第百三十二話:君との深い関係
ナルミの【変容】と僕の【呪拳・鈍麻】を使いながら警備を擦りぬけ、さっさと地上に上がると、周囲に気を使いながら闘技場を出る。
幸い人混みが多くそれほど目立たず外へ出ることが出来た。
「つけられてはいないようだな」
女性の姿に戻ったナルミがターバンを脱ぎながら周囲を確認しているが、僕の眼から見ても特にそんな人影は見えない。
「そうね、一応は大丈夫かしら。……どうにも上手く行きすぎな気がしなくもないけれど」
釈然としない顔でヒットさんが言う。確かに、これまでギルドが探っても情報が出なかったという『狩り場』にしては、順調すぎる。というか僕なんて将司と模擬戦しちゃったし。
デルモが油断しているとか? うーん、そうだったらいいけど。
「とりあえず、警戒しながらギルドへ行きますかね。ナルミも来るか?」
「……私はいい、先に屋敷を見ておく。必要があれば潜り込む準備もしないとな」
「デルモの屋敷の警備はここよりも厳しいわよ。【看破】系のスキル持ちがいることも考えられるわ、正直単独での行動はお勧めしないのだけれど」
ヒットさんの助言を受けて、ナルミはしばし考え込む。顎に手を当てているのだがなんか絵になるな。
今は黒エルフの姿ではないが、それでも美人だ。
「わかった、これまで通りとはいかないだろう。だが冒険者ギルドへは行かんぞ、ボルテスがいるホテルにでも行って、対策を考えておく」
「なんでそんな冒険者ギルドに行きたくないんだ?」
「……空腹で倒れた私を奴隷商に売り渡したのが、ここのギルドの冒険者だからだっ!」
そう言って、ナルミはツカツカと去って行ってしまう。
なるほど、そりゃあ近づきたくないのもわかる。
というか、冒険者に身売りされたのか。
「ヒットさん。そういうことってあるんですか?」
「普通にあるわよ。カジノでオケラになって行き倒れたり、砂漠船で密航した人が奴隷として売り渡されるとか。まぁ希少価値のエルフが倒れていたら、うちの冒険者じゃなくても奴隷商の元に行くわよねぇ」
うわぁ、やっぱそうなのか。ナルミはエルフとして売られる寸前に【変容】して逃げて、そこからさらに闘技場に奴隷として運ばれていたが、もしファスがそんな扱いをされたらと思うとゾッとする。
……まぁファスなら返り討ちにしそうだけど。
しかし、ナルミはそんな危険な旅を一人で続けていたのか。彼女が探している『エルフの秘宝』が何かは知らないが、見つかるといいな。
とりあえず、二人で警戒しながらギルドへ戻り、受付を通り過ぎ奥の部屋へ向かう。
扉を開けると、アナさんは執務机に座りカリカリと何かを書いているし、その前のソファーでは中森さんがジュストコールを脱ぎ捨て白いシャツを着崩して気怠そうに横になっていた。
というか、ちょっと胸元開きすぎなんで、目線に困ります。
「帰ったわよ」
「戻りました」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「いや、アナさん。そんな、バリバリ書類かいている状態で言われましても。中森さんは、お疲れの様子だけど大丈夫?」
「やぁ、大丈夫じゃあないね。それと私のことは紬と呼んでくれよ。真也」
「……さすがに、まだ慣れないんで」
というか叶さんが怖い。ナルミにすら敵対心出すぐらいだし、もう一度ちゃんと僕の意志も伝えるべきだよなぁ。
「……君とは一度話をする必要がありそうだが、今は無理だ。完全に魔力切れで余裕がない」
手にポーションが入った瓶を持ってチビチビと飲んでいるが大分しんどそうだ。
朝、アナさんの手紙を受けてからどこかに行っていた様子だけど、何かあったのだろうか?
「もしよかったら、疲労を引き受けるけど」
「大丈夫だ。少し休めば……いや、そうだな。やっぱり頼んでもいいかい?」
中森さんが横になったまま、手をこちらに差し出してくる。
もう一方の手は瓶を持ったまま額に当てており、流し目でこちらを見ている。
首元は汗ばみ、その頬は上気してやや赤い。
……なんかめっちゃエロイ、中性的な顔立ちゆえのこの色気。恐る恐る手をとる。
「久しぶりだな」
「えっ?」
握った手を内転させる動き。僕の知る所で言う捕り手術の要領で引き寄せられた。とっさに手ほどきで体勢を戻すと前腕どうしを当てる構えになる。
片方が横になっているとはいえこの一連の型は、心当たりがあるものだった。
「……合気道?」
「『手ほどき』は、捕り手の基本……だったね。君の祖父から習ったんだよ。私は小学校の低学年まで、君の所の道場に通っていたんだ」
「いやいやいやいや、流石にそれならわかるって!」
「……まぁ、すぐにやめて親の都合でバレエをさせられたからね。あと君、多分私のこと男の子だと思っていただろ?」
……あぁ、えーと。そういや、昔まだ子供の部が道場にあった時に、すぐにいなくなった子いたような気がする。えっ、女子だったの? そんなマンガみたいなことってある!?
「あぁ、えーと。いたような……」→はっきりと思い出せない。
「ひどい話だな。真也はいつも前で受けの見本をしていた。私には上から目線で指導してくれたものだったよ。うん? 怠さが消えているな、これが君の【スキル】か。叶の【女神の奇跡】とはまた違った感覚だな」
一応、触れている最中はずっと【吸傷】で疲労を引き受けていました。
ってそれどころじゃない。将司のことと言い、人の顔と名前忘れすぎだ。
爺ちゃんのことがあったとはいえ、ポンコツすぎるだろっ!
罪悪感に胸が締め付けられる。ごめんなさい。
「本当にゴメン。気づくべきだった」
「いいんだ。小・中は違ったようだし、実は私も高校では君に気づかなかったんだ。気づいたのはこっちに来て叶に君の名前と戦い方を聞いて初めて知ったんだよ。あの時の『真也』だってね。君はいつも道場でお爺様に呼ばれていたから、ピンと来た」
多少は回復したのか、中森さんが身体を起こして背伸びしてこちらを見る。
「さて、これで私達が浅からぬ仲であることはわかったわけだが? 真也」
「観念するよ。……紬、さん」
「『さん』ね。まぁ叶も呼び捨てではない様子だし。今日はこの辺で勘弁しよう」
改めて呼び合った僕等の間で、アナさんがジト目になり、ヒットさんがクネクネしていた。
「なるほど、こうして。パーティーが増えていくのね」
「アハ~ン、青春ね。初々しいわぁ~」
勘弁してください。まぁ紬さんに関しては旧友に会ったようなものだろう。
思えば出会った時から、ハーレムだの言っていたのも、それを踏まえた上でのからかいだ。
そんなことを思っていると、扉がノックされる。
【位置捕捉】で気配を感じる、ということは。
「ファス?」
「っ♪」
アナさんが、ペン立てにペンを戻し、元気よく立ち上がる。
やけにウキウキしているな、そしてなんでファスは入らないんだ。
僕達が中にいることなんて【精霊眼】で視えるだろうに?
「おっと、着替えが終わったんだね。ヨシイがいるから緊張していると見た」
緊張? なんでまた。
不思議に思っていると、紬さんが腕を組んでニヤニヤとして、アナさんがスキップで移動し、扉を開けた。
「わわっ、ご、ご主人様。お帰りなさいませ。えと、夜に向けてアナスタシア様にこれを着るように言われて……ご主人様?」
「………………」
そこにいたのは、ファスだった。わかっていたけど言葉がでない。
その姿があまりに美しかったから。
背中を露出するタイプの真っ白なシルクドレス、首元には瞳と同じ色の翡翠のペンダント。
髪は短いものの、それ故に露出した耳元から頬のラインが清潔感を出している。
薄く化粧をしているようで、それだけでいつもと全然印象が違う。
なによりも、その立ち姿に目を奪われる。一本線が通ったような立ち姿は、絵画のように視線を惹きつけるバランスだった。
「あの、おかしくないですか?」
「グハァ!」
ファスが近付き、やや上目遣いでそんなこと言われた日には耐えれるはずもなく。
気が付けば膝から崩れ落ちていた。あっ動悸がやばい。
「むぅ、流石にこれには脱帽しかないな。悔しいが道を譲ろう」
「フッフッフ、流石あたしっ。この日の為に立ち振舞いを徹底的に教えたからね」
「これならどこから見ても、貴族で通るわね。ちょっと目立ちすぎの気もするけど」
「ご主人様、大丈夫ですか!?」
あぁ、パ〇ラッシュ。僕はもう満足だよ。
そんなことを思いながら、抱き上げてくれるファスの声を遠くに聞いていたのだった。
正妻が本気を出すようです。
次回はフクちゃんトアも合流して、デルモの屋敷へ行きます。
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