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第百五十二話：最初の一撃

　アナさんと別れ地下への道を走る。

　螺旋状に続く地下への坂道を進んでいるが、その様子は前回地下へ行った時とは全く違っていた。

「前とは大分違うな」

　上の闘技場へ向かう通路は、人影や金貨が湧いていたが、この地下への道は流れる砂に金貨が混じっているのが印象的だ。

　人影は無く、濃密な敵意のみが肌に張り付くように満ちている。

「ここから先は元々街の地下にあった砂のダンジョンと、デルモのダンジョン化が混じり合っているようです。私達は招かれているようですね。しばらく先まで魔物はいません……」

　フードを外し、杖を担いで走っているファスが答える。

「敵は叶を狙っているべ、むしろ好機と思っているんじゃねぇか」

「それなら、奇襲や罠に注意だね。毒や呪いの解除なら任せてよ」

「マスター、いっしょに戦うのたのしみだねー」

　フクちゃんが人間の姿でニッコリと笑みを浮かべる。

　現在の陣形は、僕とフクちゃんが前衛で間にファスと叶さん、対応力のあるトアが最後尾となっている。

　狭い通路で挟み撃ちにされてもある程度は対応できる形だが、不気味なほどに敵影はない。

「頼りにしているぞ、フクちゃん」

「わーい」

　いやほんとマジで、敵との相性によってはフクちゃんだけでも一方的に蹂躙できるからな。

　今回の戦いでは、地脈の浄化が終わるまではデルモを倒してはいけない。

　叶さんの浄化とアナさんによる浄化まで、耐える必要があるわけだ。

　相手の行動の制限や毒による遅延はフクちゃんの得意分野だ。フクちゃん……恐ろしい子。

「ご主人様、ここを曲がってすぐの通路から広い場所に抜けます。この魔力……魔物に混ざり転移者がいます」

「わかった、叶さん。バフをかけなおしてくれ」

「了解【星守歌】【星光鎧】【星女神の鼓舞】、こんな感じかな」

　青い光がパーティーを包む。速度を落とし、注意しながら先を覗くと蠍やムカデ、さらには蛇みたいな魔物がいる。

　そしてその前に立つのは、広場で見たやや太め転移者だった。

　大剣に全身を甲冑に包んでいるが、どういうわけか顔部分を露出しているので誰だかわかる。

　敵はこちらに気付いているように、距離を詰めてくる。

　まぁ、居場所は見抜かれているよな。

　前へ出て【威圧】を発動しヘイトを集める。

「あの人、張本達とは別に広場にいた【転移者】だ。叶さん誰だかわかる？」

「確か、大林君だね。【上級騎士】と【重装騎士】のジョブだったかな？　確かダンジョン攻略はほとんどせずに貴族のパーティーを回っていたはずだよ。見たとこ操られているっぽいけど、アンデッドにはなってはないし、魔人化もしてないね」

　叶さんが説明してくれる。【重装騎士】か、見るからに重装備って感じだもんな。

「それなら、戦闘不能に出来たらそれでいいな。前に出る、フクちゃん。背中は任せた。ファス援護を頼む」

　ファスの氷弾が敵に当たるのを確認しながら前に出る、虫型の魔物を拳で砕きながら大林君の元へ向かう。

　ファスや叶さんが遠距離から援護をしつつ、背後に回り込んだ敵はフクちゃんが相手してくれる。

　流石叶さん、パーティーでの連携はバッチリのようだ。

「【重空刃】」

　意識のないだろう大林君の飛ぶ斬撃が向けられる、【空刃】と威力を上昇させる【重撃】の合体技とかずるくない！？

　回避しようと思ったが、腕に付けた手甲が目に入る。新たな相棒は自分を試してみろと語ってくるようだ。

「受けてみるかっ！」

　あえて正面から手甲で受ける。【ふんばり】と【拳骨】で防御の上昇、鈍い音と共に襲ってくる衝撃、腕と背中の筋肉が膨れる。一瞬拮抗するが、力任せに腕を振ると魔力の刃が砕けた。

「マスター、すごーい」

「フクちゃんとボルテスさん達の手甲のおかげだよ」

　手甲は少し傷がついているのみでまったく問題ないようだ。

　これでやっと回避以外に受け技の選択肢が増えた。カルドウス戦で手甲が壊されてから延々と回避ばっかだったからなぁ。

　しみじみと砂漠での戦いを思い出していると大林君が再び大剣を振り上げる。振られる前に踏み込んで接近し、拳をぶつける。

　近くで表情を覗くと焦点が定まっておらず、催眠術にでもかかっているようだ。

　そのまま当身で体勢を崩し投げ技で倒す。鎧を着た相手は寝かせるに限る。

　そのまま【吸呪】をしようとするが効果なし。やっぱ魔人化の影響はないようだ。

「叶さん、頼むっ！」

　鎧ごと持ち上げ、後方へ放り投げる。

　鎧付きとはいえ、たかだか百数十キロ前後なら余裕で遠投可能だ。

「はーい【星涙光】、呪いじゃないなら多分【幻術師】のスキルで操られていると思うんだよね。これで大丈夫なはず」

「……ハッ、えっ？　うわあああああああああ、落ちるうぅうウウウウウ」

　空中で回復を受け、意識を取り戻したのか急にバタバタ動き、グシャリと落下。

　しかしそこはレベリングをしているであろう転移者、普通に起き上がり魔物を見て走って逃げて行った。大丈夫だろうか？

「……まぁ、【転移者】だし、そう簡単にやられはしないだろ」

「マスター、倒したよー」

「まずは小手調べと言ったところですか」

　周囲の魔物はフクちゃんとファスがほとんど倒していた。

「あっけないべな。【狩り場】の魔物が押し寄せてくるくらいは想像していたけんども」

　斧を構えながら怪訝な顔をするトア。

「確かに。ファス、周囲の状況はどうなっている？」

「流れる砂に魔力があって、詳しくはわかりませんがデルモはこの先にいます。魔物達もそこに集まっているようです。下手に魔物を差し向けるよりも、自分を守らせているのでしょうか」

「まぁ、守る側のほうが普通は有利だよね。とにかく行ってみようか」

　もともと、闘技場から近い場所にあった地下の【狩り場】まではそれほど距離はない、魔物を密集させているのなら広範囲に魔術を放てるファスの餌食だが……。

　怪訝に思いながら進み、そして【狩り場】があった位置にいくとそこは予想外の景色が広がっていた。

「おぉ……えっと、宮殿？」

「小さなタージ・マハルって感じだね。ただ配色のセンスが悪い」

　ドーム球場ほどの広さに、黄金で作られた宮殿が立っていた。

　天井からは砂と金貨が降っており、魔物が宮殿を守るように配置されている。

「宮殿の周囲には結界が張ってある様子ですね。かなり強固です。まず周りの魔物を一掃します」

「わかった。ファスが魔法を発動したら、一気に宮殿まで行こう、ってなんだっ！！」

　突如地響きがなり、宮殿から噴火のような勢いで金貨が噴き出してきた。

「防御します【氷華：ホオズキ】」

「糸で守るねー」

「【破邪の星壁】無茶苦茶だよ」

　ファスが氷の檻、叶さんが結界を出し、金貨を防ぐ。

　しかし、金貨は尽きることなく降り注ぎ、周囲を埋め尽くした。

　前後上下左右に金貨が積み上がり壁となる。チッ、一気に視界が悪くなった。

「この金貨は転移者の【スキル】混じりです！　先を見通せません」

「奇襲に備えるだ、オラが敵ならパーティーの分断を――」

　トアの言葉が言い終わる前に、正面の金貨の壁が割れ黒いオーガが数体乗り込んでくる。

　後ろからも蛇型の魔物が、飛び出してきた。

「出るぞっ！　フクちゃんは後ろを頼むっ！」

「ご主人様、待ってください。様子が……」

　反射的に結界の外に出て、オーガの前に出る。

　オーガの拳を躱し、一体目の横腹に鉤突きを放った瞬間に違和感に気付く。

　……なんで、僕は前に出た？　ファスの牽制を入れてから出たほうがいいはずだ。

「引っかかったなぁ！　【煽動】してやったぜ。あのローブの子は俺がいただくぞ」

「ギャハハハハ、お前が一番雑魚ってわかってんだよっ。【宴会芸人】」

「はい、死亡ー。むさい男はいらねぇんだよ」

　三馬鹿達が、魔物を引き連れ金貨の壁から現れる。

　その胸には黒い玉が埋め込まれ、浅黒い肌に紅い眼、魔人化しているようだ。

　殴ったオーガの表皮が発光する。

　そこには入れ墨のようなもので魔法陣が描かれていた、こんなものは描かれてなかったはずだ。

　【幻術士】の効果か！？

「しまった！！」

　すぐに、飛びのこうとするが、別のオーガが飛び掛かり対処を迫られる。

　殴っているオーガを投げ技でぶつけるも、その一瞬で魔法陣が発動する。

　風景が歪み、浮遊感が全身を包む。

　なんどか感じたことのある、転移の感覚だ。

「ようこそ闘士殿、私の新たな宮殿へ」

　次の瞬間、目の前には黒い触手と蠍の身体に人間の頭部が張り付いた醜い化け物。

　デルモが下卑た笑みを浮かべていた。

「……意外だな。こういう手を使うなら、叶さんかファスを移動させると思うけど」

　ぶっちゃけ、パニックだけどここは落ち着こう。

　相手の腹を探る振りして、深呼吸だ（せこい）。

「そうしたいのはやまやまですが、魔術や奇跡に長けた【ジョブ】はこういった転移の罠は効きづらいのです」

「それで僕ってわけか」

「左様、この宮殿の周りには。厳重に結界を張っています。地下で貴方が見せた結界破りをされては、厄介だ」

「宮殿に入れても、僕なら危険は少ないと？」

「知っているでしょう？　地脈の浄化前に私を殺せば、どちらにせよそちらは破滅です。それに闘士殿には聖女様との契約を破棄してもらわなければ困る。それがある限り、聖女様を隷属させれませんからな」

「死んでも断る」

　【奴隷契約】の破棄が目的だったのか。なるほど、もし契約の破棄ができればまたあのよくわからんカルドウスの儀式を使って叶さんを奴隷にする事ができるってわけだ。

「ハッハッハ。闘士殿が死ねば、アンデッド化して操れます。生け捕りできるなら人質にしてしまいましょう。あぁ【幻術士】様の【スキル】で契約破棄をさせてもいいですな。先程【上級騎士】様を使って実験しましたが、問題なく操れました」

「スキルで【転移者】を操れるか、実験だったわけか」

「その通りです。さて、そろそろ話は終わりましょう。外にいる【転移者】様は主の力で強化されていますがいささか戦力が不安ですな……先に貴方を倒し、ゆっくりと聖女様をいただきましょう。あぁ、あの美しいエルフも良いですな。獣人の料理人は素晴らしい、これからも私の食事を作ってもらいましょう。白い少女はカルドウス様に献上する予定で――」

　言い終わる前に右掌底、床から生えている触手が間に入り防がれるが、衝撃でデルモが後退する。

「グブッ……なるほど、確かに少しはやるようですが、所詮は【拳士】のジョブ……」

　掌底はただの、牽制だった。

　本(・)命(・)は(・)こ(・)っ(・)ち(・)。

　見様見真似のステップで触手をかいくぐる。いつもしている踵での踏ん張りではなく、爪先での【ふんばり】を利用した踏み込み。

「この街の職人と冒険者からの届け物だ……受け取れェ！！」

『必ず、フェイントを入れること。踏み込みは深く、右肩で壁を作り脇は締める。一番大事なのは足先から腰の回転を送るタメを作り、首は動かさない。こんな所かしらね、さぁサンドバックを打ってみて』

　作戦決行前に、ギルドでヒットさんから教えてもらった一撃。

　この街の誰もが憧れた、象徴的な技。

　砂漠の首魁に叩きつける、その最初の一撃は王者直伝の左フックと決めていた。

というわけで、吉井君とデルモ戦いが始まりました。

次回：吉井君、粘る。

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