第十話:オリジン・スパイダー
森の前で紙巻煙草を吸いながらあの小僧を待つ。
「フゥ、……ダメだったか」
甲冑姿では目立つので、目立たないように変装した姿で馬車の前でため息をつく、ポイズンスパイダーを持ってくるというのは新米騎士が肝試しにするもので、俺も初めて騎士団に入った時はやったものだ。
従魔の契約紙を持たせてはいるが、契約できるかはどっこいどっこいだろう。大事なのはあいつが言われたことを理不尽だと思いながらもできるかどうかだ。ようは学ぶ姿勢ってやつがあるかどうかだ。ポイズンスパイダーの巣は森の至る所にあるしすぐにでも見つけることはできるはずだ。つまりそれができないってことはやる気がないってことだ。
あるいは逃げたか、まぁそれもありだが。
太陽は傾きを増しもう半刻ほどで完全に日は沈むだろう。森から誰かが出る気配はない。
……あの黒髪の小僧を中庭で見た時正直驚いた。
昔死んだ弟に似ていたのだ、無論髪の色も肌の色も違うが、どことなく雰囲気というか表情が弟に似ていた。弟は騎士に憧れよく騎士団のパレードに俺を誘った。結局弟は流行り病であっけなく死んで、俺はなんの因果か騎士団に入った。
俺は、弟に騎士として鍛えた技を教えてやりたかったのかもしれない。それで『すごいよ、兄さん』なんて言われたかったのかもしれない。
「……女々しすぎる」
何を考えているんだ、まったく。煙草をもみ消し、木に結んでいた手綱をほどく、帰り支度をしなけりゃならない。
不意に後ろから「おーい」という声が聞こえて振り向くと、あの小僧がフラフラになりながら森からでてきた。なんであんなボロボロなんだあいつ、しかも上半身裸だし。だがまぁ、帰ってきたものは仕方ない。あの小僧はしっかり俺が鍛えてやろう。思わず出そうになる笑みをかみ殺して、
「遅いぞ!! 何やってた!!」
そう叫んだ。
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捻った足が限界を迎え、拾った木の枝を添え木にしてなんとか森から脱出した。フクちゃんのナビゲートがなければ時間通りに戻るのはもちろん生きて森からでることすら困難だったに違いない。
「うおおおお、でれた。フクちゃんありがとう」
(マスター、ガンバッタ)
生まれて数時間なのにこの気遣いである。フクちゃん恐ろしい子。
「遅いぞ!! 何やってた!!」
ギースさんが叫んでくる。いや、確かにギリギリだけど少しは労ってもらいたいもんだ。
「すみません。巣は見つけたんですけどポイズンスパイダーが見当たらなくて、でもなんとか契約できましたよ。紹介します。フクちゃんです」
頭に乗っているフクちゃんを指さす。
「見当たらない? そんなはずは、というかこの蜘蛛は本当にポイズンスパイダーなのか?」
「……親蜘蛛は体長3メートルくらいで緑と黄色の斑模様に角がありました」
「オウガ・スパイダーじゃねぇか!! 中級冒険者の壁と言われる魔物だぞ」
「死ぬかと思いました。もうボロボロです。そんな化け物がいる所にいきなり放り込まないでくださいよ」
「馬鹿野郎! 本来は森の深部にいるはずの魔物だ。なんでこんな浅い所に来てんだ。……オウガ・スパイダーはなんでもかんでも喰っちまう、ポイズンスパイダーが見当たらなかったのはオウガ・スパイダーから逃げてたんだろう。お前よく生きて帰ったな」
いやぁそれは。
「運が良かった…だ…け…」
そこで限界を迎えてしまい。僕はまた(一回目はギースに吹っ飛ばされてだが)気絶した。
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あぁ柔らかい、寝心地のいい枕だなぁ。そんなことを思いながら少しずつ意識が覚醒する。
「大丈夫ですかご主人様」
「ファスか、なんかいつも膝枕されてるな僕」
さすがに二回目ということもあって、取り乱さずに体を起こす。
「えーと、僕は確か森を出たところで気を失って……」
「はい、あの男がボロボロのご主人さまを担いで、この部屋にやってきたときは息が止まるかと思いました」
「悪かった。いろいろあってな。あっそういやフクちゃんは?」
(マスター、オハヨー)
もぞもぞと服のズボンから出てきて(どこに入ってたんだ)、フクちゃんがピョンと手に乗ってくる。というか僕上半身裸じゃん。
「これは……この子の声?」
ファスが頭を押さえている。
「ファスも聞こえるのか、紹介するよ。フクちゃんだ」
(フクデス。ヨロシクー)
「念話ができるのですか、かなり高位の魔物しか使えないはずですが」
「聞いて驚け、オウガ・スパイダーっていう蜘蛛の魔物だ」
(エッヘン)
一人と一匹でドヤ顔をしてみる。
「えと、オウガ・スパイダーとは色も特徴も違うと思いますが」
「そうなんだよな、でも実際、オウガ・スパイダーから生まれるのを見てたしなぁ」
「あの、ご主人様。森で何があったか詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、なかなかすごい経験したぞ」
森に入ってから、何があったかを詳しくファスに話す。ファスはあいかわらず聞き上手で森から脱出するところまで話した。
「……というわけで、最後はフクちゃんに案内してもらって脱出したわけだ」
「なるほど、ご主人様無茶をしすぎです。気を付けてください」
ジト目で小言をくらってしまった。
「はい、すみません」
「その件についてはあとで話すとして。確かにこの子はオウガ・スパイダーの卵から生まれたのですね?」
「だと思うけど、そうだ鑑定しよう」
えっと、荷物は……。部屋を見渡すと、ファスが鑑定紙を差し出してくる。
「鑑定紙ならこちらです。ご主人様が運ばれてきた時、あの男がそれは持っていろと」
「持ってることバレちゃったな。まぁギースさんならいいか」
というわけで対象をフクちゃんにして鑑定をしてみる。
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名前:フク
クラス▼
【オリジン・スパイダーLV.1】
スキル▼
【捕食】▼
【大食LV.1】
【蜘蛛】▼
【毒牙LV.1】【蜘蛛糸LV.1】
【原初】▼
【自在進化LV.1】【念話LV.1】
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つ、強そう。というかなんだオリジン・スパイダーって。ここはファス先生に聞いてみよう。ファスに鑑定紙を見せると。しばらく読み込んだ後にショボンとしてこう言ってきた。
「も、申し訳ありません。オリジン・スパイダーというのは私も知りません。ただ魔物というものは時折、親とは違う、強力な存在が生まれてくることがあるそうです。有名なところでは、ゴブリン・キング、オーク・キングなどの魔王種です。おそらくはこの子もそういった特別な魔物ではないでしょうか?」
昔やっていた。ゲームでも「原初の竜」みたいな名前のボスキャラいたなぁ。どうやらフクちゃんはかなり心強い味方になりそうだ。
(マスター、オナカ、ヘッタ)
……多分。
未来はわからないからこそ楽しいと思いませんか、そう次回予告なんてなんのあてにもならないほうがきっと幸せに……すみません。






