第百五十話:王者の左
その闘技場は様々なものに満ちていた。
席を埋めるのは半魔人化した観客達。彼らは腕を振り、張り裂けんばかりに声を上げる。
ダンジョン化の影響が色濃く出ているためか、触ることのできない幻燈の金貨が降り注いで光に反射していた。
空は曇り、今が朝なのか夜なのかもわからない。ただ至る所に仕掛けられた照明が中央を浮かび上がらせる。
戦場には角を生やし、牙を生やし、赤黒い肌に爛々と双眸を光らせる闘士達が各々の得物を持って佇んでいる。特に魔物としての影響が強い一群の前には、わけもわからず殴り合う者が十人ほどいる。
位が高いであろう闘士の一群の中心にいたのは、半裸にバンデージを付けた男。
彼だけは魔物化はしておらず、ただ虚ろな目で入場口を眺めている。
闘士達の足元には大きな魔法陣が明滅しており、穢れを内包した魔力を噴出し街のダンジョン化を進めようとしていた。
待ちきれないと、魔人となった闘士が雄叫びを挙げ、戦いを催促する。
人ならぬ者達の叫喚に応えるように、入場口の柵が上がった。
ゆっくりと観客に見せつけるように挑戦者達が入場する。
先頭に出てきたのは二人。
ポニーテールを揺らし、すでに刀の鯉口を切っている小清水 千早。
その横にいるのは俯きながら、手先を広めの袖に隠した日野 留美子。
女を見て興奮したのか、それまで殴り合っていた武器も持たぬ闘士達数人が二人に飛び掛かる。
「【居合:蜂鳥】」
「【陰剣:影縫い】」
抜刀の瞬間はもとより、刃すら見えないほどの連切りにより簡単に間合いに入った闘士の首が転がる。
その他の者は、ただ立っているだけ……否、影に刺さっている棒手裏剣の効果で動くことができず。
何もできないまま、頭部にクナイを突き刺され立ったまま絶命していた。
年端もいかぬ少女達が行うにはあまりにも容赦のない戦闘、しかし観客達はそれを望んでいたと喜悦の叫びを挙げる。
二人は覚悟を決めた表情で武器を構え正面を睨み付けた。
群がる雑魚が瞬殺されると、後ろの一団が動く。
前座は終わったと、バンデージの男以外で得物を持った魔人達が黒いオーラを纏いながら突撃した。
突如、魔人達と小清水の間に砂嵐が起こる、闘士が足を止めると砂煙に交じり矢が射られた。
戦斧を持った大男【バルモ】は魔人化により強化された腕力で斧を振り矢を払う。
その脇を曲刀使いの双子が走り抜けた、その腕は変化しておりもはや曲刀そのものとなっているようだった。
「二人まとめてでいいわ」
千早が四本の曲刀を流れるように受けとめる。
その千早の横を取ろうと大鋏を広げた痩せた男が詰め寄るも、無数の投擲武器により阻まれる。
「あなたは、私が相手だよ」
砂塵に紛れる【影】が言葉を発す。
大鋏使いが笑みを深め、一切の躊躇無く影に切りかかった。
一方、砂塵を突破しようとただ無心に突撃を繰り出すバルモは不意に足元に現れた少女に気付く。
魔人化したことにより、巨躯となった彼にとって踏みつぶせるほどに細く可憐なその少女は、着ているメイド服には到底似合わない獰猛な笑みを浮かべていた。
「的がデカくて助かるわ。派手に行くわよっ【セテカー】ァアアアア!!」
アナスタシアが掲げた腕に呼応するように、地面より巨大な腕が砂で形成される。
次の瞬間、強大な質量を持つ砂の拳が戦斧ごとバルモに叩きつけられた。
周囲で激しい戦闘が行われる中、闘技場の中央には静かに向き合う漢が二人。
「遅かったな。……チャンピオン」
「今は貴方が王者よ。レオーネ、闘技場がおかしくなったことは気づいていたはずよ。どうして逃げなかったの? 忠告は何度もしたはずよ」
一見すると魔人化は起きていないように見える、バンデージの男【レオーネ】からは黒いオーラが立ち昇り、双眸は紅く染まっていた。
「おしゃべりでもしに来たのか? ……俺はただ……アンタのその趣味の悪いマスクが欲しかっただけだ」
トンッ、トンッとレオーネがステップを刻み始める。
「馬鹿ね。本当に……万全でしょうね?」
「侵入者を倒す為なら、自由に動く。それ以外は自殺もできないがな。……万全さ」
ヒットもステップを刻む。
周囲の戦闘音に魔人化した観客の歓声、そんなものなど存在しないようにただステップの音だけが二人の間に流れる。
二人の足音の最小公倍数、最も力の入る刻が重なる瞬間に二人の王者の身体が弾けた。
顎の高さに置いた右腕に、下げた左腕。同じ構えの二人による攻防は左ジャブの差し合いから始まった。
仕掛け合う無数のフェイント、時に躱し、時に受け止め、機を伺う。
猿のような歓声を挙げていた観客は、いつしか黙り込んでいた。
現王者とかつての王者、二人による戦いは円舞曲のように美しく見るものを魅了する。
闘技場の足元で明滅していた魔法陣は、その周囲に展開された【紋章】により壊れた歯車のように動きを止めていた。周囲に満ちていた幻燈の金貨も少しずつ消えていく。
魔人達とアナスタシア達の戦闘は継続しているが、ダンジョン化の影響が薄らいでいく闘技場で意識も記憶もあいまいな観客達の視線は中央に集中していた。
試合序盤の均衡が徐々に崩れ始める。
【スキル】を交えながら間合いを測り、付かず、離れず、目の覚めるような右の一撃を紙一重でお互いが躱す。
二人の身体を伝う汗が地面に染み込んでいく【空打】による中距離の応酬から、連打の途切れる一瞬を好機とみたレオーネがステップで身体を左右に揺らし接近。
ヒットの回避に合わせ、左足を引いて構えを反転したレオーネが左拳を引いた。
「【衝拳】」
フェイントを交え、渾身の左フックに【スキル】を乗せて放つ。
ヒットのステップを読み切ったその一撃は、完全にレバーに入ったように見えたが空を切る。
空ぶったと感じたレオーネの目線はその足先に向けられた、それまであった場所にあったはずのヒットの右足がない。
「【炎衝拳】」
それは王者の一撃、誰もが真似をし、闘技場で数多の闘士を沈めた左。
レオーネと全く同じタイミングでの構えの反転。それによってできる半歩の間合いで左を引いたヒットによる炎を纏った反撃がレオーネの側頭部に突き刺さった。
次回も闘技場組の視点です。
ご報告があります。累計PVが200万を超えました。
一度もランキングに乗ったこともなく、細々と続けていたこの作品がここまで多くの方に読んでもらえるとは全く思っていませんでした。
この場を借りてお礼申し上げます。この作品を見つけてくれて本当にありがとうございます。
今後とも吉井君の冒険を一緒に見守っていただけたら幸いです。
もし、ここまで読んでくれた方の中で評価をしていないという方がいたら
「☆☆☆☆☆」の評価をしていただけたら、★一つでも嬉しいです。
ご、ご祝儀代わりにブクマしてくれてもいいんですよ(土下座






