閑話7:マスクにオールイン
中々道を開けないチャラ男達と、叶達教会組との間に不穏な空気が流れる。
千早がそれとなく刀の柄に手を置き、チャラ男達も魔力を貯めスキルの準備をし始める。
「おぉ、お待ちしておりました。聖女様、さっそく転移者同士で歓談ですかな?」
一触即発の雰囲気の中、その空気を破ったのは陽気な声だった。
割って入ったのは、小柄だがシルクの服に華美な装飾をこれでもかと付けた中年の男だった。
これ幸いと叶が話しかける。
「えぇ、少し世間話をしていました。この街の司祭様ですね?」
100%作り物の笑みを浮かべながら、叶が確認すると、男は感激したように跪く。
白星教会では、割り振られている地区で布教するものを司祭としており、地域によっては神父とも呼ばれるが意味は同じである。
「えぇ、オレオ・ポルと申します。何分この人混みでして、出迎えが遅れたことをお許しください」
「勿論です。仕方ないですものね」
含みを持たせた言い方。実際オレオは転移者達の様子を窺っていたのだが、それがこの聖女にはバレていたのかと、心の中で戦慄する。
しかし、そんなことはおくびにも出さず。大仰な身振りで再び頭を下げる。
弛緩した雰囲気、しかしチャラ男達は気に入らないと言うように食って掛かる。
「ちょっと待てよ、俺達はこの街を治めているデルモって人の所にいるわけ、とりあえずそっちに挨拶にいくのが筋じゃないの?」
「だよね、屋敷まで俺達と一緒に行くべ」
とにかく、叶達を屋敷まで連れて行きたいという思惑が透けている提案ではあるが、貴族お抱えのしかも街の実権を握っている者の名前を出されてはオレオも無視はできないはず、しかしオレオはそれは好都合と手を打って喜んだ。
「でしたら問題ありませんぞ、これからこの街で楽しんでもらおうと思いましてな。闘技場で観戦を予定していたのです。その場所に行けばデルモ様もいらっしゃるでしょう」
「アン? 闘技場? そういやそんなんあったな」
「あぁ、あの出来レースか、まぁ一緒ならなんでもいいか。……待てよ……おいヨースケ」
「んだよ?……あー、なるほどね」
直人が陽介に手でサインを送り、二人は何かを納得する。
「私達は、旅で疲れている。休憩をしたいのだが?」
付き合い切れないと、千早が提案し、叶も頷く。紬は笑みを崩さず流れを見守っているようだ。
「勿論すぐに教会に向かっても良いのですが、挨拶回りというものもあります。闘技場へ行けば貴族も集まっておりますし、今日の顔見世は十分でしょう。もしそうでないなら、最低でも貴族の夜会には出る羽目になりますぞ」
眉を八の字にして、大袈裟に困った素振りをするオレオ、叶達は布教と世直しという大義がある為体裁は大事だった。面倒だが、それで済むのであればと叶達はチャラ男二人とは別の馬車に乗り、闘技場へ向かった。
大通りを巨大な蜥蜴のような魔物に乗った護衛に警護されながら進み、闘技場へ着くと、予想以上の賑わいに驚く。
「わぁ、すごっ。流石歓楽の街だね」
興味津々と周囲を見ている叶を置いて、千早は警戒心を増していた。
「明らかに、探るような視線が増えたわね。留美子は先に行って様子をみているらしいから、食べ物は気をつけましょう」
「一応、最低限の防御の紋章をいくらか仕込んでるけどね。お祭りみたいで私は嫌いじゃあないよ」
紬は笑みを浮かべるが、懐に忍ばせた札を取り出せるように構えている。
厳重な警護の中、闘技場が一望できる位置に色彩豊かなタイルで装飾された部屋に案内される。
一望できるといっても、せり出している観客席のせいで、壁の端は見えず、そこから露骨に赤い血が流れているのを確認できる。
闘技場と聞いてある程度、予想していたとは言え、悪趣味な見世物であることは間違いないようだ。
果物が積み上げられ、アラビアの踊り子のような露出の激しい恰好の女性の給仕が次々と食事を運んできた。
椅子を少し離すような配置でチャラ男達も同じ部屋に入る。お目通りを願う貴族達を適当にいなしていると、出し物が始まるようだ。
前座だろうか、闘技場へ20人ほどの踊り子に大道芸人たちが剣でジャグリングをしている。
そして、錬金術による拡声器で出し物の説明が行われた。
魔物と奴隷達の戦いという、野蛮な内容に叶達は眉をひそめるが、チャラ男達は予定通りとニヤニヤ笑ている。
『さぁさぁ、今なら奴隷達への掛け金が5倍付けですよ。大穴に賭ける人はおりませんか!!』
下で司会の男が観客を焚きつけている。誰が残るか、あるいは何分生き残れるのかという身も蓋もない賭け先もあるようだ。留美子からの情報をイヤリング越しに確認しつつ、給仕に渡された賭け先を見ているとチャラ男二人組の片割れ、鹿島 陽介が話しかけてきた。
「ねぇ、叶さん。ちょい賭けをしない? 俺ここの賭け初めてなんだけど、なんか転移者も賭けろって空気じゃね?」
乗っかるように、吉田 直人も囃し立てる。
「いいじゃんそれ、じゃあ俺達手持ちの白金貨10枚ほど賭けるよ」
「悪いけど、そんなにお金ないよ。賭け方もわからないしね」
「簡単簡単、誰がどれだけ生き残れるかって話だから、後お金もいいよ。その代わり俺達が勝ったら今晩一緒にご飯でもどう?」
「本当に懲りないわね。乗る必要ないわよ、叶」
「私は、賭けてもいいけどね」
まさかの賭けても良いという意見に千早が怪訝そうに紬を見る。
その方が面白そうじゃないかと、目配せしながら紬はワインをあおる。
「紬さんもそう言ってるしさ」
「そうそう。一緒にご飯だけだから」
どう断ろうと叶が思案していると、歓声が一際高くなる。芸人達が引っ込み、魔物達がドカドカと投入されている。派手に蹴りだされ、それまで壁際で見えなかった死体が宙を舞い、ゴブリンが死体を喰らう。
観客のボルテージは上がり「殺せ」とコールが響く、元いた世界とはあまりに違う倫理観にたじろぐが、それとは別の違和感も叶達は感じていた。周囲に聞こえぬように、小さな声で意思疎通を行う。
「……観客の盛り上がりが少し異常ね。バル神官が言うように薬のせいかしら? 予想以上にきな臭いわね、留美子に無理しないように伝えないと……」
「この人数に薬? うーん、ちょっと考えたくないなぁ。この規模なら他にやりようがありそうだしね」
「転移者のスキルの可能性もあるな。こういうのが得意な【ジョブ】があったはずだ。フフン、すぐにわかるだろうね」
話をしながら魔物を見ていると、三体のオーガに複数体のゴブリン。戦える転移者ならもちろん、冒険者でも複数人なら相手取ることができる。しかし、そのうちの一体の様子がおかしい、亜種だろうか? 上位のオーガがいるようだ。
「陽介、お前が仕入れたやつがいるぞ」
「馬鹿ッ、言うなよ」
そんな二人の意見は叶の耳には入らなかった。魔物の次に運ばれてきた奴隷達が入った檻、それに賭けられていた布が取られると、一人のマスクマンが目に入る。
「ブフゥ、ゴホッ、ゴホッ」
「ちょ、急にどうしたの叶」
「んー? あぁなるほど、面白いことになってるんだね」
奴隷の死体にも動じなかった叶はパニックになっていた。
えっ、なんで真也君がいるの? なんでマスクマン? 奴隷、奴隷なの? 買えるの? 吉井君お持ち帰りできるの? てゆうか上半身裸じゃん!! めっちゃ筋肉ついてる!!
これが恋する乙女の直感なのだろうか、すぐにマスクマンを真也だと見抜き、いくらなら買えるのだろう、なんて考えてしまっている。
ある意味彼女も順調に異世界に毒されてしまっていると言えるだろう。
そんな様子の叶を見て怪訝そうにするチャラ男二人に、叶は高らかに言い放った。
「さっき言ってた賭けに乗ったよ、あのマスクマンが生存で、全部魔物を倒すにオールイン!!」
「叶!? 正気?」
「アハハッ、面白いね、私もマスクマンに賭けるよ」
「へっ? いや、ハハハッ、急にノリが良くなったじゃん。全然いいよ。というか全滅で何分生き延びるとかとかで賭けるつもりだったんだけど……マジで生き残りに賭けんの? 取り消し無しね。じゃあ俺は全滅に賭けとくわ」
「あのオーガは、スキルで強化されてっからな。B級冒険者でも無理だぜ、フヒッ早速手配しとくぜ」
気を変えられては不味いとすぐに賭けを成立させ、檻は開かれた。
逃げ出す奴隷、剣を持つ奴隷、そして両の手を中段に置き半身に構えるマスクマン。
「あの構え……」
ここに来て、千早が気づく。かつて力への好奇心に流されてしまった自分を打ち砕いた男の構えを忘れるはずもない。
「なんだあのマスクマン、武器も持たずになにやってんの?」
「気が狂ってんだろ?」
もはや勝利を確信し、笑いながら酒を飲む二人。
そしてマスクマンが動き出す。
レベル上げを行っている転移者達の眼を以ってしても、ギリギリ追えるかどうかの化け物じみた速度でマスクマンが何かをし、オーガの腕が切り落とされる。
何が起こったか認識する前に、あろうことかマスクマンは数百キロはあるはずのオーガを持ち上げ、地面に叩きつける。
開いた口が塞がらないチャラ男、驚愕しているのは千早もだった。
「なにそれ? 無茶苦茶じゃない……」
千早はリベンジの為に、仮想敵として真也を想定した訓練をしていたが、三か月も経たないうちに、相手は想像以上の化け物になっていた。掴まれただけで、振り回されて終わる。技も駆け引きもない。
純粋な膂力だけで自分が圧倒される想像をしてしまった。
「随分と、暴力的な王子様だね。面白い」
興味深そうに紬が身を乗り出す。
「でしょ!」
先ほどまでの作り物の笑顔とは違う、普段の彼女を知る者が見たら驚くような満面の笑みを浮かべながら聖女は同意した。
チャラ男達はあんぐりと口をあげ、自分達がいくらの負債を抱えるはめになるのかを勘定し始める。
そんなことはつゆ知らず、マスクマンは暴れまわり、観客は一瞬の沈黙の後に大歓声をマスクマンに叩きつける。オーガの前に粗末な武器だけを渡されて潰される人間、それはそれで、見世物しては面白かったのかもしれない。
だが、素手でオーガを殴り、投げ、正面から組み伏せる。その様子はもはや人間のそれではない、魔物のそれよりも純粋な力の在り方。より異常な魔物よりも魔物のような、そんなマスクマンの姿に心を強く奪われる。
闘技場の淀んだ空気を吹き飛ばすような、その力は、貴族も民衆も、転移者も関係なしに惹きつけ、勝利と共に突き上げられた拳はこの街を覆っていた、何かに対して確かに、楔を打ち込んでいたのだった。
更新が大幅に遅れてすみません。次回から吉井君サイドに戻ります。
これからは更新も週一程度でできると思います。
ブックマーク&評価ありがとうございます。いつの間にかのびててびっくりです。やる気がでます。
感想&ご指摘ありがとうございます。助かっています。本当にありがとうございます。






