第百五十五話:一人じゃない
「うっりゃあああああああ【四方無尽投げ】ェエエエエエエ!!」
回避できない密度の属性付き【空刃】を、掴んでは別の攻撃に投げ続けることで押し返す。
結論から言うとデルモとの攻防は、めっちゃきつかったです。
「おのれ【拳士】ごときが……いい加減に死ねぇええええ」
「ゼェ……ゼェ……おおい、その壁反則だろっ! ふざけんなァ!」
戦闘序盤はいい感じに呪いを振りまきながら、魔物とか触手とか抑え込めていたのだがデルモが壁に彫り込んだスキルを使い始めることで戦況が変わる。
スキルを再現するその壁には三馬鹿以外にも【転移者】のスキルが彫り込まれており、よりによってそれは【魔剣士】島田 将司のものだった。
それをダンジョンマスターゆえの無尽蔵の魔力で周囲の触手から発射し続けるという、もし初見ならほぼ即死のチート技を行ってきたのだ。
さらに、そこそこ手ごわい魔物も順次送られる。もっとも、僕の足止めをする前にデルモの【空刃】により同士討ちをしているのだが、それでも意識を割かざるを得ないのは割と厳しい。
何発かは手甲で受けざるを得なかったし、防御しきれず何発か貰い、出血だってしている。
【呼吸法】で全身に酸素を送り、ひたすら動き回りながら【四方無尽投げ】で投げ返すことでデルモに反撃していた。
スキルの隙間をぬい、何度目かの突進。
触手を切り裂き、魔物を投げ飛ばしながら距離を詰める。
「ウォオオオオオラアアアアアア!」
「化け物めぇ……【偽技:巻込流砂】【偽技:魔岩弾】。この街の冒険者のスキルを喰らえ」
巨大な蠍となっているデルモの尾の先が壁に触れると【空刃】ではなく、魔術に切り替わった。
転移者以外のスキルも書き込んでいるらしい、しかしそれは僕にとっては渡りに船だった。
僕の傍で集まる魔術としての発現前の魔力を【掴む】ことで干渉する。
「魔術を使ったのは失敗だな【魔術逸らし】」
岩の塊と流砂の発現場所をずらし、デルモに岩の塊を向け、流砂発動を横から襲い掛かっていた魔物にぶつける。
予想外の反撃だったのか、回避できずデルモが岩を鋏で砕くことで一瞬注意がそれる。
「グゥ、この、どこだっ!」
「……ここだよ」
蠍の身体についている巨大な頭部の横に手を置く。
ここからすることは一つ。
「【呪拳:鈍麻】【呪拳:沈黙】」
「離れろォオオオオオオオオオオ」
【掴む】と【ふんばり】によって巨大な頭部に張り付きながら呪いをぶち込む。
蠍の尾で刺そうとしてくるが、片手をデルモから離し、尾の先端を【掴む】。
他の魔物と触手が攻撃してくるまでの数秒で呪いを全力でぶつける。
追いついた魔物と触手によって顔面を張り飛ばされ、鼻血が吹き出る。
舌も噛んだ、口の中グチャグチャだ。
それでも受け身をとって立ち上がりデルモを見据える。
「ペッ……どうだこの野郎」
「ガ、なんだこれは……偽技:雷空刃、偽技:……スキルが……使えない。アタマが……体が……」
「スキルは封じたけど、どうせすぐに治るんだろ? いいよ、何回だって繰り返そう。僕は、まだまだいけるぞ」
鼻をかむことで鼻血を出し呼吸を確保。ギースさんとの訓練じゃあ、この程度のかすり傷、毎回のことだった。
疲れてからが、両手が動かなくなってからが、視界が狭くなってからが、魂を燃やす時。
心臓がバクバクしている。力みが体から抜けていく、全身が痛い、だから戦える。
僕は、死にたくないんだ。死にたくないと心から想う。
「構えろよデルモ。喧嘩しようぜ……」
「コ……この、私はっ! この街の支配者だ。お前は何だっ? ただの【転移者】。否、【転移者】の紛い物だったはずだ。【竜の後継】? ふざけるな! 竜の力なぞ精々ダンジョン化の影響が薄らいでいる程度だ。それがどうして、ダンジョンマスターとなった私の前に一人で立てる!?」
「一人じゃ無いんだよっ!」
この身に宿っているのは爺ちゃんから授かった合気の技、ギースさんから叩き込まれた戦闘術。
そして、ファス達と練り上げた僕の【スキル】。
街の職人とマイセル達が作り上げた防具に、ヒットさんから学んだステップ。
絶対に負けるわけにはいかない。
【ふんばり】からの加速、踵と爪先で【流歩】の運足。
動けないデルモを庇おうと、ムカデとオーガ、さらに蛇の魔物、足元からは触手が出てくるが【手刀】で捌きながら進む。
「馬鹿が、私が死ねば、住民は魔物化から戻ってはこれん。それでも攻撃ができるの――」
「【ハラワタ打ち】ィイイイイイイイイイイイ!!」
何発か攻撃を貰いながらも接近し、動けなくなったデルモの胴体に【ハラワタ打ち】をぶち込む。
衝撃が内部で爆発し、内側から殻が弾け肉が飛び出る。
「ギィヤアアアアアアアア、こ、この、私を本気で……殺すのか……」
「いや、まだ殺さない。……【吸傷】」
デルモのダメージを、調整しながら引き受ける。
胃袋が破れたような、激痛が襲いゲロと血が口から出てくる。
「……な、何をしている」
デルモが信じられないものを見るような目でこちらを向く。
「……オエェ……死なれた困るからな。言ったろ? いっそ死にたいと言うまでしばき倒す。ほら、回復できたか? 魔物に指示を出せよ、スキルはもう使えるか? 鋏を構えろ、僕はまだ戦えるぞ」
デルモが後ずさり、その表情が恐怖に染まる。
「しょ、正気じゃない……」
「こうでもしなきゃ、魔物になった人達にケジメがつかない。……手加減して殴るなんてする気はない。全力で殴って、死なせない。これでいい」
デルモの口から、悲鳴が吐き出される。
八本の脚が蠢き、僕から逃げようとするのを【威圧】で鈍らせ、尻尾を掴んで広場の中央へ投げる。
黒壁から離れたデルモは、彫り込んだスキルは使えないようだ。
よほど近づかれたくないのか魔物と触手はもはや防御にしか使われていない、呼吸を整え、もう一度強く踏み前へ出た。
そこから防御に弾かれること六回、突破してデルモを死ぬ寸前まで殴打すること二回。
デルモが叫び声しかあげなくなり【呪拳:鈍麻】でいよいよ動けなくなっていた頃合いで、天井の壁が景気よく壊された。
どんな手段を使ったのかしらないが、なんかボトボトと魔物の肉片が落ちてくる。
「ご主人様っ!! 大丈夫ですかっ!?」
「【星涙大癒光】真也君!? ボロボロじゃない、なんでっ!?」
「ざっと八十体は、強化された魔物が倒れてるべ。流石オラ達の旦那様だな」
「マスター、だいじょぶ? ブクブクー」
降りて来た叶さんの回復とフクちゃんの泡で、傷が癒えていく。
内臓のダメージもすぐに治るあたり、流石聖女と蜘蛛の女王。
「何回か死なせそうになったから、ダメージ引き受けたんだよ。叶さんあの黒い壁が穢れを貯め込んでいるから、浄化をよろしく」
「……ご主人様。その件に関して後でじっくりと話しましょうね?」
「……なにやってるだ旦那様」
「うん、これはちょっと、マジで……私も怒ってるかも」
「マスターのアホー、マスターの方がずっとだいじー」
四人から、凄い眼で見られた。うん、落ち着いて考えたら馬鹿なことをしたかもしれん。
だけど、手加減なんてできなかったんだよなぁ。とりあえず今は誤魔化そう。
「そ、それよりも、今は浄化が先だ。急ぐんだ叶さん!」
「……誤魔化されないからね。【星光清祓】」
黒い壁に叶さんの杖から発せられた薄い青の光が染み込んでいく。
「や、ヤメロオオオオオオオ」
起きあがったデルモが魔物をけしかけてくるが、四人そろった僕等の敵じゃない。
ファス達の援護を受けて、余裕で近づき黙るまで顔を殴る。
「ゲブ、グボォ、ゴハァアアア」
鋏を砕き、殻を剥ぎ取り、投げ飛ばして距離を保つ。
振り向くと、真っ黒だった壁は内側から白く染まっていた。
「浄化完了、紬に伝わればいいけど」
「……大丈夫です。街中の【紋章】が起動しています。魔力が正しく流れ始めました。これでダンジョン化の儀式が反転して魔物化の影響もなくなるはずです」
「ここまでくれば、後はここのダンジョンマスターを倒して、ダンジョンそのものを消せばいいだ。旦那様、次はダメージを引き受けなくていいだ。全力でデルモを仕留めるだよ」
「わかった。行くぞ、皆っ」
ダンジョン化が反転しているせいか、宮殿は音を立てて崩れつつある。
そして、壁際でうずくまっていたデルモがこちらを見た。
「フフフ、フハッハハハ。この私の二十年にも及ぶ、儀式が失敗しただとっ! 信じられるかぁ! まだだ、まだ終わらん。聖女を生贄に捧げればまだ儀式は間にあああああうぅううう。もう、私が私で無くなっても構わん! カルドウス様、最後のチカラヲヲオオオオオオオオオオオオオオオオ」
デルモが叫び、周囲の触手が魔物ごと集まり球体となる。
収束し新たな怪物として姿を現す。巨大な蠍だったその姿よりもさらに大きく、いびつな怪物。
王冠を被った人の顔に獅子の体。
「セイジョヲ、ヨコセエエエエエエエ!!」
「スフィンクスか、決着をつけよう」
「しぶとい奴ですね。早く終わらせましょう。そしてご主人様と先ほどの件を話さないと」
「さっさと倒して、宴会だべ。その前に旦那様を叱らねぇとな」
「わーい、ごはーん。でもマスターのアホー」
「バフを撒くね、真也君は後で反省会だから」
……どうしよう、勝てたとしても僕ヤバくね?
吉井君に最大のピンチが襲いかかる(ヒロインによる)。
というわけで、次回でデルモ戦決着です。
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