第十一話:ベッピンさん
「そういや僕も腹減ったな」
そういや朝から何も食べてないじゃないか。腹も減るわけだ。
「ご主人様が寝ている間に給仕が食事を運んできてはいるのですが……」
まぁ毒入りだからな。フクちゃんはポイズンスパイダーじゃないし。
ファスがドアの前に置かれたご飯を持ってきた。パンと水差し、そして肉の切れ端が入ったスープか。ちゃんと二人分ある。
「ギースさんが言うにはこれは毒入りなわけだが、フクちゃんなんとかなる?」
(ガンバル)
フクちゃんはその赤い眼をクリクリと動かしてパンとスープを少しずつ齧り、停止した。
「ふ、フクちゃん。大丈夫か? 即効性の毒ではないらしいけど」
いや、それともモンスターには有毒なのか。
「だめだったらペッってしてもよいですよ」
ファスも心配そうに見ている。フクちゃんはそのまま停止していたが。こちらに向き直り。
(ダイジョウブニナルモノ、ツクッテタ)
と言って、僕の腕に飛び乗り牙を突き立てた。
「ご主人様!」
「大丈夫だファス、落ち着け」
フクちゃんはそのまま牙から何かを流し込んでいた。
(コレデダイジョウブ、ツギハ、ファス)
そのままファスにも飛び移る。
「キャ、あ、あの私は呪われているから、その」
(モンダイナイ)
そして腕にある鱗の生えてない部分に牙を突き立て何かを流し込んだ。
(オナカ、ヘッタ。ゴハンタベテクル)
「このスープ食べればいいんじゃないか、ほら」
(マスターガ、タベテ。ボクハ、カリスル)
スープを差し出したが。フルフルと首(上半身と言えばいいのか?)を振り。格子をはめられた窓から飛び出ていった。
「狩りって、大丈夫か?……とりあえず食べるか」
食べようとするとファスが手で制してくる。
「まず私が毒見を」
「即効性の毒じゃないから意味ないと思うぞ」
「もしものことがあります。毒見は奴隷の仕事ですから」
そう言ってムグムグとパンとスープを少しずつ食べて、異常ないことを確認していた。
一応鑑定紙でファスをみてみるが異常はなかったので、やっとこさ自分の分の晩御飯を食べる。
腹が減っていたので夢中で食べると、悲しいかな一瞬でなくなってしまった。
「あの、ご主人様これもどうぞ」
ファスがパンを差し出してくる。みるとスープもほとんど食べてない。
「それはファスの分だ。しっかり食べるべきだ。なんせこれからやらなきゃならないことがあるしな」
吸呪を少しでも進めたほうがいいだろう。目標としては一か月後までにはまともに動けるようになってないと脱出は厳しいだろう。
「!! それはつまり。昼間言っていたことは本気だと?……わかりました。私、嬉しいです」
ファスは最初は狼狽していたが、覚悟を決めた目で僕を見つめてきた。そうかやっと吸呪させてくれるか。
「意識してやるのは初めてだ。どうなるかわからん。だが精一杯頑張るからな」
「わ、私も初めてです。あのこんな酷い体と見た目ですし、ご主人様がご不快になるかと思いますが」
「なに言っているんだファス。僕は本当に君に感謝しているし。救われているんだ。不快になるなんてありえない。まかせてくれ、上手くやってみせる」
「は、はい」
そんな会話があって、ファスはパンとスープを食べてくれた。ただもともと食が細いのか全ては食べられないようだったので、余りは僕が食べた。なんでも食べすぎると体がダルくなってしまうらしい。呪いが解ければたくさん食べるようになるのかな。
「さぁファス、ベッドに腰かけてくれ」
「ま、待ってください。まずは体を清めましょう。ほら、体を拭く為の布です。えと水は水甕の水を」
明らかに緊張した様子のファスが可愛くて思わず笑ってしまう。
「わ、笑わないでください。だってそんな風に扱われることなんて私の人生でなかったし、来るとも思わなかったから……ほら、ご主人様こちらへ来てください。体をお拭きします」
「いや、自分でできるよ」
さすがに少し恥ずかしい(ずっと上半身裸だったわけだけど)。
「これも私の仕事ですから、それとも、こんな呪われた者に体を拭かせたくないと? それならそうと言ってください」
目元をボロ布で隠してそんなことを言う。
「そんなこと思わないから!! よし思う存分拭いてくれ」
「フフ、えぇ。拭かせていただきます」
おっ、今のは冗談だったのか、いい傾向だな。ファスとの距離が近づいた気がする。
ファスは丁寧に体を拭いてくれた。贅沢言えば風呂に入りたいがなんて言うかこれはこれでよいものだ。
「次は、私ですね。あの恥ずかしいので向こうを向いてくださいますか」
「お、おう」
手伝おうかと言おうと思ったがそう言われてしまってはどうしようもない。ファスはたっぷり時間をかけて体を拭いていた。
まぁ吸呪の過程で見られることもあるかもしれないからな。女の子としては気になるんだろう。
そして、体を拭き終わり制服をきたファスと向かい合う。
「じゃあ、始めるぞ」
「は、はい。不束者ですがよろしくお願いします」
「そう緊張するな、大丈夫だ。必ず呪いを解いてみせる」
「えっ?」
「んっ?」
ファスが驚いた顔でこっちを見てきた。と同時にワナワナと震え始める。というか、な、泣いてる!?
「の、呪い。私なんて勘違いを」
「ファス、大丈夫か、どうした?」
ファスはまたボロ布を掴んで部屋の隅にまるまって防御態勢を取り始めた。
「ファ、ファス?」
「私、その、ご主人さまとするのかと思って」
最後の方は小さくてほとんど消え入りそうな声だった。
……『バリバリ抱けますけど』と昼間ギースに言った台詞が頭の中を回る。
えーと、僕もしかしてまたやらかした?
「いいんです。わかってます。こんな醜い女を抱きたい男なんているわけがないんです。わかっていたのにご主人様が優しいから……」
(あーもう!! こうなったらやるしかない!!)
「ファス、こっちを向け」
くるまった布から顔をだしたファスの頭に手を添えてキスをした。触れるだけのキスだが少し長めのキスをした。唇を離し、その緑の目を見つめる。
「ファス。よく聞け、確かにさっきは勘違いだったけど、昼間ファスを抱けると言ったのは嘘じゃない。もし仮にファスの呪いが解けなくてそのままの姿でも僕は君を……抱くよ。いやこれは僕の性癖が異常というわけじゃなくて、なんていうかこれは、ッツぐううううううう」
なんか必死に言い訳していると、体の芯から焼けるような痛みが襲ってくる。キスで吸呪が発動した結果だろう。
「ご主人様! 大丈夫ですか?」
「大……丈夫」
一回目の時と質の違う痛みだったが、細く長い呼吸を心がけて時間が過ぎるのを待つ。
前の時よりもはるかに長い、いつ終わるのかわからない痛みの中ファスはずっと僕に声をかけ背中を撫で続けてくれていた。
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「やっと、落ち着いたか…」
(ダイジョウブ? マスター)
どうやら意識を失っていたらしい。窓から見える空は少し明るくなっていた。いつの間にか戻ってきたフクちゃんを撫でる。そしてこの感触は案の定膝枕だった。
「悪いなファス」
そう言って起き上がろうとすると、ポタリと雫が落ちてくる。ファスが泣いていた。
その顔には鱗はほとんど無かった。年相応の、というか美しい女性の顔だった。鼻筋がしっかりと通っていてその深緑の瞳によく合う。痩せているせいか頬は少しこけているようにみえ、その頭には鱗はほとんどなくなっていたが髪も生えていない、それでもなお美しいと感じさせる造形がそこにあった。
「なんだファス、ベッピンさんだったのか。醜くなんてないぞ」
まだ少し朦朧とする意識の中手を持ち上げてすべすべした頬を撫でる。
ファスは声をあげて泣いた。初めて会った夜の僕のように。
話しが進まないのは実感しているけど、ここは書きたかったんです。許してくださいなんでもしますから!!