第百三十八話:人違い
手を広げ、大仰に叶さんを迎えるデルモ。
闘技場で見た時と身体の印象は変わらず、細身の病的な大男。
その様子は我慢できないとばかりに、喜びを発露している。
「叶さんが来てあそこまで喜ぶのか」
「他の貴族と同じ理由ではなさそうだね。フフフ、緊張してきたよ。舞台に上がる前のようだ」
その言葉とは裏腹に紬さんの表情には笑みが浮かんでいる。
学校での彼女がどうだったかはよく知らないが、叶さんとはまた違う意味で感情豊かなんだな。
「僕はさっきから、バクバクだよ」
トアとナルミの方を見ると、人混みが捌けている。
音も無く僕等の席の後ろにナルミが立ち、優雅にワインが入ったグラスをくゆらせている。
あれほど群がっていた、男達はすっかり煙に巻いたようだ。
「戻ったぞ」
「人混みからどうやって抜け出したんだ?」
「聖女のおかげで注意がそれたからな……お前の獣人が言うには、あの転移者が話していたのは、聞くに堪えないものだったらしいぞ」
「何だったんだ?」
「聖女一行をどのように犯すかだ。今晩モノにできると思っているらしい」
……あいつら、闘技場で箸にも棒にもかからなかったはずなのに、どうやって叶さんを誘うつもりなんだ?
重要情報を期待していたのに残念だ。
脱力して肩を落とすが、ナルミと紬さんは逆に表情を険しくさせている。
「過程ではなく、結果の相談か。つまり、叶達をどうにかする算段があるということだね」
「獣人もそう言っていた。その為の罠があると踏んで、この広間を後にしている」
「あっ、そういうことか」
どう、口説くかではなくて、叶さん達を手中に収めた後のことを相談しているなら、つまり当てがあるということだ。
マスク越しに見る三馬鹿達は、ニヤニヤと笑みを浮かべて叶さん達を見ている。
胸に言いようのない不安が広がる。
デルモはのそりと動き、叶さん達に近づき会釈をしている。ここから何か起きるのだろうか?
どうする? ここは叶さんの所へ行くべきか?
腰を浮かすと、ため息にもにた感嘆の声が、新たに響く。
聖女に集まる人垣が割れて、広間の入り口を皆が見ている。
その注目の先は、やはりファスとフクちゃんだった。
フクちゃん、予定では子蜘蛛の姿で隠密するはずだったが、皆がドレスを着ているので自分も着ると言って聞かなかったんだよな。
『おぉ、なんという……』
『美しい……人とは思えん』
そんな声が漏れる。二人の姿は圧倒的だった。
後ろにアナさんとヒットさんを連れた二人の歩き姿は、遠目だろうが関係なしに視線を惹きつける。
ファスは耳を隠すヴェールを揺らしながら、重力を感じさせないようにゆっくりと流れるように歩き、フクちゃんはニコニコと無邪気……いや挑発的な笑みを浮かべながら身体を揺らしながら歩いている。いつもの人見知りなフクちゃんではなく、カジノでトアが頭を抱えたという女王様モードのようだ。
二人の一挙手一投足に会場の注意が集まる。デルモを含め会場の全ての人間の時間が止まっているようだった。二人は、叶さんの元へ行きグラスを取る。そこでようやく、貴族達はその周囲に集まり始める。
「ファスも来たか、随分遅かったな」
「そうだね、しかし、ファスさん達がいるなら叶達は大分安全なはずだよ」
ガシャン
不意にガラスが割れる音がする、ナルミがそれまで持っていたグラスを落としていた。
デルモが一瞬こちらを見るがすぐに、叶さんの方へ向き直る。
いや、待て待てあいつグラスが落ちる音を聞いたのか!? この人混みと喧噪の中で正確に音の出どころを把握した?
冷や汗が背中を伝う。ここまで敢えて念話を使わず、言葉で喋っていたがもしかすると聞かれていたかも知れない。
遠くの音を拾うような水晶玉(ファスがアマウさんと戦った時に見た)がある世界だ。
どこかに仕掛けをして盗聴していても不思議ではない。
というか、そもそもナルミはなんでグラスを落としたんだ?
一瞬頭をよぎった考えを隅に押しやって、ナルミをみると、彼女は青ざめた表情で瞬きも忘れファスを一心不乱に見ている。
「おい、ナルミどうした?」
「ば、バカな。なぜこのような場所に……あの御方が……」
今にも走り出しそうな彼女の肩を、掴んで引き寄せる。
「落ち着け、どうしたんだ」
「離せ、ヨシイ。あの御方こそは我らの――」
「そこまでだ、どうやら酒に酔ってしまったようだね」
紬さんが、デルモに背を向けて指で空中に文字を書いている。
この世界の文字だ。
『会話を聞かれている可能性が高い』
そう書かれていた。紬さんも、デルモの反応で察したらしい。
その文字を見て、ナルミはそれまで忘れていたかのように深く息を吸った。
「……そのようだ。少し、夜風にでもあたろうか」
「付いて行くよ」
「あぁ……」
「私も行こうか、外の空気が吸いたかったんだ」
広間の横には中庭があり、普通に解放されているようだった。
頭の中に声が響く。【念話】を使うのは危険じゃなかったのか?
(真也。気づいたか)
(あぁ、グラスの音に反応していた。ファスや叶さんの影響で騒がしくなっていた場所で距離もあったのに、こっちを見た。でも【念話】を使って大丈夫かな?)
(この念話は私とフクちゃんの合わせ技だ。発動しているのは察知されているかもしれないが、すでに会話を聞かれたかもしれない以上、言葉よりこちらの方がいい。距離が近ければそれだけ察知はされにくいだろう。それにナルミさんの様子が気になる)
紬さんが、こっそりとナルミに小さな石を渡す。
ナルミがそれを握った段階で【念話】を飛ばす。
(聞こえるかナルミ)
(これは……転移者のスキルか)
(さっきはどうしたんだ? ファスを見ていたようだけど)
(ファス? なんだその名前は? ヨシイっ! お前あの御方を知っているのか?)
知っているも何も……。
(僕のパーティーの一員だ)
(馬鹿な、あの姿。見間違えるはずがない……しかしヴェールで耳が見えなかった……エルフではないのか? 他人の空似? とてもそうとは……)
完全に錯乱しているようだ。
【念話】に集中できていない。まさかナルミがこうなるとは思わなかった。
デルモが気になるので、広間に戻りたいが……。
助けを求め、紬さんを見る。
(会話ができる状態ではないようだ。こうなれば、回復できるのは……)
叶さんなら精神の回復もできるが……【念話】で呼び出して大丈夫か?
ナルミを置いて、広間に戻るか、叶さんを呼ぶか迷っていると、大勢の足音が近づいてくる。
叶さんがこっちへ来ているようだ。ファスも一緒にいる。
「やはり、その翠緑の瞳……ムグッ」
ナルミが何か喋ろうとするので、グラスを口に当てて無理やりワインを飲ませる。
「すみません。闘士様とお話がしたいので」
「二人とも、人払いを」
ファスが指示を出し、アナさんとヒットさんがついて来ようとしている貴族との間に入る。
来てくれたのなら、ナルミのことをお願いしよう。
(二人とも助かった。ナルミがファスを見てなぜか錯乱したんだ。叶さん回復をっ)
(それと、デルモはどうやってか、広間の音を把握しているようだ。危険性はあるが【念話】で意思疎通をするか文章でやり取りした方が良さそうだ)
(わわっ、了解だよ)
(お二人が、焦った様子で外へ出たので、迷いましたが近づかせてもらいました。フクちゃんは、中で虜を増やしています)
「【星守歌】」
叶さんが、掌を翳すと淡い青色の光が粒子となってナルミに吸い込まれる。
精神を強化するスキルだ。
「これは、頭が……」
「お酒に酔ったようなので、回復させますね」
「助かります聖女様」
(ナルミ、落ち着いたか?)
(……あぁ、すまない。それで、その……貴女は?)
信じられないといった表情で、ファスに【念話】でナルミが質問する。
そういや、ファスはずっとギルドだったし、ナルミとは初対面だったのか。
(私ですか? ご主人様の一番奴隷をしております。ファスと申します。今は貴族の振りをして……)
(奴隷だと……やはり人違いなのか……ヨシイから聞いているもしれないが、私はエルフだ。貴女もエルフか?)
ファスが一瞬逡巡し、ヴェールを少し上にずらす。見えるようになった耳はこの街の職人によるエンチャントで人の耳に見える。
(私は、エルフではありません)
ファスはそう答えた。ナルミがこれ以上パニックにならないように、エルフであることを隠すようだ。
正直、めちゃめちゃ気になるけど今はデルモのことが優先だ。
(そ、そうか。人違いだった。すまない、目立ってしまったな)
(詳しいことは後で聞かせてくれ。取り敢えずここからどうするかだ)
めちゃめちゃ目立っちゃったからなぁ。情報を集めるどころじゃないぞ。
三馬鹿の話のこともあるしな。
いっそ開き直って情報共有しようか。
内容までは聞かれていないことを祈り、三馬鹿の話からデルモが音に反応したことを【念話】で説明する。一応、表面では、闘技場での戦闘とかとりとめのない話をしながらではあるけど。
(私も、この『眼』で確認していくつか気になったことがあります)
ファスも何か情報があるようだ。
広間からはデルモがこちらを見ている、どうにもヤバ気だけど、大丈夫だろうか?
ファスと叶さんが、吉井君の元へ行こうとするのを全力で止めるアナ姫でしたが。
二人は吉井君の元へ……。人払いの指示を受けた二人は胃が痛い思いをしたと思います。
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