5 地下遺跡
荒涼とした砂漠の中を、二頭の馬が軽快に滑走している。朱里は、麗の後方を行くミヤビの馬の尻尾にまたがり、「ハイドウ、ハイドウ!」とご機嫌の様子。
「馬に乗ったのは初めてだけど、楽しいな、朱里。」
「御意でございまする、ミヤビ姫!」
岩山に入ると、麗はスピードを緩めた。岩山と岩山の隙間を縫うように、道なき道が続く。
「ここまで来れば、とりあえず一安心だわ。」
水を仰ぎながら、麗が振り返った。麗は、絶えず後方を見たり、空を見上げたりしていた。
「砂漠が一番怖かった。もしかしたら、空爆される危険もあったの。」
「クウバク? クウバクって・・・あの空爆か?」
「軍の目を誤魔化す策を弄したわけだけど、うまくいってるみたい・・・。」
「軍? 中国の? こわ! 朱里、遊んでる場合じゃないぜ。」
「まだ油断はできないけど。」と麗は表情をひきしめて言った。
「麗さんのじいさん、北京大学の教授だったよな。」
「そう、考古学。」
「偉大な発見か・・・少しビビってきたぜ。」
「あと一時間もすれば、お目にかかれると思うわ。」
麗は、馬に鞭を入れた。
岩山の危険な崖を登り、途中で馬を下りる。麗は、岩山の頂上近くの洞窟に入り、「ここを下るの。」と言った。今にも崩れそうな洞窟の中は、やがてひんやりと冷気が包み、寒気を感じるくらいだった。洞窟はかなり深く、滑り落ちる箇所もいくつかあった。登るときのために使うロープがぶらさがっている。
「こりゃ参った。わしの衣装、泥だらけ・・・。」
「朱里、浮いていけばいいだろ?」
「それがミヤビ姫、念術が効かないでおじゃる、この洞窟・・・。」
「麗さん、この洞窟は、なんなんだ?」
ミヤビの声がやまびこのように反響する。
「遺跡よ。まだ発見されていない・・・祖父とわたし以外誰も知らないわ。」
「世間に秘密にしたのは、今日のためか?」
「そう。祖父がお宝を発見したのは十八年前、ブラジルで。研究は国の秘密事業だったから、お宝の発見は隠すわけにいかなかった。『推背図』を読み解いているうちに、祖父は救世主が誕生し、お宝と融合すると断定したの。でも、そのことは、国の上層部には報告しなかった・・・。」
「じいさんは・・・、教授は、なぜ俺を救世主だと思ったんだ?」
「それも、『推背図』よ。もちろん、本編じゃなくて、別資料の方。祖父は、中国の考古学では第一人者だから、古文書を自由に見ることができた。お宝を発見した二年後、祖父は日本に留学したの。スパイも兼ねてね。日本でも調査をして、とうとう、ミヤビさん、あなたの誕生にたどり着いた。」
「人違いかもしれねえぜ。どんな研究したのか知らねえけど。がっかりさせることになったら申し訳ねえな。」
「いいえ、絶対、ミヤビ姫でおじゃりまする。」
朱里は何度も肯いた。
「そうかあ?」
「だって、わしのような者がついておりますし。出生も、普通の人間と違いまする。」
「他の人間と違う? それは、聞いてねえぜ?」
「あれ? そうでございましたか?」
「どう違うんだよ。朱里!」
「わしは、もうお話したと思っておりました。それにしても、麗様、まだでしょうか?」
「話をそらすな、朱里。」
「ミヤビさん、朱里さん、着いたわ。」
突然視界が開け、地下と思えないほど広い空間が目の前に躍り出た。風が吹き、三人の泥を払い落とした。
草原が見える。森が見える。小鳥の鳴き声が聞こえる。
「なんだ、これ? 地下に潜ったんじゃないのかよ。」
麗は、岩の階段を降り始めた。
「地下、数千メートル。上を見て。岩が見えるでしょ?」
「あれ、岩かあ? 空みたいに青いぜ。」
「そうね、色が青いから、空に見えるわね。まさか、地下にこんな世界があるなんて、わたしも信じられなかった。」
「世間に知らせなかったのは賢明じゃった。」
そう言うと、朱里は子どものように草原を駆けだした。
「祖父が八年前、単独で発見しました。」
「麗さん、遺跡ということは、人が住んでたのか?」
「はい。四大文明の頃、らしいです。さあ、ミヤビさん、行きましょう。祖父が待っています。」
「いよいよ教授とご対面か・・・。なんか、恥ずかしいぜ。そういえば、まだ名前を聞いてなかった。そうか、『推背図』の著者、『李淳風』が御先祖だから『李教授』だな、麗さん。」
「いいえ、祖父は婿に入ったので、『陽』です。『陽教授』」
「陽教授・・・。」
ミヤビはもう一度、洞窟の空を見上げ、ゆっくりと歩き出した。