第百十二話:砂漠の夜
その日はヒットさんが用意してくれたギルドの一室で寝ることになった。
風呂は無かったがお湯が出たのでかわりばんこに体を拭くと幾分かさっぱりとする。
【防塵】のマントだけでは完全に砂を防げないからなぁ、やっぱり砂漠に適した装備が欲しいもんだ。
「今日はいろいろあったな」
「はい、疲れました」
麻でできたラフな部屋着に着替えたファスが髪を拭きながら答える。
トアとフクちゃんはまだ身体を洗っているようだ。
尖った耳の上まで伸びた髪は艶やかで綺麗だ。フクちゃん印の石鹸(回復泡)のおかげで砂漠生活でも髪の手入れはバッチリらしい。
トアの話では魔王種を食べてレベルアップしたらしく、さらに品質が上がっているとのこと。
「髪の毛伸びたな」
髪を拭き終わり、そのまま隣に座ったファスの頭に手を伸ばす。
まだ少し湿っている髪を撫でると、手触りの良い絹糸の様だった。
「んっ……耳にかかるまでは伸ばすつもりです」
「もっと伸ばしても似合うと思うぞ」
「手入れが大変ですから……ご主人様が好きなら伸ばします」
チラ見しながらそう言ってきた。うーん魅力的な提案だ。
「どっちでもファスなら似合うと思う」
そう言うと、今度はファスが頭に手を伸ばしてきた。僕の方はかなり髪の毛が伸びて邪魔なくらいだ。
砂が入るし、切ってもらうかな?
「ご主人様の髪の毛はツンツンしています」
「これ以上伸びたら流石に邪魔だし、切ろうかな?」
「後で鋏を借りてきましょう。私に切らせてください」
ファスは頭に置いた手を首に回して僕に抱き着き、すっぽりと腕の中に納まった。
砂海ではそんな雰囲気にならなかったし。ここんとこ、ご無沙汰だったせいかファスの匂いがしてドキドキしてくる。
「あー、ファス?」
「なんですか?」
抱き着いた状態でファスが上目遣いで見つめてくる。
なんですか? なんて言いながら、その目は閉じられ唇が近づいてくる。そのまま僕は……。
「……オラ達のこと忘れてねぇだか?」
「ファス、ずるい」
清拭を終えたトアとフクちゃんからの冷やかな視線を受け冷汗がでる。
全然気づかなかった。
「むぅ、いい所でしたのに。あとちょっと待っててくれれば……」
ファスはわかっていたようで、そのまま特に驚いた様子もなく密着したままだ。
「いんや、明日からはそれぞれ忙しくなるし、この辺でオラ達もやることやっとかねぇとな」
「そのためにアラクネ、食べた」
むん、とフクちゃんが胸を張る。細身のファスよりもさらになにもない胸が強調されている。
すぐに姿勢を戻し、軽やかな足取りでファスの反対側から僕に抱き着いてきた。
「ボク、マスターと一緒になるために、この姿になったの、だから、かわいがって?」
子蜘蛛の姿と同じ色の銀髪に白すぎる肌、爛々と光る紅色の瞳は微かに潤み揺れている。
少女の姿からは想像もつかないほどのこの色気は何なのか、幼く神秘的で侵し難いからこその背徳感。
性癖とか好みとかそんなもの関係ないほどに惹きつけられる。
「群れの序列は守るだ。一番はファス、二番はフクちゃん、三番はオラ。だからフクちゃんが人間の姿になるまでお情けは貰ってなかっただけど、今日は別だべ」
茶髪に尖った耳、フサフサの尻尾をゆったりと振りながらトアが滑るように背後に回り込んで、首筋をなめてくる。
背中で柔らかな胸が潰れてその存在を主張し、首筋に犬歯が突き立てられる。
そのまま僕等はベッドに倒れこみ、体力の限りお互いの体を貪り合ったのだった。
……訂正、ほぼ一方的にいただかれたような気がする。
よく朝、ややげっそりしながら朝の仕度をする。
「マスター、だいじょぶ?」
「やー、ごめんだべ旦那様、背中に爪立てちまったな」
「……次からは三人同時はマジで勘弁してほしい」
「私は体力つけます」
流石にやりすぎたと謝るツヤツヤの二人をよそに、昨晩早々にダウンしたファスはリベンジを誓っていた。
いやいや、手加減お願いします。
「次はカナエもいっしょー」
「フクちゃん、流石にそれは不味いから」
四人同時とか、体力以前に精神が持ちそうにない。叶さんは元の世界の貞操観念を持っているだろうし、その辺は慎重にいきたい。
「でも、カナエが居れば、体力はいくらでも回復してくれそうです」
「確かにだべ。昨日はフクちゃんに持って行かれたからなぁ」
「マスターと一つになれたの! 嬉しかった! 次もガンバル」
……恐ろしい話が進行しているような気がするけど、聞こえない振りしよう。
ハーレム物の主人公たちは毎回こんなことしていたのか、素直に尊敬するなぁ。
少し前までは想像もしないような体験だ。
いつもなら朝のストレッチをするところだけど、今日は朝早くから色々準備がいるということなので、ヒットさんの部屋へ向かう。まだいないかとも思っていたけど。ノックをすると返答があった。
ドアを開けると、メイド姿のアナさんとギルマスのヒットさんが、座って書類をパラパラとめくっていた。
「おはよう、皆。……あらぁん、よい表情ね。昨晩はお楽しみかしら?」
「ノーコメントです」
「そりゃ、やることはやるべ」
「マスターにやっと、可愛がってもらったの」
「むしろ、いたさない方が不健全だと思います」
人が黙秘権を行使したのに、パーティー全員により暴露された。
「あーあー、いいですね。こっちはほとんど寝ずに、情報収集とこれからのことの根回ししてたってのに」
ブーブーとアナさんが唇を尖らせる。
「まぁまぁ、姫様。英気を養うのは大事なことよ。冒険者なら色気に惑わされないように、勉強するのも大事だしね。それに……皆昨日よりずっと魔力が安定しているわ。ムフフ、いいわねぇ、若さねぇ」
モヒカンのおっさんが流し目を送ってきてるけど、普通に気持ち悪いので、話を進めよう。
「それで、僕とフクちゃんはとりあえず地下に行く予定ですけど、他の二人はどうなるんですかね?」
僕はマイセン経由で闘技場、フクちゃんは地下でキルトさんに織機の使い方を教えてもらう。
「トアちゃんはあたしと一緒に街で一番の宿へ行くわ。ファスちゃんは姫様と特訓ね」
「わかりました」
「了解だべ」
「ファスさんは、色々買い物もあるから、忙しくなると思うよ。それと昨日の戦利品も皆持ってってね」
アナ姫が机に装飾品を次々に並べていく。
宝石をあしらったペンダントに、指輪、バングルにベルト、用途のわからない装飾品もあるな。
「あの貴族が転移者用に集めてた装備品を見かけだけ、いじったものよ。すべてに強力な【鑑定防止】がついてるし、他にもスキルがついているわ」
ふーん、まぁ僕は男だし、特に目立たない武骨なバングルを選んだ。
トアはブローチとイヤリングを、ファスはペンダントを選んでいる。
フクちゃんは蝶の形の髪飾りを選んで着けていた。
「あと、ヨシイちゃんには、あたしが現役時代愛用していた。コレを貸してあげる」
そう言ってヒットさんから手渡されたのは、メキシコのプロレスラーがつけるようなマスクだった。
一応はお尋ねものだし、あって損はないか。
「トアちゃんはお化粧で、雰囲気変えれば十分だし、ファスちゃんはフェイスカーテンとフードを着て移動するから大丈夫ね」
「ボクは隠れる」
フクちゃんは【隠密】があるので、その気になれば全然気づかれないからな。
というわけで各々装備を整えて、それぞれの潜入兼修行に出発となった。
……闘技場まで進みませんでした。すみません。全てはすぐにいちゃいちゃする主人公のせいです(ごめんなさい。次回はちゃんと闘技場まで行きます……多分。
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