第百二十三話:誇るべき僕等の料理人
「ハァハァ……しんどい」
『四方無尽投げ』高速移動しながらの連続投げであるこの技は、【掴む】【ふんばり】【呼吸法】のスキルを同時に調整しながら使う為消耗が激しい。
それなりに体力はついたつもりだが、今回はあまりにも無駄な動きが多すぎた。
もっと、最小限の動きじゃないと軽々につかえないな。
周囲を見ると、闘士達がスタッフに運ばれている。
壁際の溝にはまだ、前座の死体が置かれたままだった。
目を逸らし……歯を食いしばる。息を整えて気持ちを切り替えた。
昨日ならここで勝利者のインタビューだったが、この後にも一戦試合があるらしい。
そもそも、次の試合で勝った方が本当の意味での勝者となるのだろう。
適当に観客に応えて、来た道を戻る。
その時ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
「……なんだ?」
振り返り、確認するが目に付くものはない。
目を凝らすが、わからないため息を吐いて向き直ると、中年の男性が立っていた。
「おおっと、マスクマンさん。試合が終わったばかりですみませんな」
不意に話しかけられる。薬を配っていた……確かポル神父と言ったっけ?
「何か?」
「いやいや、素晴らしい試合でしたな。な、な、なんと、貴方の試合をみてデルモ様と聖女様が是非会いたいと言われましてな。試合終わりで恐縮ですが、来ていただけませんかな? 急ぎとのことなので上着だけでもどうぞ」
願ったり叶ったりだ。別行動って話だった叶さんがいるのが気になるけど二つ返事で返答し、何名もの警備を通り抜け闘技場の最上階へ向かう。
案内された豪奢な作りの扉の前に立つと、露出の激しい女性二人が扉を開けた。
漂う甘ったるい香りに顔をしかめる。正面には手足の長い痩せた大男。
そこから少し離れた位置に叶さんと小清水、後は……どっかで見たことあるような男が三人。
一人は昨日カジノで会った張本なので他の二人も転移者だと思うが、多分昨日叶さんと賭けをしてたって二人だな。
あれ? やばくない? 転移者がいるのは予想外だ。僕のこと気づかれたら面倒だぞ(現在お尋ね者、+潜入中)。一応昨日もちょっとは変装していたけど、あまり素顔を見られたくはない。
ボーッと立っているのもアレなんで、無言で前にでる。叶さんを見ると、こっちを見ているというかなんか熱を持った視線というかボーッとしている感じだ。大丈夫か?
小清水を見ると、刀を腰からおろしているものの、すぐに取り出せる位置に置いて警戒をしているようだ。うん、小清水は大丈夫だな。なんかこっち見ているけど。
「さきほどの戦い、実に見事だった。私がサルコ・デルモだ」
重く低い声、不思議と胸がざわつく、どこかであったことがあるような既視感を感じる。
初対面のはずなのになんでだ? 奇妙な感覚に戸惑っていると、慌てたようにポル神父が耳打ちをしてきた。
「なにをしているのですぞ!? 膝をついて挨拶するのです」
いつもなら膝くらい余裕で付くのだが、なぜかそれはしたく無かった。
普通にお辞儀をして返す。
……沈黙。なんか喋れとポル神父が肘で小突いている。
喋ったら張本にバレるかもしれないじゃん。
「ンン” えっと、お褒めいただきありがとうございます」
わざとガラガラ声で喋ってみた。
「おや、闘士どのは喉が悪いのか?」
「先ほど喉をつかれまして、ゴホッ、お気になさらずに」
叶さんがなんか杖取り出そうとしているけど、演技だからね。おかしい、普段の彼女ならもっと鋭いはずだが……。
「それは、明日は決勝だ。体調を十全にしておきたまえ。次の試合まで時間もあるな、そうだ食事にしよう、今日は異国の料理人が来ている。英気を養うといい、女を連れても良いが聖女様がおるからな。マスクも外してよい、くつろいでくれ」
マスクはヤバイ。どうすっかな?
「お言葉ありがとうございます。しかしこのマスクは闘士としての私の誇りこの場で取ることはできません」
「ククク……変わっているな。そのままで良いというのならそれでよい。料理をここに」
デルモが指を鳴らすと、テーブルの上に置かれていた果物が給仕によって取り除かれ料理が運ばれ始める。
無言で一礼。いろいろ話したかったが、転移者がいるならやりづらいな。
ここは叶さんに任せて戻りたいが……。マスクを脱がなかったことに安堵しつつも状況を探る。
「私も、そこのマスクマンには興味あります。喉が痛むのなら回復しましょう」
「いえ、聖女様。大丈夫ですので」
わかって叶さん。喉は演技だから!
目でそう伝えたが、青い光が降ってくる。ん? これは? 何度か受けたことのある継続回復だ。なるほど疲労を治したかったのか。
そのまま流れで、テーブルに座ると足に何かがあたる。見ないように足で確認すると頭に声が響いた。
(やっほー、真也君聞こえる?)
うおっ、フクちゃんの【念話】とも違う感じだ。いきなりだから表情を変えそうになったぞ。
(聞こえる。見てないけど、足に当たってるのはなんだ?)
(紬が作った【紋章】が書かれている石よ。そのまま靴の中にでも仕込んでおきなさい)
棘のある小清水の声も聞こえる。恐ろしいことに叶さんも小清水もお互いで会話をしながら通信をしている。器用だな。
(さっきの、凄かった。本当に凄かった!)
(……私にとっては悪夢みたいな試合だったわ。貴方にリベンジするのが目標だったけどやめたくなったわね)
うぉ、いきなりハイテンションの声が聞こえるから頭がクラクラしそうだ。
小清水に関しては、似たような方法で戦ったしな。土くれをぶつけられたのはやっぱりトラウマみたいだ。うん、ゴメン。
(叶さん待ってくれ。急に言われてもわからない)
(後で話すよ。『狩り場』のこともわかったし)
(わかった。後で聞くよ。今はデルモを見ておく)
(了解っ、でも油断できない相手だから注意してね)
通信を切る。紬さんこういうのもできるのか。ドラえも〇みたいな【ジョブ】だよな。
改めて転移者のチートっぷりにびびっていると、張本達と目が合った。僕を見てコソコソ喋っているけどなんだろう? 考えてもわからんし、運ばれてくる料理でも見とくかな。
目の前には、見るからに旨そうな料理が並ぶ。やはり地中街独特の魚介類のような虫達が素材となっているようだ。コース料理と言う風ではなく、一気に並べるらしい。酒蒸しからパスタのような麺料理もあった。
特に圧巻なのは、マグロみたいにでかい魚を油で揚げて餡をかけたもので、メインの料理らしく取り分けれるように、別の机に置かれていた。
そして、給仕たちが食器を並べると、廊下から誰かが近づく気配が……というかこれは奴隷契約のスキル【位置捕捉】でわかる感覚だ、ということは。
「失礼します。本日の料理を作らせていただきまし……た。トアともうしま、す」
トアだった。めっちゃ喋りづらそうだ。上が広めに取られているコック帽でイヌミミまで覆い、白く上品なエプロンを付けている。
というか、いつもは防具とかで抑え込まれている胸が強調されていて、いやでも目に付くな。
ここには、張本もいるけど大丈夫だろうか? と思っていたが、男子三人はトアの胸にしか目がいかず、イヌミミが隠れていることもあって張本も気づいていないようだ。節穴にもほどがあるんじゃないだろうか。
「いつも違う料理員数名をギルドから引っ張って朝食を作らせているのだが、今朝のこの者の料理は格別でな、是非聖女様にも食べてもらいたいと屋敷からこの場に連れてきたのだ」
自慢気にデルモが説明する。屋敷に入り込むのも難しいという話だったが、上手い事潜り込めたようだ。というか話を聞くに、複数人の料理の中でも格別に気に入られているとか凄いな。
今朝の一件で迷いがなくなったのだろうか? いや、トアなら自分で解決していたんだろうな。
(なんだか照れるべな旦那様)
おっと、今度はフクちゃんの糸を使った【念話】でトアが話しかけて来た。
話しながらも、メインの魚料理を切り分ける準備をしている。
(お互い、何とかここまで来たな)
(朝に旦那様が助言してくれたおかげだべ。……さて、叶もいるし気合入れて仕上げをするだよ。オラの『料理』たんと食べるだ)
「砂大鱈の餡かけ、だ……です」
そう言って、見かけはマグロみたいなデカさだが、中身は綺麗な白身で、油で揚げられた魚を小さな包丁で切り分ける。
姿揚げの状態から、皮と白身で分けた状態で盛り付ける。ゆでた野菜の入った出汁をかけ、熱した餡をかけるとプチプチと音が響き匂いが部屋中に広まった。最後に刻んだ香草をかけて皿を置く。
トアが盛り付けた皿を給仕たちが運んでいき、一番最初にデルモに置かれその次に叶さんへその後はバラバラって感じに置かれる。もちろん一闘士に過ぎない僕は最後のよう。
さらに、一人一人の後ろに給仕が立っており、どうやら他の料理は給仕に頼んで取り分けてもらうようだ。何そのブルジョワシステム。
(一番いいとこは、旦那様にだべ)
目線は合わせないが、トアからのメッセージが届く。
毒とか心配だったが、トアなら問題ないだろう。まぁ僕に毒は効きづらいし。叶さん達は常に毒から身を守るバフをかけているらしいしな。
というわけで、金属のスプーンで白身魚を頂く。
「フム……」
「ハァ!? めっちゃウメェヤベェ」
「ちょ、あのコック欲しくね? これはヤバイって」
「ビビった、巨乳コックやべぇ」
男子三人がヤベェを連呼している。トアはやらんぞ。
「……美味しい」
「これは、凄いわね」
口に入れた者のため息と、感嘆の声が響く。
それほどに圧巻だった。旨味という言葉では説明できないほどの、厚みを持った味の層が餡と共に口の中で溶けていく。それは今朝飲んだ旨味のみのスープとは違い、しっかりと土台のある深い味わいだった。噛むことが最後の工程とでも言わんばかりに口の中で味わいが変化していく。
少し甘めの餡と絡むのはプリプリの白身で、噛むほどに身がほどけ口の中に香りが広がっていく。
そしてパリパリの皮とその裏についている脂の触感がたまらない。
添えられている野菜たちも、白身の淡泊な味わいを後押しするように主張し料理に没入させられる。
夢中でスプーンを進めると、皿の底から餅が浮いてきて、これがまた餡と合わさって抜群に旨い。
トアの悩みを知っているからこそわかる。この街で貴族達の間で流行っていた『旨味』のみをスキルで抜きだし、高級食材にぶっかけるようなそんな乱暴な調理ではたどり着けない高み。
手間暇かけた料理が簡単に作られた料理に負けるのならば、より手間をかけて技術と誇りを持った料理を出すことで圧倒するという料理人としての気概を感じるそんな攻めの一皿だった。
(どうだべ、旦那様。普段の料理もいいけんど、たまには高級食材もいいもんだべな)
トアがそんな風なことを言ってくる。多分本当に言いたいことは別にあるんだろうな。
(この料理を僕と叶さんが食べたことを知った、ファスとフクちゃんが怖いぞ。……美味しかったよ)
(ファス達のことは考えてなかったべ。……旦那様。オラ、何となくわかっただ。『旨味』を取り出すスキルは確かに凄いだ。オラは最初その便利さに頼るのが怖かったんだべ。それに頼ってしまったら、高級な食材とスキルがねぇと料理できなくなるって……そう思っただ。
でも、そんなのファスやフクちゃんが聞いたら鼻で笑うような心配だっただ。旦那様は言ったべ、オラらしい料理と。『旨味』に今までの調理で届かねぇなら、『旨味』も取り入れて、他の部分もがんばりゃあいいだけだ。そうしたら今までよりももっといいもんができるじゃねぇか。
オラの料理は食材でもスキルでも決まるもんじゃねぇ。食べてくれる人の笑顔で決まる料理だ。
もっとよい組み合わせを、料理の温度、メニューの順番、環境、香り、見た目、栄養、全部全部使って最高を作るのが、オラの料理だ。旨いだけの料理なんてつまらねぇべ、もっともっと工夫をするだ。『旨味』のスキルなんて、調理器具の一つに過ぎないってだけだべ。旦那様に喜んでもらえるならオラは、どんな方法でも取り入れて、美味しい飯を作るだ!)
今までの自分が否定されていると感じた調理法、それを自分のものとして取り入れるのは葛藤があったはずだ。しかし、彼女は受け入れ見事自分の料理へと昇華してみせた。グゥの音もでない。
(……かっこいいなトアは)
(何言っているだ。さぁ他にも料理はあるだよっ)
目線は合わせない、ただ視界の隅で誇るべきの僕等の料理人の尻尾が、楽し気に揺れているだろうと確信した。
トアの閑話を挟むか迷いましたが、本編を進ませました。
さぁて、ファスとフクちゃんの修行はどうなっているのでしょうか。
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