第百二十六話:ギルドマスターの責務
ズタ袋を担いでギルドの狭い入り口を潜り、受付を横目に、まるで魔物の素材を持って行くかのように小清水と奥に進む。小清水はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「ふぅん、ここが冒険者ギルドなのね」
「うん? あぁ、そうか普段教会にいるから、ギルドは初めてなのか」
考えてみれば、転移者で冒険者ギルドに入り浸っているのって僕くらいじゃないか?
昨日も奥の部屋に【転移の紋章】で来ただけで、受付や普通のギルドの様子は見たことないのだろう。
「えぇ、なんていうか。ガラが悪いわね」
砂埃と血で汚れた鎧にボロボロの武器、元が何かわからない食材で作られた昼食に酒瓶。
笑い声に怒鳴り声、喧噪こそが日常。
確かに、ガラは悪いな。僕には馴染んだ空気だが、元居た世界の感覚ではあまり近寄らないほうがよいという感じ。
「今はデルモのせいってのものあるかもね。前にお世話になっていたギルドは、もうちょい平和だったかな? 多分」
いや、治安は悪かったかも(主にファス関係の件で)。
「苦労したのね」
「どうかなぁ、ファス達がいたから苦じゃなかったけど」
そもそも、元居た世界では首吊ろうとしていたわけで、どっちが苦労したかと言えばどっちもどっちかもなぁ。
そんな話をしながら、奥の部屋へギルマスの部屋をノックするとすぐに扉が開けられた。
「あらぁん、お帰り。予定より早いわね。ささ、入って頂戴」
モヒカンヒールのスタイルでヒットさんが出てくる。いい加減慣れて来たけど、改めて見ると凄い恰好だ。
部屋に入り、ズタ袋を開ける。【呪拳・鈍麻】で動けない刺客が目を剥いてこちらを見ている。
「叶さん達を尾行していたようです。捕縛しましたけど、なにかわかりますかね?」
「お手柄ね、でも聖女ちゃんの方は大丈夫?」
「叶なら、留美子が見てるわ。それに、あの子も闘技場でかなり頭に来ていたから……」
ヒットさんと顔を見合わせる。叶さんが頭に来ると何があるんだ?
「もし叶の方に尾行が残っているのなら、悲惨ってことよ」
「……」→僕(顔が引きつる)
「……」→ヒットさん(若いわねぇって顔してる)
うん、突っ込むのは止めよう。小清水がここまで言うとか……。
ファスといい、フクちゃんといい、僕のパーティーの女性陣は絶対に機嫌を損なってはいけない。
肝に命じておこう。
爺ちゃん、女性って怖いよ。
「そういう意味では、あの子が暴走しないように戻らなくちゃね。吉井、これを渡しとくわ」
小清水が差し出してきたのは、一枚の紙だった。広げると地図に日本語でメモが書かれている。
「狩場の場所とわかったことを簡単にメモしているから、読んでおきなさい。じゃあね」
そう言って、小清水は部屋を出て行った。
すると、入れ替わりにファスが部屋に入ってくる。踊り子の格好でもいつものローブでもなく、コルセットと言うのだろうか、胸から腰回りを革製の防具みたいな物で締めている。それ以外は薄着であり、運動をしていたのか頬がやや赤い。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま、ファスはアナさんの特訓?」
「はい、とりあえず。基本はできたと言われています」
流石ファス、アナさんの特訓をパスしたらしい。内容は知らんけど。
ファスの後ろからメイド服のアナさんも入ってくる。
「ヨシイ、お帰り~。いや~ファスさんの仕上がりが予想以上だったよ。というか出来すぎな気も……」
「結局、ファスの特訓ってなんだったんですか?」
「それはね~。今夜お披露目かなっ。今夜デルモの屋敷で、聖女様を交えた会食があるんだけど、そこに私とファスさんで行く予定だよ。ファスさんは他国の貴族、私は付き人のメイド役でね」
「アナさんが自ら行くんですか!?」
いやいや、あなた今逃亡中の身ですよね。普通に無理なのでは?
「だって暇だし!」
「暇!? ええと、そもそもファスに貴族の役をさせるのはエルフだし問題あるかと……」
「耳は幻惑の装備でなんとかなるよ。なんせこの街の地下には、最高クラスの職人がたくさんいるしね。すでに、ギルマスを通じて協力を取り付けてますっ」
ムフンと胸を張られる。ダメだこの人相手に口で勝てる気がしない。
ファスにも止めてもらおうと目で助け求める。
「行かせてください。ご主人様は闘技場で闘士として戦っています。トアは料理人として、フクちゃんは地下で戦いに向けて装備を作っています。叶は聖女として敵の懐に飛び込んでいます。私はここまで何もしていません。どうか協力をさせてください」
ファスが頭を深く下げる。
「……ずるいぞファス」
そう言われると僕が反対できないのを知っていて、そう言っているのだ。
「必ず、お役に立ちます」
「条件がある。フクちゃんと一緒にいること、何かあったら自分の身を優先させること」
「後者に関しては、ご主人様にも守ってもらいたいです」
僕は自分のことは棚に上げます。目線をそらすと、ファスにジト目で睨み付けられた。
「話はついたね。さて、夜まで時間あるけど。私はこの二人にお話しを聞こうかなぁ」
アナさんは捕らえられていた、刺客二人を見て笑みを浮かべる。
うん、ご愁傷様だ。
だけどもその前に情報の共有だ。刺客二人はヒットさん個人の訓練場に運びこんで、アナさん、ヒットさん、僕、ファスで情報を共有した。僕が今晩屋敷に呼ばれていることも都合がよかったな。
ついでに小清水が渡してくれた、地図も確認する。
地図は闘技場の地下から屋敷に繋がる通路に、ダンジョンへ繋がる秘密の通路のことが書かれている。メモの内容は日野さんが書いているらしく、怪しそうな場所や闘士達が運ばれていった場所についての見立ても書かれていた。
「これは凄いよ!! 今まで、ガードが固くて『狩り場』に関しては全然情報がなかったんだよね。この地図があれば潜入できるかも。【忍者・鑑定士】のジョブがここまでとは……うーん。ここに来て選択肢が増えて来たね。どこから調べるかな?」
「僕としては闘技場の客の熱気というか、何が行われているかが気になります。観客の様子は異常だったし、これは街に蔓延している薬、呪いに関係がある気がします」
【吸呪】した感覚でなんとなくだが、似ている気がする。
「その答えは、闘技場からつながる地下通路にありそうだね。ダンジョンの魔物を集めているっていう『狩り場』もそこから行けそうだし……」
「ヨシイちゃん、ちょっと聞きたいのだけど」
それまで黙っていたヒットさんが、腕を組んだまま質問してくる。
「なんでしょう?」
「闘士達の様子よ。さっき教えてもらった話では、黒いオーラを纏っていたのよね。そして身体能力は大幅に上がり、痛みすら無視したと」
「はい、試合前に配られた葉っぱに呪いがかけてありました。それの影響だと思います」
「そう……アナスタシア様。お願いがあります」
真剣な顔でヒットさんがアナさんに向き直る。
「何かしら、ギルドマスター」
「人手が足りないわ。今まではギルドとしての動きを悟らせない為に、大人しくしていたけど、あたしも動きたい。『狩り場』と闘士達の体に起こっていることを調べるわ、腐っても元闘士よ闘技場のことは熟知しているわ」
「貴方にはこの場所に残って、冒険者達の動きを見てもらいたいのだけど。ギルマスが不在だと何かあった時に冒険者達が動けないからね~」
アナさんが難色を示す。
「ギルドマスターと呼ばれるのは苦痛ね。今のギルドはほとんどがデルモによって支配されています。薬によって金を奪われ、『狩り場』によって冒険者の仕事も管理されているも同然。あたしはそれに対して何もできなかった。拳をぶつけることもできず、古巣の闘技場もいいようにされて、ずっとそれをただ見ているだけだった。アナスタシア様がここに来てくれなければ、この街はデルモの支配下に置かれていたでしょう。まるで砂漠の蜃気楼のように相手のこともわからず、陰から街を変えられてたでしょう。お願いよ! 何かさせて頂戴っ。ギルドのことは大丈夫、信頼できるメンバーを集めているわ」
ヒットさんの体から、熱気が昇る。武人としての誇り、ギルドマスターと言う責務を果たせなかった自分に対する怒り、この人は普段のふざけたような口調の下に苛烈な怒りを抱えていた。
昨日見た奥の訓練場の器具は、新しい血で汚れていた。彼はずっと鍛え続けていたのだ。
「……僕がヒットさんと一緒に行きます。二人なら探索も早い、【変容】持ちのナルミも居れば潜入もしやすいと思います。夜会までに戻ります」
「ヨシイちゃん……ありがとね。どうでしょう、アナスタシア様」
「わかったよ。まったく、炎の闘士に火がついちゃったみたいね。私とファスちゃんは刺客を拷も……尋問した後に、夜に備えて地下の職人の所に行って準備しておくから。ギルマスとヨシイは闘技場の地下を調べて、でも勝手はしないでね。聖女一行とも連絡とらないと……よしっ、今晩デルモの屋敷に全員集合できるようにするからねっ」
「ありがとうございます。アナスタシア様」
そう言って、ヒットさんは一礼して顔を上げる。その顔は震えるほどに闘志に溢れていた。
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