閑話5:一方そのころ
謎のマスクマンとなった吉井が片手を掲げ、闘技場が歓声で埋め尽くされる瞬間から数時間ほどさかのぼる。
一隻の帆船が砂海に止まる、三本のマストが特徴的で、その大きな帆には星と雫の紋章が描かれており、船員と思われるもの以外はゆったりとしたローブを着ている者が多くその船の異様さを際立てていた。
着港の仕度に追われ、慌ただしい船内の一室、扉の前に女性の騎士が見張りをしているその部屋には数人の黒髪の女子達がいた。
「あ~、やっと、やっと着いたよ。疲れた~」
室内は贅の限りをつくした最新の錬金機械により、快適な温度に保たれているのだが、そんなことは知ったことではないと、薄着の姿でだらけていたのはスタンピードにて悪漢に襲われながらも自力にて脱出し、勇者と共に魔王種の殲滅を果たした功績により教会側の英雄となってしまっている【聖女】桜木 叶だ。
長い黒髪に白磁のような肌、見た者の視線を離さない美貌、教会内でもますます美しくなったと噂される容姿を何かの魔物の毛皮に横たえている。彼女はこの航海で絶えず酷い船酔いに悩まされていたのだ。
その様子をみてため息をつくのは、貴族勢力から逃げ出した転移者であり【侍・剣士】のジョブを持つ小清水 千早だった。彼女を初見で見たものは可憐な少女だと思う者も少なからずいるが、すぐにその考えは誤りであることを思い知る。その鋭い双眸と立ち振る舞いからは大型の猫科の動物を連想させ、実際その身体は細いのではなく鍛え上げた結果無駄がそぎ落とされたという表現の方が正しいだろう。
細身の体の線がでるほどにタイトなパーカーに白いキュロットを着ており、腰には革製の太いベルトを巻いている。丁寧にまとめたポニーテールは彼女の清廉さを物語っているだろう。
「叶、いい加減ちゃんと服を着なさい。どこで誰が見ているのかわからないわよ」
「え、えっと、千早ちゃん。多分大丈夫だよ。私の【状況鑑定】には特に反応ないし、よほど高レベルの【隠密】系スキル持ちじゃない限り近づくのは無理かな?」
千早の指摘に返答したのは、日野 留美子である。【忍者・鑑定士】のジョブを持つ彼女は、千早とは逆に人懐っこい犬を連想させる雰囲気を持っている。大きな丸眼鏡に指先のみを露出させている長めの袖が特徴的なスウェットに革製の防具を付けている。
「その高レベルの【隠密】使いが来るかもしれないでしょ? まぁ、紬の魔法陣もあるし、問題はないでしょうけど、これは心構えの問題だわ」
千早の視線の先には用意された、これまた一人の少女がいた。
椅子に羽ペンを持って羊皮紙に何かを書いており、短髪に現代の海賊映画の船員が着るようなジュストコールを着ている。その服装も相まってどこか男性的な、美少年とも見えるような中性的な少女だった。
紬と呼ばれた少女は手を止めて振り返る。
「千早さんの言う通りだ。叶、仕度をした方がいい。その姿を愛しの彼が見れば百年の恋も冷めるぞ」
「真也君なら心配してくれるもん。船酔いしては回復して、回復しては船酔いする人の身にもなってよ。リジェネ系のスキルレベルをめっちゃあげちゃったよ」
「女神の奇跡を使って船酔いを治すのは君くらいだろうね。約束の物はたった今、完成したよ。さぁ、出かけようか」
苦笑しながら、紬は袖のボタンを閉める。
千早は壁に立てかけられている日本刀を腰のベルトに差して金具を調整し、留美子が気配を消して窓から飛び降りていく。
叶は砂漠仕様に魔法陣を書いてもらったシャツに橙のロングスカート、最後にローブを羽織り髪を流せば、まるで魔法のように【異世界の英雄】が出来上がる。
もし己の美貌に自信があるものがその様子を見れば、嫉妬に狂っていたかもしれない。
それほどまでに少女達は美しく、絵になっていたのだから。
「……さて、いっちょやりますか。真也君は無事に暴れてるかな?」
場面転換が上手く行かず、一端閑話として桜木さん達の様子を書いていきたいと思います。
桜木さんが上陸……嫌な予感がしますね。
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