第百三十四話:聖女とエルフと剣士と紋章
ファスに髪を切ってもらい、無言で部屋を出る。
目にかかるほどに伸びていた髪は綺麗に整えられ、頭が軽くなった気分だ。
まぁ、気持ちはめっちゃ重いですけどね!!
…………フフフ、またやってしまったぜ。また勝手に落ち込んで励まされてしまった。
何回このくだりやるんだよ僕、いい加減ファスの前ではかっこよくありたいなぁ。
まぁ、人生で一番恥ずかしい場面(牢屋で泣いて抱きしめられる)を見られているわけで、ついついファスには甘えてしまう。
中々強い男にはなれないもんだ。
「髪型。似合っていますよ、ご主人様」
フードを被ってそう言うファスの表情は見えない。
でもどことなく楽しそうだ。
「そうか? ありがとう。やっぱ短い方がいいな」
二人で、ギルマスの部屋へ行くと。
「マスター、たすけて~」
「あぁ、この姿のフクちゃんも可愛い! でも蜘蛛の姿になってくれたらもっといいのにっ!」
「あ、あの叶ちゃん。フクちゃんも嫌がってるから」
「叶、いい加減にしなさいっ!」
叶さんの膝に乗せられ、頬ずりをされているフクちゃんと、叶さん達がいた。
紬さんはすっかり回復したようで、姿勢よくソファーに座っている。
叶さん達はポータルで戻って来たのだろう、この場にいないのはホテルへ行ったナルミとボルテスさん、デルモの屋敷に潜入しているトアだな。
「マスタ~」
ピョンとフクちゃんが子蜘蛛状態になって飛び移ってくる。
「よしよし、フクちゃん。もう怖くないぞ」
「むぅ……真也君に撫でられているフクちゃんも羨ましいし、フクちゃんを撫でている真也君も羨ましい……」
「はいはい、皆様方話が進みませんよ。時間もないし、チームを分けて説明するね」
手を叩きながら、アナさんが割って入ってくる。
外を見れば、辺りは薄暗くなっており確かに時間はないようだ。
「まずは、聖女チームだね。聖女様と、コシミズ様、ヒノ様はドレスに着替えて正面から行くこと」
「アナスタシア様は王女様なのですから、私達のことは呼び捨てでいいですよ?」
叶さんが今更な指摘をする。そういやこのメイドお姫様だったわ。
「今はメイドなのでこれでいいの。ドレスはフクちゃんが地下の職人と作ったからね。流石に戦闘用の装備ほどじゃないけど、防御面も期待できるよ。【聖糸】だから呪い対策もバッチリだしね」
(エッヘン)
腕の中のフクちゃんが胸を張る(蜘蛛状態なので胸がどこかわからないけど)、この短時間でドレスまで作ったのか……フクちゃん恐ろしい子。
「私がドレス……刀はどうしようかしら?」
「わ、私の暗器も……」
「アイテムボックスに入れるしかないね。容量は落ちるがドレスに仕込める程度の物を私が用意したよ」
紬さんが、ベルトが付いた小さなポーチを女性陣に配る。あんな短いベルトどこにつけるんだ?
「なるほど、私は武器を使いませんが便利ですね」
ファスが、裾をまくって太ももに巻き始めた。白い肌が露わになる。
もちろん、ガン見します。なるほど、なんて素敵なアイテムなんだ。
心の中で紬さんにサムズアップしておこう。
「ご期待に添えたようで何よりだ」
こっちを見ながらそう言われてしまう。ファスの太もも見てたのバレてるな。
「え……えと」
「女の敵っ!」
「ファ、ファスさん流石に恥ずかしがろうよっ。ギルマスもいるんだし」
「失礼ね、心は女よっ」
他の人にもバレてました。仕方ないじゃん、そんなん絶対みるやん。
「何がですか?」
ファスは首を傾げている。そうだった、この子、これまでの生活のせいで羞恥心が欠如してるんだよなぁ。特に転移者の感覚から外れているかもしれない。
ちなみにトアも、肌を晒すことに特に抵抗はなく、宿とかではかなり薄着になります。
一応他の男性がいる所では控えてくれるようだけど、心臓に悪いな。
各々ポーチを装備すると(ちなみに僕はズボンの上から巻きつけました。特に入れるもの無いけど)アナさんが話を続ける。
「次は私達だね。ファスさんは北の貴族の伝手できた令嬢、私とギルマスはその付き人として屋敷に行きます。蜘蛛状態のフクちゃんも【隠密】しながら私達と一緒に行動する予定だよ」
「特訓の成果を見せる時ですね」
「私もドレスが良かったわぁん」
おっさんが残念がっているけど、この世の地獄だから止めてください。
「ファスさんの眼が頼りだからね。もちろん変装もガッツリしていくよ。最後はヨシイ達だね」
「一応、招待はされているし、ナルミと一緒に行く予定でいいですよね?」
「だね、ただし……ツムギ様も一緒かな」
「「「えっ!」」」
ファス、叶さん、小清水が声を上げる。
「何でですか? それなら闘技場で一緒だった私の方が、自然な流れですよ」
「ずるいですよカナエ、私だって、一緒にいたいです」
ファスと叶さんがアナさんに詰め寄る。
「流れの話じゃないんだ叶。アナスタシア姫様はあの屋敷に巨大な魔法陣があるのではないかと思っているのさ」
紬さんが、僕の肩に肘を置いてそう言うと、二人の視線がきつくなる。
「そういうこと。ギルマスも私もこの街に蔓延っている薬を作っている場所をずっと探していたわ。でも一向に手掛かりがつかめなかった。この街に来る商船を見張って流通ルートを調べても空振りばかり、それもそのはず。……『薬』の正体は『呪い』だった。極端な話、砂漠の砂を丸めたものでも『呪い』の触媒になり得る。どこにでもある葉っぱですら、この街では薬物として扱える。国の監査にも引っかからないわけよ。『薬』には素材が必要だと言う思い込みを利用されたわ。必要なのは『呪い』の加工のみ、それなら私はデルモの屋敷が怪しいと思っているわ。潜入に優れたヒノ様、フクちゃん、情報を集めるのがファスさんと私、そしてその加工場所の破壊こそヨシイにお願いしたいことよ」
「その肝心の『呪い』の性質がはっきりしないのが、怖い所なのよねぇん」
なるほど『薬』の正体に気付いたからわかることだが、上手いやり方だ。
『呪い』の正体はわからないが、それを使って無毒なものを加工することで『薬』として街にばら撒く、輸入しているわけではないから、足がつく可能性も低い、貴族達を抱き込んで街を支配している立場ならほぼ盤石と言えるだろう。加工の方法を変えれば薬の形なんて自由に変えれるだろうしな。
「姫様の推理が正しければ薬物の製造工場は必要なく、呪いを付与する錬金術や魔法陣を使ったものの可能性が非常に高い。つまり【紋章士】である私の出番というわけだ。しかし戦闘はどうにも苦手でね。ナイトが必要と言うわけさ。一応、デルモの屋敷の周辺にいくつかテンプレートは設置しているがそれでも不安でね。真也に守って欲しいのさ」
「わかった。じゃあ紬さんは、僕等と一緒に行動しよう。連絡は――」
「ストップ」
「ん?」
叶さんに話を遮られる。なんだ?
「……『つむぎ』? いつの間に名前で呼び合ってるの?」
「……私も気になりました。ご主人様?」
……チンッ。
ほう、聖なるオーラと絶対零度の冷気ですか、無言で鯉口を切ってる人もいますし、下手な説明は死に直結しますね。
紬さんにアイコンタクトを送るとゆっくりと頷いてくれた。
流石紬さんだ。ここはバッチリ誤解を解いて――。
「あぁ、実は真也とは幼馴染でね。この中の誰よりも深い仲というわけさ」
ファッサァとコートを翻してめちゃくちゃ男らしく宣言していらっしゃる。
この後、ちょっとした阿鼻叫喚(主に僕の)が生まれ、話が進まないということで一旦保留となった。
……今から、敵の懐に飛び込むんだけど本当に大丈夫なのだろうか?
更新遅れてすみません。次回はそこそこ早く投稿できると思います。
次回から潜入スタートです。
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