第九話:冷静に考えたらデカい虫とかやばすぎる
「ほわあああああああああああああ」
と、止まらない。崖と言っても僅かに傾斜があるから真っ逆さまというよりは転がり落ちてる感じか。とりあえず頭だけは守っているけど、このまま加速していくのはマズい。そうだ『掴む』と『ふんばる』でブレーキできないか。
「ヨイショおおお!!」
掛け声一発、回転する世界で地面が下に来たタイミングで手と足に魔力を集中してスキル発動。
ビキィと手足からなってはいけない音が鳴った。
あっ、ダメだわ。勢いが付きすぎて全然止まらない。心なしか速度は弱まったが。指が千切れるかと思ったし、足は盛大に捻った。すまんファス、やっぱりあの時無理やりにでも呪いを解いときゃよかった……。そんなことを思いながら、落下の衝撃を覚悟していると、巨大なクッション?のようなものに抱きとめられる。
「た、助かった?」
目が回って、グラグラするが状況確認をしなくてはならない。手足は……うわぁ、両手を見ると節々から血がダラダラ流れていて少し曲げるだけで激痛が走る。足は、少し痛むけど歩けないことはないな。
さて、足を確認したときにもう薄々わかっているけど。僕が何に受け止められたかを確認してみようか。
それは絶壁と巨大な木々を利用して芸術的なまでに精緻に織り込まれた直径10メートルになろうかという蜘蛛の巣だった。あれ?話ではポイズンスパイダーは中型犬とかいう話ですよね。こんな大きな巣は必要ないですよね。
カサリ
背後から微かな音がして振り向くと、そこには中型犬どころか大型犬を飛び越えてヒグマクラスの巨大な蜘蛛がいた。
叫ばなかったのは奇跡だ。角が生えている、目が何個ある? 一つ二つ三つデカいのは四つある、側面にも小さな目があるのが見えるな。緑と黄いろの斑模様で針金のような毛が全身に生えている。
恐怖で息もまばたきもできない、心臓が張り裂けそうだ。小説やゲームの主人公はこんな存在と戦っていたのか、僕には無理だ。こんなのに襲われたら抵抗なんてできるわけがない。何もできず殺されて終わり、かといって逃げるというのも無理だ。見るからにでかくて鉄筋に毛が生えたように強靭な足は、見ただけで逃走はなんの意味もなさないと理解させられる。
何分経っただろうか? いやきっと10秒も経ってはいないだろう。でも僕には果てしなく長く静かな時間だった。
突如ブルリとその巨体をそらし、巨大蜘蛛が身体を激しく揺らす。巣が激しく震える。なんかわからないけど逃げるなら今しかない!!
ねばつく糸を必死に引きはがしながら、織られた巣の隙間から地面に落下する。上着が巣に引っかかり脱げてしまったがそんなことはどうでもよい。一緒に落ちたリュックを掴み走りだそうとすると上から目の前にボタリと何かが落ちた。
玉? いや泡か? ドッチボールのようなまるまった粘度の高い泡がボタボタと上から垂れてくる、見上げると腹部から巨大蜘蛛が泡を吹きだしている。一つ一つがドッチボール大で周囲にまき散らしていた。
そしてその泡から小さな(といってもソフトボールくらいはあるが)緑と黄色の斑もようの子蜘蛛(もちろん巨大蜘蛛と比較して『子』というだけである)がワラワラと出てきた。
「これが産卵か、スゴイな」
危機的な状況は変わらないがあまりの光景に圧倒されてしまう。正直なところ、巨大な蜘蛛が全身を震わせながら泡を撒き、てのひら大の子蜘蛛が辺り一面を埋め尽くすという光景はおぞましさと同時に、形容しがたい感動を僕に与えていた(恐怖が一周回ってしまっただけだと思うが)。なんというかとんでもないものを見ているという喜びがあったのだ。
最後に僕の頭にボトリと泡を落とし(マジか)、巨大蜘蛛の産卵は終わった。するとそれまで意味なくワラワラと蠢くだけだった子蜘蛛達が一目散に逃げだし始めた。まさに蜘蛛の子を散らすように、まてよ……確かどこかで聞いたことあるけど蜘蛛の中には生んだばかりの子蜘蛛を食べる種類がいるとか……。
泡を払いのけ恐る恐る上を見上げると、ちょうど巨大蜘蛛が自分で巣を破り降ってくるところだった。
「おわああああああああああああああああああああああああ」
全力で横っ飛び。足に痛みが走るが構ってはいられない。
横で倒れている僕を無視して巨大蜘蛛はそのまま恐ろしいスピードで子蜘蛛達を追いかけていく、運よく僕とは別の方向へ向かっていったのですぐに立ち上がり、あの巨体が入れないような狭い木々をかき分け、そのまま必死に走れる所まで走った。
しばらく走ったが、痛みのせいで足がもつれて手をついて倒れてしまう。息するのもつらい、手も痛いなあぁそうだ手もケガしてたんだ。そう思って手をみるがダラダラ流れていたはずの血はとまり傷もふさがっている。なんでだ? スキルのせいか? いやもしかして、この泡に薬効があるのか?
物はためしとつっぷしたまま頭に乗っている泡の残りを集めようと頭に手をやると、フニョンという柔らかい感触を指先に感じる。
そのままソレを両手で掴んで目の前に移動させる。と案の定子蜘蛛がいた。しかしあの場所でみた他の蜘蛛とは様子が違う。
まず色が違う。他の子蜘蛛は親蜘蛛と同じ緑と黄色の斑だったが、この子は真っ白だ。指の腹で腹部をなでる、子犬の毛のようにフワフワで触り心地が非常に良い。その他の違いは親蜘蛛には立派な角がありかなり角ばった体だったが、この子は角はなくずんぐりむっくりという表現がしっくりくるような、なんだろうな形、そうだ大福だ大福が二つ重なってるような形だ。かなり愛らしい造形をしていた。紅い目もくりっとしていて愛嬌がある。
「ハァ、ハァ。お前、可愛いな」
息切れでハァハァしてるだけです。勘違いしないように。
そうだ、こいつなら契約できるんじゃないか? そう思って体を起こして座り。リュックからおっさんにもらった紙を引っ張り出す。広げると、文字は書いておらず三角とか丸とか図形が組み合わせたものが描かれていた。
「魔法陣っぽいな。どうやってつかうんだろ? お前わかる?」
そう言って、紙を見せると。短い前足をチョンチョン動かして地面に置くように指示してきた。指示されるがままに紙を置くとピョンと一番大きな丸い図形の上に乗り、今度はチョイチョイとおいでおいでと前足で催促してくる。
「わかるのか、すごいなお前」
指先を蜘蛛に寄せるとカプッと噛まれた。驚いて指を引こうとするが不思議と痛くない。そのまま数滴血が魔法陣に垂れる。すると図形が歯車が回るように動き始め丸だとか三角が新しい図形を描いたと思うと、子蜘蛛に吸い込まれるように収束していき。紙はなにも書かれてないかのように白紙になった。子蜘蛛は一仕事終えましたぜ、とでもいうかのように伸びをしてピョンと僕の頭に乗った。
「これで契約できたのか?」
頭の子蜘蛛に聞いてみると。
(タブン、デキタ)
と頭の前頭葉あたりに声が響く、小さな子供の声だった。
「今の声お前か?」
(ソウ、ヨロシク。マスター)
「アハハ、すごいな。さすが異世界だ。よし! 名前つけないとな。なぁどんな名前がいい?」
(ナンデモイイ)
「なんでもってのが一番困るんだぞ……そうだなぁ」
そういやさっきなんかに似てるって考えたよな、そうだ大福だ。
「よし、じゃあフクってのはどうだ? 大福のフクだ」
(フク、ワカッタ。ボクハフク)
「おお、よろしくなフクちゃん。ボクってことは男の子か?」
(ワカラナイ)
「アッハッハ。そうかわからないかー」
なんだか無性に楽しい、体はボロボロで疲れ切って座り込んでいるのにハイテンションだ。
思えば、昨日から泣いたり、崖から落ちて叫んだり、必死で走ったり。すごい全力だな、でもそれが楽しい。
さぁ、一休みしたら森をでなくちゃな。
フクちゃんです。私の中では擬人化が完了しています。
次回、おっさんに鍛えられる異世界生活、はっじまるよー
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