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欠落百合姫のステイルメイト  作者: 島村時雨
第一章 立花鳴海の一週間
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第四話 さよなら日常

 靴を履き替えるときに鳴り響く乾いた音が無人の廊下にまで広がっていく。


 そうして昇降口を出る立花鳴海はこんなにも学校に居たことも、遅く出できたのは初めての事だ。入学式から一番乗りで正門を潜ったのはまだ記憶に新しい。コミュニティーを築かなくたって学校生活は過ごせるのだから。


 だが学校に残っても相変わらず昇降口は静寂が続いていた。人気はなくとも微かに聞こえる活気が小さい。


(彼らには、彼らなりの生活がある)


 背を向ける鳴海に思い残りは存在しなかった。


 帰宅部の有限を決めるのは部活をする学生の補強。つまり勧誘だ。素質のある学生が帰宅部である事態は些かいいとは思えない人が限りなくいる。特に才能の欠片もない鳴海はどの部活に入部しても、全く意味が無い。


 だが、勧誘はこれで終わったりしない。


 秩序を維持する生徒会。正義を貫く風紀委員会などの組織的な特別活動。特に目を付けた三年生が人材として狙っている。単なる人材の確保たるための手段。決して揺るがないし、守るものがあって所属する余裕もない。


 今の環境がとても楽しいから。

 そこに興味があるならば、演技をしなくてもいい。


 自分がするべき道に進むだけ。

 これが全てだ。


 肩身の苦しい空間の中、もがいても事態が打破しないだけなら、時間が可哀想に思えてくる。鳴海はただ自分が一日で出来る限度を確かめる事だ。そのための学級活動に加担しないのは、自分よりも優れている人物を知っているからだった。


 もちろん、隣の席に座る二条類子である。

 きっと彼女に託せばこの高校はさらに改善しつ綺麗になれることだろう。


 つま先を叩く。向けられる道はたとえ修羅でも踏み出す一歩は軽く、それでいて強い。太陽の陽射しが伸びてきて、当たり前の景色に紛れる。


 正門を潜れば、道なる世界が始まる。


 そして浮かび上がる光景に、鳴海は少し絶句しかけた。


 体育館の周辺を周回している陸上部やバレー部やらがランニングをしてる途中だった。一生懸命に部活を尽くしているハズか、蚊帳でも引き寄せる特別な何かがある事を。


 それからなぜかいた野球部の一部もそれに注目していた。


「何あの感じ、オーラが凄くない?」

「ちょっとどこの学校の生徒? 容姿が全然敵わないじゃん」


「お前知らないのか? 秀麗学院だろ」

「誰だよ彼氏、五十歩百歩メガネのセンスの無さwww」

「けれど片方は普通だな。つか目付きがスゲェ怖ぇよ……」


 何も一切寄せ付こうとせず、圧倒的なオーラによって客観的だった部活をする学生の目線を返させた。むしろ人を寄せ付けないほどに、正面を向かう人間が誰もいなかったことが現実という流れが曖昧に信憑性を欠けていく。


 薄く薄く伸びるように、軋轢が蘇る。

 昨日の邂逅が脳裏に浮かぶ姿が正門にあった。


 胸元を光らせる不死鳥のエンブレム。それでいてトップクラスに入る名門校の制服。またしても無作為に吹いてくる風によって揺れる長髪を払い、端麗にして微かな童顔を見せている。しかし掛けているメガネが雰囲気を壊していた。


 実にセンスがダサい。なにこれダサい!

 何せ星形のメガネだった。


 それを浄化させるように正門に背を預けている黒髪でロングの少女は瞳を閉じて静かに腕を組んでいた。フードと短パン、それからスニーカーとスタイリッシュに決めている。帽子とサングラスは無かったが、透き通る顔立ちが明らかになる。


 だが注目したいのはそこでは無いのは、この状況にある。

 真っ先に疑問が頭の中から迸る。


 どうしてこの学校に立花鳴海が現存していると理解していたのだろうか。


(なんで彼女達はいるんだ。特に特定される要素が無いのに。分からないな)


 答えが見付からなかったのは、無慈悲にも瞳を閉じていた無垢な美少女が目覚めるように聞いていたからだ。向けられた目線が嫌にも目が合う。ほのかに覗かせる澄んだ光は、誰もが見ても心を鷲掴みされるものだろう。


 しかし奇跡的に耐久があるので鳴海は怯まない。


 目が会った瞬間、初夏に越していないのにこの身の毛をよだつ冷気は謎だった。だが鳴海はこれで怯えず後退しようとして振り向こうとした。昇降口との距離があって隠れることも出来ず、ただその場で身構えるだけだった。


「くっ……!」


 どうしようもない状況に対して苦悩に満ちている。

 まさか、根本と目的が間違えていたなんて。


 すると星形のメガネを掛けた変な美少女は、無垢な美少女の向けられるただならぬ視線と気配に気付いたのか、特に顔色がすこぶる悪そうな少年、鳴海を見付けた。またしても立場を逆転して虚ろな瞳と力強い瞳が交錯する。


「え、……あ、いた……っ!」

「あちゃー……」


 あたかも昨日の出来事を再現しているように思えていた。星形のメガネの奥に見せる鋭い眼差しと、頬を朱色に染めている事。そして、この位置でも分かる強い殺気。間違いなく闘争心を働かせ、許せない気持ちが表に出でいる。


 何より正門から近いためか制服姿の美少女は実に行動が早かった。

 乙女では出せない速さで駆けてきた。


「見付けた見付けた! やっと見付けたわよ! 観念しなさい。貴方はどう運命に抗おうとも私の前ではもう逃れられない。服従するレベルよ!」


(いやいや、服従されたいド変態じゃないんだけど……)


 まさか校内に入るとは想像してなかったし、そもそもこちらの情報を持っているとすれば、お嬢様高校の学生は権力ながらの力があるという訳だろう。当然、敵う相手では無いのが分かった所で何の意味もない。


 降参、参りました。


 これは両手を挙げるしかない。

 妙に引っ掛かる部分があるが状況がそれどころではないのだから。


 どこまでも懲りずに羞恥が沸き立つのか制服姿の美少女は鳴海の挙げている手を強引に華奢な手が力強く握ったのだ。


「ちょっ、ま……!」

「絶対にあなたを生かしてはおけない……っ!」


 隠しきれない殺意を十分に感じてるだけに、たった一つのエフェクト音で雰囲気が変わってしまうのは、皮肉さを感じ、または状況を脱線させる。


 パタン、と。

 存在さえ忘れていた文庫本が不意に地面に落としてしまったからだ。


「あっ……」

「あ」


 先に声を漏らしたのは制服姿の美少女だった。今更気付いたのか声を出した鳴海は、角ではなくて表面に落ちたことで多少の安堵を保てた。ブックカバーがなければ傷付くのが確定ものだ。


 しかしながら籠った緊迫感が事態を悪化。


 当の原因をもたらしてしまった制服姿の美少女は心思いがあるのかすぐに掴んでた鳴海の腕を離した。後退してその込めた握力を、何かを思い浮かべながら。


 鳴海も悪いと理解している。


 周りをよく見ていなかった。気を取られていたのはこちらだろう。実に浮かれていて、それでかつこの状況になるのを読めなかった原因がある。というか未だにメガネを掛けている事を忘れてた。


 軽すぎて分からないのも苦難である。


 とにかく鳴海は自分が持っていた文庫本を拾うとする。何も始まらないのが普通の定理なのに哲学が呼んでいる。所持するだけで武器になってしまうのだから。


 しかし、文庫本を拾う事は出来なかった。


 なぜならば、いつの間にか無垢の美少女が先に文庫本を拾っていたからだ。

 彼女は肩に掛かる髪を払いながら、


「はいどうぞ。香織、少しは礼儀よく冷静になりなさい。この状況において人に見られていたら非難されるのは彼ではなくあなたの方よ」

「そうなのかもしれないけどっ!」


 まだ争うつもりなのか香織というダサい星形のメガネを掛けた変な美少女は吠えた。ちゃっかり彼女の名前が判明した。というか少しだけ抜けているから重圧が減っている。


 なんていうか。

 一瞬で気が抜けてしまう脱力感があった。


 鳴海の肩透かしにも知らずに無垢な美少女は再び鳴海を見た。

 そして和やかに微笑んだ。


「ごめんなさい。唐突だったよね、君。いきなり掴まれては怒鳴られたら誰だって分からないもの。これは決して君が悪いものではないから。少しばかり許してくれるとありがたいな」


 対照的にこの人はちゃんと会話ができる人間だった。

 何よりも会話が通る常識人を保っているのが素振りでも分かるような。優しい微笑みを掛けてくれる端麗な容姿の人に声を掛けられる人は、きっと得したと疚しさは消えたりしないだろう。


 だけど鳴海は否定する。これはあり得ない気がしてならない。

 不気味に思える心境が消えない。けれど裏表が見付かる訳ではなかった。


 流石に人と会話をするときはちゃんとイヤホンを外す鳴海。学校とは違って噂が流れてたら即座にノックアウトなので悪い印象を持っていきたくない。


 拾ってくれた文庫本を手に取りながら慎重に首を左右に振る。


「自分も曖昧な反応で……、ごめん。悪かったよ」


 いきなり、見ちゃいましたごめんなさい許してください。

 なんて言える度胸が足りない。


 あの問題を言わない事にまだ命が残っていると言わんばかり。想像に尽きるけれど、絶対に制服姿の美少女に首を掴まれては絶命してる所だった。


 命が幾つあっても足りない。

 というかやり直せない状況なんですけどね。


 鳴海の軟弱な対応だったのか完全に煮え切っている制服姿の美少女は、それでも懲りずに苛立ちを歯噛みする。限界が速すぎて彼女は問答無用に胸ぐらを掴んできた。


 声が出なかったのは眉間を寄せる表情は殺っているレベルだ。


「その反応、うじうじしくてうざいわ!」

(もうどうすればいいんだよ……)


 抵抗したらきゃーお巡りさんコイツです! と言える肝が座る女の子だ。その前に名前も知らない男子に果敢に挑むなんて初めて見た。


「それ以上、手を離しなさい」


 暴走を阻止する役目を担う無垢な美少女はキスをするほど親しい仲であろう。いや、決して女の子通しでキスはしないのが普通だと考えられる。あくまでも偏見ではない。


 中庸的な立ち位置にいる事に鳴海は疑問がまたしても浮かぶ。その疑問が当てはまるとしたら、これは一体なんのためにあるのかさえ、謎に包まれる。


 昨日の出来事。

 的確に美少女同士がキスをしていた時間帯。


 まるで今の行動が瓜二つまとまらない。


(あ、あれ? 百合ってこんなのだっけ? 想像とは違うけれど)


 無垢な美少女の冷たい目線と鋭い言葉でこの不安定だった雰囲気が一変して何もかも消していく。制服姿の美少女も名残惜しそうにしながら粗く手を離しては振るう。


 しかし、彼女はまだ敵意が消えていない。


「コイツに権限は無いのに……!」

「考えなさい。ここは彼が通う学校の敷地内。暴力と恐喝を行使すれば忽ち公務員が現れるわよ。それから彼は実績何もしてないからセクハラにも何も当たらない」


「けれど黙らせないといけないんじゃないの!?」

(黙らせる!?)


「賢明な判断じゃない。香織は手段と行動が何も見えていない。片手しか空いていない相手に倒せるなんて甘いわ。というか単調過ぎてる。平常心でいられないのは知ってたけど」


 口論。親しいからこそ言い合えると思っていたが、全く別みたいだった。


 なんていうか。

 単純に合わない。思考が違う。意志疎通も無い。


 鳴海にはメガネを仕舞えるほどの時間が余るほど蚊帳の外にいた。あの二人が自分の主張を述べている光景を目のあたりにする。とても痛いものを見てる。昨日もだけど。


 見るに耐えない光景に、鳴海も限界だった。

 特にクラスメイトに見られたくない心境が強く、他者にさえ見せたくない。


 なんとかしてこの唐突した空気を鳴海は変えなければならない。平穏を暮らすためになるべく人から避けているのに、噂が流れれば全て終わる。せめてこの三年間を越すためにも、鳴海は怖さ知らずに二人の間を割る。


「何なら場所を……」

「あ?」


「……場所を変える事だけだろこの短気アホが」

「あ、アホって……!」


 威圧を倍返しにする上位スキル(ただしこの後何が起きるのか見当もつかない)を見せ付けたが、それを反応もなしに無垢な美少女は言葉を告げる。


 首を傾げては正門に向けて指を差す。


「君の言う通り。私が一番言いたかった事を言ってくれたのは正しい。香織はね、熱が入ると人の話聞かないから。とにかく、まずは正門を抜けましょ。それから適用な場所を見付けた後、改めて私達が君に会いに来た理由を教えてあげる」


「理由か……」


 なるほど。彼女達は瞬間的な極彩にすることを望んでいない。この場にやってきた理由が対話というジャンルのみしか選んでいない。


「う、路地裏でもいいでしょうよ」


 対してこの制服姿の美少女は何を言っているのやら。路地裏とかトラウマになりかねない。

 致し方なくここは牽制するしかなさそうだ。


「僕に考えがある」


 心気改めて、アホ毛を無意識にレーダーのようにピコピコ反応する。そんな感じがした。突飛に会話に入った事で、無垢な美少女は一瞬目をぱちくりさせて、対して制服姿の美少女は相当気に入らないのか素直に嫌な顔をした。


 やがて声を出したのは、無垢な少女だった。


「へぇ……」


 微かなジト目が艶かしく見える。どこか誘うようで、弄ぶように。


「君って以外と……」


 それ以上言わなかった無垢な少女は微笑むだけだった。込められた意味は興味は無かった。ましてこちらの生存を維持していくのがやっとのこと。捕まれる行為はこんなに疲れるとは思いませんでした。


「近くの公園、そこなら誰もいないし入ろうとしない」

「双美公園ね」


「知っているなら助かるよ。何せ、夜な夜な出る場所だから」

「え」


 素っ頓狂な声を発した制服姿の美少女、香織。ついでにダサい星形のメガネ。確かに背筋が凍る感覚に陥るものがあるのかブルッと体が震えていた。


 もしかしたらこの娘は……。


「ななな何が出るのよ!?」


 分かっていながらも質問をしてくる彼女は意外と臆病なのかもしれない。痩せ我慢。それから無茶ぶり。とても分かりやすくて、百合なのに可愛げな所がある。


 流石にやられた身なので、人を苛めたくなる衝動が走る。


「何が出るかって……?」


 不敵に微笑む鳴海の姿を見た制服姿の美少女は顔がすーっと青ざめては、産まれたばかりの小鹿のようにガクカグ震えていた。


 けれど拍子抜ける言葉と笑顔が返ってきた。


「ムササビだよ」

「そ、そんなの可愛い動物がいる訳ないでしょ、ここ都会!」


 正直に言ってみせたのに制服姿の美少女は力押しで反論した。明らかに信用してない証拠である。けれども行ってみれば分かるので鳴海は黙ってみる。


 代わりに解釈したのはまたしても無垢な少女。


「居るのよ、本当に。誰かが幽霊がいる噂を広げたから寄せ付けないのよ。人気の無さに野生の小動物が集まるの。そうでしょう?」


 昨日黒ネコの後を追い掛けていたのを見ていたのか無垢な少女は鳴海を見ていた。優しそうな笑みなのに目がそうじゃない。なにそれ怖い。


 何の根拠で把握しているのか知る由も無いので、急に焦る鳴海は即座応答。


「か、神様に誓ってまでもいるよ」

「そぉーなんだぁ」


 馬鹿にした風に納得する制服姿の美少女は、鳴海を信用しない人なんだろう。


 もしかしたら他の男子とか全く話せない、とかだったら男女均等社会で生き残れないだろう。あ、宝某なら男役を勤められそう。何故男役。


 とにかく対面して会話をする(会話してない)のは初めてだろうが、やっている事はあっち自体の方が問題なのにと指摘しない部分はまさに紳士だった。


 だが一生分かり合えないだろうな。

 多分、百合的に。


 なんて心境を読み取られたのか、それとも表情に現れていたのか彼女はずいっと鳴海に向けて指を差したのだ。それはまるで威厳のあるお嬢様の風格が混じっていて、いかに正義だという事を強調するように。


 目が合った途端、気迫と力強い瞳に鳴海は小さく怯んだ。

 これ以上にない強い笑みで布告する。


「もしも、あなたが嘘を付いたとしたら、その生活をバラバラにしてあげる。それから昨日の事を他者に告げたらどうなるか、言わなくても分かるよね? その答えは、あなたの存在自体を抹消するから」


「生きている環境が違う上なのに拒否権の欠片も無いのか……!」


 思いっきり稲妻を撃たれたような壮大な衝撃さでも、彼女達の行動は留まるつもりはないらしい。


 いつの間にか気配を消していた無垢な少女に捕まった。

 恋人つなぎで。


「なぜ恋人つなぎなのかよく分からないんですが」

「これから長い付き合いになるもの。きっと素直になれないと色々危険かも」

「ですよね! じゃねーよ、どんなシミュレーションなんだよ」


「理解しがたいって顔してる。難痒いものね」

「他者の心境を啜っても楽しくないでしょ」

「けれどしてほしいって思ってる」


「違う違う。僕は早く正門を抜けたいんだ。知っている人に見られたら、こっちだって問題が起きてしまう規模なんだ。人生は一度切りだし、捕まっても困る」

「話変わるけど、君の手って意外と冷たくて細いね」


 突っ込みどころ満載でどう反応したらいいのか分からなくなってしまった。


 微かに温もりを感じる華奢な手は優しく握っていた。あの力強さたる握力とは全然違う。しかし嬉しくない。ドキドキもしてないのはあくまでも彼女が百合だったから。


 初対面の顔合わせのハズだ。こんなにスキンシップで来るなんて、抵抗感を覚える。


 どうしてだろう。心が浄化しない! むしろ悪寒がする!?

 そうさせないのが制服姿の美少女であり、あらゆる物を奪っていく。


 袖を強引に引っ張り、無垢な少女を引き剥がした。もちろん助かったのは鳴海。ため息が出そうなくらいに感謝していた。


 ムチとアメとムチだ。もちろん慈悲はない。


「さっさと行きましょ」


 あくまでも素っ気なく。


 まだ前哨にしか過ぎてないことに誰も気にする要素が、この時足りてなかった。そればかりに、これから始まるものは当たり前の景色を徐々に崩していく方向に進んでいるのを、ひたすら待っているものだ。


 始まる。皮肉に誰も得に値しない醜い生き様を。

 それを変えるための選択肢が幾つ扱えるのか。


「あのさ」

「……何よ」


 不機嫌さを拭えないままに制服姿の少女はそれでも鳴海を聞く権利はあった。そこで鳴海は正門を潜り抜けたとき、何も失うものが無い瞬間が生まれてることを見逃さない。


「きっと気付いてるかもしれないけど、立場として間違ってた。脅迫出来るのは実際、僕の方なんだけどね。ホントに君は凄いよ」


 覆すように立場を逆転させたのだから彼女達の実力は正しく本物だ。何も出来なかったのは、脅迫に脅されたのではなく技術の部分にだ。


 凄いと思った。

 だからこそ賞賛の意を告げたのに、制服姿の少女、香織はこちらの顔を見た。

 首を傾げてる鳴海は頭上にはてなマークが浮かんでいる。


「おかしなことを言ったかな?」


「ち、違うわよ! そのぐらい分かっていたわ! まさかそう逆手を取られていたら私達の身の危険が迫っていたなんて、そうならないように工夫してたんだから!」


「……何そのツンデレ。妙に引っ掛かるな」

「うるさいわね。行くわよ!」


「ちなみに、場所は知ってる?」

「し、知ってるもん」


「あー、これは知らないみたいだね。エスコートするから付いてきてよ」


 反論も無い。してやったり。

 制服姿の少女、香織は顔を真っ赤になりながらもやがて素直に鳴海の側を歩いてる。


「変な所に連れて行ったら、許さないからね!」

「何でそうなるの……」


 これはもう結論付けることにした。

 言えるとしたらこれだろう。


 彼女達は百合であり他者は触れることはない。だが、それが欠落していたら禁断の花園という幻想をこわされてしまう。壊した愚者は神様が作り出した支配さえ歪む。


 愚者と拮抗する欠落百合姫は誤った道に進んではいない。


 まだ見ぬ新天地へと見据える世界に移しただけなのだから。

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