第百十八話:朝食は温かなスープと共に
朝起きると、周囲のハンモックが増えていた。
右を見ても、左を見ても、白い糸が細やかに紡がれている。
朝日を受けることで、曼荼羅のような幾何学的な模様が透かしで浮き出ている。
……なんという精密さ。寝る前は簡単に糸を束ねただけのはずなのに、一晩で天蓋にシルクのカーテン付きの部屋みたいになってた。
「ハンモックと言うより、巣だな……」
「おはよー、マスター」
フクちゃんが抱き付いてきた。その衝撃で微かにハンモックがたわむが、程よい柔らかさだ。
というかこの寝床、めちゃくちゃ手触りもよい。
「これ、フクちゃんがやったのか?」
「そだよ、練習っ!」
ムン、と胸を張る。覚えた技術を使いたくてたまらないらしい。……フクちゃん恐ろしい子。
「おはようございます。ご主人様。……すごいことになってますね」
今の衝撃で起きたのか、ファスも驚いた様子で周囲を見ている。
絹のカーテンに曼荼羅の模様、その上で目を覚ます。エルフの少女。
死ぬほど異世界してるな。現実感が無くなる。
そして、朝が弱いトアはまだ眠って……。
「ありゃ、トアがいない」
「そうですね。どうしたのでしょう? えーと、職員食堂にいるようですね」
「ずっと前に、起きてったよー」
フクちゃんがそう答える。いつも起こしても起きないトアが? 何してるんだ。
まだ早い時間らしく、ギルドは静かだ。
ファスはそのまま出ていくと目立ってしまう為フェイスカーテンとローブを着ている。僕とフクちゃんはラフな格好だ。
トアを探して、ギルドの職員スペースを進むと。良い匂いが鼻腔をくすぐる。
ファスはすでに見つけていたようで、迷いなく進んでいく。
食堂を開けると、トアが料理を並べていた。
「そろそろ来ると思っていただよ。おはようだべ、旦那様」
「おはよう。今日は珍しく早起きなんだな」
トアの耳がシュンと萎れる。昨日も疲れていたし、何かあるのは間違いなさそうだ。
「旦那様が出ていく前に、ちっと、オラのメシを食ってもらいたくてな。頑張って早起きしただ。言っとくけんど宿屋にいた頃は、もっと早く起きてただよ。ただ旦那様といると、ついつい寝てしまうんだよなぁ」
拗ねたように喋る様子はいつものようだが、やっぱり元気が無いようにも思える。
理由を尋ねようとしたが、目線で止められる。
先にご飯を食べて欲しいようだ。ファスも何かを察したのか何も言わず僕の横に座った。
フクちゃんも最近お気に入りのスプーンとフォークを突き出した状態で待機している。
お行儀が悪いぞ。
「ほい、食べ比べてほしいのはこの二つだ」
「食べ比べ? わざわざその為に作ったのか?」
「そうだべ。ささ、冷める前にどうぞ、だべ」
いつもは一緒に食べるのだが、今日は僕等の反応を見る為か、立った状態でトアがジッとこっちをみている。
何が何だかわからないが、とりあえずスープに視線を落とす。
一つは白いペーストに。ソースがかけられている。見た目はシンプルなもの。
もう一つは澄んだコンソメのようなスープだった。 芋やパプリカのような野菜が細かくされて入っており見た目が鮮やかだ。
お腹が減っていたので、具材が多いコンソメのようなスープを具材ごと飲む。
「うん、美味い」
普通に美味い。ニンニクの風味の野菜に混じって白身のすり身の肉団子が入っていて、喰いごたえがある。優しくも食欲を挑発してくる、トアの味だ。
「美味しいです。落ち着く味ですね」
「まいうー」
ファスとフクちゃんも僕に合わせたのか、コンソメっぽいスープから食べたようだ。
ちなみに、食べ比べなのに、椀は空です。だって食べきりたいし。
「全部食べる前に、比べて欲しかっただが、もう一つのほうも食べてみるだよ」
トアに急かされるままに、ペースト状のなんだろう? ポタージュ? を食べてみる。
匙で粘度のあるペーストを掬って口に入れる。具材は無いようだ……。
「うおっ、びっくりした」
「これは、美味しいです!!」
「うーん?」
僕とファスは大きな声を上げる。最初はちょっと良いレストランで食べるポタージュかと思ったが。
そんなもんじゃない、口に入れた瞬間は豆のペーストかと思ったが、尋常じゃなく味が深い。
何を食べているのか理解するのに時間がかかるほどだ。それくらい情報量の多いものだった。
甘いと思ったら、その奥に別の味が、と思ったらその味よりも風味が湧いてきて。噛むとまた旨味が溢れて……。
一口食べただけで、しばらく止まってしまった。
「どうだべ?」
口を『へ』のにしてトアが聞いてくる。
「めちゃくちゃ美味しい。というか美味しすぎて、意味わからなかった」
「朝一番に食べるには、衝撃的でした。自分が何を食べているのかわかりませんが、とにかく美味しいというか……」
「ボクはこっちがいい」
フクちゃんは最初のコンソメスープを指さす。いやそっちも美味しいけどさ。
やっぱこっちのが断然美味しい……あれ、二口目を食べるとそうでもない。
美味しいけど、慣れたというか。
「えと、さっきの感じが無くなりました。でも美味しいです」
「ファスもか、僕も一口目のような感じはなくなったな」
「ボクはこっちのおかわりー」
フクちゃんは最初のコンソメをずっと食べている。
その様子をみてトアは口を開いた。
「フクちゃんはこっちのスープだべか、旦那様とファスはどっちが好みだべ?」
「うーん、最初の一口目だと、こっちのペーストだけど。二口目を食べた後だと最初の方がいいかな?」
「私も同意見です」
その意見を聞くと、トアは驚いた表情で僕等の前に座った。
「……今食べてもらったのは、一つは一番栄養と味のバランスが取れている素材を使いきったスープと、上等な食材の旨味だけをヒヨコ豆のペーストに溶かしただけのものだべ。ちなみにペーストの10倍くらいスープは時間と手間がかかっているだよ」
「えっ」
「旨味のみですか?」
あー、なるほど。トアがムスッとしている理由が分かったような気がする。
「この街の料理人は、最高の食材が来たら旨味をスキルで引き抜いて、別の食材に上乗せしてただよ。それを何回か組み合わせれば、手軽に最高の味ができあがるべ」
「そりゃまた、なんとも言えないな。誰が料理人でも良いってわけだ」
「そうでもねぇべ、【料理人】のスキルで旨味を引き抜いているからな。戦闘職でない、【料理人】のレベリングができるのは食に金をかける貴族の証ってんで、一種のステータスってわけなんだべ。旨味を抜かれた食材はそのまま捨てられていただ。オラが宿で一生お目にかかれないような最高の食材がほとんど使われず山のように砂海に捨てられていただよ……女将が言っていた、最高の環境ってこんなもんのことなのかなぁ。旦那様、オラわかんなくなっただ」
「トアはどう思うんだ? その旨味だけを乗っける料理でいいのか?」
「いいわけねぇべ! 旨いメシってのは体を作って生きていくためのもんだべ。味は心を、栄養は体を豊かにしてくれるもんだ。あんなの料理でもなんでもねぇべ。……そんでも、いくら時間をかけても旨味の料理には叶わねぇ……と思ってただが、旦那様はなんでスープの方がいいってなったんだ?」
「なんでだろうな。最初はペーストの方だと思ったけど。すぐに飽きたんだよな」
「私もです。確かに美味しいですが、物足りませんでした。スープの方はもっと食べたいという温かさがあります」
「ボク、わかるよ」
なんでわからないのか、わからないとでもいうようにフクちゃんが、僕等を見る。
「なんでなんだべ」
「うーんと、こっちのやつは、トアだからオイシーって感じ。こっちのはスカスカー」
「全然わかんねぇべな、フクちゃん……」
確かにわからないが、でも僕の感覚とも近い。トアだから美味しいか……どうしてそう思ったんだろう。
「……僕は料理のことはわからないけど、でもこっちのスープは朝に食べても食欲がわくように工夫がされているのがわかったし、味付けはしっかりしているけど、胃に優しい感じだ。よく食べる僕等だからそうしたんだろ? そういうトアの気遣いがトアだから美味しいってことだと僕は思うよ」
説明できているだろうか?
トアは僕の言葉を聞いて、立ち上がり背を向けた。
「そろそろ、行かなきゃなんねぇべ。他の飯も用意してあっから、厨房を覗いてくれだ。それと……ありがとうだ。旦那様、ファス、フクちゃん」
振り返らずトアは走って行った。その尻尾は軽やかに振られていて、僕とファスは顔を見合わせて、クスリと笑い合った。
朝ご飯だけで一話終わるとか、びっくりです。(土下座
あれー、おかしいなー、ここもっと短いはず……気を付けます。
ブックマーク&評価ありがとうございます。なんかめっちゃポイント入ってびっくりです。モチベーションがあがります。頑張ります。
感想&ご指摘助かります。いつも、本当にいつもありがとうございます。






