一つの勇気
猪ノ国
サザンテラス町にて
シアンと0班はランクG[デビルモスキート]の討伐の任務を実行中。
「気を付けるんだ!
デビルモスキートそっちに行ったぞ!」
ゼンが大声でアンナとルーカスに向かって叫んだ。
「はぁーい!
まっかせてぇよっ!」
アンナがそういうと、構えていた≪壊れかけ散乱銃≫の引き金を引いた。
「ブブブブンンンン!」
ドンと重い音が鳴り響いたが、しかし、
デビルモスキートは中々に身軽らしく、その弾はかすりもしなかった。
「こ、怖いよぉ。
デビルモスキートは、大人3人分の血液を吸い尽くすまで人に襲いかかるデビルなんだ!
全員殺されちゃうよぉ!」
ルーカスは≪腐敗したハンマー≫を地面に放り出して、恐怖のあまり頭を抱えながら走り回っている。
「ルーカス大丈夫か!?」
デビルモスキートをそっちのけで、
ゼンが心配そうにルーカスに向かって歩み寄る。
「ブブブブブブブブンンンン!!!」
しかし、そこにすきを見いだしたのか
デビルモスキートがゼンに向かって鋭い針を放つ。
「おおっ!」
完全に不意を付かれたゼンは反応できず、その場で固まってしまう。
――――「ったく。めんどくせえな」
シアンがそういいながら、その針を剣でまっ二つにして、そして一撃でデビルモスキートの眉間に弾丸を撃ち込んだ。
「ブブンッ!」
デビルモスキートもたまらず、その場で倒れてしまったようだ。
「シアンさん!
助かりました」
「ったくよお。
お前らはいつになったら己の弱点を克服するつもりなんだ。
本当に死ぬぞ?」
シアンはあきれながら、そう言い放った。
「でもまあ、今日もみんな無事に任務をやっちゃったし
結果おーらいっしょ!」
アンナが元気よく、まぶしい笑顔でそう口にする。
「俺が終わらせたんだが」
「まあ、細かいことは気にしない、気にしない。
さっ、もう任務終わっちゃったし
支部に帰ろー
おー!」
アンナはあきれ顔のシアンの背中を押しながら、帰路へ向かおうとする。
シアンは不満を持ちながら、しかし、素直に押されることにした。
それにルーカスとゼンもついていく。
「そういえば、気になってる事があるんだけど」
四人は帰り道しばらく他愛ない話をし任務について話をするが、話の終わるところを見計らい
ゼンが前から気にしていることを口にすることにした。
「なんで、ルーカスの知識試験の結果は低くかったんだ?
あんなに、デビルに詳しいのに」
その質問にルーカスは、ビクッと驚き、そして冷や汗をかき始めた。
「そ、それは…」
そして、ルーカスは言葉を詰まらせる。
なにか事情があるのだろうか、とゼンが思った矢先に、
前方から3人のデビルスレイヤーの新人らしきグループが歩いてきた。
「おい、お前らこのマイル様に敬礼もなしに通りすぎようとしているのか?」
そして、すれ違い様にどうやら絡まれてしまったようだ。
「へぇ?」
アンナが首をかしげながら、そのグループのリーダーらしき人に質問をした。
「お前ら、制服からして0班だろうが。
0班はどのデビルスレイヤーよりも階級は低いんだよ。
つまり、同じ新人でもお前らは俺様たちの部下ってことになる」
そのリーダーらしきマイルという人はアンナたちを見下げるように、そう言い放った。
「なんか感じ悪いなぁ。
みんな、いこっ」
空気の悪さを察したのか、アンナがその場から立ち去ろうとする。
「おい、まて」
しかし、ひき止める声をあげたのは、意外にもシアンだった。
「えぇ?
なんでぇなの?シーちゃん!」
「こいつらの言っていることは正しい。
お前ら0班はこいつらの部下にあたる。
こいつらの命令は、基本的に絶対だ」
シアンの声が、重く3人に響き渡った。
「そうそう。
そういうこと。
だから、早く敬礼しなよ」
そして、その言葉がマイルを調子づかせる事となった。
「この現実は早めに受け入れた方がいい。
デビルスレイヤーでありたいならな…」
シアンが厳しく、しかし、少し寂しそうな表情でそう呟いた。
「シーちゃんがそういうなら…」
そして、アンナはそう言いながら嫌々敬礼をすることにした。
「あれれ?
そんなけーれーでいいの?
ウチら上司だよ?」
そして、その敬礼を見ていたマイルのグループの一人、頭のゆるそうな女、
ダイアナが不愉快に思ったのか嫌みそうにそう口にした。
「そそ。
ボクチンたち上司………って、あれ!
あれれ!?」
そして、そのグループの最後の一人の金髪の男が言葉の途中でルーカスを見て、大げさに驚いて見せた。
「う、ウィリアムくん…」
ルーカスもその人に気がついたのか、小刻みに震えながらそう呟いた。
「おお、マジでひさしぶり!
元気にしてたかよっ」
ウィリアムはそういって、ルーカスに近寄り、強めに肩を叩いた。
「あ、あはは…」
ルーカスは痛みに耐えながら、ぎこちない笑い声をあげた。
「ルーカス。
知り合いなのか?」
ゼンはその様子をおかしいと思い、ルーカスに確認をとることにした。
今その場の空気はかなり最悪のものと言えるであろう。
「ボクチンたち親友だもんな!
なあ、デブーカス!」
ウィリアムは更に強くルーカスの肩を叩いた。
「いたっ」
「おい、やめろ
ルーカスが痛がってるだろ!」
そんな様子に耐えきれなかったのか、ゼンが間に割って入ることにした。
「ああ?
ボクチンたちの友情にケチつける気かよ!?
ってか、お前…、その真っ黒な髪の色と瞳…
ま、まさか、陽ノ国の出身か?」
ウィリアムが2歩後ろへ引きながらそう口にした。
「ああそうだ」
ゼンは堂々とそう言い放つ。
「ま、マジかよ…」
「嘘でしょっ!?」
「お、おいおい…」
そして、ウィリアムに続きダイアナとマイルも引きぎみに呟いた。
「0班はゴミどもの集合場所って聞いたことあるけど
まさか、本物のゴミがいるなんて。
奴隷って物だろ?
どうしてデビルスレイヤーにいるんだ?」
マイルがなんの悪意もなくそう口にした。
まるで、常識的なことを聞くように。
「この手で救える命を守るためだ」
ゼンは力強くそう答えた。
「ぷっ」
しかし、何が可笑しいのか、マイルをはじめとするウィリアムとダイアナも笑い声を上げ始めた。
「ぷっはははははははははは!
駄目だ!面白すぎる」
「ど、奴隷がデビルスレイヤー!
しかも、救える命を守るですって!
笑いすぎて顎外れそうよ!」
「全くだ!
あははははははっ!
面白いよな!
なあ、そうだろう?デブーカス!
おめえも笑えよ!」
ウィリアムはルーカスの脇腹を軽く殴りながらそう口にした。
ルーカスはゼンの顔を見て、そして、泣きそうな顔で惑う。
「おい!
親友の頼みが聞けねえのかよ。
笑え」
ウィリアムが更に強くルーカスの脇腹を殴る。
ルーカスは、痛みで苦しみ、殴られた脇腹をさする。
「あ………あはは……」
そして、ついには笑い声をあげてしまった。
目に涙を浮かばせながら、ルーカスは精一杯の笑い声を見せた。
「おお!
やりゃあ出来んじゃねえかよ。
最初からそうしろよ」
ウィリアムもその姿に満足したのか、優しくルーカスの肩に手を添えた。
そして、それを嬉しく思ってる自分に
ルーカスは嫌気をさしていた。
「まあ、充分笑わせてもらったし、俺たちは帰るわ。
だけど今度あったときは、んな中途半端な敬礼じゃ許さねえからな」
マイルが嫌みな笑顔を表情に出しながら、そう口にした。
「じゃあな、デブーカス!
あと、奴隷のお前!
夜3番ゲート裏に来い。
ちょっと指導してやっから」
ウィリアムも同じ笑顔を見せ、3人は満足そうにその場から立ち去ってしまった。
最悪な空間をその場に残して。
「………………」
「………………」
「………………」
「いくぞ…」
呼吸音が聞こえそうなぐらい静かな空気に、シアンの声が響いた。
3人はそっと頷き、そして、支部にたどり着くまで一言も話すことはなかった。
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同日の夜9時
3番ゲート裏にて
「おらっ!
おらっ!
どうよ!?
ボクチンの右ストレートはよ!?」
「……っ!」
広がる血液が生々しく赤色で床を染めている。
「おめえ、奴隷のくせに調子に乗りすぎなんだよ!
物が意思持ってんじゃねえぞ!」
ウィリアムがゼンに数発顔面に拳をいれたあと、みぞおちに蹴りをいれた。
「がぁっ!」
これにはたまらず、ゼンも膝を地面につける。
「おい!
立てよ!
お前、デブーカスのほうがもっと我慢できてたぜ?」
ウィリアムの目は血走り、どうやら興奮した状態のようだ。
「…ルーカスにも同じことをしているのか?」
「ああ?
んなもんあたりめえだ!」
「やめろ」
「んだとぉっ!?」
ウィリアムは更に一発ゼンの腹に蹴りをいれた。
「うっ!」
そして、ゼンは痛みのあまり口から血潮を吹いた。
「奴隷ごときがボクチンに指図するんじゃねえよ!
デブーカスはボクチンに逆らったことが一度もねえぞ!?」
「それは…ルーカスが優しいからだ…」
ゼンは腹の激痛を必死で我慢しながら、言葉をつづった。
「あははははははっ!
デブーカスが優しい?
おめえ目が腐ってんのか?
さっきのあいつを見ただろ!?
同じ班であるおめえのくだらねえ信念を一緒になって笑っただろうが!
あいつはただの臆病者だ!」
ウィリアムが血走った目で、そう叫んだ。
「違う。
ルーカスは人よりちょっと勇気がないだけ…。
だから、うまく自分を出せないでいるだけだ。
本当のルーカスは誰よりも優しいんだよ」
「はっ、バカバカしい。
あいつが笑ったのは事実だろ?」
「お前が笑わせたんだろ…」
ゼンの怒り狂った目が真っ直ぐウィリアムに向けられる。
「うっ、うるせえ!
デブーカスは最低の人間だ!
人の夢を笑うクズなんだよぉ!」
「悔し涙を浮かべながら笑う人がどこにいるっ!!!!!
これ以上、オレの友達をバカにするなぁ!!!」
「だまれえええぇ!!!!」
ウィリアムがとどめと言わんばかりに、ゼンの顔面目掛けてもう一度蹴りを放つことにした。
そして、その蹴りはゼンのこめかみに向かって放たれていく。
当たれば、ただでは済まない一撃だ。
――――「や、やめろぉ!」
その蹴りがゼンに届く一歩手前で、一人の人影がその間に割って入った。
「お、おめえ…」
ウィリアムがその人影を見て、驚愕する。
「来てくれるって信じてたよ」
「僕も信じてくれるってわかってた。
遅くなってごめんよ」
「よく勇気を出してくれた。
ルーカス」
「うん」
ルーカスは片手でウィリアムの蹴りを止めて見せた。
「で、デブーカス!
てめえ、なんのまねだ!?」
それに、怒り狂ったウィリアムが荒々しくそう言い放つ。
「友達を助けに来た」
「それが何を意味すんのかわかってやってんのか!?
ボクチンへの反逆だぞ!?」
ウィリアムは更に怒りながらどなり声をあげている。
「ウィリアムくん…。
僕はね、殴られても、バカにされても
デビルスレイヤー試験の解答用紙を入れ換えられても
許せるんだ」
「お、おめえ…
なんでそれを…」
ウィリアムの額から、徐々に脂汗のようなものがわき出てきた。
「でもね。
こんな僕のことを友達って呼んでくれたゼンに酷いことをするのはどうも許せそうにない」
ルーカスのウィリアムの足を握る手が強くなっていく。
「いててて!
離せよ!デブーカス!」
その痛みに耐えきれないのか、ウィリアムが足を振り払おうとする。
「聞いてるのかあぁっ!!!!!
ウィリアム!!!!」
そして、その場にとどろくような野太い大きな声が鳴り響いた。
ウィリアムはその声に驚き、そして、徐々に恐怖することとなった。
「…は、離してくれよ…」
そして、最終的に涙目になりながら、情けない声でそう口にした。
「二度と僕の友達にちょっかい出すな!!!」
ルーカスはそう言って、荒々しくウィリアムの足を離した。
そして、それとほぼ同時にウィリアムは足を引きずりながらその場を逃げるように立ち去った。
「ゼン!
だ、大丈夫!?」
「ああ。
ルーカスのおかげで助かったよ」
ゼンは笑顔でそう口にする。
「僕がウィリアムくんをもっと早くに止めていればこんなにひどくはならなかっただろうし
しかも、さっきゼンの夢を笑ったのもあるし、
とにかく本当に色んな迷惑かけて…
本当に本当にごめ…」
「ルーカス」
「えっ?」
「ありがとう」
「うん!」
ゼンとルーカスは互いに見合ってしばらく、心のそこから笑い合う時間を過ごした。
確かな友情の形が、そこにはあった。
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「うんうん。
二人も無事みたいだし、うまくいってよかった!!」
アンナがどうやら、ゼン達の様子を気になっていたようだ。
3番ゲート裏に身を潜めながら一部始終を見ていた。
「ねっ、シーちゃん!」
「なっ、お、俺はたまたま通りかかっただけだ…」
物陰からシアンが少し恥ずかしそうに出てきた。
そしてどうやら、アンナと同じくシアンもゼン達の様子が気になっていたらしい。
「ほんとかなぁ~?」
「ほ、本当だ」
アンナはうふふと笑ったあと、しばらく沈黙した。
「ねえ、シーちゃん…」
そして、アンナがいきなりいつにない声のトーンで語りかけてきた。
「なんだ?」
「あたしにも友達できるかな…」