第百四十二話:聖女と奴隷契約
余裕綽々の表情で座っていたデルモは戦慄していた。
百を超える地下からの魔物、呪いにより人を超越させた魔人、我が主の盟約による触手。
装備だって、相手はドレスだ。万全にはさせなかった。
ギルドへは金を積み間者を雇い、偽の情報を掴ませて罠にかけた。
職人達からは道具を奪い、地下へ追いやった。
この街にはもはや私に逆らう者はいないはず。
私に間違いは無かった。
姫が招いた冒険者についての情報も貴族の情報から徹底的に調べ上げた。
スタンピードに参加したものの特に記録は残っていなかった。
しかもそのうちの一人は、無様にも勇者に追いやられた出来損ないの転移者だったはず。
闘技場での戦いは見事だったが、所詮は【拳士】、私の敵ではない。
対【紋章士】用の結界は機能しているはずだったのに、それが一瞬で突破されたことを感じていた。
砂漠の首魁は、強く玉座の手すりを叩く。なによりもその目の前にある光景が信じられなかった。
最大の敵は、聖女とその取り巻きの転移者、そしてギルドマスター、次点で追手を退けたというアナスタシア姫だと思っていた。
応援に来た、C級冒険者なんぞ敵ではないと思っていたのに。
「なんだこれはっ!」
その眼前に広がるのは、杖すら持たず世界を白に染める翠眼のエルフと、無邪気な笑みを浮かべながら魔物を捕らえ嬲る少女。
例え四肢を失おうとも、戦い続けるはずの魔人や魔物はまるで命そのものを差し出したように横たわる。
数の力がそれ以上の個の力によって摺りつぶされていく。
それでも、いつかは力尽きるはずと思っていたのに、あの化け物達は底なしの魔力と暴力を叩きつけてくる。
まるで、魔物達から命を奪い力にしているように……。
「おいっ! デルモ、話が違うじゃん。【聖女】の桜木を抑えたら、後は余裕じゃなかったのかよ!?」
「なんだこれっ、何だコレえええええええええ!!」
「何だあれ? おい、おいおいおい。大丈夫なんだよなぁ? 」
【幻魔術師】のカシマが悲鳴を上げ、【魔物使い】のヨシダがパニックになっている。
【扇動者】のハリモトは必死に魔物を煽動しているものの、まるで話にならない。
「まったく。予定通りには行かないか……。大丈夫ですよ転移者様。魔物はまだまだいます。余裕を持って相手をしましょう。聖女へかけられた【誓約の儀式】は無事です。それさえ整えばどうとでもなる」
例えお前らが死んでもな。その言葉を飲み込み、無数の触手に群がられる【聖女】を見つめていた。
※※※※※
(カナエ、無事ですか)
(大丈夫……ゴメンね。私のバフがあればもっと楽なのに)
ファスは魔物を刻みながら、叶の様子を気にしていた。
広間の魔物は問題にならない。
前衛を務めるヒットと千早が戦いやすいように【氷華】にて魔物の動線を操り、足が止まった魔物を順次屠っている。
あちこちに設置された氷柱にはフクが糸を張り、魔物を絡め取り時折捕食していた。
キルレートならば、一位がファス、二位がフクだろう。実際この二人のみで敵を圧倒している状態だった。
アナスタシア姫は戦闘には参加していないが、魔力を溜めて何かをしている様子だ。
目下の所、問題は叶に群がる触手だった。
あの忌まわしいデーモンの魔王種カルドウスの力を感じるその触手はいくら、潰そうがいくらでも生えてくる。
おそらくは、一度狙いを定めるとどこまでも追い続けてくるのだろう。
結界が壊れれば、強制的に叶は敵の手に落ちる。最悪奴隷の契約を結ばされ、デルモの命令に逆らえなくなるかもしれない。
広間の戦況は、結界を張った叶を庇っているためにいまいち前線を押し上げれず、デルモや三馬鹿へ攻撃できないファス達と、魔物達や魔人を呼び出し焚きつけてくるデルモと三馬鹿とで拮抗していた。
「うーん、すごいねファスさん。話以上というか、マジで転移者よりも強いかも」
「アナ姫。どうするつもりですか? このままだとカナエが……」
メイド服のアナスタシアが腕を組みながら、ファスの横に立つ。
「ヨシイは今どこかな?」
問いには答えず、アナスタシアは真也のことを尋ねる。
「地下の魔法陣は変化している様子です。ご主人様は先にここに戻る為に、走っているようです。もうすぐ戻るでしょう。言葉にしても良いのですか?」
「耳のいい変態に聴かれるって? 問題ないよ。そろそろ茶番を終わらせましょう。ちょっと魔物を黙らせることってできる?」
ファスは怪訝な顔をするものの、自信満々で笑うアナスタシアを見てため息をついてフクに【念話】を送った。
(フクちゃん、アナスタシア姫様が何かするそうです。魔物達を一旦、押し返しますよ)
(通せんぼ、もういいの? わかったー。コロス)
「合わせ技【花霞】」「みんな、死んじゃえー」
それまで、魔物の動きを制限していた氷柱が砕けて欠片が花びらのように宙を舞う。
糸に誘導されるように、小清水とヒットが広間の中央まで下がり、結界越しに叶もその様子をみた。
「……キレイ」
「ちょ、どうしたのよ。囲まれちゃうじゃない」
ドレス姿で打ち刀を構えながら、千早が周囲を見ると魔物が広がりパーティーを包囲しようと動く。
「大丈夫よぉん、見てなさい」
焦る千早の肩をヒットが叩く。
割れた氷の破片たちは、光に反射すると薄紫に煌めく。
それは、よくよくみると一枚一枚が何か薄い皮膜を纏っているようだった。
「フクちゃんの毒液を私の水魔術でコーティングした氷の破片です」
氷の破片が風を受けて渦巻く花びらのように周囲に炸裂した。
魔物達をとらえていた糸ごと広がったその氷たちは、毒を纏いながら魔物達を吹き飛ばす。
竜巻のような暴風が収まると、壁一面に魔物がうず高く積まれていた。
氷に貫かれ絶命している魔物がほとんどで、さらに毒により満足に動けない魔物達がのたうち回っている。
デルモは冒険者達を盾になんとか、無事だったようだが虎の子の魔人達はほとんど再起不能に陥っている。三馬鹿達も冒険者達を盾にしていたが、防御を抜けた氷とその毒のせいで気を失っていた。
「これでよろしいですか? アナ姫。すぐに敵の後詰めが来ますよ」
ドレスの裾を翻し、涼やかな視線をアナ姫に送る。
「十分……というか、ここまでするとは思わなかったよ。皆は触手の対処をお願い。さてデルモさん、耳がいいんだし聞こえるでしょ?」
広間の中央では触手が、叶に群がっている。アナスタシア以外のパーティーは指示通り触手の除去に動いていた。
魔人達を押しのけデルモが前に出る。その身体にはあちこちに氷が刺さっているものの、毒も効いていないのか立って歩いている。
「まったく、とんだお転婆ですな。私の屋敷が無茶苦茶だ。確かにそこの冒険者二人は切り札足りえますな。やられました」
「やられたって顔じゃないわよね。どうせ、この魔物達も茶番なんでしょ? 女神に封印されているカルドウスを復活させるって具体的にどうするつもりかしら」
「……単純ですよ。女神の封印を破壊する為には淀んだ魔力の流れが必要だった。そしてそれを制御する必要があった」
身体から異音を発しながら、デルモが両腕を掲げる。
その皮膚はさけ、その下から数本の触手が蠢きながら飛び出している。
アナスタシアはその様子を冷めた目で見ていた。
「それで、冒険者達を呪いで魔物に変えて、転移者のスキルで操ると?」
「ハハハッハハ、そんな些末なことではない。私の目的はこの街をダンジョン化させ、そのダンジョンマスターに私がなることだ。街の人間全てを魔物に変え、転移者のスキルを使うことでそれが全て私の物となる。地下の職人達を見逃したのもそのためだ。奴らも私の奴隷としてやる。闘技場の客共も闘士も、冒険者も、全て全て全て私の物にする!!」
デルモの後ろから、三馬鹿達がずりずりと身体を引きずらせながら前に出て来た。
その様子は正気ではなく、呻き声のみが口から漏れている。
デルモは身体から出た触手を三人に突き刺した、三馬鹿は微動だにせずただ不気味に立っている。
「魔物を操るための【スキル】はこいつらを使えばよい。そしてこの街全てを呑み込む呪いは、価値あるものの堕落を以て完了する。本来は姫様を捧げるつもりでしたが、より上等の貢物ができました。つまり【聖女】を堕落させることで土地を汚し、ダンジョン化を完成させる。どうですか姫? これが私と我が主の考えです。その為に何年もかけた……貴女が呼んだ冒険者達は奮闘しましたが、ここまでです。ダンジョン化が始まれば全員呑み込めばよい」
勝利を確信した表情、そしてアナスタシアは俯き、肩を震わせていた。
その様子を見て、デルモは笑みを深めるがすぐに異変に気付く、アナスタシアは絶望して俯いていたのではない。肩を震わせ笑っていたのだ。
「フフフ、アッハハハハハハ。はぁ~可笑しい」
「何がおかしいというのですか? 【聖女】の堕落はもうまもなく……」
「その【聖女】様の堕落というか奴隷落ちね。先にこっちがしちゃったらどうなると思う?」
「は?」
言葉の意味がわからず、デルモが聞き返すも、アナスタシアの横の地面が割れ一人の少年が飛び出してきた。
「通路が魔物の死体で塞がれて……って、アナさん。これどういう状況ですか?」
現状を把握できず、吉井がアナスタシアに向き直る。
「待ってたわ。さっさと行ってこいっ!!」
そう言って、手をかざすと砂塵が舞い上がり。真也を吹っ飛ばす。
「ハァアアアアアアアア!?」
飛ばされたその先には、触手に群がられている結界とその先に叶の姿があった。
真也を見た叶は、満面の笑みを以って結界を消した。結果触手が群がるが、知ったことじゃないと飛び上がり真也に抱き着いた。
「ということで【奴隷契約】成立♪」
そうして【聖女】は少年に口付けをしたのだった。
デルモにとっては災難極まりないです。というわけで叶さんがついにやってしまいました。
次回:叶さん暴走する。
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