第六話 その日、少年は理解する。
路地裏を抜けると、視界に広がる双美公園には小さながらも設備が整っており滑り台とブランコがあって、ちゃんと自動販売機が設置してある綺麗な場所だ。座るためのベンチもあり、ちょくちょく立花鳴海も使っており馴染みのある場所は庭でもあった。
流石にこの時間帯には自分達しか誰もいなかった。
ふと思えば昨日行けば良かったと我ながら皮肉に思う鳴海。
どうして行かなかったのかと腕を組んで思考を回転していると、
「へぇ、こんな場所があったなんて」
まるで初めて見るような供述をする夜桜香織はとても目をキラキラさせて感嘆していた。それもそうだろう、読書や昼寝にも使えて現実から隔離された空間を見付けた自分はこの場所を秘境とも呼べるほどに。
そんな場所に対し、雰囲気を変える藤咲真弓は咳払いをした。
「……こほん、本題から逸れたわね。本題に戻りましょうか」
「そうね。とりあえずベンチに座るわ」
指定したベンチに座る美少女二人。十分な空きスペースがあるものの立ち位置に問題があったので鳴海は壁に背を預ける場所を確保。
その前に喉が渇いてしまったので自動販売機の前に立つ。
「何か飲みたい物はある?」
対応が我ながら紳士。
この二人に金を出したくないので最終的に奢る形になった。
訪ねると先に香織が答え、後から真弓が言葉を告げた。
「無糖のブラックならどんなメーカーでもいいわ」
「ミックスジュースをお願いしようかしら」
見た目とは違い分かりやすく好みが分かれている。意外な一面があるのはそれぞれなんだなと無言で頷いてみた。となると二条とか円城は好みもはっきり分かれているかもしれない。
「分かった」
そう言ってみせると千円札を入れては先にミックスジュースを購入。自分は好みに流されてミルクティーを購入。最後に缶コーヒーを購入してみせる。ガコンと鳴り響く中で先に金銭を手に取って財布に入れる。
片手でミックスジュースと缶コーヒーを持っていくと早速二人に渡す。
「……ありがと」
「ありがとう」
相手が百合であろうと感謝されるのは至高のひとときだと思う。まさか美少女に感謝されるとは世界も衰退したと当然。他にいないかと錯覚しかけた。
「奢りだから、気にしないで」
「あ、そう」
「でもちゃんと返さないと」
本当に対照的だなと思えた事は何度もあった。
今の鳴海に怒る要素は含んでいない。
あえて言わないのが筋である。
「いやいや、返さなくても結構だから」
実はリュックのポケットに炭酸飲料のペットボトルをちゃっかり仕舞っていた。当たりはとても嬉しいし微かに元が取れた感じがするのは、この待遇の稀有さによってだ。
こんな日は滅多にない。
ちゃんとしたお断りに、ちょっとだけ不機嫌そうにする真弓は心の優しい人なのか時間が解れるにつれて柔和な笑みを浮かべてみせる。
「ふふふ、ありがとう。この恩は一生忘れないわ」
思いが重すぎる……。きっと彼女は誰かを好きになったら一筋で愛を抱くんだろうなと空想逃避しかねた。そこは現実じゃないのかい。
「そ、そう思ってくれればいいんですけと……」
「思いっきり引いてるじゃん」
「ただの配慮だよ。僕は気持ちだけで十分なんだ、それだけさ。見返りを求める下衆に満ちた人間じゃないし、行動をした結果が大事なんだ。だからいらな……、って聞いてないのな」
無言で香織はプルタブを開けては缶コーヒーを柔らかい唇に触れる。少し顔を上げて彼女にとってベストポジションな角度でコーヒーを喉元に流し込む。
優雅に飲む姿、そう表記したのは彼女の本来の形が綺麗なものであると思ったから。つまり小細工なしにセンスを問わず、見惚れるほどの魅力があった。
星形のメガネの奥に見据える透き通る瞳。
心も無しに惹かれるような。
だが、興味を持とうとしない。そしていつもの日常を過ごすべく、中庸な鳴海は静かにそっぽを向いた。壁に背を預けては暖かいミルクティーを飲んだ。
とても甘い。ミルクティー独特の香りにビスケットを取り出したくなった。
この静けさは意味がなくても誰だって委ねない。
わずかな時間でも自分の時間は大切なもの。
鳴海が二人の視界から外れていることによって、笑みが一段と賑やかになる。それは鳴海がいるから全ての行動が固かったのが、なんとなく分かっていた。
なぜなら、見てしまったのだから。
彼女達は百合だ。誰にも気付かれずにいた空間は鳴海が壊した。真弓にも香織にも平穏な時間があった。その二人しか知らない聖域をいきなり壊されてしまったのだ。
今を浮かべている笑みは、鳴海には絶対に向かない。
「缶コーヒーなのに美味しいわね」
「そうなの? 私もそれが良かったかも」
「ちょっと、味見とかしないでよ……っ」
こうして彼女達なりの世界がある。
明日が平穏で居られるよう、なるべく早く終わらせたい。純白のない女達の本性を知る権利はないのを、鳴海はそっと目を閉じた。
その先にある秘密があるなら、他者から情報を漏洩させないためなら監視されても悪くない。けれど自身の身の危険があるとしたら、話は別になってしまう。
裏が分からない。
それから信用してない点、ただでさえ解決しない可能性だってある。
(平穏で終わらせる、彼女達も望んだ答えだと思う。けれどそうして来ないのは何かがある事なんだろうか。誰にも言えない、絶対的な秘密が)
これからどうすればいいのだろうと、不安が浮かび上がる。
答えが見付からないままとんでもない結末に迎えてしまうんじゃないのかと、ちらついた。
一点を見つめる鳴海はミルクティーの味と風味を充分に楽しめなかった。
もしの話だ。
百合に遭遇した少年が居たとしても、それは仲良くやっていけるのだろうか。無論、あり得ない。なぜならば百合と男共と干渉しないから。そうだ、アニメでは男自体存在しない風に見せているし所詮モブ扱いなのた。
大抵の人は基本見ている側なので、稀有じゃない限り遭遇しないエンカウントは低い。もしかしたら頭上から雷に撃たれる確率よりも無いのかもしれない。
百合を知ってしまった時点でこの意味は後ろめたいものだった。
(それ知ったら後には戻れない可能性まで見えてきたかもしれない。まさか、あの時点から会った瞬間全て)
不意に目線を変えると、そこにいたのはこちらの様子を見ていた香織がいた。
「「……」」
完全に目が合った。その寸前のタイミングがどれだけの効果があったのは分からない。思考は動揺し回転が停止する。そこで意地悪に時間があの光景を思い出す。
それは何の意味があったのか。下手したら意味さえ無かったら答えは永久に謎のまま。
けれど彼女の姿を見たら動揺するしか無かった。
香織は首を傾げて困惑していた。
「……何か用か?」
言葉を掛けるのに時間を使ってしまう。けれど不思議がらないためにも俊敏に回転させた思考の早さは謎の問題を心の隅に置いたからだった。
「……何でもないわ」
特に意味はなかったらしく香織は正面を向いてしまっていた。
再びコーヒーを口に含むとお嬢様学校の気品らしく一息を付いた。そこで、振り向かずに目線だけで彼女は静かに訪ねた。
「何?」
「……いや。別に」
思わず笑いそうになった。
静けさになっただけあって、自分が考えていた事が行き過ぎていたと納得した。何も答えになっていない、自身だけの解決しか見てないなら無意味だって事を。
(そういえば最初からバレバレだった。もしかして後を付いていたのかもしれない)
とりあえず納得する意味を見付ける。
逃避する意味を見付けることで問題を減らしていく。
鳴海が無言の時間が長いため話題も会話さえ出なかった。このまま終わりそうな雰囲気の中で否定したのは無垢な少女、真弓だった。
彼女は笑顔を浮かべながら一度手を合わせた。
「休憩を取った所で本題に入りましょうか。なぜ私達が、これまであなたを執着をし続けて執拗に接していたのか、分かりやすく教えてあげる」
何かが切り替わる、澄んだ声。
どこで何が、そう詳しくはないけれど鳴海には自身しか知らない独特な雰囲気があることは感じ取れている。
それ危機に及ぶとしても目の前の答えは見えている。
承知するため鳴海は心清く頷いた。
これらを見ていた真弓は聞いてくれることに胸を撫で下ろした。昨日まで告げたかった言葉をたかが一日であっても、根に持つ意味がどれだけ重いものか鳴海でも分かるように。初めの一歩が正しいものなのか見通すための。
本題が始まる。
「そうね。まずは重大な要点、ポイントを言うわ。立花くんは一生私達に監視され続ける運命にあるのよ。このことを絶対に忘れないでね」
「......なんだって?」
戯れ言を聞いたほどの聞き捨てならないワードが現したのに鳴海は一心に神経を尖らせた。
言っていたことが皮肉に当てはまる。
遡ると鳴海に干渉し続けた理由が、立派な監視の一環という事なら筋が成り立つほどに。ただ観察の余興に過ぎない程度に、立花鳴海という人間の存在があくまでも自分達に及ぶ危険度を確認しただけで。
行動力が無いのが確信した瞬間に。
少なくとも真弓はその安全に微笑んでいたとしたら。
要するに鳴海の敵。今までの行動全てが思うように動かしていたのなら。
彼女は人を騙すのに長ける天敵だ。
「……それってふざけてないか?」
「ふざけてないわよ」
そう答えるダサい星形のメガネを掛けた香織は不機嫌そうに答えた。しかし鳴海もまた不機嫌でありながら心のどこかでは彼女達が考える男子撲滅思想にグッときていた。
眼光を光らせる。美少女に向けるのも初めてだった。
「監視される根本は大体なんだよ。意味があるなら簡単に話せるよね」
「そ、それは……」
スチール缶のキャップをキツく閉めた鳴海。言ってることが丁寧のハズなのに、含まれるものは計り知れぬ何かがあった。避けられぬ事態に香織は急に顔を真っ赤にする。
何だよ妙にエロい。その要素現にいらない。
「監視される理由はあるなら話してもらおうか。言えないのならそれは公平とは言わないけど。嘘を言う人は大嫌いな主義でね」
「ぐぬぬ……!」
屁理屈でもない真っ当な正論に香織は羞恥と憤怒を含めた表情になっている。まさかと思うが、本当に悲愁で深く考えていたのなら、余計なお世話である。
しかし彼女なりの意地があるらしく相手に思う気持ちはこの中で一番だろう。その要領の広さはその根本を明らかにしてくれた。
大事な事なので二回言います。教えてくれました。
目線を逸らす香織。けれど限界に達した彼女は真っ直ぐ立ち上がった。火山が噴火するほどの顔を真っ赤にしてプイッとこちらに向いた。いちいち動作が可愛いが気にしない。
そこでビシッと指を指して、潤んだ瞳を向けながら彼女は頑張って言葉を告げた。
「い、言うわ。言うわよ! 迷いなく話す! ……あ、あの時アンタが路地裏で、わ、わ、私と真弓が、き、キスをしていた所を見たからなのよ!? こんなの、誰がに知られたら絶対に生きていられない。そうならないために、嫌でもあなたを監視する事になったのよ! ……これで分かったかしら」
香織は疲れたように見ていた。意志を揺るがすほどの言葉の強さに、一撃にして空気が身体中をのし掛かっていく。思いはしなかった現実に対しての些細な苦しみが心を貫く。
鳴海はひたすら言葉の強さに何も言えなかった。
彼女が持つ誰にも知られたくない秘密。その秘密を壊されてしまった傷は一生消えないのかもしれない。大切な何かがあったハズなのに、イレギュラーの存在で全て壊れてしまう。
とても弱く脆い少女の心そのものだった。
取り返しの付かないもの。
それはきっと囚われ続ける糧になってしまう事を。
立花鳴海という恐ろしい存在が、これまでの未来を変えてしまったのだ。
「そうか。自分は……」
何もしてない、とは言えなかった。
たとえ故意ではなくても誰かの人生を変えてしまうその罪は重い。言えないと分かっていながらも時間は戻ってきてくれない。様々な感情が込み上げてくる無上の悲しさに、どうしても無力であると分かった。
ああ、哀れだ。
何かを大切にしようとしたのに、それを見抜けなかった自身の実力不足が今に至る。分かっていたのに、やらなければならない事を咄嗟の理由で逃げていた。
百合に触れてはいけない。
それが分かっただけで、頬に伝う透明の滴が流れていった。
「なんで、泣いてるの……?」
何が起きているのか分からない。意味さえも理解できないほどの飛び抜けた事態に香織は驚愕の感情に包まれていた。鳴海自身でも自分が泣いていることに気付くのが遅かった。
「あ、はは……、なんでだろう」
メガネを外しながら目元を拭いていくがどうも止まらなかった。
けれどその中で笑っている自分がいた。
何故自分が監視されている理由が、彼女達は百合であることを言っているものだった。確信を得るための証明が必要でその一人である香織に言わせてもらった。わずかに浮かんだ歓喜を極まった。
それから後悔も浮かんでいた。
大切な憩いの花園を穢してしまった罪はとても重い。どこまでも許されるものでは無い。過去にすがりたいことも、やり直したいことも、会わない未来が望んでいる。
この世界に好きになるのは自由なのに。
自分はいつまでも縛られている。
これらを見ていた香織は少年の様々な行動を見てきたが、嘘か本当なのか判断しかねていた。けれど見捨てることはできず香織はポケットからハンカチを取り出す。
近くにまで駆け寄ってきた。
「……ほら、ハンカチ貸してあげる」
「ごめん。もう、平気だ。自分でなんとかする」
すんなりとポケットからハンカチを取り出して目元を拭くあくまでも妥協しない鳴海。目元が赤くはならずに済んだが、断れた香織はハンカチを持ったままだった。
「話を戻してもいいかしら?」
「ああ」
そつなく淡々と進む真弓は場所をブランコに移動しても一切の同情は見せない。瞳の奥に潜む何かは鳴海でさえ感じてない。けれど鳴海は少女に泣き姿を晒してもタフであった。
座り台の階段に定位置を獲得してみせると、彼女は心底困っていた。
「素直に黙ってほしい、と言いたいけど………」
「分かった」
あっさりと言ってしまうものだ怪しく思う二人は目で会話をしていた。どれだけ有能な百合なことで。
鳴海は怪訝そうにため息を吐いた。
「あのさ、頼んだ立場なのになんでそんな顔するのかな。疑う事は賢い行為だけど、間違えると相手に対して悪いだろうね」
「言ってることが何も言い返せないなんて……!」
「どこか後ろめたいものがあるんだろうけど、これで信用するとは思っていない。でも確かにこの世の中に悪い人は限りなくいる。どれだけ治安が良くても」
もし目のあたりにした人物が鳴海以外で悪辣な人間なら、とんな人であっても無事にやり過ごすのは困難だ。嫌味に根こそぎあらゆるものをかっさらう可能性がある。
「要は僕が悪い人間であるかの監視、なんだろ?」
そんな極悪な人間なのか確認するための監視。
監視するための人物特定にはいわゆるお嬢様高校の法的執行で他者を束縛する力がある事。
信用しないのが普通なのだ。
なのに真弓は笑顔を浮かべてみせている。
「でも立花くんは思いやりのある人。誰かに言わないと信じてるから」
「その保証は?」
「うふふ、ただの感よ」
鳴海はまだ二人を信用してない。弄ばれるかもしれないと不安は拭えない。それは彼女達も同じことで、その被害を抑えるためには秘密を共有するしか方法はありえない。
決していいとは思えないが、修復する可能性はある。
小さい光が見えた気がした。
「……不公平なのはお互い様なんだな」
笑みを浮かべる余裕はまだないけれど、少しだけでも答えが近付くのなら目の前を見据えるための意味がある。方向性を見いたした鳴海は勇ましい。
「僕は帰宅部だ。今後部活はしないし学級活動もしない。好きに監視すればいい」
誇示するように拳を握り締めて在り方を告げる公論者のように熱く語る。どこまでも自信に満ちているのは自分に隠された秘密など存在しないからである。
これで日常が終わったがな。
学校生活では見せない堂々の雰囲気ブレーカー。流石に立て続けのリアクションに、香織は一段と困惑を含めた。本気で言っているのそれ? 分かりやすく顔に出ている。真弓はなんとも変化なくただ鳴海を見続けていた。
「アンタ馬鹿じゃないの……?」
答えとして、希望に満ちた笑みを返す。
「これが僕の答えだから」
皮肉にこの場を制した。問い詰められても揺るがないその自信がまさか美少女の思考と予想を抑えるとは思えない。ただ、彼女達を自由に行動できる選択をしただけで、これからも禁断の恋心を抱いてもらって静かにしてもらいたい。何で妥協してる?
「まあ、昨日の時点で理解してたし。多少だけど」
頬を掻いて暢気に笑う鳴海。本当に難痒いし安物の参考もアブノーマルな経験もないのだから、彼女達に並ぶだけで一生における問題を出会った気がした。
それを回避出来なかったのは力不足で済んでしまう。
ある意味でとことんおかしい人に遭遇して香織は困ったように頭を抱えた。
未だに恥ずかしそうにしながら、
「あーもうっ! 変な奴に見られたしそれが良い人なのに信じられないわ! 大体、初めてよ。男は狼の皮を被って獲物ように飛び付く野蛮な存在と聞いていたのに、話がちがーう!」
「お宅の授業ってなにをしてるんだ……」
普通に引いた鳴海は、お嬢様高校の実態を近付いてた。そう気がした。
そんな性質は融通は利かない。
「なに言っているの? 人間というのはね、性的行為を求めるのは奥に潜む抗えない本能なのよ。刺激を求めているから愛は生まれ命は育むのよ」
「え、なに言ってんのよ!? というか何その話!? 強制的に向けられているんじゃないの!? あと本気で引いてるし……!」
距離遠いのでポン、と肩を叩かないが慰めの言葉は知っている。
「いやね、思う所は人それぞれだから。一線を越えるくらい君たちは普通、なのか……」
「ごめんなに言っているのかな!? 何が何やらで分からないから!」
「平気だ。恥を表に出してもきっと恥ずかしくないよ。うん。多分」
「爆弾発言したみたいに終わらせている……」
「たとえこっちの思い違いだとしても、それが今に始まったことじゃないから」
「っ、……言ってることが正しいと思っても生理的に受け付けられないわ! どこか見下す感じが! どこにも居そうな辺りのね!」
元々頭脳に長けているのか香織は悔しがりながらも頬を染めている。言えない事があるのか、分が悪い。というよりも敵わない相手だと今でさえ知らないのはどうかと思う。
自信過剰なのかな。
なんて思っていると、ブランコに乗っている真弓が尋ねてきた。
「立花くんは賢いのね。ズバリ言うところは香織の苦手な一面なの」
「犬みたいに扱いに聞こえるけど。いや~、……直感です」
「絶っ対に嘘ね! 有り得ないしどうしたらそこまでの読めない行動が出来ているのよ。ロクな環境じゃなかったらたたじゃおかないわよ」
「自分の事も言えてないのに。ただ帰宅部だから勉強に励んでるだけさ」
「わ、私の場合は……!」
何かを言おうとすると香織はこちらに近付いてきても所々で言葉が引っ掛かる。
単に恥ずかしくって言えないのに言おうとする姿勢が逆手に取って怖い。
「言わないていいよ! 恥ずかしいからね! 仕方ないな!」
「また上から目線で……っ!」
「いや身長は同じくらいかと」
「少しだけでも劣っているなら私はそれでも嫌なの!」
「とんでもない発言来たー!」
勢いと勢いが衰退することなく事態は斜め上に行く感じがするのは些かいいことではない。むしろ自分が現在何をしていることにも疑問を抱く。
取っ組み合いをしていた。
互いの両手を掴み合い、ひたすら体重を掛けて押し戻す。意味のない戦い。
「どうしてこうなった!?」
「知らないわよそんなの! 相手がどうあれこの戦いに勝ってやるわ! そしたら無条件にアンタを何でも命令してやるんだから!」
「とんでもない発言来たー!」
言ってることがとんだ横暴にして最悪のシミュレーション。鳴海は当然負ける訳にはいかないが、力を掛けてもなぜか展開が動かない。そう、まるで動いた物を反射的に狙う本能を持った獣のように。
つまりどちらかが動かないと始まらないのである。
鳴海がそう思えば香織も同じように考えている。相手が何を考えて行動してくるのか逃さないために目を逸らさない。拮抗し腕は震えている。この光景は高校生であることを疑う。
知ってか知らぬか真弓は謎をちらつかせながら微笑んだ。
「ふふふ、仲睦ましいわね」
「絶対にあり得ないわっ!」
「哲学にも無いから」
「息がピッタリだと思うけれど」
ほぼ同時に二人が振り向いた辺りますます面白そうに笑いながら見ている真弓に気にしてる必要は無い。
利き腕で引こうとすると香織も仕掛けてくる。
という事は。
「ふぅん、護身術を身に付けているのね」
「……ただのまぐれだよ」
過去歴がどうであれ、お嬢様高校は護身術を学ぶようだった。ある意味鳴海に立つ事が納得がいくが、香織はかなり強い。一歩も動じない構えは角度とテンポによって相手の流れを寸断するために思える。
しかし、状況はこちらも同じで有利に思ってる。
ダサい星形のメガネとクールリッシュなメガネを掛けた二人はレスリングのように動かない。鳴海はリュックを背負っている条件付きだが、対して香織は特に持ち物は無い。というか黒バックはどうした。
そこまでの疑問が浮かべる理由に二言も言わない。
「……どうしたの、いきなり黙って」
メガネの奥で黙っている鳴海に何かを感じとる香織は怪訝そうに首を傾げた。それはもちろん、彼女はこの場所を初めて来たようだし何が起きるのか予想はしてないだろう。
何かを発動するように目を光らせた。
「……奴が来る!」
「え、ちょっと何が……」
その時だった。
ガサガサガサ! 深い草木の中から明らかに謎の音がした。それがだんだんと近づいてきては草木を揺らしていく。謎の音は不安定はタイミングで鳴らし続けていく。
そこで唐突と静寂がやって来て、聞こえなくなる。
「……な、何?」
取っ組み合いをしてる場合ではないのに負けるのが嫌な香織は離してはくれない。
微かな隙が生まれたが、鳴海は仕掛けてこない。
ある一点を見ていた。
草木の方からだった。
黒いモコモコした塊が勢いよくこちらに向かってきた!
「いやぁああああああああああっ!?」
途端に香織は叫んだ。
涙目になりながら、取っ組み合いを突飛に終わらせてはいきなり視界に入る人物にすがり付いた。その人物が両腕を拘束された鳴海なのだが、黒いモコモコに集中して分からないようである。衝撃でメガネがズレた。
「ぐふっ」
それから別の所で謎のダメージを受ける真弓。
もはや意味不明。
雰囲気を壊し空気を無視した黒いモコモコは鳴海の方を向いた。香織は小さい悲鳴を上げたためか黒いモコモコはじたばたしていた。ぴょんぴょん飛んでいる。
拘束された鳴海は窮屈で、暑苦しく感じる。締め付けられている状況なのだが、その感触は痛くない。というかクッションのように柔らかいが、邪魔だ。
「あのさ邪魔だよ。離れてくれないか? 痛くてしょうがないんだよね」
「……え、あ、うん」
急に冷たい態度で告げる鳴海にすんなりと離れる香織。メガネを外して歩く鳴海は黒いモコモコに近付いてはしゃがんでみせる。黒い袋を簡単に取り除いた。
真の正体とは。
耳をピーンと立っていて、鼻を動かしてはセンサーとして働いている。日本では着きに餅を撞くイメージとして認識してる動物。
「うさぎさん……」
「何で都会にうさぎがいるのかしら」
「小さなトンネルがあるからだよ。そこからやってくる動物は人に慣れている。お前は鼻が利くんだな。人参は流石に持ってきてないのに」
うさぎ頭を優しく撫でる。しかしうさぎは何も言わないので能面のまま。
ムササビは出なかったがうさぎが来た。聴覚と嗅覚が優れているのか双美公園に来ただけで遭遇する確率は非常に高い。
今回は袋を取り除いてほしかったのだろうか。
なんて思っていると視界に入ってきたのは横にいた香織だった。まるでうさぎを抱えたいと言わんばかりに両手を伸ばしているではないか。
その姿はそう、母性に満ちている。
「うさぎさーん、こっちにおいで~」
もはやデレデレしてる。間近で見る笑顔は心底を越えて満ちた顔はどこまでも可愛らしい。態度と待遇が変わっていることに、そっとしておく鳴海。見なかったことにしよう。
それなりのかシンパシーがあったのかうさぎは香織に振り向いた。
たったそれだけの仕草で、
「か、可愛いっ!」
ほんわかしてお花が咲いている彼女が百合だと知らなくても残念は男子は癒されるのだろう。しかし彼女は正真の百合である。それからその顔はダサメガネで隠れている。見るにしたら、ただの変人だった。
能面うさぎはそっぽを向いた。
「ガーン!」
(まあ、そうなるのか)
香織を無視しては鳴海を見る。お礼の意味なのか別れとしてぴょんぴょん飛びながら向かった先は、ブランコに座っていた真弓に寄ってきたのだ。そこでジャンプして太ももにちょこんと座ったのだ。
「あら」
何の違和感もなく真弓はうさぎを撫でる。撫で続ける。鳴海の動作を見たからうさぎの手懐けには分かっているようだ。見分ける力もあれば慣れている。
(アイツはオスだからな。仕方ないね)
決してスカートを見ているのではなくてうさぎを見ている事を承知したい。
とりあえずその場でうずくまる香織を慰める。
「きっと人参が一本も無かったからだよ」
「そうなのかな……」
スルーされた! 分かりやすいものなのに突っ込まなかったのは重度のショックなのか。だがうじうじする少女は見たくもないのでここは振り回すカードを引く。
「あ、話変わるけどメガネあげる。それはダサいよ」
「え……」
話題を切り替えた事で向けるべき所に移す。このダサい星形のメガネでは明らかにおかしい人に見られてしまうので何とかしていけない。
条件はとっくに決まっている。
「僕が勝ったから、最初で最後の命令。メガネをきみにあげる」
今更自分が言ったことを思い出した香織は猛烈に顔を真っ赤にした。にこやかに、それも完璧に決めた鳴海は触れてはいけない彼女のタブーに抉じ開けているのだから。
何を言おうとしても揺るがない。
「僕が勝ったんだよ」
確かな勝者として色褪せない鋭い瞳を見せる。
相手がお嬢様高校の学生でも生粋の百合であっても、もっと綺麗になれる。そう確信してる理由は単純にあのダサメガネが悪い。自分を隠してるようでは自分に悪いのだから、広い世界を見せるためならたとえお節介でも見逃せない。
それが人助けって奴だ。良いことをしてる感覚が素晴らしい。
「……分かったわ。いずれそうなると思ってたし」
半分は諦めて、半分は認めた。そんな曖昧な反応だった。ダサい星形のメガネから見せる瞳はまだ本来の姿を見ていない。
鳴海は自分のメガネを香織に渡した。香織は素直にそれを受け取ると、肩に掛かる髪を払いながら掛けていたメガネを外してみせる。
一瞬だけ、目を疑った。
目の前にいる少女がこれほどまでに可憐と秀麗な容姿で、会う人は男女問わず見惚れてしまうほどの姿。鮮やかに光を灯す澄んだ瞳。生きている中で、絶対に会うことはないであろう存在が目の前にいるのが否定してしまうほどの綺麗な女の子だった。
絶望という奇跡に言葉を失う。
香織は掛けていた自分のメガネを口に咥えては鳴海のメガネを掛けた。
するとどうだろう。怪しさと胡散臭さが無垢に消えて瞳が鮮明に見えている。どこか知的で可愛らしさも壊れていない。こんなイメージに変化を遂げるほどの、鳴海がした行動は間違っていないと自信を持って言える。
だから、彼女に会っても悪くなかったって思える。
当の香織はとてもびっくりしていた。回りを見渡していて、落ち着きがない。
「……度が合わなかった?」
すると香織は鳴海に振り向いた。
「いいえ。はっきりと見える。この場所も、……立花くんも」
百合少女に言われても揺れないのだが、瞳が輝いていて、こちらが少し驚いた。人助けになれた事は本当に良かったと胸を撫で下ろす。
「そっか」
それだけで幸せそうな笑顔を守れるなら彼女の些細な願いは手助けをしてみせる。
しかし対照的に真弓の反応は疎かった。至って変わらない微笑みだが、少しだけ違和感を感じてしまう。誰とも関わりのいらない人間でも理解できてしまう疑問。
目が笑っていない。刃物ように鋭い印象が残った。
「藤咲さん……?」
彼女に一体何を浮かべているのか全く分からない。ほのかに感じる優しそうな笑みが邪魔してきて潜む裏が捉えきれない。きってその中にあるのは、謎にして彼女の触れてはいけない何ががあるという事だ。
た触らぬ神に祟りなし。
「あの、さ」
声の方へ振り向くとメガネを掛けて一段と綺麗になった香織様。その表情は一様の形で尋ねてきた。
どこか言いずらそうにしてぎこちない。
「に、似合っているかな……?」
照れ隠しを紛れるために頻繁に瞬きをしてる香織は態度が一変している。どこか恋人の相談を受けているみたいだ。何で相談相手なんだよ、ああそうか恋人は女の子だったかーって流れにはらない。
とにかくして似合うに決まっている。
すでに確信している鳴海は素直に頷いた。
「うん、似合ってるよ。僕にはもったいないくらいに」
「本当にそうかな……」
「本当に綺麗だよ。さっきのメガネで分かんなかったけど」
ド直球な発言ではないのに香織はもう一度顔を真っ赤にさせてしまった。地雷は踏んでないのにあれ、褒め慣れていない? 普通言っただけなのにちょっとだけ困る。
渡し船もない選択に困っていると、いつの間にか真弓が寄ってきた。
こほんと咳払いをしながらも片手にはうさぎを抱えてる。
「本題に入りましょうか。時間が足りなくなるといけないから」
「あ、ああ」
周りの温度か一気に冷めた気がした。その冷気で冷静になる。
「つまり、その秘密を知ってしまった僕は、誰かに他言しないように監視にも近い形で君達は見ていると。もちろん、こっちが言える立場じゃないけどね」
友達と呼べる人はいない。けれど友達を必要とはしていない。
好きで人助けをしているつもりはない。困っている人がいただけのこと。彼女が言う監視が続こうが、信じようとしなくても少なからず鳴海は彼女達の行動なんて興味がない高校生。
目の前にいる存在が男でも女でも、敵であるならば関係ない。
たった一日だけで友好になるのは偽りだ。そんなにこの世界は甘くはない。せめて彼女達に人の怖さを知らしめなければ、この先にある景色は何も価値がなくなる。
だから鳴海は彼女達に慈悲を与えない事にした。
その浮かべる微笑は言葉とは反しながら、美しい世界を試した。
「それでも僕は、君達を信じる必要はない」