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2 誘拐犯とチャイナドレスの女

 北京。

 中華人民共和国の首都である。人口二千万人、上海に次ぐ都市で、九割以上を漢民族が占める。西二環路にある北京金融街は今や世界経済の中心であり、日本はもちろん、アメリカ、ヨーロッパも、経済的に実質支配されていた。

 北京大学の研究室で、一重まぶたの老教授が、鳴り響いた電話の受話器を取った。

「そうか・・・。とうとう捕らえましたか・・・。」

 受話器の向こうの声は、受話器を耳に当てなくても聞こえるくらいの大声で、教授は何度か声を落として話すように忠告したが、無駄だった。仕事をする相手を間違ったと、老教授は半ば諦めている。

「張署長、何度も言っとるが、丁重に扱ってくださいよ。」

「わかってる。一流ホテルに寝かせてる。しかし、結構な美人だぜ、この娘。」

「変なこと考えないでくださいよ、あなたは警官だ。部下にも言い聞かせてください。」

「わかってるよ、この娘、ただもんじゃないんだろ?」

「どうしてますか?」

「ずーと寝てるよ。強力な薬、飲ませたからな。まさか、豫園のトイレの穴から催涙ガスが出るとは、誰も思わねえよな。」

「もう一回言いますよ。明後日、娘を無事に北京まで連れて来なければ、報酬もなければ、あなたの命も保証しない。これは、国家プロジェクトですからな。」

「わかってる、わかってる。心配するな。」

「おまえだけじゃない、わしも、おそらく、命はない・・・。」

「娘は、言われたとおり、上海マリオットホテルにいる。明後日には娘を北京まで連れて行く。そこで報酬をもらう。その金で遊ぶ。これでいいだろ?」

 老教授は電話を切るとため息をついた。

「張は、もう切ったほうがよさそうだ・・・。」


「まったく、あのじじい・・・。」

 張は、携帯電話をテーブルに放り投げるとテレビの音量を上げた。 ウイスキーの小瓶を手に、大人の映画に見入った。

「ちょっと様子を見てくるか。」

 そう言うと、張は鍵を取り、部屋を出た。すぐ右隣の部屋の扉に鍵を差し込み、部屋に入った。薄暗い部屋のベッドに寝かされた少女。豫園で行方不明になった、ミヤビの寝顔がある。

「こんな美人。初めて見た。じいさん、わかってるよ。こんな美人、恐れ多くて触れるもんじゃねえ。でも、手ぐらい、触ってもいいんでないかい?」

 張は手を伸ばし、ミヤビの手に触れた。そのとき、張の視界に小さな影が見えた。影の正体を目にしたときには背中に激痛が走り、足が痙攣した。

「なんだ? おまえ・・・。」

「なんだ、きみはってか? わしは、代々美都家に仕えてきた、大洞神官の末裔、朱里と申す者。そち、ミヤビ姫になにをしようとしてるでおじゃる?」

「俺は、ただ・・・娘がちゃんと生きてるか、確認しようと思って・・・。」

 張は立ち上がった。朱里は、張の背丈の半分もない。

「で、お前はなんだ? 朱里だって? どこから来やがった?」

 張は、懐から銃を出した。

「警察の俺をなめやがって。おお、痛え・・・。ガキだから大目に見てやるが・・・おいおい、やめてくれ、なぜ空中に浮かんでる? それに、猫みたいな耳はなんだ? おまえ、人間じゃないな。」

「陰陽師と言えば、わかるかの? 中国の人よ。見た目はちっちゃくてかわいくても、わしは今年で丁度二百歳になる老女でおじゃる。ミヤビ姫に触っては命はない。姫の穢れをそちの血によって洗い流すでおじゃる。」

「俺を殺すだって? やってみろよ。」

 張は拳銃の引き金を引いた。弾は出たが、朱里が右手で止めた。手に食い込んだ弾丸を取り出すと、張の口の中に放り込んだ。

「朱里、なにしてんだよ?」

 ミヤビが目を覚ました。

「ミヤビ姫! お目覚めでおじゃるか?」

「姫はやめろって。あれ、ここはどこだよ。それに、その、のたうちまわっている変な男はだれだ?」

「誘拐犯でおじゃる。昨日、豫園で姫を誘拐したのでおじゃる。今、撃ったばかりの薬莢を食べさせましたから。ここは、上海の高級ホテル。さあミヤビ姫、今のうちに逃げるでおじゃる。」

「そうだよ、修学旅行だよ。彩花と珠梨は?」

「今日の飛行機で帰ったでおじゃる。」

「せっかくの修学旅行だったのに・・・この野郎!」

 ミヤビは張の尻を思い切り蹴った。張は、豚のようにうなって、動かなくなった。

「やはり、わたくしが同伴すべきでおじゃった。悪い予感がして・・・来てよかったでおじゃる。」と、ホテルの廊下を歩きながら朱里は言った。

「朱里、来てくれてよかったよ。このホテル、簡単に出られそうにないぜ。」

 エレベータの扉が開くと、緋色のチャイナドレスを着た女が立っている。

「あの女の人、やる気だ。」

「わしにお任せくださいでおじゃる、ミヤビ姫。」

 朱里は空中に飛び上がった。

「待て、朱里。俺も修行しなきゃ。」

 そう言ってミヤビは廊下を走った。チャイナドレスの女も走り出した。距離が縮まり、ふたりが交差する地点で、鋭い火花が散った。朱里はエレベータが移動しないように、「開く」のボタンを押し続けた。

「姫! その女、かなりの使い手。無理はしないでおじゃる。」

 ミヤビと女は、互角に技を出し合っている。

「朱里、うれしいぜ。本場中国人と闘うとは思わなかった。」

 チャイナドレスの女が動きを止めた。

「あれ? もう、終わりか?」とミヤビは言った。

「闘うのが好きな人には、かなわない。さすがに、選ばれた人ね。」

 女は、壁にもたれて腕組みをした。

「おまえ、日本人か?」

「中国人よ。モンゴル民族だから、日本人に似てる。いえ、日本人がモンゴル人に似てるのよ。日本語、話せるわ。」

「選ばれた人って、なんだよ。」

「姫のことですよ。」と朱里が言った。

「朱里は黙って。俺、何に選ばれたんだ。なんで誘拐したんだよ?」

「食事しない?」

「食事? なんだよ、急に・・・。」

「お詫びに、マクドナルド、おごるわ・・・。」

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