社会のゴミを異世界に転移させる女神
初投稿です
「――というわけで、あちらの世界ではしっかりと働いて下さい」
「はい、女神様!」
何もない白一色の空間。そこで返事をした色白で細身の青年を、無表情と冷たい瞳で女神アルケトナは見る。
呪文を唱えて青年の足元に魔法陣を出現させると、さらに魔力を込める。すると、魔法陣が輝き出して周囲の空間が少しずつだが歪み始めた。
「それでは今から異世界エモーアスに転移します。よろしいですね?」
「早くお願いします!」
食い入るように魔法陣を見つめる青年。彼を見て、女神は心の中で呟く。
――哀れな子。
青年は所謂、社会不適合者と呼ばれる人間だ。
志望していた大学に落ちた彼は、仕方なく滑り止めで受けていた大学に入学した。最初は頑張って通い欠席することもなく講義を受けて、単位もしっかりと取っていた。
しかし一年が経ったある日、変化が起きる。
それは、新学年になり一カ月が経ったゴールデンウィーク。彼は何気なく寄った本屋で、何気なくネットで話題になっていた本を手にする。
その作品は、現代に生きる少年が不思議な力に導かれて異世界に転移すると、いつの間にか特別な力が備わっていて、美少女をお供に魔王退治をするというもの。
何故か引き込まれるようにその本を購入して読み始めた青年は、その本の魅力に取り憑かれてしまった。すぐに一巻を読み終えると、最新巻まで一気に買ってまたすぐに読み終える。それでも物足りなかった青年は、似たジャンルの作品を本に限らずアニメやゲームにまで手を出して漁り始めた。
……もちろん、ゴールデンウィーク明けからは大学に通わなくなっていた。
それ以来、数年間も青年は自宅に引きこもってずっと本を読んだりアニメを見たりゲームをしている。
生活は不規則で、朝早くに起きることもあれば昼過ぎに起きることも。基本的に夜が活動時間で、食事は家族が寝静まった頃に一階へ下りて冷蔵庫を漁ると、それを自室に持ち込んで一人食べる日々。
彼には今更大学に通う意欲も、ましてや働く意欲もなくなっていた。死ぬまで家族へ迷惑をかけることは申し訳なく思いながらも、今の環境に満足してしまったのだ。
そんな彼のような役立たずな存在を、一般的に『社会のゴミ』と呼ぶ。
――だから、私は異世界に送ってあげることにした。
この空間に青年を呼んだ女神アルケトナは、異世界への転移の話と、その特典として無限の魔力を授けることを話した。すると青年は生気が蘇るような表情を見せた後、興奮で雄叫びを上げた。
彼女は思う。異世界に転移すれば、青年は間違いなく活躍出来るだろう。
そう、例えば大規模魔法。ここぞという場面で何人もの魔術師が一斉に魔力を込めながら発動していた戦略級魔法が、これからは一人の人間で行えるのだから、凄まじい変化をもたらすに違いない。
それ故に、人々は彼を自らの陣営に引き入れるべく、金や権力、女を与えて気に入られようとするはずだ。
青年も間近に迫るそんな夢を頭で想像しているのか、今か今かと転移を待ちわびていた。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
フフッ、と初めて女神アルケトナが優しい顔をして笑う。
青年がその笑顔の美しさに見とれていると、目を覆いたくなるほどに魔法陣が輝いて――次の瞬間には青年の姿と魔法陣が消えていた。
「…………」
青年が居なくなり、白一色の空間に一人きりになる女神アルケトナ。彼女は先程の笑顔を消して、無表情と冷たい瞳をしたいつもの女神アルケトナに戻っていた。
そして、次に送るべき哀れでだからこそ愛しい――『社会のゴミ』を探し始める。
「さて、次はどの子を送ろうかしら」