた。
「もう一つの街が【山間の街アマウント】だべな。行商人から聞いた話だと、この街は近くにダンジョンも無く、牧畜と観光がメインの街だべ。街を川が流れ今の季節は渡り鳥達が見られるとか……そして何よりも重要なのは、この街が恋人達のデートスポットとして有名ということだべっ!!」
トアが言い放ったその言葉に各々は戦慄する。
先に口を開いたのは桜木だった。
「なんとしても、吉井君がこの山間の街、いいえっ! 別名【恋人の街:アマウント】へ行くことを誘導しよう。その為ならどんな手段も使うよっ!!」
「……私は別に」
「ガンバだよっ、千早ちゃん」
「むにゃむにゃ~」
かくして、吉井をなんとかして【恋人の街:アマウント】へ誘導するための打ち合わせが女性陣達の間で行われていたのだった。
というわけで【砂漠の歓楽街編】完結です!!長かった、本当に長かった。
ここまで書けたのはひとえに皆様のおかげです。ありがとうございます!
何話か閑話を挟んで新章というより幕間のような章が入ります。
ズバリ、普通にハーレムイチャイチャでございます。やったね吉井君胃に穴が開くよ!
宙野? 誰ですかそれ?(おいっ)
ヒロインズ達との関わりを短めに(ここ重要)に書くつもりですので、砂糖なしのコーヒーを準備しておいてください。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションが上がっています。そういえば7000P超えました。嬉しいです。
感想&ご指摘ありがとうございます。いつもすみません助かります。更新頑張ります。






