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欠落百合姫のステイルメイト  作者: 島村時雨
第一章 立花鳴海の一週間
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第三話 嵐の前の静けさ

 何事もなく四時限目を終えた事に、立花鳴海は今日も生きていると実感する。


 学校へ登校したこの日、昨日見掛けてしまった彼女達とはホラーゲームの感覚で遭遇するのではないかといきなり危惧していた。だが強運に彼女達には会うことは回避した。


 こちらも対応として青色のメガネを掛けてみたものの、周辺を疑いながら通勤するものの、ビクビクしていた。まだ夏が来てないというのに季節がとっくに冬が来ていたのかと錯覚しかけた。早く外に出たので妹のきなこと共にどうでもいい通勤をしてしまったのは大きな痛手だった。


 これほど暇な一時なんて要らない。

 彼女達を見かけなかった。この一回でこれからは余裕を持って下校しよう。そうしよう。


 今日はバスで帰ってしまえば勝機は見えている。


 鳴海は改めて気を取り直してみると昼休みを告げるチャイムは既に鳴り終えていた。密かに同じクラスの学生達は各々の目的に向けて昼食を取ろうとしてる。


 一方の鳴海はゼリージュースとカロリーメイトを摂取していた。


 教室の最前列で窓側の片隅でたった一人で食べることはもう慣れた。さらに背景に隠れるためイヤホンを耳に当てては白昼堂々と携帯端末でギャルゲーをする。内容がシリアスなものにハマっている。


(取り込み中の時に人は配慮して声を掛けてこないように出来ている)


 用事がない限り誰も声を掛けることはない。あちら側が何を思おうが関係のない雰囲気は余計に一人にしている。それから話しかけるなオーラを放てば簡単に済むものだ。


 ギャルゲーを終えた拍子に音楽を聞こうと操作していたら、間隔の広い隣の席には絶対に親しくなれないだろう人物がいた。それも二人。友人なのか別の席を合わせてる。


「マジあり得ないよねー」


 茶髪で耳にピアスをしている女子高生、つかギャル。名前は確か円城(えんじょう)聖羅(せいら)でいいのだろうか。円城は犬歯を見せるほど勇ましい笑みを浮かべている。


「ああ、まずそれはあり得ないな」


 隣の席に座る月下美人たるほどの、長い黒髪。その美貌。二条(にじょう)類子(るいこ)。全てにおいて高い評価を持ち、清楚にして和を重んじる志と貫く正義故に憧れの的になっている女子高生だ。


 まさかトップクラスの学生が隣の席だとは思えないだろう。

 だが不幸にも初めての席替えで今に至ってしまったのだ。


 まあ関係ないんですけどねー。


 ともあれそんな吊り合う要素の欠片もないのでそっとしておこう。


 もし上位カーストと空気扱いと上位カーストの席の並びならとっくに苦悩に満ちていた。これを煩悩とする学生は大いにいると思うがそうならない。なぜならそれ以前に鳴海は関わりたくない。


 簡単に信じてはいけない。

 人は騙されながら生きている。それは当然自信には届かないくらいに強大な力が世界を渡っている。自分の身を守りたいのであれば、人を疑いを持つ事が賢明。


 疑う行為こそ、賢い。それが立花鳴海の標語だ。


 なんて時間の流れに任せているとゼリージュースが切れてしまった。

 紙容器を潰すように全て飲み干すと袋を膨らませては潰すの繰り返し。


 しかし飽きたのでゴミ箱に捨てた。


「……」


 やることが無くなったので今日出された宿題を終わらせる。

 そのためのメガネをかけ直す。


 昼休みを終わる頃ではプリントは余裕に終わっている。下校して自宅に戻ってゲームをするための時間を確保している理由だ。宿題が少なければ読書をしている。


 空気扱いでメガネ掛けている人間がゲームしてるだなんて想像する人はいない。


 相場は大体安定した展開に決まっている。

 環境を変えてしまえば一方にデメリットが増すだけなのだから。


(……このくらいかな)


 昼休みが終わる前にプリントの空欄を全て埋めた。シャーペンを置いて少しばかり息を吹いて意識を整える。


 軽く見上げれば時計が近くにある。


 周りを見てみると教室の賑わいが増えていて、その中で隣の席には食事を終えていた二条が読書をしていた。それから廊下側の最後列に男子と談笑をしている円城が嫌みなく見えている。


 人それぞれ。


 必ずしも集団にいることは正しいとは言えない。一人もそう。この教室にいるクラスメイトという存在が全体で見えない所で支えているのかもしれない。


 この距離こそ、そういう意味で合うのだ。


 やがて昼休みが終えるチャイムが鳴った。急ぎ騒ぐ学生もいれば、それを目視する鳴海は冷静に無視した。起立からの着席の後、教師から配られるプリントに教室の温度は一変して辛苦と肩透かしの抗議に、二条は苦笑してみせるとクラスの雰囲気は温厚へと変わっていく。


 しかしながら静寂から感じる微かな苦悩に鳴海は知る由も無い。

 それからプリントの応酬は続く。


 まるで第二セットを見ているかのようで次の授業も教室で始めにプリントを渡される。最後の最後で思考が回転しないと付いていけないほどに、学生達は疲れていた。


 放課後を迎えるまでの辛抱が始まる。

 正直言って予習をすれば越した事ではないのだが。


 そんな訳で授業が終わる。その頃では感嘆する学生は少なくはないし、盛大にはしゃぐ奴もいたりする。清掃の時間が始まって鳴海はベランダでほうきを掃いていた。


 この高校ではホワイトボートを使用しているため黒板やチョークは無い。そのため黒板消しを叩く行為は消えてしまった。けれどマジックペンを補充する役目を預かっていて、滅多に行かない。


 ここで見える景色はとても雄大だ。


 聳え立つ高層ビルの摩天楼。その中から目立つスカイツリーは当たり前のように大きく見える。空に近いこの都市は、どこか遠い存在にあるのだと感じた。ちっぽけな存在が語るものではないが、きっと考えさせるものがある。


(いよいよだな……)


 つい掃いていたほうきを止める。

 鳴海が見据えるのは正門。


 いち早く下校したばかりに黒ネコに誘われてはあの不可解な出来事に会ってしまった。もう一度早めに下校したら確実に会う。そうはならないよう、策を練っている。


 ちょうどいい風が吹いていて制服を揺らしていく。これから始まるのは最初で最後の戦いなのだ。これで姿を現すこともなければ安心して帰宅することが出来る。いつも通りの日常が戻れる事を祈る。


 安心を求めている。

 一つの出来事で変わってしまった日常を取り戻すための。


(これは取り戻すための戦いなんだ)


「どうした立花。なぜだが目が怖いぞ」

「えっ!? に、二条さん!」


 声を掛けられては振り向くと横にいたのは二条類子がいた。その端麗な容姿には意外だったのは首を傾げてキョトンとしてる姿に驚いた訳でなく……、唐突に気付いたため鳴海は素直に慌てふためく。


 反射神経が良すぎて一歩後退しただけでかなり距離を置くことになったが、単純な驚きを見据えた二条は理解する。


「ああ、すまない。驚かせてしまった」

「いやいや、考え事をしていたのはこっちだから悪いのは自分であって、掃除をサボってたから注意されるのは当然なんだよ」


 その方が指摘されるのは相手を思っているからと考えさせられるものになる。言わばためになる。怒られるよりも示す方が相手に正しい方向へ導く事が必定なのだ。


 結論を出すと、二条は悪くない。

 真の悪辣なのは昨日の出来事に尽きる。以下同文。


「掃除にもど……」


 改めて掃除をしようとちりとりを取ろうと思ったが寸前で止まった。


 教室に一つしかない出入り口を阻む形で普通に佇む二条+園芸係が置いた花壇が邪魔していていたのだ。開いていた口が塞がらない。


 なんてこった。

 囲まれたではないか!?


「? どうした?」


 再び疑問に思い首を傾げてる二条。いちいち動作が可愛さを含めているからやはり女の子は容姿だけでは分からない。


 だが冷静になれ。

 正しい事を告げれば何も起きはしないのだ。ほうきにはちりとりが付き物だ。今回持っていくのを忘れた行動の結果がちゃんとした方向へ進められるのだと。


 これは恋愛シミュレーションゲームではない。戦略的頭脳戦バトルだと。


 最初から答えは出ていたのだ。

 だからここは普通に振る舞う。


「あはは……、ちりとりを忘れたんだ」

「なるほど」


 やはり優秀な二条は分かってくれるだろう。この立場において自分がするべき行動が何なのか知っている人は要領が広い。


 良きクラスメイトがいて助かると思えた。


 ……けれどそう簡単に終わらせてくれない所は神様でさえ恨みたい。


 それは二条が的確にこの状況を掌握していたからだ。


「しかし、見た限りこのベランダにはそのような小さい埃は見えないが。むしろ私には綺麗に見えるぞ。常に日頃の心掛けがこうして清潔にいられるのは、形に表れている」


「え……」


 せっかくの脱出が無駄に掃除好きな事に台無しになった。


 賞賛された。自分にとって当たり前なのに、他人から見る価値観は違うものだと純朴に納得。


「た、確かに今日はほうきがいらなくなった」

「ならこの際私が持っていこう。こう見えて私も義務を果たしてしまった。余った時間をのんびりと歩いていきたいしな」


「本当にいいのかい? それは助かるよ」

「ふふ、同じクラスメイトだから当然じゃないか」


 笑みを浮かべている二条は何事も至って学生の然るべきあり方をしてる。隣なのにあまり会話をしないが、それに対して二条はクラスの全員と話せるのだろう。


 流石委員長だけはある。

 すると二条は何かを思い出したのか内容を切り替えた。


「そういえば話を戻すが、どうして立花は怖い目付きをしてたんだ? いや、これは委員長の務めであって学年の不祥事の疑心を質すものだ。だからこの話は深い事情を知ることは無いのだが......、厳しいのなら別に語ることはない」


「なるほどね」


 だから会話してきたのか! 思わずツッコミそうになるが内心に留めてポーカーフェイスでこの場を堪える。


 特にくだらない会話していてもこちらから話せば二条は困惑ところか威圧で殺すレベルで危惧するだろう。間違いなく。そういう意味で致し方なく語る感じがするため、特にディープな昨日の出来事を言わなくても必要ないと見た。


 ここは嘘でごまかす。


「弓ヶ原蓮子っていうアイドルのコンサートチケットを持っているんだけど、コンサートが近日になってきたから、無駄な緊張感を出していたのかもしれない」


 嘘と言えども間違ってはいない。弓ヶ原蓮子のコンサートチケットは確かに持っているし抽選で当たったのだ。これは行かないともったいない。しかしながらペンライトを持っていくほどの常連さんではない。行くのも初めてになる。


 一人寂しい趣味を知った二条は素直に頷いた。


「すまない。人のプライベートを干渉する結果になってしまった」

「いやいや、掃除サボった罰だと受け止めるよ。自分の行いが悪い」


 どこかで自虐的な発言をしたためか胸の奥に何かグサリと来た。きっと嘘を言っている事を読み間違えた自身の罪悪感が今の空間を維持してしまったのだろう。


 そこで会話を終了させるようにチャイムが鳴った。


 とっくに机は感覚を空けて綺麗に並べられていた。掃除から戻ってきた学生達もぞろぞろと増えていく。

 掃除を終えて二条には用事があるのか礼儀正しく一礼した。


「これにて私は失礼する。用事があるので」


 速やかにベランダに出てほうきを長方形のロッカーに仕舞った。それから教室にいる時間もないままに出ていく姿を見届けた。


 さて、自分の席に戻ろう。


 誰もが同じように歩むことはない。それぞれの道によって、離れていく。出会いと別れは一瞬なのだから、といい話だったなー風に逸らしてから鳴海は歩いた。


 席に着くと聞こえてくる賑わいの連鎖。青春という時間を過ごす者達は特に意味のない行動をして周囲を笑わせる。あともう少しで放課後になる。待ちきれないばかりにその有り余った余興がこうして輪となっている。


 その活気に含んだ輪にメガネを掛けた鳴海は入らない。


 黙々と読書をしていた。小難しい文庫本ではなく、ラノベの小説を読んでいるがどうも周囲が騒がしい。放課後になったらすたこら図書室とか屋上に行きたくなるが、たまに開いてない日もあって面倒くさくなる。というか帰宅部なのに学校に居続ける方がおかしい。


 居てもつまらない時間を過ごしていく。

 これからの三年間、無難に生活をして卒業すればいい。


 窓側を振り返れば、雲一つない空色の世界が広がる。あの空のような透明さがクラスの雰囲気に溶け込めば、何事も、関わりなく今日を終える。一般にして凡人が起きもしないイベントを持ち続けるなんて、気に食わないだろう。


 だからだ。

 静かにしていれば何とかなるのだ。


 月下美人の如く自分の席に座る作法が美麗な二条が戻ってきても、メガネを掛けた鳴海は声を掛けずに小説に夢中だった。対して二条もまた隣の学生と会話している。円城は論外で教室の外で同じような風格の女子達と喋ってる。


 せいぜい学校なんて自分の居場所を求めて常識となる知識を学ぶ所だ。

 規則には逆らえない。しかし勉強は嫌いだ。


 忽ち担任の先生が時間通りに教室に入ってくると廊下にいた学生や立っていた学生が直ちに自分の席に戻った。雰囲気が変わっていく。静寂の中にあるのは抑えられない開放感が近い将来に待っている。


 そうやって起立して待っていたのは、担当の学生が別れの挨拶の言葉を告げた途端に、盛大に活気に埋め尽くす開放感の光景に鳴海は内心驚いた。日に日に騒いでいく強さが、増しているのではないかと疑った。


 大半が部活をしているこのクラスの学生の中に、部活をするために学校を来ている者は用意周到に教室を出るのが早い。早すぎるほどに。こういうのに限って成績の有無で居残りさせられる学生を今年でも何人見られるのか。


 まあそんなのはどうでもいいけど問題は違うのだ。

 本をパタンと閉じて、鳴海は片手に本を持ちながらリュックを背負った。


 このホームルームを終えるまで、どの時間帯で自宅に帰宅するのか考えていた。鳴海はこの時のためだけに決意は揺るがない。


 あとは帰宅する。

 それだけの行動だ。


(当たり前のように帰るだけだ)


 二の舞を起きないように決起するその意思は硬いものだと確信してる。そこまで気負う事もなければ、背負うほどの指名は無い。


 決める。

 リュックに潜める動物ビスケットを待ってくれる動物達のために、今日も歩いていく事を。それから平穏に続くために自分ができるだけ事をするだけだ。


 これは取り戻すのではない。

 確定するものだから。


 携帯端末に繋いだ黒色のイヤホンを耳に当てて、音楽を聞くふりをする。ふと辺りを見回すと学生が一気に減っていて、活気も乏しくなりつつある。こうした姿にも風があって、この場所に居るだけで身に染みる心境になる。


 そういえば今日の日直は確か円城とその隣の男子だか、姿がない。


(……すっぽ抜かしたのか)


 本当にどうでもいいので鳴海はこの教室から出ようとする。教室に残る吹奏楽部が楽器で適当に吹いている。聞きながら二条の机との間を通って、扉を潜ろうと手を掛けた所だった。


 そこで誰かとぶつかり掛けた。


「うわ」

「あ、ごめん!」


 死角ながらぶつからなかったことに奇跡に思える瞬間を浮かんだ鳴海は尻餅を付かずに軽く避ける動作だけだった。対してぶつかり掛けた人は、よりによって、いい印象のない今時の女子高生であった。


 茶髪でピアスを付けていて、短いスカートに一つボタンの空いた制服姿。それでい子供っぽさが残る端麗な容姿に膨らんだ胸元。抜群のモデル体型に為す術がなくなるほどの要素を持つ少女、円城聖羅だった。


 片手には黒バックではなく何かのユニフォームみたいな服だった。

 なんの部活をしているのか知らない。


 あちらも眼中に無いようで、教室に残っていた吹奏楽部を見付けて「あたし日直だったの忘れてた!」と告げる。どうやら窓の閉じ忘れの確認はカーテンを束ねていないかの確認のようだ。


 そういうのは初めからするものだろ普通。


 指摘する価値と意識に合わないため鳴海は早足に廊下を歩いていく。廊下では陽射しによって影が伸びていて、すっかり黄昏色の世界を待ち受けている。


 視界に捉えた階段を下ろうとしていたら、後ろから誰かに声を掛けられた。


 またしても円城だった。

 彼女は荷物を持ちながら両手を合わせた。


「ホント、さっきはごめんね!」


 対して鳴海はいかに優しく手を振って頷いた。


 聖徳太子のレベルで本当に許しているかの要素を合わせた結果がこれである。片手に文庫本を持っていて、メガネを掛けていれば貧弱かつヒョロヒョロ野郎に見える。


 今時の女子高生には興味が無い要素なのだ。


 部活をやっているのだからちゃっちゃっと行けばいいのに、円城は何かを思い出した。


「そういえば本を持っていたのに反射神経すごいねきみ」

「そ、そうなのかな」

「意外とスポーツとか合ってるかも? あたし部活だからそれじゃ」


 と、どういう意味なのか鳴海は分からないままに、階段を下っていく円城を見送る事になった。しかしながら草食男子を装ったのに俊敏な動きで一瞬失敗したかと思った。だが、これ以上気にするほどの特徴が無いのは興味がないから。


 もしかして普通に振る舞っても興味がないならそれでいい。

 訳が分からない。そして誰も居なくなった。

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