第七話 お互いの正義
疑う行為こそ賢い。
それは改めて表に掲げる敵意。
百合である夜桜香織と藤咲真弓の意識を、出会う前の鋭い警戒心を呼び起こすための言葉。
監視初日にして都合の良い方向性を立花鳴海は望んではいない。あくまでも彼女達は百合であり、誰も触れるものではない。立場を尊重して自ら敵として誇示してみせる。
彼女達を百合として認めたから、それ相当の試練を与えないといけないのだ。
世界の常識やらをぶつけて自分の時間を勝ち取るために。
現実という厳しさを知ってほしい。
「君達のように、目の前にいる人間を信用していない。何をしてくるか分からないから警戒する。ごく単純な護衛の判断だよ。一番正しいしそれが常識的なんだ」
人が変わったように好戦的に笑む鳴海。
雰囲気を変えてしまうほどのただならぬ存在に、何かと正気に戻る香織。メガネは掛けたままで真弓の横に並び、再び露わとなる警戒心を見せる。
まさか百合を仇となす役をやるとは思わなかった。
けれど、致し方ない。これはそういう風に出来ているから、鳴海は敵になるしかない。誰かがやらなければ意味がない責任を背負うだけだ。
「立花くん、君は何をするつもりなの?」
昨日に見せた敵意はまだ残っている。真弓は怪訝そうにしてこちらの様子を窺う。まさかの行動で不意を突かれていた所は鳴海という人間を軽視していたからだろうか。
一方で香織は困惑してる模様。
裏切られた感を残したのは少し癪だが、これが現実でもある。
「悪いけど状況が変わった。帰らせてもらう事にする」
「ッ!?」
彼女達の話も聞かず、驚愕したリアクションさえ見ない演技をしてまでも、鳴海は余裕に黄昏色の世界を見上げていた。相手は女の子だから楽勝ですと言わんばかりに。
しかし状況が変化しても意志だけは揺るがないのか真弓は未だに冷静だった。
「どうして帰る必要があるのかしら? 用事がないと見えるけれど」
「そうだね。何の用事はないよ」
ただし、と言葉を続けて、
「監視するだけで行動には縛られていないんだよ。つまり僕がどんな行動をしても夜桜さんや藤咲さんはただ見てるしかない。ただの、傍観者。第二者でも第三者だろうが個人の尊重としてこの自由は揺るがない」
昨日の出来事を見られた。だから秘密の漏洩を守るために監視する。
しかし対象者の行動に対しては何らかの処置はしていないことが欠点として繋がった。そのため幾ら鳴海を監視しようにも行動だけは止められないため必要にも無理があるのだ。
「まあ、たとえ止めようとしても実力はあるからね」
手をポキポキ鳴らすだけでも危機感は滅法に強くなる。自己管理をより意識するためにやらざる負えなかったのは少し無理があった気がする。後の仕返しが怖い。
だが、鳴海はとっくに決めている。
得体の知れない人物に信用して身の危険を会わせないためにも、永遠の距離が必要なのだ。ほいほいと話を聞いてしまっている姿には疑いに思い、この一日で彼女達は本質を解かれている。
それでは駄目だ。彼女達は彼女達の世界で生きていかないといけない。
人を疑うこそ、人は強くなれるのだ。
「それじゃあそこを退いてもらおうかな」
一瞬だけ底知れぬ気迫が突飛に風を吹かせていた。それはまるで鳴海を味方にしているように。真弓に抱えていたうさぎは何かを感じ取ったのか真弓から離れて草木の方へ隠れてしまった。
それでも真弓と香織は退かなかった。
微笑みを掛けていてもその心は知れない真弓は見た目に反して意地がある。対して香織の方は涙目になりながら目線でこちらに問いかけていた。それは信用したい部分が本物たからこそ、鳴海に立ちはだかるのだろう。
(頼む。こんなのは夢のような幻想なんだ。気付いてくれ……)
予想はしてたものの、これはかなり傷心に響く。
誰から見てもこの光景というのは見たくないのが一番だろう。突然裏切られた百合色の乙女は、悲しい表情にしてしまう状況を作った鳴海にもはや味方など存在しない。
だからこそ香織の言葉には無情の辛さが身に染みた。
「なんでさっき涙を流したのよ……!」
「……!」
気付かされるものが一つ見付けた。
それは自分がきちんと周りを見ていなかった事だった。全て百合しか見ていなかった独走心。誰にも寄せ付けない絶対的な聖域を守るためにわざと自身を悪者にした。
でもそれは間違いだった。
結局、人のためではなく自分のための利益だったのだ。目の前にいる彼女の心境を知らず、ただ良い人を見せていた。相手を信じす、相手から信頼を得るために善人である証拠を作ろうとした愚かな部分が表に現れていた。
「そんなの、立花くんじゃない!」
自分の世界を守るために。
彼女の思う心境を知れずにこれまでしてきた行動が虚無へと変わる。間違った方向性に気付いてしまった鳴海は、香織が変わりなくどこにでもいる普通の女の子であると理解したかもしれない。
人のためと考えていた自分が物凄く小さな人間だった事を思い始めた。
今の行動では変わらない。それでは何も報われないと知った。
「……実は、君達が僕を信じないためにした行動なんだ」
「……え?」
「分かりやすく言うと僕を信用してはいけないってところだったんたけど」
言葉を告げる鳴海は苦いものを口に含んだ表情になっている。
徐々に警戒心が抜けていく現状に危惧する一方なのは香織達である。鳴海にもまだ告げていない秘密を告白してしまう危機感が無かったために、決起した行動。
幸いに、ここで止めといたのが正解だろう。
「夜桜さんは今疑っているけれど、メガネをあげた時はどうだった?」
「……ちょっとだけ優しい人だと思った」
「でもたった一日で信用に値すると思うかい?」
「それはそうだけど……」
「曖昧な判断で夜桜さん自身が危険を招いてしまう可能性がある。人を信じるのは誰にも出来てしまう。僕だって他の人も例外じゃない。一瞬の判断を見謝れば、それが命の危機にまで発展してしまうんだ」
人は繊細で壊れやすい。それは花瓶のように支えるものが無くなれば壊れる。そうさせないために人は工夫して、辿り着いた答えが安全な場所へ移す事になった。
これまでの意識を変えるキッカケを。
「私達が改めて警戒するためにしたって事?」
「そうだね」
「まるで実談みたいな言い方ね」
「僕は強いからその危険性はないよ」
当然男だからの発言をするが香織あたりでは何となく把握してる。
「言ったハズだけど、疑う行為は賢い事だ。たとえ趣味が同じでも一日だけで親しくなれるとは思わないでくれよ。繋がりが多いほど問題は多いし体がもたない」
「……」
鳴海が語る険しさに香織や真弓にでさえ何か心当たりがあるのだろうか何とも言えない反応をしてる。
思うにはお嬢様高校の身分であるため異性と話す機会を恵まれていない点が大きいと推測する。当然百合ともなれば誰にも言えない秘密を隠れながら生きているとなると辛い。
「わずかだけでも君達に危機感を煽り立てようとしてたけど、無理だったね。分かっていたけれどこのやり方は間違っていた。ホント自分に情けない……」
どうしようもなく深いため息を吐いた。
「人のことに関してみればいつまでも苦手だな」
「……ねぇ、あなたはどうしてそこまで人を疑うの?」
初めて聞かれた質問であった。
理由がなければそこに問題なんて存在しない。目の前にあるものが、見たこともない物語を作るためのきっかけなら、物語を作るにも自分自身で選べるのなら。
より一番にして最高の答えを導き出した。
「そうだな、僕は君達以上に人を信じてないんだ」
嫌味のない笑みを浮かべる。簡単に言っているが真弓に近い雰囲気を漂らせる。
「この世界には簡単に人を裏切る人がいる。それは絶対に改善の余地はないしどうすることもできない。名前も知らない相手に裏切られないためにも自分を守るためなら人を疑うことくらい簡単だと思ったんだ」
全ては自分を守るために。
今回は彼女の秘密を見てしまっただけなのだが学校の敷地内に入った時は諦めている部分と疑う部分を織り混ぜていた。常識らしい行動で結構である。
あくまでも彼女達に信頼を得るのではなくて自分の身を守る術だったのだが。
「残念な性格ね」
「君達もどこか欠けている」
命に関わる言葉を使わないあたり人の見る目はあると香織と鳴海。しかし変わった人である認識は変わりない。
だからこそなのか彼女の行動は一切読めていなかった。
「でも、何度も言う。立花くんは信じられるよ?」
突然の意趣返しと優しい微笑みに、鳴海は怯んで言葉が失う。
再び疑いを掛けようとしたのに、それでも香織はまるで当たり前のように告げる。全否定をした上でこの言葉は変わり者以上に理解できなかった。
なぜなら香織は笑顔を絶やさず見せていたのだから。
「名前教えてくれたから、信じてる証拠だよね」
「……!」
微笑みかける自信げには、他人に妥協しない鳴海が優しい人であると分かった香織は鳴海に対して信頼していたからだった。ちゃんとした名前の知らない人には信頼しないと。
一日で親しくなるのは有り得ない。
でも、それが不可能ではない限り人は思う気持ちがあれば信じようとしてくれる。
「ちゃんと話を聞いている。それだけでちゃんと会話になっているから」
人の繋がりは会話から始まる。最初は赤の他人でもどちらかが優しくなれたら、少しだけでも心が穏やかになれる。一人一人が生きるためのコミュニケーションは自分を強くする大切な意味を含んでいたのだ。
それが百合の少女でも繋ぐことが出来ると。
「だから、立花くんはちっとも悪くない」
「でも僕は君達を傷付けようとして……」
「そんなの関係ない。あなたは私の目の前にいるもの」
どこまでも広い心でも鳴海がしたことは消えるものではない。けれどそれが許しに変われるものならば、報われる。
なのに彼女達はいつまでも報われないのではないか。
自分しか守る見方をしなかった鳴海は、目の前にいる儚い少女でさえ守ることは出来はしない。疑うばかりの光景に何も救えてない。
彼女の秘密を知っている唯一の人物なのに、どうして気付かなかったのか。
今は、分かる。
誰もが理想とする答えを人のために使う。困っている人を助けるために、それから優しい笑顔を守るために、今まで妥協しなかった鳴海は目の前にいる女の子の笑顔を守るために決意する。
「僕は……」
それ以上は言えなかった。
バチィッ! 首元から電気のような衝撃が迸った。とんでもない威力を備わる衝撃は、鳴海の体を行動不能にさせた。体は痺れて言うことは聞かず、思考も回らなくなる。
(ま、さ……か)
視界が暗く霞む。
そして深く深く闇が呼んでいた。
感覚さえ掴めなくなった少年はそのまま自由を効かずにその場から呆気なく倒れた。顔は伏せまるで魂が抜けたようにぴくりとも動かず、目覚める気配もない。
倒れ方も受け身なしで地面に打たれていた。もしも頭から落ちていたら、命の危機にも発展していた想像は控えたい。
この全ての過程を見ていた香織は驚愕したまま立ち尽くしていた。
「真弓……」
「当然の結果ね」
清々しく長い髪を揺らしながら立つ真弓の片手には、バチバチと乾いた音を鳴らしていく護身用の武器、スタンガンを持っていた。
まるでこの時のために気力を最大に集中してまでも少年を狙っていた。身の危険の感じさせない圧感が、少年と出会う前から放っている事を。
一途に吹く風が不穏にも真弓のみに流れている。スタンガンを持つ姿とは、まるで使い慣れているのか抵抗がない。むしろ絵になってしまうほどの絶妙の美しさを連想させてしまう独特な雰囲気を放っていた。
うさぎさえ逃げてしまう雰囲気。
彼女には信頼性の欠片も微塵にも要らなかった。
けれど直ぐ様彼女は弱々しい足取りと表情を表に浮かべてしまう。
そこで体制が崩れかけた。手元からスタンガンは落とす。
「う……」
「!? 真弓!」
崩れかけた寸前で香織の手助けによって体制が支えられている真弓。香織は少しだけ密着し、勢いで後ろへと後退してしまう。なんとか壁に背を預けてみるものの、力が抜けたように異常に真弓の体が重かった。
尻餅を付いてしまう。
今もなお動かない少年を見てあげないといけないのに。
もし息がしていなかったら。
「ま、真弓。早くしないと彼が……」
最後まで言わせてくれなかった。
お互いの柔らかい唇が触れていた。
途端に広がるミックスジュースの含んだ甘さが広がっていく。微かな吐息は誰にも邪魔されず、響く空間は安らぎを与えてくれる。舌と舌が絡み合い、まるで求めていたかのようにゆったりと時間を無視しながら。
怖かった。嬉しかった。寂しかった。悲しかった。苦しかった。
感極まり、頬に伝う透明の滴は流れていく。
時々聞こえる小さな悲鳴は誰にも届かない。
この先の未来が見えていない不安に押し潰されないよう、確かめ合う愛は止められるものではない。お互いを受け入れて、弾け飛んだ意識は優しい世界に染まる。
染みる痛みは愛情へと変わる。
絡まる。心も、体も。
◆
突然と別れを告げたのは、誰かの携帯端末が鳴ったときだった。
どれぐらいの時間が過ぎたのか分からなかった。昨日という不安から溜め込んだ欲望が心体さえ求めていたため、充分な安心を得た二人は疲れきって静かに壁の方で寄り添って動けなかった。
漏れる吐息はまだ荒い。
「……、そうだ。立花、くんは……?」
目の前に起きた出来事から逃避して、不安から癒すための安らぎを堪能してまでも一つの行動によって、今の現状を見定める。
けれど体が熱くて動けない。
これほどまでに疲労するのには精神面でのストレスなのだろうか。でも、どうでもいい部分の自分がいて頭の中がぐちゃぐちゃだった。
それでも片隅に助けようとする意識はある。
美徳の意識を憚るのはいつも真弓。
彼女もまた疲労が蓄積していて、同じく体は熱く感じ思うように動かない。しかし香織と違うのは気力があるということを。
「駄目……。ずっと私を見るの……」
自分を見て、と言わんばかりの甘い声と香織の視界を覆う気力に為す術もない。
一行に少年の安否についての証明が見分けてこない。この状態において第一に少年を助けるのが最優先だと、現実が徐々に近付いてくる。
その時だった。
どこかに転ぶ展開を吹き飛ばす突風が吹き荒れた。路地裏から吹く冷たい風が吹き込まれていて、まるでこの空間自体が何か呼んでいるように感じてしまう。
嫌な予感しかしない。
明らかにこれは悪い方向しか向いてない。
漆黒の羽根が全てのものを注目させ、羽ばかせる翼は強く空気を叩いていく。叩くことで強い風が生まれ、静かに降下する存在は人際大きく目線を一つに釘つけさせる。
大鴉。
動かぬ者の近くに着地するカラスは翼を広げるだけであっけらかんと人の身長を軽々と越えていた。こちらに向けてくる眼光は、珍しく神懸かりなのか金色の瞳をしている。
その瞳に恐怖を覚えてしまう。
触れてはいけない。知ってはいけない。そして見るものではないと悟ってるかのように。こちらが考えている全てを見通して、覗いてそうな雰囲気に包まれる。神聖な空間を成し遂げるこの公園の治める金色の瞳を持つカラスはずっと香織の瞳を見ていた。
ただそれだけで。
込み上げる恐怖で目を離したら、何が起きるのか分からない。
この身を震え上がらせるほどの異変に、真弓は香織が見えている世界を見据えた。途端に瞳を大きく見開いては怯えていた。それはその人にしか知らない謎の雰囲気が情緒を歪んでしまいそうな。
カラスはそれを見届けていた。
見届けてた上でカラスは虚無に視界を変えた。すると香織と真弓は唐突に体が軽くなった気がして肩に力が抜ける。しかし手の震えは止まらずにいるのは、意味も理由も根拠さえ分からなかった。
しかし思い感じた恐怖が現実へと戻していく。
現にカラスは動かない少年を見ていた。
「……!」
声を出そうとしても何故か出せなかった。真弓も同じで金縛りのような膠着状態に似ている現象に手も足も動けない。意識が現実に取り戻した瞬間に身に感じる疲労感が嘘のように蘇っていた。
体はとても寒かった。動けない体は使うようにならない。
何もさせないままカラスが倒れている少年へと近付いていくのをただ見据えるしかない。少年の行く末を、自分の欲望のために危機に晒されるのは、どうしようもなく後悔が身に染めていく。
転がっているスタンガンに興味はなくカラスはリュックをガサゴソ探しながら何かを取り出した。
見えぬ速さで動かない少年に何かを容赦なくぶつけた。
死角となっていて少年がどんな状態なのか分からない。一瞬で目に捉えていなかったが、あのカラスはくちばしで何かを咥えていたのは明らかだった。
それが、鳴海が二人のために奢る立場になって、自動販売機で当たりを決めた戦利品でもある冷えた黒色の炭酸飲料を口にブッ込まれたのも知らずに。
カラスはガサゴソしてたついでにキャップを開けていた。
口に突っ込まれた途端に口内から広がる甘さと、シュワシュワした炭酸が流れ行き場所を無くしていく。ついに逃げ場所を無くした炭酸飲料は、そのまま喉元まで流れようとしたが流石に無理があったようで。
「ぶーっ!? ……がはっ、ゴホゴホッ!」
炭酸の刺激と喉元から流れ込んでいく勢いによって気絶していた鳴海は違和感に目を覚まし、今の苦しい現状に炭酸飲料を盛大に吐いては咽せた。
「……っ」
普通に立ち上がることに、生きていることに、香織は自身の悔いに押し潰されそうだった。
彼女達に会わなければ危険を伴うことは正直無かった。それが秘密を守るために怖い思いをさせてしまった。結局自分も守るためばかりに目が向いていなかったのだ。
やっていることが卑怯に見えた。
「く……、スタンガンからのどんな仕打ちだ……」
一方で意識を取り戻した鳴海は涙目になりながらも、何とか体を動かしてた。だがまだ首か痛むようで足取りも軽くない。
しかしふと視界を変えたとき、突然と思考が冴えた。
儚い二人がきわどい感じ寄り添っていた。その雰囲気が常識に囚われないジャンルと理解した瞬間、鳴海はスタンガンの仕返しに邪気な笑みを浮かべる。
面白いの見たと言わんばかりに。
「……これはおめでたいことで」
そして香織達が今どんな体制でいて、状況を静観していたのか気付かされた。
◆
いきなりスタンガンを食らう始末になった。
きっと正当防衛として、またはどんな脅しでも対応できるように所持していた。当然どんな状態でも要領よく行使できる立場に成り上がれるための方法。
しかしどう考えても、
「あの殺傷能力、改造しやがったな……」
言うまでもない。スタンガンを所持することは一定の年齢には規制を掛けられていて、本来なら真弓は申告しなければならないが、高校生では扱うのは無理に近い。
というか無理だ。
「そんなことは無いわよ。よくドラマにでもあるでしょう。立花くんのように首元にスタンガンを受けて気絶するのを。だからあなたはごく普通の反応をしたの」
「あれはヒステリー的な展開にするためのただのアクションです。フィクションは前提として本当は気絶しないんですがねぇ……?」
「どうかしらね」
知らんぷりする真弓だが絶対に知っている反応だ。
だがそれを証明する説明ができる鳴海はスタンガンを持ちながら、
「本来スタンガンは相手を脅すための護衛の武器なんだ。受けると全身が麻痺するけど気絶はあり得ない。意識は残っているし行動を止めるためにある。だから気絶するためには電圧を死ぬ手前まで上げないと出来ないんだ。死ぬその前だからね!」
とりあえずトリガーを引く。乾いた音が激しい。
これはもう怒っていいと思う。加減を知らないていうか加減の言葉さえ辞書にない認識で。
「このスタンガン、どっから取り寄せた」
「ふふ、か弱い乙女の秘密、よ」
「どこが乙女だ……」
「この身を守るためだもの、必要不可欠だから」
「背後に忍び寄る辺り亡き者しかねない行為だからなそれ!」
もういい。
この目の前にいる彼女には信じる要素が全く無かった。見た目が綺麗でも確実なり百合の子であり、男は不要の認識だ。さっきから殺気が感じる。全然笑えない。
「え、ええと……」
対して百合でもある程度信頼できる唯一の少女、香織には優しくしよう。しないと真弓のように悪どい子になってしまう。
そんな彼女はどちらを信用していいか迷ってた。どっちも信用するな。
「とにかくこの物騒な物は電池を抜いて……」
これで殺傷能力は消えた。だが詰め替え用なら予備があるのかもしれないので、一様持ってみる。ただの電気按摩はガラクタに過ぎない。
「いつまでも寄り添ってるつもりかな。それから息が荒いのは何故なんだい?」
未だに壁に寄り添う香織と真弓。こういうのは『かおゆみ』と言ったらいいのだろうか、若干顔が赤いので鳴海が気絶してた頃合いから何かがあった事になる。
「組み合い、してた……」
「なるほど。分からん」
女の子同士の組み合いってきゃっはうふふみたいのが想像するが、見ようと思えば醜いと思う。要は喧嘩で男を巡る修羅の道とかギャル特権の物騒しか浮かばない。
ある程度護身術を扱えるであろう香織でも真弓には互角なのか。
ちなみにカラスは手中にある動物ビスケットを投げてはキャッチし食べていた。鳴海しか懐かなく他の人なら寄ることはない。
コケコーラを目覚ましに使ったのは賢いが目覚めに悪い。窒息死も有り得ただろう。
「それでなんで息が荒いの?」
「……話聞いてたかしら」
「聞くよりも疑った方がいいに決まっている。なぜなら死にかけた身だぞ!?」
真弓の事を完全に疑うようにしか見えなくなっていた。それは当然初めて身の危険を感じさせられた鬼畜少女であったから。
「大体監視じゃなくて監禁じゃないのかな」
「あら、じゃあロープに縛りたかったの? 案外そういうの、好きだったりする?」
「その趣旨の事を言ってる時点でアウトです!」
この女、百合な上に重度なサディストだ。鳴海に向けてくる微笑みはまるで試すかのような鋭利な美しさを備えていた。美人だから許されるものなのか。
首を傾けてはしつこいくらいに目線で問い掛けてくるが鳴海は無視。
それに比べて香織は正反対の立場にいた。
「こういうのは無視して、とりあえず物騒な記憶は無かった事にするよ。問題の火種になりたくないし、夜桜さんに失礼だからな」
「え……?」
どこか疑問のある顔を見せている彼女に困ってしまう。
「ほら、メガネをあげたじゃないか。もう忘れちゃった? それでもいいんだけど、僕がほとんど悪い事をしたし言える立場じゃないけど平和に終わらせたい、かな」
本来の目的は平和的に問題を終わらせる事。
それを容赦のない真弓は好き勝手に状況をカオス化にしてしまう。自身の身を滅ぼすような人に親しみなんて必要ない。
「これってもしかして迷惑だったかな……?」
「そ、そんなことない!」
ブンブンと首を左右に振る香織は元から顔が赤い。そういえば真弓も頬を染めていたが取っ組み合いなら壁に背にするのだろうか。
けれどその思慮をどっかに飛ばされる。
香織は精一杯の力で立ち上がったのだ。取っ組み合いで披露している体を動かして、荒れる息を気合いで整えたような勇ましさの部分が見れた気がした。
一体どんな戦いをしたのだろう……。
「……最初は本気で潰そうと思った」
「あ、その自覚はあったんだ」
「でも、話が違うくらいにあなたは優しい人だった。分かってくれるだけでも、私は十分に嬉しい。全ての人が狼の毛を被った獣じゃないって」
「や、その常識はおかしい」
相変わらずその意識は固定されているようだ。ちなみに各学校総合一位の成績の学生がお嬢様高校の文化祭を見学することが出来るらしい。興味あります。
香織は未だに壁に背を預けている真弓を見た。その表情はちょうど角度で黄昏色の陽射しで見えなかった。
「だから私も、真弓もこの事に謝る機会が出来たら……」
深く反省している所を直視してしまえば、鳴海でさえ口を噤んでしまう。責任を感じてる。素直に謝る彼女は誰に対しても慈悲を与えるのだろう。
でもその慈悲は向けるものではないと知ってる。
「謝らなくてもいいよ」
「でも……」
このまま剣呑な雰囲気になってしまいそうな方向性に、あれだけ鳴海を脅していた真弓は微かに困った顔を見せていた。初めて見せる表情に硬直した。
口元に指を触れて考えながら、そして告げた言葉は優しくゆったりとしている。
「ごめんなさい。少しだけ、取り乱していたわ」
(少しの規模じゃないだろ)
静かに立ち上がる。どこか苦いものを飲んだような、苦しそうな顔だった。理解して自分がした事が初めてじゃなくとも今回は酷く心境に傷付いたのか。
本心は分からない。分からないけど儚げな美しさを放っていた。
元の調子に戻ったのを確認すた香織は気持ちが楽になったため深いため息をする。
「はあ……、これでようやく元通りになったところで」
ちらりとカラスを見た。
苦手意識があるのか怯えている。確かに一際体格の大きいカラスなので怖がるのは普通なのだろう。
「……うさぎさんといいカラスといい、手懐けてるわね。た、立花くんは」
「うん、鴉丸は僕しか懐かないんだ」
首を竦める鳴海は半分に割ったビスケットを広場の囲まれた大空に投げていく。
それを鴉丸は大きく翼を空中に羽ばたき、見事キャッチする。
ふと投げた瞬間人が変わったように目付きが鋭かったと香織はそんな気がした。かなりの飛距離を出していることも。少なからず警戒する意識は高めている。
「そ、そうだ。立花くんは真弓に平気なの?」
「……」
話題を振ってみると鳴海は警戒するように真弓には随分と距離を置いていた。
「駄目じゃん!? 悪化したし!」
あれほど言っていた友好的な距離と関係をたもつばかりか、むしろ真弓と鳴海に分厚い壁が現れていた。警戒心が表に出ているのが感付かれ、むしろ真弓も困った顔をしては、こっちに来ないでほしい雰囲気が香織でも分かる。
「夜桜さん」
「は、はいっ!」
いきなり言われたので直立して固まる香織。
その尋ねてきた意味とは。
「可能性の話なんだけど、もしかして藤咲さんはどこかの有名な学生じゃないかな。雰囲気として滅多にいないカリスマ性が感じ取れる。今時の学生とは違う教養を身に付けている、と僕は思う。全ての仕草で読み取れる」
鋭さを増している鳴海はより一層と独特の雰囲気を醸し出しながら語る。その洞察力は磨かれていてずば抜けている。どこぞとない雰囲気に香織は驚いた。
むしろこれが普通の高校生なのか、疑惑が包む。
だが敵意むき出しの真弓には悪い空気を吸っているようで、
「そうね。君、鳴海くんの言っている事は合ってるわ。でも、そこまで分かるような頭脳を持っていないと思っていたの。残念ながら私が間違ったわ。……皮肉に」
カチン。
そう聞こえてしまいそうな鳴海の反応だった。
余計な一言で雰囲気が壊れそうな気がした。
というかもう遅い。
「そう見抜けなかったって言ってるけど、名門校の生徒として本末転倒だよ。もしお嬢様高校ならプライドが昨日の時点で風上にも置けないな。見る目が欠けるかな」
「けれどね、立場としてあなたには権限はないし拒否権もない。私の場合は文字通りのような短気なお嬢様でもないもの。私には、プライドもないのだから、そうでしょ? だってあなたはその目で確かに見たもの」
「だけどそれはそれは個人の問題だろう。見解にもよるし賛否がある。こんな不条理は立場なんてただの個人の見方。賛成してる僕の意見には通用しない」
「帰宅部なら、素直に帰れば良かったのに」
お互いの貫く正義が譲れない形となって、激しくぶつかる。火花を散らすくらいの強い目線が鴉丸には気付いたみたいで、慌てて翼をはためかせては素早く黄昏色の世界へ紛れてしまった。
怖い。でも何も始まらない。
香織は沸き立つ恐怖に負けないように華奢な手を握ってみせる。
二人の間を挟むように香織は言葉を告げてみせる。
「そ、そういう話は無しにしてよ! 余計に空気は悪くなるし場所も変えよう! ほら、明日もあるんだし、後日改めて……」
「そうね。じゃあ鳴海くんの家で話しましょう」
「なんでそうなるの!?」
「僕は絶対に信じないからな」
「信じないってなにより、立花くんが安心して自宅に帰る姿を見届ける、他人に他言しないためにもこれでも配慮してるのよ?」
これには予想外だった香織は顔を真っ赤にした。真弓の行動がはっちゃけてる。斜めいく方向は誰も読める予感がしない。
「監視するだけじゃないの……?」
「それはこっちの台詞だぞ」
ジト目で双方を見る鳴海に真弓は光悦に微笑んだ。
「ふふ、ああ。話というのはね、全て心境で変わってしまうものなのよ。流れが速くて、すごく脆い。だがら自身が満足すればそれでいいのよ」
「……家に上がっていいけど漁るなよ」
「分かったわ」
「ふええ!? どうしてそうなるのかな!?」
すると鳴海はリュックを背負いなおして、
「確かに一人じゃ不安や疑いは拭い切れないだろう。けれど夜桜さんがいるからその心配する必要はないよ。信用しているからさ」
「す、少しは疑いなさいよねっ! 気が狂いそうだわ……」
「じゃあ、ある程度信用する」
「加減じゃないからね!?」
「私を無視するつもりなら、鳴海くん、私を寝所で襲ってきてもいいわよ……?」
「なんで襲うんだ百合め」
膝をくっ付けて少し艶かしい声で告げる真弓にこっちが見ても恥ずかしい。しかし揺るがない鳴海は会話を切った。だが軽々しくその身の危険を晒す行動にイライラしていた。
耐えそうになかったので自力で二人の腕を囲んだ。
そのまま双美公園を抜けていく。
「とにかく行く! 行くと言ったら行くの! 二人に拒否権はないわよ!」
鳴海は嫌そうに難しい表情になるが鋭い言葉は香織には向けず抵抗もなかった。けれど向かう場面ではよく知るために鳴海はナチュラルに先頭に立つ。
「とりあえず先頭に立つよ。流石にこれで表に出たら元もこうもないから」
「もちろん。それでよろしい」
すんなりと離したら鳴海は素直に喜んだ。するといつの間にか真弓は抜けていて、拍子抜けていると真弓は好意なくただ思っただけを呟いた。
「別に私は恥ずかしくないわ。ありのままの自分を見せられますもの」
「自分……、そこはしっかりフード被るんだ。矛盾してるけど」
すると。
フードを深く被る真弓はまるで指摘されたためか一度止まる仕草を見せていた。鳴海はただ疑問を思いながら首を傾げるしかなく、その横顔は捉える事は出来ない。
人を利用する雰囲気がすれ違った瞬間に分かっていたが、この様子は到底知る由も許されない気分が満ちていた。
そして何とも無かったように見えて、トーンは少しは低かった。
「どうしてもこじ開けられない扉があるのよ」
言葉を告げたのちにどこか笑っているような素振りがあった。
本当なのか分からない。
香織も引き締まってあげたメガネを掛け直す。路地裏で見せた素顔ではないけれど、鳴海に見せていた笑顔は隠れてしまっていた。まるで表には表せてはいけないように。
不十分な証明。
謎が謎を積み上げていく。
そこには彼女達に引っ掛かる何かが邪魔していると考えられる。
純粋な愛とか別に、各々の環境の違いが垣間見れた気がした。疑いは消えるものではないと思いながらも、話せる相手だからその一歩が出せるのなら。
彼女達の一歩というのは。
とても追い付くのに無意味に等しいほどの距離なのだろうか。
路地裏を抜けてしまえば、香織と真弓は何も話さなかった。