閑話4:【勇者】宙野 翔太の転落
「勇者様。アラクネの魔王種の討伐に加え、カルドウスを名乗る魔王種の撃退。いやはやこのベッカ、ただただ平伏するばかりです。王も此度の働きにどう報いるか悩むでしょうな。レベルの方もそろそろ『竜の武具』の装備条件に届くでしょうし、名実ともにこのラポーネ国の英雄と呼ぶに相応しい――」
装飾が施された煌びやかな城の一室で大臣を始めとする。幾人かの男達が翔太を褒めたたえている。
しかし、その称賛を受ける宙野の表情は苦虫を噛み潰したように晴れない。
聖女であり、自分の思い人である桜木 叶があの道化のような男を選び、自分の元から消えたという事実に加え、躍起になって力づくで奪い返そうとしたものの、森で無数の糸に絡み取られ愛馬を失い、応援が駆け付けた頃には糸に仕組まれていた毒で自身も前後不覚に陥っていた。
そんな思い出すも無残な結果を忘れて誉め言葉に酔えるほど彼は鈍感ではなかった。
翔太の様子に気付いているのかいないのか、大臣は手もみをしながら言葉を続ける。
「第二王女様も、勇者様には並々ならぬ興味を抱いている様子。すぐに食事の準備が整います」
「……大臣」
不意に喋った翔太の言葉に大臣が肩をビクっとさせる。
「な、なんでしょう?」
「悪いが、少し一人にしてくれ。あと行方不明の叶の捜索を急いでくれ。今も吉井の元にいるだろう」
「もちろんです。聖女様はこの国の宝であり、勇者様と一緒にいてこそその価値が正しく発揮されるものです。……ただ、冒険者ギルドはいわば「国に属さない軍」とも呼べる組織でありますから。探りを入れるのも中々に……」
「うるさいっ、さっさと探せっ!」
「す、すぐに手配いたします!」
そう言ってベッカ大臣とその取り巻きは部屋を後にした。
腹立たし気に壁を殴ると拳がややめり込む。
「どうして……俺が正しいのに、俺のものだったのに…クソッ! クソッ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「翔太、お前はああいう風になるんじゃない」
公園でたむろする不良達をみて吐き捨てるように父が翔太にそう言った。
それが父の口癖だった。宙野 翔太の家は古くは豪商の家系であり、父親は証券会社に勤めるいわゆるエリートだった。
いささか時代遅れなほどに亭主関白だった彼の父は翔太の母親に対して家事は全て女性のものとし、翔太の世話をすることも皆無だった。
それでも翔太は父親のことを尊敬していたし、貞淑な妻として甲斐甲斐しく振舞う母のことも好きだった。
たまに父が家に部下を呼ぶと、食事の準備を母にさせその様子をみた部下の人が「よくできた奥さんで羨ましい限りですね」と褒め、その言葉を受けて謙遜する父を見てかっこいいと感じた。
しかし、まだ翔太が幼い年に母はあっけなく病気で死んでしまう。
死んだ母の代わりに家事をこなしたのは父が雇った家政婦であり、父は家にいる時は厳しく翔太を躾けた。
その内容は作法、習い事、勉強、果ては男子女子はかくあるべきである、という自身の考え方も翔太に教えこんだ。
それは、母親に代わり子育てをしようとした不器用な父なりの愛情であり子供ながらに賢かった翔太はそのことを理解し父親の言うことに素直にしたがった。
小学校へ入り、人とのコミュニケーションをとるようになると、翔太は父の言うことが正しかったことを確信する。
正しいことをすれば先生が褒めてくれる。運動ができれば友達は褒めてくれる。
裕福であり容姿も整っていた翔太はすぐにクラスの中心になった。
そして、彼にとって衝撃的な出会いがあった。
桜木 叶という女子の存在である。
同じ地区に住んでいるので、通学の班が同じだった彼女は翔太にとって一目見た時から気になる異性だった。
肩に微かにかかるほどの長さの黒髪と大きな瞳、なによりその笑顔が彼を引き付けた。
どことなく彼が記憶する母親の容姿に重なっていたのも理由の一つだろう。
ただ、大人しく貞淑だった彼の母親とは違い叶はあまりにも活発で父から教わった女子のあるべき姿からはかけ離れていた。
しかし、小学校高学年になると低学年の時の彼女の活発さはなりを潜め、親しみやすさを感じる性格に大人しい振舞いをし始めた。
翔太は知る由もないことであったが、それは叶が自身の周囲と違う趣味嗜好を自覚し意識して大人しく振舞っていただけだったのだが、彼にとっては叶は自分と釣り合う女性になったと安堵した。
中学生になり、学年でトップの成績に男らしい体躯が身に付きその容姿も相まって女子からの人気が一層高まり、自信がついた翔太は家が近くということもありよく叶を遊びに誘ったが、どうしてかほとんど断られる。
女子が好きそうな映画や喫茶店、他の女子達から聞いた可愛いグッズをプレゼントしても喜びはするが翔太が期待するような反応は返ってこなかった。
叶とは小学校からの付き合いであるし、自分以外の男子との付き合いも聞いたことがない。
きっと自分に気があるはずと思っていた翔太は自分から告白することをせず、高校へ進学する。
高校でも、クラスの中心となった彼は入学して数カ月で幾人もの女子からの告白を受ける。
無論断った。彼女達では自分と釣り合わない、自分と釣り合う女性は叶だけだと思っていた。
叶は翔太の期待以上に綺麗になった。髪の長さはそのままに、スッと通った鼻筋、白い肌、大きな瞳、日本人らしい奥ゆかしさを感じるたおやかな雰囲気、入学した時から自分と比肩するほどに周囲の話題をさらった彼女が誇らしかった。
ある日、通学路で叶を見た翔太は話しけかようとしていぶかしむ。
普段から明るい彼女ではあるが、この日の彼女はニヤニヤと頬を揺るませ何かを思い出しているようだった。彼女のそんな顔を翔太は見たことがなかった。
「叶、どうしたんだ。そんな顔して」
「えっ、あぁ翔太君か。私変な顔してた?」
「あぁ、笑ってた。いいことでもあったのか?」
「いいことか、まぁ、いいことなのかな?」
「変な奴だな。それより明日遊びにでもいかないか、図書委員の当番は明日はないだろ? クラスの女子が言ってた人気の喫茶店とか叶も行きたいだろ」
「明日? う~ん、明日はちょっとダメかな。明日も図書館の受付に入ることにしたから」
「明日も? どうしてだ?」
「フフッ、秘密。じゃあね翔太君」
そう言って帰っていく叶はこれまで見たどの表情よりも輝いていた。
翌日叶のことが気になって図書室へ向かうと、どこかソワソワとしている彼女がいた。
話しかけようとすると、一人の学生が本を持って受付に行く。ただの利用者だろう。
その利用者の顔は角度の問題で見ることができなかったがその利用者をみている叶の顔は目に入る。
それは昨日の帰り道でみた、翔太に向けられたことのない特別な笑顔だった。
言いようのない敗北感を感じ、思わずその場を走って後にする翔太。
(嘘だっ。何かの間違いだ!)
そう言い聞かせ、図書館を後にする。
その日以降、これまでよりもあからさまに叶にアタックをかける翔太であったが、実は恋愛に関してかなり鈍く、そもそもそういった対象として翔太を見ていなかった叶は翔太を袖にし続ける。
周囲には笑顔を振りまき、常に人の輪の中心にいる翔太はそれが我慢ならない。
しかし、自身のプライドが邪魔して、叶に今一歩踏み出せず悶々としていた。
異世界転移。
気が付くと彼は異世界のお城へ呼ばれた。しかも転移者の特別なクラスの中でも最強とされる【勇者】のクラスを持って。
何よりも喜ばしかったのは、叶も転移者であり、【勇者】である自分と釣り合う希少な【聖女】のクラスを持っていたということ。
【勇者】と【聖女】という特別なクラスを抱え込みたい王族や貴族達が二人を囲おうとしたことも好都合だった。
やはり、自分は叶と結ばれる運命だったのだ。翔太は確信した。
【聖女】として周囲に崇拝される叶と国の行事をこなすのは【勇者】である自分しかいないと思っていたのに……。
転移者達が集まる会にて、叶を探していた翔太は見てしまう。
あの日の図書館と同じように自分には見せない甘えたような表情を見せる彼女とその相手を。
間に入り牽制するが、拍子抜けするほどに相手の男はくだらなかった。
眠たそうな腑抜けた顔、身長もそれほど高いというわけではなく、全てにおいて自分に劣ると思われる男。
聞けば【クラス】も強いというわけではないらしい。こんな奴が自分の女に手を出しているということがどうしても許せなかった。
そして、大臣に手回しをしてもらい闘技場にてあの男、吉井 真也と決闘した。
勇者である自分が負けるはずがなく目の前で敗れれば叶も目を覚ますだろうと思っていたが、予想以上に粘られる。
挑発にのり、大振りの攻撃を放った後に力を貯めこむ真也をみて初めての敗北を意識する。
次の瞬間、真也が雷に打たれた。直感的に大臣か自分の取り巻きの一人が何かをしたことを理解した。
そして、翔太は最大の力を持って剣を振り下ろす。
自分は正しい、自分は選ばれている。不正をしたことはなかった、する必要がなかった。
だが、いざその時が来た時、翔太は一切の躊躇なくそれを行った。
唐突に与えられた勇者としての能力と地位、肥大した自尊心、そして彼の知らないいくつかの要因。
それが重なり、彼の傲慢は自身にも制御できない状態にまで膨らんでいた。
「翔太、お前はああいう風になるんじゃない」
父の言葉が浮かぶ。俺は正しくなければ……。
一度、間違いを犯してしまえば後は転がり落ちていく。
結局、あのコロシアムの試合の後も叶が自分の元に来ることはなかった。それどころか教会という後ろ盾を使い自分を避けていく。
貴族達があてがってきた美しい娘たちに苛立ちをぶつけてもその感情は晴れない。
名声を金を女を、自分に相応しい価値を求めてやまない。
そして、異世界に来て叶に匹敵するほどに美しいと感じたエルフの少女。
誰もが勇者と言う自分の価値を認め、潤んだ瞳で見て来たのに、あのエルフは一切の興味を向けてこなかった。透けるような肌、そして意志の強い翠緑の瞳。
その美しさ、つれない態度、希少性、自分に釣り合う存在をまた見つけた。
その時は自分に相応しい装飾品程度にしか思っていなかったが、その装飾品もまた真也のものだった。
翔太はまるで自分のものが、また奪われてしまったとすら感じた。
ならば、取り戻さなければ、俺と釣り合う価値を周りに置かなければ俺の価値を証明できない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日翔太は従者に一つの指示を出した。
それは「操作」「拘束」そして「洗脳」「契約」に秀でた【クラス】を持つ転移者を呼び出すこと。
一度、間違いを犯してしまえば後は転がり落ちていく。
いつか止めてくれる者が現れるまで、彼の転落は止まない。
といわけで、閑話を挟みました。勇者です。やや暗い雰囲気の背景ですが、本編ではそれほどシリアスな雰囲気にならない気がします。そろそろ、キャラ紹介とかしようかなぁと思う今日この頃です。
ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになります。
感想&ご指摘いつも助かっています。モチベーションが上がります。