第百六話:賭け事は計画的に
「よっしゃ、磨金の奴に女を何人か盗られたし、ここでオレっちの奴隷増やすぜ」
「その意気でございます。そこの男! さっさと卓につけ!」
あぁ、何か流れでわけわからんことになった。どうしたもんかな?
正直、この状況でゲームっていってもな。絶対なんかある気がする。
無言で悩んでいると、ファスが前に出た。
「ご主人様がでるまでもありません。私がお相手しましょう」
「あぁん? オレはそこの男に一泡吹かせたいわけ。お前は夜にベッドで相手してやるよ。なんならそこのメイドも賭けてもいいぜ」
ニタリと笑う。つい数か月前までただの高校生だったはずなのに、その笑みには汚臭を感じるほどに悪意がこびりついている。
元の世界にいた彼のことは詳しくは知らないが、ややチャラいとはいえこんなセリフが言えるほど煤けてはいなかったはずだ。これも薬の影響なのだろうか?
ちなみにアナさんは我関せずと、後ろに下がってほほ笑んでいる。
……この人はこの人で不気味なんだよな。
「フフ、存外、臆病なのですね。衆目の前で私に負けるのが怖いのですか?」
挑戦的にファスが笑う。もちろんその目は笑っていない。
「へぇ、言うジャン。いいよ、お前でいい。おい! 準備はできたか、カルノー?」
縦ロールが恭しく礼をする。そういえばコイツカルノーって名前なのかめんどくさいから縦ロールでいいや。
「はい、ただいま完了しました。それとカルノーは家の名前、私の名前はトールドです」
「言いづらいんだよ。ホラ奴隷、さっさと座れ。ドラゴンカードは知ってるか?」
乱雑に椅子に座り、張本がファスを睨め付ける。その後ろには奴隷と思われる女性と護衛が立っている。
「いいえ、ルールを教えてください」
「なんだよそりゃ、ディーラー!!」
怒鳴られたディーラーが簡潔に説明をする。絵札で役を揃えるゲームってわけだ。
枚数の多いポーカーみたいなルールだな。ちなみに今回はディーラーはカードを配るだけで張本とファスだけで役を競いより高い役が勝利となる。
何かの物語が元になっているゲームらしい。ファスは一度聞くと頷き。
こちらに振り返った。
「ご主人様はそこで見ていてください」
「わかった。それとファス」
「なんでしょう?」
「好きにやれ。加減なんてしなくていいぞ」
「承りました」
そしてゲームが始まった。と思ったら、縦ロールが馬鹿みたいな赤コインをテーブルに並べる。
「コイン300ベット(賭け)だ」
今手持ちのコインはファスが増やしたコイン400枚と僕が持っているコインが25枚。合わせて425枚だ。
必死に平静を繕っている僕だけど(というか、バレたくないのでできるだけ喋ってない)普通に冷や汗出てるんだけど。これ大丈夫か?
「レートはいくらでしょうか?」
ファスがディーラーに尋ねる。レートってのは多分最低の賭け金のことだよな。
「これは決闘となりますので、先に提示されたコインがそのままレートとなります」
「わかりました。では300で」
ファスがテーブルにコインを積む。おいおい、大丈夫かよ。
これは負けたら。マジで今晩あいつの屋敷に侵入しないとな。
「はっ、いいのかよ。さっさと勝負つきそうじゃん」
「そうですね」
男がヒット(カードの要求)を宣言し、後を追うようにファスもヒットをして数枚捨てる。
張本が笑みを強める。
不意にファスが言葉を発した。
「そういえば、机にゴミが貼り付いていましたね」
13枚のカードを手の内で並べながら、なんの気無しにそう言い放つ。
「あぁん?」
怪訝な顔をする張本。机にゴミ? 何のことだ?
「ですから、貴方の右手前の小さな引き出しの中にあるゴミのことですよ。この勝負は厳粛なのでしょう? 私以外にも見ていますよ」
含みのある言葉。同時に念話が飛んで来る。
(机にカードを仕込んでいたので。加えられて役を完成させる前に、嘘で牽制しました)
とのこと。テーブルの内部にカードを仕込んでいたのか、そういや奴隷が後ろに立っているせいで手元は見えにくいな。そしてうっすらと【恐怖】が染み出すようにファスから滴っている。
恐ろしく静かに這い回るそれは、魔力の感知を躱し、蛇のように相手の足元へ近づく。
バレたらただではすまないという、漠然とした不安が張本を締め付け、イカサマを使わせない。
そのままカードは公開され、ファスが『村人』のカードを使ったおそらく安い役を並べ、張本は『赤いドラゴン』が描かれたカードを出すが、カードの種類が足りず役として成立していなかった。
精霊眼を持つファスはカードを透けて見ているだろうから、結果はわかっていたのだろう。
ディーラーが無言でコインをファスの前に移動させる。
「チッ、面倒ジャン。カルノー!! コインを積んじゃって」
「まったく、どこぞの田舎貴族だか商人だかしらんが、初めから勝負ですらなかったことを知れ」
そう言って、縦ロールが従者がコインを横から積み上げていく。
一束、二束、三束、おいおい幾つ詰むつもりだ。
最終的にはテーブルの端まで使ってコインが積みあがった。
「これで1000枚だ。レートは1000枚だが……おや? 貴様らには払えない様子だな。決闘では降りはない。これで私共の勝利だ」
クソムカつく表情で縦ロール煽られる。こいつも【煽動】のスキル持ちなんじゃないか?
とはいえ、これはキツイ。レートでつぶしに来るとか脳筋すぎるぞ。
赤コイン1000枚ということは普通に金貨換算すると100枚、白金貨10枚か。
懐の金を吐き出しても足りないな。
「いや、普通最初に限度額設定するからね。こんなバカげたルールないよ」
ボソリとメイド姿のアナさんに言われる。あの野郎わざと最初に確認しなかったな。
すると、後ろから人の気配。振り向くと、トアとフクちゃん。そして、明らかに様子のおかしい人だかりが一山ほどついてきた。
トアが押しているワゴンにはこれまたトンデモない量のコインが積まれている。
「間に合っただな。旦那様」
「ばいぷっしゅだー」
「あー、えーと、色々聞きたいけど。後ろの方々は?」
「うーん、トリコ?」
「……後で説明するべ」
首を傾げるフクちゃん。いや「トリコ?」ってハテナ付けられても……完全にヤバイ目してるんだけどフクちゃん恐ろしい子。
「来てもらってすぐで申し訳ありませんが、トア、コインをお願いします」
「わかっただ」
そして赤コインがドカドカと遠慮なしに積まれていき。ギャラリーの歓声があがる。
そりゃこれだけの勝負中々ないだろう。僕自身完全にわけわかっていない。というか詰みあがるコインを見ていると現実感がなくなってしまい。途方に暮れている。
「コイン1000枚です。さぁゲームをしましょうか」
にこやかにファスが宣言した。
「そ、そんな。こんなバカげた金持ちが来たなら私の耳に入っているはずだ!」
そりゃ現地調達だし。
「ふ、ふざけるなよ。なんだそれチートだろ。チッ、こうなりゃ。バレてもいいからカードを……ひ、開かねぇ」
張本がなんかもぞもぞやってる。どうやらバレるのを覚悟でイカサマのカードを取り出そうとしているが上手くいかないようだ。その原因はもちろん……。
「マスター、ほめてー」
膝に乗り抱き着いてくる、フクちゃんが糸で仕掛けを封殺しているせいだ。
トアが近くからドリンクを貰ってきて僕に差しだす。そしてそのまま耳元で囁いてきた。ついでに胸部装甲も当たっている。
「旦那様、ここまできたら、金持ちとして目立つだけ目立って、印象付けるべ。そしたら冒険者に戻った時に、まさかこんな金持ちが冒険者だと思わねぇから、逆に目くらましになるべ。ホレ、胸張ってふんぞり返るだよ」
……どうしてこんなことに……。心で悲鳴を上げながら、やけくそになって踏ん反り帰る。
「ちょ、マジ待てって、マジで開かねぇ」
「ハ、ハリモト様、流石に露骨すぎます。バレてしまいます。幸い役はできています。勝負すればよろしいかと」
「ゼェゼェ、クッソ、マジかよ。冗談じゃねぇぞ」
ギャラリーの喧噪で聞こえづらいがそんな感じなことを言っているっぽい。
こうなってしまったなら、カードを透けてみるファス相手に勝ち目は無いだろうな。
公開された役はファスが『黒いドラゴン』の役であり、張本が『軍隊』の役だった。そんで見たことないカードが入っている。黒い帽子を被ったピエロのように見える。
勝負はファスの勝ちだ。
「ああああああああああああぁあクッソ。マジありえねぇええええええ!!」
「お父様に叱られるうううううううううう」
愉快な悲鳴があがる。
「では、もう一度行きましょう。全額ベットです。……降りはないのですよね?」
ファスのその言葉を聞き、二人の顔は青ざめる。どうやらファスさんは一切合切をむしり取るつもりのようだ。
とりあえず一安心だな。一息つくと、さきほどのカードが気になって来た。
「トア、あの道化師みたいなカードはなんだ?」
「あれは、ドラゴン側の役につくと、点数を下げるカードだべな。ドラゴンカードは昔あった三大竜王と勇者を始めとする転移者との戦いを記念して作られたカードだけんども。あの道化師だけはよくわかんねぇだよ。カードの枚数調整に入れられたって言われているべ」
ドラゴンカードの種類は『村人』『軍隊』『魔術師』『騎士』『王』『女王』『教皇』『聖女』『勇者』『赤い竜』『白い竜』『黒い竜』そして13枚目の『黒い道化師』。
カルドウスが『老害』と嘲った竜達……奇妙な符号がある気がするのだが無関係なのだろうか?
何よりも……。
「黒い竜……」
ファスを苦しめ続け、今は形を変えスキルとして根付いている【竜の呪い】。
後で調べてみるべきかな。
なんて考えていると。
「私達の負けだあああああああああ」
「ふっ、フザケンナよマジで。なんだよ、クッソ、クッソ」
なんて縦ロールの叫びが聞こえ、ファスがコインをしまうように店員に指示を出して。
見せつけるように腕に抱き着いてきた。フクちゃんも逆の手を縋るように引いている。
「行きましょうご主人様」
「うんうん、行っといでよ。ヨシイ君。後は私に任せてね」
それまで黙っていたアナさんがニッコニコで張本と縦ロール二人に近づいて行った。
多分『なんでもしてやる』って部分を解決するつもりだろう。
これ以上いてもどうしようもないので、とりあえずコインを全て換金してもらうために換金所へ。
「コインは3850枚でした。どのように換金しますか?」
流石はギャンブルの街。バカみたいな金額でも通常通り対応してくれるようだ。
「350枚だけ金貨であとは白金貨でお願いします」
そう言うと、すぐに金貨が35枚。白金貨が35でてきた。うわぁとんでもないな。とりあえずアイテムボックスにしまって店を後にすることにした。
ちなみにその後すぐに、縦ロールの家に仕えているであろうものに襲撃されたが。
フクちゃんとファスによりあっという間に撃沈されていた。
……僕の出番がマジでないんだけど、どうすればいいんですかね?
更新遅れてすみません。次回はあまり遅れないように頑張ります。
次回:彫金師ギルド
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