閑話8:砂漠の首魁
時間は、昨日の夜に遡る。
四方を砂海に囲まれた、歓楽の都『グランドマロ』。毎夜のようにいたるところで狂ったように宴が開かれる。その中でも一際、目立つ屋敷があった。
何人もの従者や奴隷を引き連れ、神輿に担ぎ上げられた貴族達が、訪れるその屋敷の主こそは地中街の主、サルコ・デルモであった。
それまで、地下のダンジョンを管理し、冒険者と職人、そして商人達の街だったグランドマロを、一代にして歓楽の都にしたその男は今日もまた、酒池肉林に溺れていた。
バーカウンターにプール、調理場までが余裕で入る大広間には、デルモとその取り巻きを楽しませるためだけに美女が並べられ、使い捨てのナプキンのように引き寄せられては捨てられる。
玉座に座るデルモは下卑た笑みを浮かべて、酒を煽る。
身長は2mほど、これほどの生活を送っているにも拘わらずその体躯は針金のように細く四肢は長い。
病的なまでに青白い肌に、髪を几帳面に油で整えていた。
白い薄手の服に華美な装飾品を全身に付けており、身じろぎするだけで耳障りな音をまき散らす。
その病的な見かけによらず、健啖家なようで次々に運ばれる肉を鷲掴みにして口に放りこんでいる。
ひとしきり酒と肉を喰らった後は、しなだれかかる女の従者に手を拭かせ、別の女の口にバマジャギと呼ばれる木の若葉を含ませ、口移しで受け取っていた。
この葉は古くから砂漠の民の間で嗜好品として使われていたもので、噛むことで染み出る汁に興奮物質が含まれている。と言っても本来はそこまで害があるものでないが、この場で使われている葉には通常ではありえない強い多幸感に酩酊を引き起こす作用、そして中毒性がある様子だった。幾度もこの葉を噛んでいた女は正気を失い、裸でケラケラと笑っていた。
それを見て、下品に笑うのは貴族達だけでなく、転移者達の姿もあった。
「ケヒッ、あ~あ、見てみろヨーチン(鹿島 陽介)あの女完全に壊れてるな。マジ笑える」
「確か、いいとこの娘だろ? 借金の形に献上させられた娘だっけ? 後で、ポーションぶっかけて正気に戻してから、俺らで遊ぼうぜ」
「何、他人事みたいに言ってんだよ。カジノで嵌めたのはナオ(吉田 直人)だろうが」
「いやいや、キヨ(張本 清人)ほどエグいことしてないって」
張本 清人、吉田 直人、鹿島 陽介。この三人の転移者も周囲の女達から口移しでバマジャギの葉を受け取り、ガムのように噛んでは吐き出していた。
「ペッ、この葉。最初は気持ちよくなったけど、最近はそうでもなくない?」
「転移者には効果薄いらしいじゃん? 街でデルモのおっさんがバラまいている、錠剤タイプと同じようなもんでしょ? どうだっけキヨ」
「街のはもっと、効果を薄くしてんじゃね? 依存させるために使ってんだから。やっぱ俺は葉よりも、煙のがいいな」
酒を煽りながら、張本は葉を熱してできた煙を水にくぐらせてからパイプで吸う。いわゆる水煙草でバマジャギを楽しんでいた。
張本達から少し離れた場所では、下着姿になった男性が、水煙草を吸いながら、女性達に囲まれていた。その様子を見て吉田は吹き出すように、笑う。
「プッ、プククククク。あのデブ。確か【上級騎士】に【破砕者】だっけか? 薬が効かないなら女で落とすってか。あの呆けた顔笑えるんですけど」
「男の転移者落としても得するのはデルモのおっさんだけだろ。転移者がパーティーに入るだけで適当な恩恵あるんだから。上級騎士なら、魔物の足止めとか色々できるだろうしな。他の転移者はどうなったんだっけ? 」
「【魔剣士】の二人組は一応、俺らが作った『狩場』でレベリング真面目にしてるっぽい。【上級騎士】の奴らはほとんど戦いたくない奴らっぽい、カジノ、女遊びばっかやってるらしいじゃん」
「だから~男の転移者なんてどうでもいんだよ。貴族に残った転移者の女子は、ほとんどレアジョブでガード固いし、その他の子達が教会に移ったのがマジキツイ」
「わかる。やっぱ転移者と遊びたいね~。そういやキヨ、大ニュース。今日桜木達が来たんだぜ。ヨーチンとナンパしに行ったんだけど、いやぁヤバイね。超可愛いや。あれは何としてもエロイことしたいわ」
「オレっちは小清水狙いで、あのキツイ感じスコだわ」
「桜木達は俺も興味あるな。ただ俺も、スゴイの見つけたんだよ。ちょい前に磨金に奴隷を何人か盗られただろ? だから代わりがいないかなぁって思っていたら、超イケてる娘見つけてさぁ――」
三人共、金銭的には痛い目に遭っているはずだが、そんなことは忘れたと見つけた獲物の話をツラツラと話している。
それを横目に見ているのは、彼等のパトロンである貴族のトールドだった。
一日で金貨が千枚以上とんだことに、頭を抱えているのだが、ここで転移者達を責めるわけにもいかず、他の貴族達に金の工面を頼んでいた。彼自身ファスを見て、是非自分の物にしたいと思っており、そのためには張本達のスキルは有用であると思っている。
「フン、転移者め。いい気になるのも今のうちだ……」
誰にも聞こえない小さな声で、忌々しそうにそう言った後、金の工面の為に他の貴族に話をしようと歩き出すのだが、すぐに女奴隷に声をかけられた。
「デルモ様が、カルノー卿にお話があるそうです」
「デルモ様がっ!? さっさと言わんかこの馬鹿がっ!!」
「も、申し訳……」
「ええい、どけッ」
「きゃあ」
奴隷を押しのけて、デルモの玉座前で座り、もみ手で近寄る。
「デルモ様。ただいま参上いたしました」
「……カルノー卿。もう少し近くへ」
トールドは恐る恐る一歩近づくと、デルモがその長い手を首に回し、引き寄せる。
全身から臭う、薬と女の匂いに顔をしかめそうになるも、必死に笑顔を崩さず、耳を近づける。
「転移者のことを悪く言うのはいかんな」
一瞬でトールドの血の気が引く。まさか聞かれていたのか、隣に人がいたとて聞こえぬほどの小さな呟きをこの男は……。
「も、申し訳ございません。決して転移者に対して何かあるわけでは……」
「よい、よいのだ。転移者の中には聴覚に優れたものもいる。気を付けるようにな。それよりもカルノー卿、今日はどうにも私の街が騒がしかったようだが?」
穏やかにそう言って、デルモはトールドを解放した。
「は、はい、すでにお耳に入っているかもしれませんが。聖女一行が巡礼の為にこの街を訪れまして……」
「そのことは聞いておる。明日にでも会う予定だ。それ以外には何かあったかね」
「他にですか……確か闘技場で、奴隷が一人ハイオーガを素手で倒したとか、たいそう盛り上がっていたようです」
「ほう、生き残ったのであれば奴隷上がりの闘士となるか、興味深いな。他には?」
「他にですか? さして聞いてはおりませんが……。」
「そうか、もうよい。ありがとうカルノー卿。くれぐれも先ほどの言、覚えておくように」
「もちろんでございます。失礼いたします。デルモ様」
そう言って、トールドは一目散に広間をさっていった。
「まぁ、この広間に聴覚を強化するスキル持ちはワシ以外おらんがな。クククッ、さて、聖女が現れたか……しばらくカルノー卿の転移者に任せても良いかとも思ったが、今代の聖女はすでにあの御方に出会っているという……フム、職人と冒険者はそう遠くない時期に堕ちる。それがこのタイミングで聖女がこの街へ……きな臭い……薬も順調だというのに……なにもなければよいが」
デルモが椅子の横に置かれたベルを鳴らす。するとゆらりと一人の女性が、現れた。
浅黒い肌に紅い髪の妙齢の女性で、冒険者が被るようなフードを身に着けている。
「カシャよ、冒険者ギルドで調べてもらいたいことがある」
「はいよ、旦那。金さえもらえればなんだって調べるさね」
「最近のギルドマスターの様子と、街を訪れた身分の高いものを知りたい。情報によれば、アナスタシア姫がこの街に身を寄せているという……姫は冒険者ギルドとも繋がりが深い、聖女との関係もあるかもしれぬ。何か動きがあるか探れ」
金貨の入った袋を投げる、カシャはそれを受け取り。ニヤリと笑い。屋敷を後にした。
とういわけで、デルモと転移者達の夜でした。カシャさんはスタンピード編で少しだけ出てきています。
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