これが私
今朝は目覚ましの音よりも早く目が覚めた。
割とすっきりとしていて目覚めがいい。
勢い良く開けたカーテンの先から差し込む朝陽が瞳に染みた。
すっきりとした表情で部屋から出ると、規則正しく揃った真っ白な食器が出迎えてくれる。
冷蔵庫から卵を取り出すと、真っ二つに割れた卵から出た黄身が双子だった。
バタートーストは『サクッ』と良い音がキッチンに響く。
食後に飲むミルクが、目覚めに程よい冷たさで喉の奥を通った。
靴の爪先をトントン鳴らすとスッポリと履けて、手に持つカバンはいつもより軽かった。
「おはよー!!」
教室のドアを開けて挨拶をすると、いつもより沢山のクラスメートが振り返った。
幸先好調!
割りと良い感じ!
何の事だろね。
こんなとこでいいでしょうか……無理をしすぎて疲れました。
少女漫画じゃあるまいし、こんなどうでも良い事で喜んでる人がいるんだろうか……。
現実から夢に入るみたいにヒロイン面の私が顔を出す。
雑念を振り払いクラス全体が騒がしい中で、私は一段と大きな声を教室中に響き渡らせる。
無鉄砲に元気で明るいのが私のとりえだ。私自身『してやったり』な印象だったりする。
「智亜美!」
私を呼ぶ声が、窓際の後ろから二番目の椅子に腰を降ろすと聞こえる。
チャイムが鳴ったから、当然私は先生が来る前にチャイムの指示通りにカバンを置き、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と腰を落ち着かせる。
なんて、軟弱者優等生はこのクラスには当然いない。
先生がH.Rで扉を開けるまでのギリギリの時間を有意義に使い、昨日のテレビや会わない間に起きた出来事を話し始める。
挨拶代わりに相手を足蹴りする生徒や、両手を広げて何の事やら今朝のビックニュースに抱き合う女子、眉間に皺を寄せながら内緒話をしたり、朝なのに熟睡している人もいる。
「智亜美、ちょっと聞いてる? 智亜美!」
教室の扉を開けた瞬間に、まるで群がる虫の様に何人かの女子や男子がおはようと駆け寄る。
そんな子は決まってクラスの中心的存在、いわゆる人気者なのだ。
「はぁ、人の話を聞いてないな……」
分け隔たりのない生徒は、どの学校にもクラスに一人位は必ずいる。
皆を寄せ付けるオーラを放っていて、嫌な顔一つしない明るく人気者っていう名役者だ。
「チャーーーーミィ!!」
視界の外側から耳鳴りにも似た私を呼ぶその声に思わず眉間に皺が寄る。
家族だったらぶっ飛ばしてる迷惑としか思えない声は、私を呼んでいた。
声のした方へと振り返ると見覚えのある綺麗な黒髪、そして端正な顔立ちをしている女子が目に入る。
「ちょっと美弥、そんな大声を出さなくても聞こえてるよ!!」
俗にいう親友の名前を呼ぶと、美弥は何故か疲れ切っていて凛々しい顔立ちが引きつって見える。
「大声を出してても気が付かなかったじゃない」
普段、声を荒げない彼女には似つかわしくない声で私を呼んでいた。
いわゆるクールビューティーな彼女はテンションはいつも一定で、表情にあまり出ない。
「何回呼んだと思ってんのよ」
そんな美弥が仁王立ちとはいかないが腰に手を当て、自分が怒っているという事を表現している。
「そうだった? ごめん」
「何をいつも無駄に喚き騒いでる子が珍しくボーッとしてるのよ」
「無駄に……って」
「珍しく落ち込むことがあったの?」
『怒』を表現していた仁王立ちはいつの間にか解かれ、心配そうに私の顔を覗きこむ。
綺麗な顔立ちがますます輝いて私の瞳に映る。
連続で使われた『珍しい』って言葉は、連呼して言われると馬鹿にされている様な気分にさせられる。
「まさかーー!! そんなことないって!」
あら、声が想像以上に高くなってしまった……言葉で誤魔化そうって感じに見えたかな。
いや、断じて図星ではないんだけどね。
素直に人間観察って言ったら微妙でしょ。
反響した間抜けな声に気付いてか。それともその前から私を発見していて、ただ集まってきただけか。
「おはよっ! チャミ!!」
私の目の前に数人の女子がそれぞれの色気を付けて目の前に現れる。
「おっはよっ!! いえーい!!」
至近距離なのにも関わらず、ニコニコ笑顔で無駄に手を振りまくって挨拶と同時に軽くハイタッチをする。
他の生徒も次から次へと姿を現わしてはコミュニケーションの一つとして、私の頭やら肩やら叩いてくるのは分かるんだけど、優しくても叩かれてた押されと連続で攻撃されると。
「いたっ、いたた、痛い」
知ってるか?!
痛いんだぞっ!!
ドリブルされてるバスケットボールの気持ちが分かり始めた頃、ふっと視線を向けた。
何人もの女子の中で視界に入った活発の象徴ショートヘアー。
絶対体力重視の子だ。
ちょっと眼は吊り上っていてキツネ目だけど、そこは彼女にチャームポイントだと思う。
外見の事しか説明するとこがない。
だって彼女の方は分からないけど、私は全く興味がないしだって話したこともないもん。
なのに、まるで前から友達みたいに話をしてくる。
トントン……。
想いに耽っていた私は起こす様に、視界の外側から肩を叩かれる。
『不意』というのもあるけど、人間は条件反射には逆らえない性質だ。
叩かれた方向に顔を向けようと操られたかの様に振り向こうと……――――。
その瞬間……まさにスローモーション。
「ひっかかったぁ!! おっはよ、チャミ!!」
顔を向けた先には人差し指が待ち構え、見事に私の頬に直撃した。
こんな古典的なことをする奴は誰だ!!
さっきから耳は痛いし、頭も痛いし、頬も痛いし朝から踏んだり蹴ったりってどうなの!!?
訳隔たりのない人は誰からも信頼され、情に厚い。
それが本当にいると言うならば…………。
それこそ嘘で出来た手作りで、人から線を引くことによって出来上がる綿密に築き上げた『己』という虚像だ。
――最高の自分を演出する最高のスタイル。
己も傷つかない、誰も傷つけない。誰からも文句を言われない『笑顔』という極上の仮面。
私は両手を振り上げて掌を机に叩き付けると、椅子が大きな音を立てて倒れたのにも関わらず、クラスの皆を見渡す。
静かに私を見つめる人だかりの中心で、眉間に皺をこれでもかって位に寄せていく。
そして一気に皺も頬も緩ませアッカンベーをすると、周りに笑顔が満ちた。
朝一番、私はクラスの皆と笑顔で会話していた。
そう。この仮面は崩れる事はない。
だって皆が笑って喜んでくれる。
私さえも幸せなれるとっておきの方法なんだから。
これからもこの仮面は外れることはない。
これは……これが私なんだ。
長期連載しますが、掲載は不定期です。
広く深く、描いて行きたいと思っています。
『Foul Play』を今度ともよろしくお願いします……by恵深