第百二十四話:バンテージの男
トアの料理はアッという間に無くなっていく。一見すると食べられそうにない部位まで、トアがその場で調理をして皿に盛りつけることで、テーブルの上は綺麗に片付いた。
額の汗を拭い、帽子をとって一礼する。
「素晴らしい料理だった。何よりも驚きがあった。名前は?」
「トアと申します」
デルモの問いかけに短くトアが答える。訛りを隠す為だろう。
コック帽をとり、犬耳が出ると三馬鹿達の下卑た歓声が上がる。
ケモミミに興奮しているようだ、まぁ気持ちはわからんこともない。アレさわり心地いいし……なんか叶さんの視線が怖いので目線をそらそう。
「今日からは、私の屋敷で厨房に立ちなさい」
その言葉を受けて、もう一度礼をしてトアは部屋を後にした。
普通に潜入成功してるな、流石トア。
「俺らもちょっと、出まーす」
「ちょっち、トイレ―」
「嘘下手すぎだろ、さぁて、どう楽しむかな?」
そう言って三馬鹿達が出ていく。どうやらトアに会いに行っているようだ。
「転移者様、壊さぬように」
デルモが煙草を咥えながら三人に注意するが、三人は聞こえないとでも言うように扉から出て行った。
(トア、そっちに転移者が行ってる。逃げろ)
(もう、走り出してるべ。それと旦那様、この闘技場なんか変だべ。注意するだ)
トアの注意を聞いて周囲を警戒しながらマスクを被り直していると、闘技場が騒がしくなる。
次の試合が始まるようだ。
「食事が終わったので、次の試合を見ようか。本日の最終試合だ、次に出てくる闘士は私の肝いりでね。聖女様も存外に戦いはお好きなようだし、楽しんでくれるだろう」
デルモがベルを鳴らすと、闘技場の門が開かれる。
おいおい、自分の食事の都合で試合の時間を調整していたのか?
なんて贅沢な。
(真也君、気づいた?)
叶さんの【念話】が頭に響く、フクちゃんの【念話】で慣れているからいいものの、そうでなかったら反応してしまいそうだ。
(何が?)
(会場全体に、薬というか呪いが巻き散らかされてる。ここからは見えないけど会場の端のほうから湧いているみたい)
(……前座と言う扱いで、奴隷が魔物に殺されている。その死体が闘技場の端にあるんだよ)
(最悪だね。【聖女】の直感とTRPGプレイヤーのメタ読みだけど、多分それが触媒っぽいね。儀式みたいな感じになってるのかも)
(……それにしても意外ね)
小清水が会話に割って入る。闘技場では闘士達が中央に並び、バンテージをしたあの男もいた。
ここから見ても存在感がある。
(意外? 何がだ?)
(貴方のことよ、意外と冷静なのね)
(千早ちゃんっ!)
嗜めるような叶さんの声。言葉が返せず、口をつぐむ。
冷静……確かに、思ったより動揺はしていない。
取り乱すというよりは頭の芯が冷えてくるようだ。
闘技場にはまるでそれが当然というように、死体が並べられていた。それを見ると、どうしても自分の首に縄をかけたあの日のことを思い出す。
ゲームの世界のように現実感がない。ただ血の匂いと観客の熱気がこれが現実だと叩きつけてくる。
ゆっくりと息を吐く。心が強くなったわけじゃない、慣れたわけでもない。
ただ、溜めているだけだ。爆発させるその時の為に。
(……やせ我慢してるだけだ)
(そうね。私もよ)
横を見ると、小清水の手は縋るように刀の鍔の上に置かれていた。
そうだよな、つい最近までただの高校生だ。殺戮ショーを前座にするような奴と戦うのは怖いはずだ。例えレベルが上がっても、魔物を何体殺しても、悪意は恐ろしい。
(呑まれちゃダメだよ。私達のやることは決まってるんだから)
叶さんは揺るがない。彼女は感情をそのまま強みにできるタイプだ。
まったく、僕も負けられないぞ。心で喝をいれ闘技場を見る。
実況が叫び、選手たちが激突する。
結果から言うと試合はバンテージ男の圧勝だった。
僕と同じ武器を持たないスタイル、ヒットさんと同じボクシングだった。
乱戦の中で相手の攻撃を誘導し、別の敵に当てさせる。
ジャブでの【空打】で間合いをコントロール。
上下のフェイント【ステップ】による移動。
極めつけは、スキルによる燃える拳。
上からみてようやく目に映るほどの動き、おそらく正面に立っていたら見失うだろう。
一度しか見ていないが、足の運びまでヒットさんと同じに見える。
うーん、あそこまで戦い方が似るものか?
試合はまだ終わってはいないが、勝利を確信したデルモが満足げに笑う。
「ハハハ、圧倒的すぎますな。賭けが発生しない」
「あれがデルモ様のお気に入りですか?」
「ええ、聖女様。転移者様と私で作った王者です、見事でしょう? さぁ、最後のショーですな」
顎で指された、闘技場でバンテージ男が雄叫びを上げている。
勝敗は決している。これ以上なにを?
「ここからが面白い……ククク」
バンテージ男が拳を振り上げ、倒れて動かない男に振り下ろす。
それは全力の一撃でなく、いたぶるように手加減されている。
他の選手に対しても、追い立てるように【空打】で弾く、もはや戦意を失っている闘士達は満足に動けない体で逃げるばかりだった。バンテージ男は泣き笑いのような崩れた表情でただ闘士達をいたぶる。観客のボルテージは上がり、まるで猿のような歓声があがる。
明らかに普通じゃない。デルモは満足そうにそれ見て笑う。
「ハッハッハ――あの男は長くこの闘技場に君臨していた誇り高い王者でした。闘士に相応しい立ち振る舞いをしていた。弱者をいたわり強者との戦いを純粋に望み、私にも何度も立てついていた……それがあの様です。アレはね、私がいる時にさせているんですよ。私の為だけに、彼はショーを見せてくれるんです。傑作でしょう? 私だけでは無理だった。本当に転移者様方のスキルは最高ですな、観客も喜んでいる!!」
「転移者のスキル? 趣味の悪い、今すぐに止めさせるべきですっ!」
「反吐が出るわ」
これまで叶さんの機嫌を伺っていたデルモが、豹変しゲラゲラと笑い、煽る。
「おお、これは、これは聖女様はお気に召さない? 残念ですな。しかし私が止めようともあの男に言葉が通用するかどうか?」
「これを私に見せて、何がしたいのですか?」
叶さんはすぐに意識を切り替えて、デルモの意図を探る。
僕は……。
「聖女様、私は精一杯のもてなしをしているだけでございます。ご無礼がありましたらお許しください。なるほど聖女様にはここの空気は馴染みませんか?」
わざとらしく、デルモが頭を垂れる。
すぐさま叶さんから念話が飛んで来る。
(呪いだか薬の影響を確かめている? 真也君は大丈夫?)
(問題ないよ……ところで叶さん、この場から僕は離れても大丈夫?)
その念話を聞いた、小清水は眉をひそめるが叶さんはすぐに理解してくれたようで、こっちを見て目線が合った。
(大丈夫、私達のことは心配しないで)
(ありがとう、行ってくる)
そう伝えると、VIP席から飛び降りる。観客席から柱へ飛び移り、そのまま闘技場へ躍り出る。
吹きあがる砂煙、敗れた闘士をいたぶり続けるバンテージ男に拳を叩きこむ。
防御され、二人距離を取る。
「決着はついている。もうやめろ」
「く、薬を……ク、クスクス、クスリをおおおお」
そう言いながらバンテージ男は、ステップを刻む。言葉は届かないようだ。
なら拳で語るしかないな。
いつもの中段の構えではなく、自然体の構えで【空打】に備える。
しかし、いつまでたってもバンテージ男からの攻撃は来なかった。
「ク、クスリ……」
バンテージ男は泡を噴いてその場に倒れる。
「おい!?」
倒れる前に抱え、【吸呪】をする。
「……あぁ、ヒットか、待っていた……殺してくれ、死ぬこともできないんだ」
「僕はヒットさんじゃないぞ、勘違いしてるのか? 大丈夫か!?」
ガクガクと痙攣した後にバンテージ男は気を失った。【吸呪】をしても手ごたえがない、この場で治すのは難しいのか? 周囲を見渡すと観客のブーイングの嵐。
殺せ、殺せと喉から血が出るほどに人々が叫ぶ。
その声を無視してバンテージ男を抱え、僕は闘技場を後にした。
更新遅れてすみません。叶さんはメンタル強者のようです。
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