第百十話:竜の影
「……ハハ、お伽話だねこりゃあ、お嬢ちゃんが魔王種だったのかい。本当に、あんたらは何者なんだい?」
「ただの冒険者ですよ。フクちゃん」
「何? マスター?」
「織機の使い方を知りたいんだな?」
「うん? ダメ?」
まさか、僕がフクちゃんのやりたいことをとめるはずがない。
「すみません、えーと名前は」
「キルトだよ」
「キルトさん、無礼なお願いだとは重々承知ですが、フクちゃんに織機の使い方を教えてくれませんか? 報酬は払います」
「報酬なんていらないよ。こんなことはないよ。アラクネ自身が糸を紡ぎ、織るなら魔力抜きをせずに物が作れる。あんたわかるかい? 本当に神話の織物ができるかもしれないんだよ。私の全てをかけたっていい。まさかこの穴倉でこんな奇跡があるなんて……あぁ女神様にお祈りを捧げたいくらいだよ。いや魔王種だっていうなら悪魔かね? どっちにしたってかまわないよ。あたしゃ、ただ最高の作品のためなら誰とだってなんだってするよ」
キルトさんは何かに取りつかれたように狂乱していた。ちょっと怖い。
しばらくキルトさんが落ち着くのを待って、フクちゃんのことを秘密にしてもらえるように約束をして、一旦ここを出ることにした。
流石に長居しすぎだ。呪いだけなんとかして帰ろう。
奥から入り口に向かう途中で声をかけられる。
「あっアニキ」
ダンジョンで僕等を案内してくれた。マイセルがそこにいた。
「わすれてた、ごめんね、マスター」
織機に夢中でフクちゃんは気づかなかったらしい。
マイセルは通路に横たわりうずくまっている一人の子供の横にいた。
「おや、知り合いかい?」
「ええ、ダンジョンでちょっと……」
「マイセル! あんた、また勝手にダンジョンに行ったのかい!」
ギクっと肩を飛び上がらせる。どうやら、止められていたらしい。
まぁ、そうだよな。
「仕方ないだろ、シアは熱まで出てんだ。でも、大丈夫だアニキに分けてもらった蠍の殻で薬を作ってもらったんだ」
「薬師ギルドは、サルコ・デルモの下についたものしかいないだろうに……」
「一応、ちゃんとした薬を作ってくれる人も何人かいるんだ。もちろん秘密でだけどな。余った素材を報酬ってことでここにいる全員分作ってきたぜ」
「おにいちゃん? キルトさんを怒らしちゃダメだよ。ケホっ」
のそりと、かけられていたブランケットをずらして、起き上がった。
マイセルにシアと呼ばれたその子はどう見ても獣人の女の子だった。三角の耳に鼻の頭がやや茶色い様子は猫を連想する。瞳の色が左右で違い、黄みが帯びた右目に、薄紅のような左目をしているかわいらしい女の子だ。オッドアイなんて初めて見た。
確か話では弟分だったはずだけど?
「その子が、マイセル君の弟分ですか?」
ファスがしゃがみ込んでマイセルに目線を合わせる。
少し気まずそうに頬をかきながらマイセルは息を吐いた。
「妹分のためなんて、なんていうか、カッコがつかないだろ? それにシアは目の色が珍しいからって人さらいによく狙われるんだ。だから弟分ってことにして、普段は砂除けのゴーグルをかぶらせてんだ」
確かに、客観的に見ても猫のような大きな瞳に愛らしい容姿だ。狙われるって話も納得できる。
なんて思っていると、マイセルが薬を水に溶かして飲ませようとしていたので、肩を持って止める。
「アニキ? なにすんだよ?」
「悪いな、マイセルちょっと試してみたいことがあるんだ。調子の悪い人を僕の周りに集めてくれ。叶さんがいれば確実なんだけどな……」
「協力するべ。立てない人はオラが運ぶだ」
「ご主人様、無理をしないでくださいね」
「ファス、マスターは無理するとおもう」
困惑しているキルトとマイセルを横目に、パーティー全員で人を集める。
そんなことしていると、穴倉中の人が何事かと集まってくる。
準備が終わり、僕を中心に調子の悪い人がぐるりと囲むような形になった。
「やはり、あの悪魔の魔力を感じます」
「くさーい」
ファスとフクちゃんは明確にカルドウスの魔力を感じているようだ。
僕とトアにはさっぱりだ。
「どうしますかご主人様? 一人ずつ、触れるようにしましょうか?」
「いや、なんかいざ【吸呪】をしようとすると、前と感覚が違うんだ」
まるで周囲の流れを引き寄せるような感じを受けている。
そういや【吸呪】をするのも久しぶりだな。
とりあえず、誰にも触れない状態でしてみることにする。
【呼吸法】により、体のすべてに酸素が行き渡り血流まで把握できるように、自分の内側に集中する。
ゆっくりと吐き、肺が自然に膨らむのに合わせて息を吸う。
前回【吸呪】した時と比べ確実な変化を感じる。レベルアップした成果なのだろうか。
意識を集中し【吸呪】を発動した。
「マスター、すごーい」
「触れずとも、呪いが吸い寄せられているのを感じます」
周囲の子供の体に沈み込み、炙るように苦しめていた呪いの流れを確かに感じた。
イメージがつかめれば後は自分の中にそれを引っ張り込むだけだ。
ドクドクと心臓が脈打つ。感じたのは悪意。
全身を襲う倦怠感に熱、静かに耐える。
ファスが濡らしたタオルで額を拭いてくれた。
目線で感謝を言い。
最後まで、呪いを引き受けようと、スパートをかけようとした時。
急に視界が狭くなり暗転した。
…………熱い、ここは? 靄が晴れるように視界が開けると、目の前には竜がいた。
正確には竜の影だろうか、絶えず影は形を変え、翼が増えたり、角が生えたり消えたり、とまるで複数の竜の姿を順番に映しているようだ。しかしそれは紛れもなく竜の姿だった。
僕は何を見ている? 声は出せない。まだそれを見ることしかできない。
『この呪詛、やはり縁は交わったか』
低い男性のような印象、しかし決して人には出せぬ重い響きの声。
『かねてより、兆しはありました。わらわ達が目覚めるかは五分でしたが、まさか本当に自ら呪詛を背負う者が現れるとは』
打って変わって、老齢の女性を思わせるような落ち着いた声。
『……この者より我らの力を感じぬ。星の女神は約定を違えたか』
また変わり、今度は耳障りなとがったような男性の声。失望を感じる。
『否、雛形はある。しかし、器の未熟さに妨害、それゆえに転移の秘術は十全ではなかった』
『わらわは期待しています。わらわ達の望む成果ではなかった。しかしこの者は、自ら道を選びつつある。それに、この者の近くに竜の力と女神の癒しを感じます。わらわ達の朽ち果てた道より若き枝葉が伸びるやもしれません。祝福を……』
そこで言葉を区切り、女性の声を発する竜の影は、唄うように高く、長く、吠えた。
「……さまっ……ご主人様、ご主人様、起きてください」
「ンっ、ファス……か?」
「起きたべか」
「マスタああああ」
ファスとフクちゃんに抱き着かれ、トアからは水筒を差し出される。
一口飲むと、かなり頭がさえてきた。
なんだったんだ今の夢は……。
「アニキっ、すげえよ、見てくれ。シアが他の奴も」
興奮気味にマイセルが詰め寄ってくる。見てみると、シアちゃんが体の調子を確かめるように飛び跳ね、他の子達も立ち上がり、中には揚げダンゴムシを食べているものもいた。
「よかったな、マイセル」
そう言って頭をなでる。立って体を動かすが、まったく問題ない。いつもなら【吸呪】を発動したら倦怠感なりなんなりあるもんだが。一つ問題があるとすれば……。
「トア、腹が減ったよ」
「まかせるべ、今日こそ蠍をおいしく食べるだ!!」
アイテムボックスからヴェノム・スコルピオを取り出しながら、トアが腕まくりをして、周囲がまた一段と賑やかになった。
全然話が進んでないだと……すみません。
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