18 クリストファー・ブレスレット
一行は休む間もなく、フェリーで桜島に向かう。
「東京の秘書から、宮崎、熊本が米軍に占拠されたと連絡がありました。鹿児島にも入って来ますね。」
僧坊は、フェリーの名物『桜島うどん』を食べながら言った。
「僧坊さんも大した器ですね。この非常事態にうどんを食べる余裕がある。」と上条。
「それ、皮肉ですか?」
「ご冗談を、まじめに、感心してるんです。」
「腹が減ってはなんとやら。上条さん、桜島にブレスレットがあるのはなぜか、まだ聞いてませんね。」
「それが、少し突飛で、眉唾ものなんです。」
「ないかもしれないってこと?」と伊達。
「昭和に入って祖母が生まれたんですが、戦前、祖母が十五、六歳の時に政府が貴金属の徴収を始めました。祖母は、ブレスレットも役人に取られると思ったんでしょう。もしかしたら、そのパワーを知っていたのかもしれません。おそらく、父母に無断で持ち出したんでしょう。当時の人は、たいがい裏山に隠したらしいんですが、祖母は、裏山は両親や役人に見つかるかもしれないと思った。祖母は桜島が大好きで、よく訪れています。日記には、火口付近まで登ったという記述があるくらいです。」
「火口まで! 勇気あるでおじゃるなあ。」と朱里。
「当時は火山活動が活発ではなかったんでしょう。」
「でもまさか、火口に放り込むようなことは・・・。」と僧坊。
「ブレスレットをでおじゃるか?」
桜島が近づいてくる。まもなく桜島港に着いた。
「これ、全部溶岩か?」とミヤビが言った。
灰色だらけの岩石。そして松の木が生えている。
「火山のエネルギーというのは想像以上ですよ。大正の大噴火では島だった桜島が大隅半島と陸続きになったわけですから。」
上条はレンタカーを借りる。一行は乗り込んだ。
「これから、火口に登るのでおじゃるか?」と朱里が言う。
「今噴火しているのは新火口です。祖母が放り込んだのは旧火口で、もちろん、新火口には近づけません。旧火口は新火口の近くですが、近づくのは可能です。僕が、確かめました。」
車は湯ノ原展望台で降り、そこから歩くことになった。
「近くで見ると、また形が違うぜ。」とミヤビは桜島の頂を見上げる。
出発前、利右衛門がみんなにお茶を入れる。例によって、恵比寿教授がお茶を褒める。
「なぜだか知らんが、利右衛門さんのお茶を飲むと力がわいてくる。たかがお茶だが、人の心をこんなにも勇気づけてくれる。」
「そんなにおいしいかしらって思ってたけど、教授があんまりおいしいおいしいっていうからさあ、わたしもおいしく思えてきちゃったのよ?」
伊達はお茶請けの『かるかん』を食べながら言う。
「気持ちの持ち様じゃよ。さて、わしはマゼラン・ブレスレットになぞこのようなパワーが備わったのか、研究してきたわけじゃが、その要因のひとつに、ブレスレットの素材が関係していると考えた。まあ、当たり前の推理じゃが。素材は、宇宙からの隕石と仮説を立ててみた。しかも、ただの隕石ではなく、惑星の核の部分になり得る、『コアストーン』と言われる隕石じゃ。マゼラン・ブレスレットも、クリストファー・ブレスレットも、『コアストーン』を素材としているために、不思議な力を持った。」
桜島の四合目にたどり着く。
「登りながら話すのはきついのう。みんな、わしの話、聞いてる?」
「聞いてるでおじゃる!」と朱里。
朱里は宙を浮かんでいる。
「ようく考えてみたら、朱里さんが浮かんでいるのは疑問じゃの?」
「教授、妖怪だと思っていいぜ。」とミヤビ。
ミヤビに突っ込もうとした朱里だったが、上空に戦闘機が現れた。
「みんな、隠れて!」と僧坊が叫ぶ。
「米軍め、きやがったか!」とミヤビ。
溶岩に隠れて、鹿児島市方面に向かう戦闘機の影を見送る。
「県庁では戦闘態勢に入っていると聞きました。簡単に降伏しないのが、薩摩隼人なんです。」と上条。
「第二次西南戦争と言っていいかもしれんの。上条さんが西郷さんの子孫だから、陣頭指揮を執らねばのう。」
「みなさん、こっちです!」
上条はなにかの目印を見つけたのか、小走りに走り出した。
「この石を、掘り出してください。」
大小の石がある。みんなで掘ると、小さな穴が見えてきた。
「洞穴の入り口です。桜島の内部につながっているようです。」
「桜島の内部って、熱いじゃないのよ!」と伊達。
「確かに熱い。でも、我慢できない熱さじゃない。」
「そんなこと言ったってさあ!」
「みんな、行こうぜ。クリストファー・ブレスレットはきっとある。バラバラになった日本を、はやく統一しなきゃ。おい、伊達っち、行くぜ!」
「伊達っちって。わかったわよ。」
ミヤビが先頭を行く。その後ろを朱里が飛ぶ。伊達、上条、恵比寿教授、僧坊、利右衛門が続いた。洞穴はミヤビが少しかがむ程度の高さ。硫黄の匂い、そして水蒸気が所々から吹き出している。
「なんだ・・・それほどでもないじゃない。」と伊達。
「自然にできた洞窟のようですが、所々、人の手が入ったところもあります。万が一ですが、祖母がここに入った可能性がないわけじゃない。」
上条の声が洞窟に響く。
「きっとそうよ。火口から放り投げるかしら、ふつう・・・。」
「それで、さっきの続きじゃが、『コアストーン』でインディアンが作ったブレスレットが、渡りに渡ってマゼランとコロンブスにたどり着いた。マゼラン・ブレスレットは、太陽の光と、人間の愛に反応するということがわかったが、それなら、クリストファー・ブレスレットはどうなのか? みなさん、興味はござらんか?」
「やっぱり熱くなってきた。教授、お歳のわりには元気ね。この暑さ、大丈夫かしら?」
「この洞窟は、おそらくセ氏五十度を越えておる。それでも、わしらが平気なのは、みんなふつうの人間ではないってことじゃよ。」
「えっ? ミヤビと朱里だけじゃないの? バケモノ・・・。」
伊達をミヤビと朱里がどつく。
「ミヤビさんと朱里さんほどではないがの。ここにいるみんな、縁あって集まっとる。」
洞窟が大きくなり、溶岩の川が見えてくる。
「すごいですねえ!」と僧坊。
地震が起こる。新火口が噴火している。一同は、しばらく立ち止まる。
「溶岩流を越えなきゃ。」
「ロープがあります。」
上条がロープをリュックから出すと、朱里がロープを向こう岸の岩にくくり付ける。
「滑車も持ってきましたあ!」と上条。
フィールドアスレチックのノリで、全員溶岩流を渡る。
「今、東京の秘書からメールが来ました。堂本議員が、ミヤビ総理の逮捕を要求、米軍が追っていると・・・。」
「米軍、ロシアも、ブレスレットの存在を知ったかもしれんの。」と教授。
「でもさあ、どこまで歩けばいいのよ。ミヤビ、なんか感じないの?」
「右腕が、うずく・・・。」
「えっ?」
「右腕が、震える・・・。」
「ミヤビさん、麗さんのことを、考えなされ・・・。」
「教授・・・なぜ?」
「少しでも、怒りを感じるかね?」
「怒り?」
「そう・・・。右腕の震えは、おそらく、怒り、ではないかの?」
「・・・。」
「もうすぐ、洞窟の奥です! みなさん、そろそろ、どこかにブレスレットがあるかもしれない、注意して、目印とか、探してください!」と上条。
「ミヤビさん、あなたは驚くほどきれいな心を持っている。人を恨むことなどないお人だ。しかし、ここはお願いだ。麗への怒りを増幅させてほしい。右腕の震えは、あなたが心で抑えている怒りの現ればい。」
「そんなこと、ねえぜ・・・。」
「憎しみや怒り、これも人間の心。否定してはいかんと思う。憎しみや怒りがあってこそ、愛や優しさも輝きを増す。あなたは麗を信じた。きっと、マゼラン・ブレスレットを返してくれると。それなのに、麗は、あなたの信頼を裏切った。そのせいで、日本は分割統治され、日本国民のアイデンティティが傷つけられた。それでも、ミヤビさん、あなたは麗をお恨みにならないのか?」
俯くミヤビ。右腕の震えが大きくなる。また噴火が起きた。落石を避ける一同。
「今度の噴火、やばくない?」と伊達。
「噴火もですが、後ろもやばいですう。」
「おっ? 利右衛門が、久しぶりにしゃべったでおじゃる。」
「だって、米軍ですう!」
銃弾の高い音が、地鳴りの中で響く。
「こんなとこまで来るか? ふつう!」
「爆撃機に見られたのよ、やっぱ。」
伊達は、刀を利右衛門から受け取る。僧坊、上条は銃で応戦する。恵比寿教授はミヤビを洞窟の奥へと連れて行く。
「ミヤビさん、わしらは只者ではないが、不死身というわけではない。ここは、絶体絶命のピンチじゃ。こうなったのは、麗のせいなんですよ!」
ミヤビは、なおも俯き、微動だにしない。地鳴りと、銃の音は鳴り止まず。
「教授! まだ見つかりませんか?」と上条が叫ぶ。
大きな噴火が起こった。落石がひどくなる。米軍の攻撃が止み、しばらくは地震に耐える。ミヤビも座り込んだ。そこへ、ミヤビの頭上に大きな石が落ちてくる。
「危ない!」
そう言って飛び込んだのは上条だった。ミヤビを庇った上条は、頭に溶岩が直撃、地面に倒れた。
「上条!」
ミヤビは上条を抱きかかえる。
「馬鹿なことをしやがって! 俺なら、死なないのに!」
朱里も、伊達も、僧坊も、落石を避けて戻って来る。
薄目を開ける上条。
「だって、あなたの腕に・・・マゼラン・ブレスレットはないんですよ。今、あなたが気を失っては困る。やっと・・・、あなたも、怒りに目覚めたから・・・。」
「上条くん! しっかりするんじゃ。」と教授。
「ごめんでおじゃる! わしが、姫の傍を離れたばっかりに・・・。」と朱里が言った。「いいんですよ、朱里さん。僕は幸せですよ・・・。こうして、好きな人の膝で死ねるわけですから。教授・・・あとは、お願い、しま、す・・・。」
「わかっとる・・・。」
「ミヤビ総理・・・あなたを、愛しています・・・。」
上条はまぶたを閉じる。
「上条・・・上条!」
ミヤビは涙を流した。朱里は、ミヤビの肩に手を置く。伊達は、上条の頭の血を拭き取り、抱きしめた。
「教授・・・。上条さん、ホントに死んだの? 私たち、ふつうじゃないんでしょ?」
「命だけは、どうしようもできんのじゃ・・・。」
米軍の攻撃が始まる。銃弾が飛んでくる。
泣いていたミヤビが涙を拭いた。右腕を一回振り回すと、オオカミ耳が飛び出した。そして、右腕をマグマの上にかざす。マグマがうねり、波を立てる。
ふたたび、地鳴りが響く。それは次第に大きくなる。落石が始まるが、一同は避けずに、ミヤビを見守る。マグマは渦を巻き、渦はミヤビに近づく。ミヤビの右腕が赤く染まる。苦痛に歯を食いしばるミヤビ。龍の形を作るマグマが、当然ミヤビの右腕に噛みついた。飛び散るマグマ。吹き出す水蒸気。やがてマグマは静まり、地鳴りも遠のいた。
洞窟に充満する水蒸気、そして、それが地上へ抜き出たとき、一同はミヤビの右腕に光り輝くものを見た。
「熱い!」とミヤビを苦痛に顔を歪める。
「あった! ブレスレットだ!」と僧坊が叫ぶ。
恵比寿教授は溜まった水を掬ってミヤビの腕にかける。伊達も、僧坊も手伝った。
「これが、クリストファー・ブレスレットじゃ。なんと、マグマから現れよった!」
「でもなんか、光が鈍いわね。マゼラン・ブレスレットに比べると。」
「マゼラン・ブレスレットは太陽の光と愛情が必要じゃが、クリストファー・ブレスレットは、マグマと憎悪を必要とするのじゃ。ミヤビさんの憎悪が、まだ頂点には達していない。」
米軍の足音が聞こえた。伊達は日本刀を振りかざして突進する。僧坊、恵比寿教授も後に続く。教授は、老齢ながら、素早い動きを見せている。朱里は吹き矢を放つ。
ミヤビは意を決したように、右腕を回し始める。ブレスレットが次第に輝きを増す。
ミヤビは、利右衛門に抱きかかえられた上条を見る。
上条の言葉が蘇る。
「ミヤビ総理・・・あなたを、愛しています・・・。」
突然の告白に、胸を熱くしたミヤビ。しかし上条の死によってもたされた喪失感は、ゆっくりと憎悪へと増幅されていく。
「ミヤビ〜。疲れてきたわ、まだなのー?」と伊達が叫んだ。
「きたぜっ! くるぜっ! いくぜーっ!」
まばゆい閃光が走った。クリストファー・ブレスレットは、マゼラン・ブレスレットと同じように、剣に変身した。
「米軍! 覚悟しやがれ!」
伊達たちは体を伏せる。
「オー! マイ、ガー!」
ミヤビを見て逃げ出す米軍兵士。ミヤビは剣を振り上げ、意を決して振り下ろす。
剣先から巨大なビームが発射、洞窟に巨大な穴が開いた。それに呼応するように、桜島が噴火する。
「あの穴から、逃げるんじゃ」と教授が叫ぶ。
地鳴りがする。マグマが吹き出す。水蒸気に押されるように外に出る。
ミヤビは空中に飛び上がり、米軍に向けて剣を振る。鹿児島県庁を占拠していた米軍には、即刻退去を命じた。
鹿児島市の病院に上条を運ぶが、やはり命は途切れていた。
「もしかしたらじゃが・・・。」と恵比寿教授は言った。「マゼラン・ブレスレットなら、上条くんの命を蘇らせる力があるかもしれん。」
「マグマと憎悪に反応するブレスレットなんて、俺には合わねえぜ。」
「ミヤビさん、クリストファー・ブレスレットには、虐殺されたインディアンの苦しみや悲しみが込められ、そしておそらく、人間が長い歴史のなかで繰り返してきた殺戮の罪を、一身に背負っておる。かわいそうなブレスレットと思ってくだされ。そして感謝したほうがよい。あなた、わしたちを窮地から救い、そして、麗と対等に戦う力をくれた。」
「クリストファー・ブレスレット・・・。」
「ミヤビさん、そのブレスレットで取り戻すばい。マゼラン・ブレスレットを!」
「教授! わかった。みんなを頼む!」
「もう行くのか? 一晩くらい、休みなされ。」
「そうよ、一晩休めば、私たちも元気になるからさあ。」と伊達。
「鹿児島市内の料亭を予約したでおじゃる。焼酎を飲みたいでおじゃる。」
「みんなも来る気か。」
「当たり前ですよ。」と僧坊。
「みんなといると、憎悪の気持ちが消えていくけど、これって教授、いいのか?」
教授は笑って言った。
「麗と王に会えば、嫌でも憎しみがわいてきますよ。」
ミヤビはにっこり笑った。