第百十三話:闘技場にてマスクマン
少女姿のフクちゃんと一緒に地下へ行くと、待ってましたとばかりにキルトさんが仁王立ちしていた。
「さぁ、行くよ。時間なんていくらあっても足りないんだ」
「がんばる、じゃあ、あとでね、マスター」
フクちゃんと別れボルテスさんが居る横穴に辿り着くと、ボルテスさんは細々と色々小物を準備していた。
「おう、早かったな。とりあえずこいつに着替えてくれ」
そう言ってボルテスさんが差し出してきたのは簡素な作りのチュニックに革のズボンだった。
ベルトで留める作りのようだ。言われた通りに着替えてみると、軽さと伸縮性に驚く。
「凄いですねこれ。見た目は安物なのに、着心地がいいです」
「地下の職人が作ったもんだ、いくらでもある。後はコイツだな……奴隷の首輪だ。偽物だがな」
「奴隷の首輪ですか」
渡されたのは黒く丈夫そうな革製の首輪だ。
「お前はこれから俺の奴隷として、闘技場へ行ってもらう。勝ち続ければ奴隷としての価値も上がるだろう。そうなりゃ貴族達の目にも留まる。運がよければデルモの元へも行けるはずだ。ただ最近の闘技場は八百長はもちろん、ただの殺戮もありの状態だ。生きて帰れないかもしれんぞ」
「どうなるか、わかりませんが、とにかくやってみます」
ファスやトアも頑張ってるってのに、自分だけ何もしないのもあれだしな。もし本当に危なそうだったら逃げよう。
「誘った俺がいうのもあれだが。お前、大分頭おかしいな。昨日のガキどもを治したことといい。何者なんだ?」
「ただの冒険者ですよ。ただし今回はバックがついています。もし上手くいけばきっと元の工房をボルテスさんに返すことができますよ」
「……期待せずに待ってるよ。その首輪には【鑑定】を誤認させるエンチャントをしている。【鑑定防止】の装備を外されて【鑑定】されたとしてもお前のステータスには【奴隷】であることが書かれるはずだ」
「そんなことができるんですか、それができるなら、色んなことができそうですけど」
「裏技中の裏技だ。この国でもできる奴はまれだよ。まっ、俺にはできるってわけだ。ほんじゃとっとと行くぞ」
さらっと言ってるけど、めちゃくちゃチートな技術なんじゃないかそれ。
例えば、クソみたいな性能の武器の【鑑定】結果を誤魔化してレア武器に仕立て上げたりとか……詐欺しほうだいだな。
「お前が考えるようなことをやった日にはすぐにでもお縄だよ。もしこれができることが他の奴らに見つかっても俺は適当な貴族や悪党に攫われて死ぬまで【鑑定】誤認のエンチャントを張り続けるハメになる」
カチャカチャと細々したものを鞄に詰め込みながらボルテスさんがそんなことを言う。
確かに、騙すのは簡単そうだけど、その後が面倒だ。本来なら自分がそんなことをできることすら秘密にして当然だ。
「このことは決して口外しません」
「当り前だ、バカヤロウ……そのマスクはなんだ?」
「変装ですけど?」
「……昔、そんなマスクを着けた闘士が居たのを思い出したよ。そのせいでそんなマスクはこの街ではありきたりだがな」
首輪と一緒につけたヒットさんのマスクに突っ込まれる。鼻と口だけが出ているタイプのメキシカンなマスクは自分でも意外なほどしっくり来ていた。
地上へ戻り、通りを歩き街の中心街まで行く。昨日来たばかりだが、この人混みと無駄に高い建物には圧倒されるな。
「キョロキョロすんな。ついたぞ、ここが闘技場だ」
ボルテスに案内されたその場所は、見かけそれほど大きくもない建物だった。
ただ凄い数の人が続々と入っている。てっきり円形闘技場みたいなもんだと思っていたので困惑していると、ボルテスが列とは別の入り口の前にいる兵隊に声をかける。
「おい、コイツを闘士として登録したい」
「紹介がなければ最初は闘士ではなく、魔物相手の見世物ですが」
「そこで、生き残りゃ闘士だろ?」
ボルテスさんがこっちを見てニヤリと笑い、兵士が怪訝な顔をする。
「死にますよ」
「それならそれまでだ。金に換えてくれればそれでいい」
そこからはトントン拍子に手続きが続き、途中【鑑定】をされたが僕はボルテスさんの奴隷だということが証明され、その日の昼には檻に入れられて運ばれている。車輪付きの檻がガラガラと音を立てて移動しているのを感じてはいるが黒い布がかぶせられているせいで檻の外の様子は全くわからない。
「お、終わりだ。俺達は終わりだ」
「殺される、せ、せめて苦しみたくない」
「……」
檻の中には三人の男がいた、ブツブツ喋る二人は話しかけても死にたくないと繰り返すばかりで会話にならない。一人は口布をしており、表情はわからないが細身だ。膝を抱えており、目深にターバンがかかっているせいで目元しか確認できない。薄い銀の不思議な瞳だった。
ここまで来るのに何かあったのか服が酷く破れていた。
「貴方も奴隷なんですか?」
取りあえず話しかけてみる。無言で服が破れている部分を隠そうとしているので少々もったいない気もしたがボルテスさんにもらったチェニックを渡すと。
破れた服の上から着ていた。
「……奴隷じゃない。憲兵に捕まった。そのおかしなマスクはなんだ?」
おっと、返答があるのは意外だな。やや潰れているが高い声だった。服を貰ったので無視するのが心苦しくなったのだろうか。
「似合ってるでしょ」
「……気持ち悪い。薬でもやってるのか? 気が狂ってる」
「正気ですけど」
「うるさい、無駄口をたたくな。どうせ皆死ぬ」
「なぜ?」
「すぐにわかる」
その後は何を話しかけても誰も答えてくれなくなった。
服が無いので、上半身裸なのが心もとないが。まぁ、せっかくのマスクだし、裸はむしろ正装ともいえるだろう。
しばらく待っていると、ザワザワとした大勢の人の声が徐々に大きくなっているのを感じる。何かしらの仕掛けがあるのか外の音が砂がすれるような音に変わっており、まともに様子がわからないようになっている。
「正直怖いな。いったいどうなるんだ」
檻を押しているであろう人に聞こえるように言うがまったくの無反応。
されるがままに待っていると、不意に被せられている布が取り外され、光が差し込む。
眩しい、ここは……どうやら地下のようだ。天井には逆さに生えた松のような植物が強い光を放ち光源となっている。岩場をくり抜いて作られたかのような観客席が無数にあり、そこで老若男女問わず、何かの券を握りしめては叫んでいる。
半径は大体150mほどだろうか? 壁際を見ると、人間や魔物の死体が無造作に並べられていた。
そして正面には。
「ホォオオオ」
「ッグルルウ」
「グゥルゥルグ」
「「「ギシィイイイイ」」」
三体のオーガが、棍棒や斧を持って、ニタニタと笑いながらすでに動かなくなった死体を潰して遊んでいた。その周りではゴブリンが飛び散った肉片を食んでいる。観客はそれを見てゲラゲラと笑っていた。
『さぁ、次が午前の部最後の獲物でございます。生きのよい男の奴隷でございます。さぁ5分、10分、15分、どれだけ生きていれるかを賭けてください。まだベットは間に合いますよ!! 間違えても生き残りには賭けないようにしてくださいね、さぁさぁ、締め切りますよ!!』
布が取れて、はっきりと声も聞こえる。実況付きなのか。
チンッと音がして留め金が外れ、檻が開く。歓声が一際大きくなり、上から、剣や斧が投げ入れられる。
オーガ達は死体を潰すのを止め、こっち見て笑みを深める。
「「「殺せ! 殺せ!」」」
観客の声が高くなる。誰も目が血走っている。
「地獄だな……」
他の三人のうち二人は必死に武器を握っている。もう一人の銀の瞳の人は茫然と立ち尽くしていた。
新しい玩具が来たと、オーガ達が死体を投げ捨て、ゴブリン達が獲物にありつこうと一歩引いたところからにじりよってくる。
「「ひいいぃいいいいい」」
二人の奴隷が武器を捨てて壁際に走り出した。
『さぁ、始まりました。さぁほとんどが1分で死ぬに賭けています。大番狂わせは起きるのか。観客席の皆さんは血しぶきがかからないようにご注意ください! おっと、一匹が細身の男に向かったあああああああああああああああああ』
オーガが銀の瞳の人に向かって走り出した。
横を見ると、銀の瞳の人が落ちている剣を拾い構える。中々堂に入った構えだが、その足は震えていた。
しかし、前を向き、諦めようとした心を奮い立たせ生きようとしていた。
その姿勢に感動しながら、僕も右半身の構えをとる。
手甲も防具も無い状態で3体のオーガに10体のゴブリンか。
「まぁ、余裕だろ。おい、お前の相手はこっちだ」
【威圧】をかけてヘイトを銀の瞳の人から自分に向けると、オーガは待ちきれないと舌を出しながら棍棒を振りかぶった。 攻撃が来るまでの時間はため息が来るほどゆっくりだった。
例えば、ファスの魔術ならすでに死角を含むあらゆる場所から攻撃してきただろう。
例えば、トアの斧ならすでに振り下ろされている。
例えば、フクちゃんの糸なら僕の四肢を雁字搦めにしている。
普段の稽古を思い浮かべながら、腰を切りながら半歩前へ【手刀】を発動。
通常と逆の軌道の背刀打ち、棍棒を持つ方の手首を切り落とす。
そのまま足を一歩前へ、【ふんばり】で体を固定しながら体長が3メートルほどあるオーガの太ももに腰を当て【掴む】で抱える、引っこ抜くように腰投げ。
バシャンと、水風船が割れるような音が響く。強く叩きつけられたオーガの頭部が破裂した。
背が高いから、転ばせようとしただけだが、思った以上に軽く叩きつけてしまった。
レベルアップのせいで力加減が未だつかめないんだよな。
『あの巨体を持ち上げたアアアアアア、あの裸のマスクマンは何者だアアアアアアアアア』
「……」
壁際の死体の数は20体以上だった。まだ朝と言っても良いようなこの時間帯からこれほど人が死んでいて、それが全部見世物だって?
弔いだとか、復讐とか、そんなわけじゃない。ただなぜか、無性に腹が立ってくる。
観客はオーガが殺された場面を見て歓声を上げる。人間が死ぬのも、オーガが死ぬのも彼等にとってはショーに過ぎないようだ。
まるで大雨のような歓声と仲間を殺されたオーガの怒声。身の危険を感じて飛び退くゴブリンの悲鳴。
「「グォオオオオオオオオオオ」」
武器を構え、やっとオーガが本気になったようだ。
周囲のゴブリンは吹き矢や弓を構えて、妨害をしようとしている。
このやるせない気持ちをぶつけようと【威圧】を強めると、隣から声がかけられた。
「おい、お前、勝てるのか? 残りは武器を持ったオーガ二体にゴブリンが12体だ。勝てるのか?」
すがるような問だった。
無言で頷く。
「なら、私と組め、いや従者にしてくれても構わない。死にたくない! きっと役に立つ。ここから出してくれ。ここで……死ぬわけにはいかないんだ!!」
檻の中にいた時の諦めたような態度を翻し、一心に死にたくないと叫んでいる。
「その方がずっといい」
「はぁ? 何を言ってる?」
その問には答えず、全力で飛び出す。【ふんばり】を使った運足で近づき手前で跳ねあがり、技も何もないただの右拳を叩きつけた。
バキィンと硬質な音が響く。先ほどのオーガと違いまだ動いている。
「スキル持ちか」
おそらくは体を硬化する系統のスキル。地面に着地するとゴブリンの吹き矢が飛んで来る。
空中で掴む、多分毒が塗ってあるのだろう。大丈夫だろうけど、周りから仕留めるか。
爪先と踵で【ふんばり】を調整し、砂海で身に着けた滑るような運足から。
ギース流剣術(ギースさんから習った剣術をそう呼んでる)の型に入る。下段切りと抜き手を組みあわせ、止まることなくゴブリンを切り伏せる。
『マスター、技の名前、ないのー?、技名はロマンだよっ』
漂流生活中にフクちゃんに言われた台詞を思い出す。
もしこの技に名前を付けるならギース流剣術【流歩:撫切】とかかな。
ゴブリンを切り伏せると、先程のダメージを回復したのかオーガの魔力が高まる。
「グォオオオオオオオオ」
オーガが地面に鉄塊のような剣を突き刺すと足元から見えない斬撃が複数回飛び出してきた。
【流歩】の滑る体捌きで躱し、懐に入り込み、諸手取り。
【鈍麻】の【呪拳】を発動するとわずか数秒で行動不能になり、膝をついた。
観客に見せつけるように、下がったオーガの頭部に拳を叩きつけると【鈍麻】で思考が鈍ったのか今度はしっかりと止めをさせた。実況が声を張り上げる。
『これは、これは、信じられません。全員生還です。こんなことがこれまであったでしょうか。ハイオーガ交りの魔物の群れをたった一人で倒したのは、なぞのマスクマアアアアアアアアン』
この闘技場も絶対ぶっ潰してやると思いながら、今はアピールのために拳を掲げると歓声が一際高くなった。
とういわけで、闘技場に到着です。
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