第九十七話:砂の海
周囲の陽炎を見ているとまるで自分が鉄板の上にいると感じる。そんな中、僕等はじっと一点を見ていた。
船にしっかりと固定した釣り竿の先に垂れる糸には、小さな熊ほどの大きさの……多分サソリがぶら下がっている。
時折ピクピクと動くそれはフクちゃんが毒で生け捕りにしたものだ、毒に耐性のある僕等ならなんとか食べられないこともないがトアの腕をもってしてもクソ不味いそれを食べ続けるのは限界だった。流砂のように流れていく砂にそれを垂らすと、砂を掻き複雑な線が船の側面を撫でる。
虚ろな目をしたトアが熱気を避けるように薄く呼吸をしている音が聞こえる、次の瞬間ファスが叫んだ。
「来ました!」
次の瞬間には深海魚のような見た目のやたら目のでかい10mはありそうな魚の魔物が飛び上がりサソリを呑み込んだ。
「飯だああああああああああ」
「必ず仕留めるべ!」
「ゴハン!!」
水と間違うほどに細かな砂の上に【ふんばり】で立ち、サーファーのように滑り近づきながら半狂乱で拳を叩きつける。
横ではフクちゃんが人の姿のまま噛みつき毒を流し込んでいた。
……うん、どうしてこうなってしまったのか振り返ってみよう。
先日、めでたくお尋ねものとなってしまった僕等だったがギルドは基本的に匿ってくれるようだ。
ライノスさんに『グランドマロ』とかいう砂漠にある歓楽街に行けと言われた僕等は、碌な説明も受けずに馬車に乗り、まず二日南西へ進んだ。
補給に立ち寄った町で、交易の町のギルドマスターであるナノウさんからの手紙を受け取るとギースさんのことやスタンピードへの働きに対するねぎらいに続きこうあった。
『詳しくは書けないけど、賞金首に罪状、そして貴族達の派閥からのやっかみその他もろもろに対する方策があるさね。ライノスになんと言われたかはしらないが、とにかくグランドマロのギルドマスターの『ヒット』から話を聞きな。グランドマロへの行き方は一緒に入っている地図と指示を見な、正規のルートは通るんじゃないよ。追伸:道中はなるべく人に会わないように、ファスのことについては他言無用にするんだね。この手紙はすぐに燃やすんだよ』
……自分で言うのもなんだけど宙野(ナルシスト勇者)のこともあるし、僕の立場って相当悪いと思う。
国を相手に僕等を匿う理由がギルドにあるとは正直思えないし、ましてや解決策まで用意されても本当かよって感じだ。
ナノウさんのことは信用しているし、罠にはめるなんてことはないと思うけど、単純にこれからの僕達がどうなるか先が全く見えない。
なんて手紙に対して懐疑的に考えていたが、ファス達はいたっては呑気なもので、周囲の野生動物を狩って夕食をこさえたり行商人との交換材料にしたりしている。
「ギルマスのことは信頼できますし、もしなにかあってもその場で対応すれば良いだけです」
「気負ってもしょうがないだ、それより地中街の食材が楽しみだべ」
「だいじょぶだよ、マスター。悪い人はみんな、ボクが殺すから」
一名殺意が高い子がいるが、他の二人もあっけらかんとして言い切った。
ファスは貴族達からも目を付けられているかも知れないってのにな、まるで僕が臆病者みたいだ。
臆病者なんだろうけど。
そんな感じでさらにそこから三日ほど南下すると、徐々に緑が減ってくる。
この辺までは普通に元いた世界で言うところのステップ気候という感じだったのだが、一気に様子が変わる。
最初に見えたのは背の高い帆船だった。次に見えたのはその船が浮かぶ河だ。
「なんだアレ!?」
その河を流れるのは水ではなかった。砂だ、テレビとかでみたザ・砂漠って感じの赤茶の細かな砂が水のように一方向に流れており、その上を船が滑っている。
「何って、砂漠船だべ」
「ご主人様の居た世界にはなかったのですか?」
「ないっていうか、どうなんだろ? 似たようなものはあるかもしれないけど、少なくともこんな港みたいなのが成立するようなものは絶対にないと思う。なんで砂が一方向に流れてんだ?」
「知らないべ」
「えっと、本で読んだ限りでは、砂漠の精霊である『セテカー』が砂の中にある自らの魔力を砂漠全体へ行き届けるためだとか……その魔力の為に魔物達も飢えずにすんでいるそうです。そう言った砂が動き続ける砂漠のことを砂海と言います。砂海では大規模な細かい砂が一定方向へ動き続けます。そう言った砂の流れを砂河と呼びます」
なるほど、よくわからん。とにかく砂漠にある砂が動く現象のことを砂河と言い、それが集まる場所を砂海と言うわけだな。
それにしても圧巻だ、赤茶の砂の河の向こう岸は700mは離れている。いったい何千tもの砂が動いているのだろうか?
まるで生き物のように赤茶の砂がゆっくりと動いている。近づいてみてもこの光景を信じることができない。
何隻もの船が行き来したり、あるいは下流と言うのが正しいのだろうか、先が見えない砂の河をひたすらに下っていく船も見える。
「この河の先にはなにがあるんだ?」
「そりゃ砂漠だべ、この港は砂海から分かれた砂の分流が長い年月をかけて河になったもんだ。そういう砂の河は不思議なことに結局砂漠に戻るんだべ。だもんで、砂漠にある地中街への船が出てんだべな」
「地中街は複雑に砂の河が交わる砂海の中心の渦にできた街です。地下にも何層もの空間があることが多く、これから行く地中街『グランドマロ』は大陸でもっとも大きな規模の地中街らしいです」
「地中街ってのはいくつもあるのか?」
「はい、砂海がある場所はダンジョンが発生しやすく。その中心は砂河が集まり滞留することで固い土壌が発生します。砂河の潤沢な魔力によって魔鉱石や希少な魔物が手に入る場所として発展することが多く、そうしてできた街を地中街と呼び、大きな砂漠がある国には一つか二つは見られてるそうです」
「ねむいー」
興奮して砂海のことを聞いていると、服をクイクイひっぱってフクちゃんが催促してきた。
どうやら話について行くことを早々に放棄したようだ。
ついには、子蜘蛛の姿になっていつものようにファスのローブに飛び込んだ。
フム、ちょっと話し過ぎたか。
「あー、他にも聞きたいことが山ほどあるけど、とりあえずここからどうするかだよな」
「ギルマスの指示では、馬車はここで置いて行くそうです」
「まぁ、地中街にいくならこっからは船になるべな」
「スピースピー」
フクちゃんは眠っている。人間の状態でいると子蜘蛛状態より疲れてしまうようだ。
フクちゃんならすぐに克服しそうだけどな。
地中街へ向かう船へ乗ろうと乗り場を回るが、どれも商人御用達で中々すぐに乗れる船が見つからない。どうやらここは正規の乗り場ではないらしい。
まぁ、僕等は一応お尋ねものなので、アマウさんはこの乗り場を案内したのだろうけど。
しばらく粘るとタコ部屋のようにキツキツだが白銀貨一枚で地中街行きという船を見つけた。
「じゃあそれで頼む」
財布から白銀貨を四枚取り出して、船乗りに渡す。
こういった場所での支払いは主人である僕がするのが常識だとファスに言われた。
別に誰が払ってもいいと思うんだがなぁ。
銀貨を受け取った船乗りは怪訝な顔をした。
「四枚? 見たとこ兄さんの所は三人に見えるが、他に一人いるのか?」
「あー、まぁ。従魔の分だよ」
人間になれる魔物がいるなんて言うのは面倒だ。
「……随分気前の良いことだなぁ。こっちとしては貰えるものは貰う主義だ。さぁ乗ってくれ」
船乗りに急かされて乗ったのは、かなり年期の入った木造の帆船であり中型(他の船と比べて平均位の大きさだった)ほどの大きさで、20人ほどが乗れそうだ。足元の板の下に荷物をしまうスペースがあり、日差しを避けるため白い布がテントのようにかけられている。
僕等が最後の客のようで、それまでガヤガヤと楽し気に話していた先客たちはピタリと話を止め、こちらを睨み付ける。
全員男性のようで、ぶしつけな視線がトアに刺さる。ファスはフードを被っているおかげでトアほど直接的な視線は少ない。
「おいおい、この狭い船に雌犬が乗って来たぞ」
「これは手が当たっても仕方ねぇな」
「俺は手じゃない部分が当たっちまうな、ガハハ」
「ローブの方も女の匂いがするぞ。よう、姉ちゃんフードを脱げよっ!」
「待て待て、ここでヘソ曲げられて、降りられたらどうすんだ……」
ヤジを柳に風と受け流し、トアとファスはなんでもないという風に荷物を置く。
流石に僕も慣れて来たな。というかこの船トイレどうすんだろ? 船から垂れ流しなのかな?
なんてことを考える余裕すらある。いやトイレのことは気になるが。
「とりあえず、途中休憩に村によるまで丸一日船だそうだべ」
「この船だけ他の船と比べると、やけにボロですが大丈夫でしょうか?」
「馬車よりは快適そうだな。とりあえず、僕が見張りするよ」
トアは睡魔に弱いし、ファスのフードが脱げたりでもしたら、面倒なことになりそうだ。
そう思い、見張りを買って出たが(トアとファスには反対されたけど)意外なことに、最初のヤジの後には先客達は静かに横になってしまった。
灼熱の中での長旅だ。体力を温存するのはわかるが、最初の威勢はどこいったのかと拍子抜けしてしまう。
もちろん僕は横になる気はないので身を乗り出して、砂河を観察する。
帆の角度が船乗りによって調整され、風を受けバッと膨らんだかと思うと、ズズゥと船がゆっくりと進み始めた。
おおう、振動が足を伝う。この辺が普通の水に浮く船との違いだろうか、細かな振動が常に足の裏を刺激する。揺れるというよりは振動する感じだ。
出港した船は少しずつ加速していき、すぐに景色が流れ始める。
ザァーという音が響き、砂が舞う。後ろをみると、船が通った後が砂に不思議な模様を描く。
「こりゃあ、いいな」
「船旅ができるなんてなぁ、生きてみるもんだべ」
「そうですね」
「いや、まったくだ。こんな経験できるんだもんなぁ」
ザァーと言う音と顔に当たる風、日差しはキツイはずなのにそれほど苦にならないのは船旅の魔力だろうか?
「砂河の砂は少し冷えているので、砂漠船での船旅は意外と快適らしいです」
ファスに説明される。別に気のせいでも魔力のせいでもなんでもなかった。本当に快適だな。
船の縁に座りずっと景色を眺めていると、すぐに夜になり、星空の下、船は走り続ける。
荷物から燻製肉を取り出し齧りながら眺めていると、フクちゃん(子蜘蛛状態)がもそもそと寄ってきた。
(マスター、ボクモ、オニク、タベルー)
「おはようフクちゃん。疲れは取れたか」
燻製肉を差し出すと、フクちゃんは美味しそうにゆっくりと食べ始める。
(ダイジョブー、ソレヨリマスター)
「うん?」
(コイツラ、コロス?)
「あぁ、いや、うん、どうしようかな」
そう、船の先客達だが、さっきから眠ったフリしながらもそもそと動いている。
よく見なくても刃の鈍い光が目に付く。
多分この船、普段から僕等みたいな客を襲っているんだろうな。
船にのった段階で僕ら以外全員が知り合いぽかったし、休憩している振りをしているが、ファスとトアも現状に気付いているようで起きている。フクちゃんは起きてすぐに彼らが敵であると見抜いたようだ……フクちゃん恐ろしい子。
船を操縦している船乗りもグルなんだろうか? 多分そうなんだろうな。
海賊ならぬ、砂賊なわけだが、正直ここで戦闘になってもいいことなさそうだし、何もなければそれでいいと思う。
「今だ、野郎共! かかれぇ!!」
「ヒャッハアアアアア、女ダアアアアアア」
……と思っていた時期が僕にもありました。
「行くぞ、フクちゃん」
(マカセテー)
「ごめんなさいだ旦那様、話の時点で気づかねぇとな」
「全員おろせば広々と使えますね」
横になりながら、戦闘の準備をしていたファスとトアもすぐに起きて応戦する。
足場の悪い場所だが【ふんばり】のある僕はすり足で、砂族達に接近し服を掴んで投げる。
「くっ、この小僧。中々やるぞ」
「女だ女を狙え」
「させるかっ」
【威圧】でヘイトを集めようとしたが、トアが前へ出る。
【獣化】を使っているのか黒い痣が月明かりに照らされていた。トアはすり足である僕とは対照的にステップを刻みながら船上であることを感じさせないほどに軽やかに飛び跳ね、斧で砂族達を切り付ける。
「今日は、月が綺麗だなぁ、こんな夜は、踊りたくなるべな」
そう言って鼻唄を歌いながらすぐに3人を切り伏せた。……かっこいいなおい。【獣化】の副作用は大丈夫なんだろうか?
「【重力域】【水創生魔法:魔水蜥蜴】」
(ヤ ツ ザ キ)
残りは浮かされた砂賊達が、宙に浮いたまま水でできた蜥蜴に捕縛され、フクちゃんによって糸で死なない程度に刻まれ船外に放り出されていた、
「ヒィイイイイイイ」
僕やトアと戦っていた砂賊達が、戦意を喪失し自分から外へ飛び込み始めた。
……うん、あんなの見たら誰だってそうする。僕だってそうする。
ゴコンッ
船が大きく揺れる。帆の角度がずれてまっすぐ進まず、船は砂河流れをめちゃくちゃに進み始めた。
「あっ、しまった。操縦する人間を残さないと」
「フクちゃん、捕まえろ」
(ウーン、トオイ)
「めっちゃ、揺れてるけど、大丈夫かコレ!?」
「とりあえず、ご主人様【ふんばり】を使ってください。トア、フクちゃん、ご主人様に!」
言われた通り【ふんばり】で自分を固定してトアとファスが抱き着いてくる。
次の瞬間、ゾゾゾと音がして、ジェットコースターのように馬鹿げた速度で船が進み始めた。
「ちょ、なんだこの速度」
「潮だべ、流れの合流点に捕まっただ」
(サラマンダーヨリハヤーイ)
「ど、どうしましょう」
「「ワアアアアアアアアアアアア」」
……と流されたのが一週間前、そう、つまり僕等絶賛砂漠で遭難中です。幸い砂河の行きつく先は地中街のためいずれ目的地には辿り着くだろうけど、岸に戻る術も知らないので完全に流れに任せるままだ。
というわけで……
「肉ぅうううううううう」
「【氷華:ホウセンカ】!!」
「【飛斧】!」
(ニガサナイ)
久しぶりの毒虫以外の食料を何としても捕まえるために、哀れな砂漠の魔物に襲いかかる僕等だった。
更新が大幅に遅れてすみませんでした。新章スタートです。よろしくお願いします。
次回予告:砂の都
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