17 日本分割
麗からの連絡が途絶え、ミヤビの胸に不安がよぎる。
「マゼラン・ブレスレットを、貸したでおじゃるか!」
麗が日本から中国へ帰るとき、ミヤビの腕にブレスレットがないことに朱里が気づいた。伊達、僧坊は呆れ顔だったが、
「すぐ返してくれるって。」
というミヤビの言葉を信じた。
麗の活躍で、中国の大半が安定し、日本への攻撃も少なくなった。その意味では、ミヤビの意図は成功したわけだが、韓国の侵攻が始まり、さらにロシアが北方領土から北海道に侵攻してきた。爆撃で派手に侵攻するのではなく、上陸した軍隊が市役所などを占拠。北海道の北部からロシアの支配が南下してきた。これを旭川で陸上自衛隊が迎撃。ロシア軍は都市に拠点を構えたため、自衛隊は空爆できずにいた。
「市民には危害を与えてないからさ、攻撃できないのよ。旭川でにらみ合ってるけど、膠着状態。」
官房長官の伊達は、仙台で陣頭指揮を執っていた。
「変な作戦よねえ。」
「伊達先生、もう少し待ってくれ。そのうち、俺が行く。」
「そのうちっていつよ。寒くなる前にお願い。わたし、寒いの苦手なんだから。」
僧坊は、閣議をしきり、防衛費の予算アップ、自衛隊の軍隊化などの法案をまとめていた。
「そんなことしなくていいぜ。」とミヤビは言うが、
「こんなこと言いたくありませんが、ミヤビ総理、マゼラン・ブレスレットがないと、ただの人です。軍事力を上げないと、韓国、ロシアに対抗できません。」
と僧坊は言うことをきかない。議会も自衛隊の軍隊化法案を承認した。
「麗さん、どうしたんだ?」
ミヤビはそうつぶやくしかなかった。
ロシアの日本侵攻は、王雀鬼とフィガロ大統領の会談後に始まった。ロシアは、ヨーロッパ侵攻が足踏み状態、イギリスと膠着状態にあった。日本への侵攻は、ロシアにとっては、いわゆる『暇つぶし』。
麗は『中華連邦共和国』建国を世界に宣言。麗は大統領に就任、王雀鬼は副大統領のポストに就いた。中国のメディアは、新生中国の誕生を報じた。
「王が副大統領・・・。どういうことだ?」
ミヤビの不安は大きくなる。
王雀鬼は、非公式にアメリカ大統領と会談。
「ケリー大統領、お会いできてうれしいです。」と王は言った。
「日本空爆の黒幕は、あなたでしょう? 今回は、新国の若きリーダーとして登場とは、大した手腕だ。恐れ入るよ。」
「今回は、お互いの利益について相談に来ました。」
「それで、非公式か。アジアのどこかの国にバレてはまずいわけだ。」
「別に、わたしたちはバレてもかまわない。しかし、アメリカにとっては、と思いましてね。」
「日本をどうしたい?」
「ケリー大統領。これからの世界は、いくつかの大国で支配すべきです。」
「そのいくつか、とは?」
「想像がつくと思いますが・・・。」
ケリー大統領は、ウイスキーを持ってきた。
「酔っ払わないと、聞けそうにない話だ。こう見えて、わたしは小心者でね。きみも飲むかね?」
王は、にやりと笑ってうなずいた。
アメリカの裏切りは日本にとっては痛手だった。ミヤビの存在があったため、アメリカ軍の協力は少しでよかった。それどころか、米軍はいらないという意見も議員からは出ていた。ミヤビ総理も、ケリー大統領との会談は二回。ミヤビ自身もアメリカの力は必要なかったから、二回目の会談で米軍の撤退を要請した。
ケリー大統領は日本の態度に気を悪くしていた。そこへ王雀鬼の『日本分割』の提案。
『日本分割』は、第二次世界大戦後、日本の統治方法を巡って提案されたものだった。北海道、本州、四国、九州の各地を連合軍で分配、統治するという。これを中国が反対。日本の分割統治は免れた。
「あのとき、わが国が分割統治に反対したのは、間違いだった。その間違いを正す必要がある。」
王雀鬼はそう考えていた。
日本各地の米軍基地が侵攻を開始。ロシアと同じように流血なしで県庁所在地を制圧していった。日本にとってはガンが増幅したようなもの。為す術もなく分割統治された。
仙台から伊達官房長官が戻ると同時に、東京が米軍に空爆を受ける。三沢米軍基地からの攻撃だった。
「青森は、堂本議員の拠点だ。堂本を支持する議員も青森に行ったと聞いている。政府まで分裂したら大変だ!」
「堂本のやつ、ミヤビ総理に対抗意識バリバリだったわ。きっと謀反よ、これ!」
伊達官房長官は怒りを露わにする。
僧坊は危機感を募らせた。
「みんな、すまない。俺のせいだ・・・。」とミヤビは肩を落とした。
恵比寿教授は、利右衛門が入れたお茶を啜りながら笑った。
「ミヤビ総理、気にすることなか。マゼラン・ブレスレットを手に入れながら、他人に貸すなんて、並の人間にできることではござらん。その広い心に、いつかブレスレットは返ってくる。兄も言ったでしょう。マゼラン・ブレスレットは、太陽の光と、人間の美しい心に呼応してパワーを発揮するのだと。今は我慢の時じゃ。」
横須賀米軍も首都に侵攻していた。
「厚木米軍は名古屋、岩国米軍は大阪へ、佐世保は福岡へ侵攻するじゃろう。韓国が中国地方、中国軍は四国に入ったという情報がある。」
教授が言った。
「これは、連合軍による占領だ。中国・・・おそらく、王雀鬼が仕向けたか・・・。」
僧坊が言った。
「まさか、麗さん、じゃないわよね。」と伊達。
「伊達っち!」とミヤビ。
「でも、あり得ないことじゃないわよ! 中国の大統領なんだもん。」
「きっと、王に操られているんだ!」とミヤビ。
「麗さん、しっかりした人よ。まあ、野心もあったとは思うけど。」
「日本の分割統治は、第二次世界大戦後に連合軍が提案したんじゃ。この提案に、中国は大喜びしたと聞いておる。廃案となった理由は諸説あるが、まさか、今になって日本が分割されるとは・・・。」
「恵比寿教授、なにか、考えはないか?」とミヤビ。
「マゼラン・ブレスレットを取り戻すことが先決ばい。しかし、ここはいったん、どこかに引きましょう・・・。」
ミヤビ総理はテレビで演説。
「日本国民のみなさん、今、アメリカ、ロシア、中国、韓国による侵略が始まった。米軍の侵攻に自衛隊は手も足も出なかった。こんな事態になったことをお詫びする。占領された都道府県は、むやみに抵抗せず、そのときを待ってくれ。俺はきっと帰ってくる。」
ミヤビたちは政府専用機で東京を脱出。米軍の息がかかっていない鹿児島に向かった。
ミヤビたちが去ったあと、日本政府は堂本議員が掌握。米軍の指揮に従った。
「鹿児島には、ひとり友人がおる。それに、鹿児島は、明治維新を成し遂げた偉人を多数輩出しており、独立心の強い県民性なんじゃ。」
恵比寿教授が飛行機のなかで言った。
「そうか・・・。内之浦と種子島にロケット基地がある。」と僧坊。
「黒豚しゃぶしゃぶに、焼酎もあるでおじゃる!」
朱里がはしゃぐとみんな笑った。
鹿児島空港は通常運行。四国の中国軍に見つかることなく無事到着した。
恵比寿教授の友人は若く、二十歳になったばかりの青年だった。
「九州大学の学生じゃよ。わしんとこの研究生じゃ。優秀でな。あの西郷さんの子孫だそうだ。」
「こんにちは!」と青年は言った。「上条孝志です。よろしく。」
「西郷じゃないのね。あら、上野の西郷さんと全然似てないじゃない。」と伊達。
「祖母が西郷の孫になります。こちらがミヤビ総理大臣? お会いできて光栄です。実物のほうがやっぱりきれいだ!」
「惚れちゃあダメよ。見た目だけだから、女なのは・・・。」
ミヤビにどつかれる伊達。
「ミヤビ、わたし、あなたの担任だったのよ!」
「今は昔・・・だぜ! 上条とか言ったな、世話になるぜ!」
上条の自宅に身を寄せる。自宅は、西郷隆盛が自決した『城山』の近くにあった。ミヤビたちは、一通り観光する。城山から眺める桜島の雄大さに感激するミヤビ。
「すげえ! 噴煙を上げてるぜ!」
「ミヤビ総理、ここに来たのには訳がある。」と教授は言った。
「上条くんは、西郷さんの子孫ということで、小さい頃から西郷さん直筆の書物に触れておったから、若くても教授なみの知識を持っておる。」
「そんな、教授。買いかぶりすぎですよ。」
「西郷さんが西南戦争で敗走し、この城山で数日過ごしたんじゃが、最後の手記に『腕輪』の文字が残されておった。」
「祖母の家には、隆盛の手記がいくつか残されていました。最初、腕輪の文字を見て、ただの装飾品のことだと思いました。隆盛が装飾品のことを書くこと自体、よくよく考えればおかしなことですが、僕は特に大したキーワードとは思わなかった。」
「福岡の屋台で、ふと、上条くんがその話をわしにしたんじゃ。わしが、マゼラン・ブレスレットの研究をしていることは、上条くんも知っておったからな。」
「そう言えば、隆盛の手記に『腕輪』という文字が出てきますと、僕は教授に言ったんです。」
「わしは、イギリスに行ってマゼラン・ブレスレットをもう一度調べた。兄、陽教授はマゼランを研究したが、わしは、コロンブスも調べてみた。彼の手記になかに、不思議な力を持つ腕輪の記述があったのだ。」
「マゼラン・ブレスレットのことですか?」と僧坊。
「いや、ちがうじゃろう。マゼランは東航路、コロンブスは西航路。当然、このふたりに接点はない。コロンブスは、アメリカ大陸の発見者として有名じゃが、その実は違う。南アメリカ大陸の小島をインドと勘違いし、インディアンから金などの宝石を略奪した。多くのインディアンを殺害、彼の評価は、研究者の間では大変低いのじゃ。」
「へえ、そうなの? 知らなかったわ。」と伊達。
「上陸した島には、そもそも金などの財宝はその土地になかった。しかし、出さねば命を取られるインディアンは、死にものぐるいで宝石を探したのじゃ。憐れなものよ。コロンブスがかき集めた宝石のなかに、おそらくブレスレットがあった。」
「そのブレスレットと、西郷さんの腕輪とどう結びつくんですか?」
「まあ、僧坊さん、そう急がんと、じっくり聞きなされ。コロンブスのブレスレットは、マゼラン・ブレスレットほど知られることはなかった。つまり、単純に、女性がつける機会がたまたま少なかったのじゃろう。」
「しかし、コロンブスがブレスレットについて書いているということは、そのパワーを知っていたのでは?」
「さよう・・・。コロンブスがインディアンから略奪を繰り返すなかで、インディアンもゲリラ戦で対抗した。ほとんどの反撃が失敗する中、ブレスレットを右腕に付けたインディアンの女性が、コロンブス軍に一矢を報いた。そのような記述が、コロンブスに同行した宣教師の日記に残されておる。コロンブスは宝石をスペインの貴族に売っとったから、ブレスレットの力を知りながらも、不吉なブレスレットとして売りはらったのかもしれん。ブレスレットは千七百年になってイギリスに渡ったと考えられる。当時の話題を集めた文献に、『魔女の再来』という記事があり、イラストを見ると右腕にブレスレットが描かれておった。」
「もうそろそろ、教えてくださいよ。なぜここ薩摩、西郷さんと結びつくんですか?」
僧坊は土産物屋で買った西郷さん人形を示して言った。
「僧坊さん、それは僕が説明します。薩摩藩は、千八百年にイギリスに留学生を送りました。串木野という漁港から密航したんです。およそ二十名が留学し、帰国後、各分野で活躍しました。隆盛は、留学生のひとりからイギリス留学の土産として腕輪をもらったようです。新納という留学生です。彼の日記に、がらくた屋で見つけたと、ありました。」
「それが、コロンブスのブレスレットという確証はない・・・。」と僧坊。
「待ってよ。」と伊達。「西郷さんが、不思議な腕輪と言っているのはなんでなの?」
「そこなんです。西南戦争では、熊本県田原坂で多くの兵士が亡くなりましたが、丁度その頃に、西郷家の床の間に飾ってあったブレスレットが、異様に光り輝いたというのです。西郷は、熊本から敗走して、ここ城山に帰って来ますが、そのことを家の者から聞いたのでしょう。実際に手にとってみたかもしれません。」
「わしは、間違いないと思っておる。そのブレスレットに、『クリスファー・ブレスレット』と名づけた。「『コロンブス・ブレスレット』は、ダサいじゃろう?」
「クリストファーとは、なんでおじゃるか?」と朱里。
「コロンブスは、『クリストファー・コロンブス』なんじゃ。」
「インディアンを虐殺した人の名前は、いかがなもんでおじゃろうか?」
「朱里さん、仕方なかろう・・・。」
「マゼラン・ブレスレットよりかっこいいじゃない? ネーミング・・・。」と伊達。
「それなら、コロンブス・ブレスレットにするばい・・・。」
「教授、冗談よ。」
それまで黙って聞いていたミヤビが口を開いた。
「それでそのブレスレットは、今どこにある?」
桜島が轟音を立てて噴火した。みんなは、その噴煙を見上げる。
「あの、桜島にあります!」
上条は桜島を指さして言った。