第百二十話:予感
ボルテスさんに呆れられた後、叶さんの部屋(ボルテスさんと同じ階だった)に行ってノックするが返事が無い。ただ中で音がするから、起きてはいるはずだ。
「お邪魔しまーす。おはよ……う」
「バッって、真也君が魔法陣から入ってきたら。そこで私がこう、前で手を広げて……へっ?」
「角度的に斜めの方が、彼の意表をついてアクシデントが起きるんじゃないか。何なら私の紋章で彼をコケさせて、おや、そっちから来たのか」
なんか、叶さんが一人で寸劇を繰り広げ、それを他の三人が見ている状況だった。
うん。これは見なかったことにしよう。
……というわけにもいかず。しばらく顔真っ赤になった叶さんにポカポカとグーで肩を叩かれました。
「……あの、叶さん?」
「……なんですか? 女性の部屋にノックもせずに入ってくる真也君?」
一応ノックしたんだけどなぁ。しかし女子の部屋を軽率に開けたのも事実、そして爺ちゃんが言っていた『真也よ、戦いとは引き際も重要じゃ。女性が怒っている時は平に謝るのじゃ』という言葉があるので、何も言わんとこう。思い返すと、割と謎なことを教わっているな僕。
合流後、挨拶もそこそこにボルテスさんの部屋で作戦会議だ。叶さんはプイッと顔を背けながら僕の横に座っている。時折チラっとこっちを見て顔を背ける仕草がなんか小動物みたいで可愛い、これが叶さんのずるい所だよな。
というかこんな風になったことこれまでなかったんだけどな。なんだか図書館にいた時よりも見たことない表情が見れている気がする。
「の、ノックがあったこと伝えたんだけど、叶ちゃん聴いてくれなくて……アタフタしてたらあけられちゃった、ゴ、ゴメンなさい」
「魔法陣の移動とか意識に上らなかったんだよ。勝手に部屋を開けたのは悪かったよ」
「べ、別にいいけど。むぅ、私の完璧な作戦が台無しだよ」
手を合わせて謝ると、まだやや赤い顔を向けて、叶さんから許しの言葉がでる。
「叶のそんな表情珍しいね。良いものが見れた。私のアクシデント作戦は今度に回そう」
「何考えているんですか……中森さん」
「紬でいいよ、真也」
「い・い・か・ら、今日のこと話すわよ!」
小清水が進行を進めてくれた。いやぁ助かる。きっと学校でもこういう役回りだったに違いない。さて、アナさんから頼まれていたお使いを終わらせるか。
「そのことなんだけど、アナさんからボルテスさんと中森さんにって預かったものがあるんだ」
懐から届け物を出してそれぞれに渡す。二人ともしげしげと渡された手紙とメモを見つめた。
「こりゃあ、質のいい封筒だな。蝋印まであらぁ」
「私のはメモのようだね。フム、アナスタシア姫はなんと?」
「【紋章士】なら読めるはず、と言ってました」
その言葉を聞いて、中森さんは目を細める。微かに魔力を感じるので、なにかしらの【スキル】を使っているのだろうか。
「フゥン……なるほどね。面白い、どうやら私は別行動になるようだ。思ったより時間がない。内容は後で話すよ」
「ちょ、ちょっと紬」
小清水さんが止めようとするが、中森さんは海賊が着るような上着を羽織って、急ぎ足で部屋を出て行った。去り姿まで絵になる人だなぁ。
「千早ちゃん。紬は何かあったら、連絡できるし大丈夫だよ」
「……そうね。それで私達は、街の権力者にあいさつ回りになるわ。この後の予定は、昼に会食、教会で貴族達に【星魔法】の披露ね」
「一応、表向きは布教の名目で来ているからね」
「そういや、叶さんのスキルって『聖』魔術じゃなくて『星』魔術なんだよな」
スキルの発動はいつも耳で聞くのでわからなかったが、後でファスに聞いたところ。叶さんのスキルは根本から特別らしい。
「そうだよ。聖女のみが使用できるスキルで、白星教の女神が与える奇跡だとかいう設定。効果は聖魔術の上位互換っぽいスキルから、まったく毛色の違うスキルとか色々あるよ」
設定とか、相変わらずメタいなぁ。ただ異世界へ来てTRPGマニアがゲームに照らし合わせない方が無理な話だ。僕もゲーム基準で考えるし。
「なによりも確かな『聖女』の証明なのよ。大概の貴族は叶のスキルを見るだけで、涙を流して拝むのよ」
「すごい世界観だな」
「……当り前だ。女神の奇跡だぞ。白星教でないエルフですら、恐れ多く感じるものだ」
メイド姿で立っていたナルミが額に手を当てながらそう言う。というか君、もうメイド服着替えていいんじゃね?
「女神様になんて祈ったことも、ほとんどないような俺でも生で見たら拝んじまうだろうよ。転移者様にはわかんねぇかもしれんけどな」
ボルテスさんも続く。やっぱり聖女ってのは特別なんだな。
僕の世界にも宗教はあったし、なんとなく感覚はわかるが実際に目にすると転移者の立場に少しビビるな。
「……聖女は特別でも『桜木 叶』は普通の女の子だよ」
少し寂しそうに叶さんが言う。
なんと声をかければよいかわからないので、茶化してみる(そこでカッコいいこと言えないのが僕なんだよっ!!)。
「叶さんを普通の枠に入れるのは抵抗あるな」
「ひどくないっ!! 同じ穴のムジナでしょ!!」
あえて乗るような感じで、叶さんが答える。いつもの調子に戻ったみたいだな。
「そこっ、いちゃいちゃしないっ!!」
小清水に釘を刺される。うん、真面目に話そう。そろそろ時間もないしな。
「さて、嬢ちゃん達の流れはわかったが、今度は俺達の番だな。この手紙によると、俺とヨシイはこのまま闘技場で暴れて注目を集めりゃいい。戦績を積みゃ、貴族の転移者さまのパーティーでダンジョンの護衛に付くこともできるそうだ。そうなりゃ貴族に一気に近づける。目標は今ダンジョンの儲けをさらっている転移者どもが作った『狩り場』の破壊だ。あのクソ野郎には俺の工房を奪った報いを受けさせてやるぜ」
「だったら、私達が闘技場で気に入ったからって言って、真也君と一緒に行動しようよっ」
「残念だが、そうするなって手紙にはあるぞ。俺達の関係は悟られちゃ不味いからな」
「むぅ、じゃあしょうがないね。私達は今日、デルモにも会う予定だから。そこだけ注意かな。できればネリネスト様が言っていた、ダンジョンの運営を不正に牛耳っている証拠とか、麻薬の情報とか欲しいね。そもそも、デルモってかなり回りくどく街を支配しているから、直接的な悪事が分かりづらいんだよね」
確かに、わかりやすく民を虐げているという感じよりも、結果的にそうなっているというような感じだ。
「でも、僕はこの街の人が地下に追いやられているのを見てるんだよ。それに、薬と称した呪いで実際に苦しんでいる子供たちも。……まだ調べるどころか近づいていく段階だけど。デルモの名前を聞くと不思議と拳を握りたくなるんだよな」
「……実は私も、なんだか胸がザワザワするというか、戦いの前みたいな感覚があるんだよね。もしかしたら、デルモの後ろに真の敵が~って展開かもしれないのに、敵として話を進めちゃうって感覚。うーん、『聖女』として本当に何かあるのかもね。とにかく、それも含めて調査を進めないとね」
「そ、そこは私の仕事だから【忍者】だしっ」
遠慮がちに手を上げながら日野さんが宣言。何気に一番証拠集めの可能性があるんじゃないか?
「留美子、無理はしちゃだめよ。いざとなったら、そこの変態に丸投げすればいいんだから」
小清水に刀の柄を向けられる。
「丸投げは止めてくれ。僕等のパーティーも今色々やってる。誰かが上手くいけばいいわけだから。無理はしなくていいってのは賛成だけどね」
「……んん~? 千早ちゃんが、男の人に任せるようなこと言うのって、なんか引っかかるような……」
叶さんが小さい声でなんかブツブツ言っている。
「叶、何しているの。行くわよ」
「あっ、うん。よしっ、頑張るよ。じゃあね真也君また後で」
「また後で」
そう言い合って、僕等は出る位置と時間をずらして降りていった。
マスクをつけ、鑑定防止の腕輪をはめる。さぁ、今日も暴れようか。
まだ、朝の作戦会議なんだぜ。次回からはダイジェストみたいな感じで一気に話を進めようか迷っています。
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