終わりと始まり
町の一角にあるアパート。現在入口脇に一台のトラックが停車した。がちゃと運転席と助手席の戸が開き緑色の作業服を着込んだ男性が急ぐようにトラックの背後へ向かっている。二人は荷台の二枚扉を開錠するなり荷台を埋め尽くされていた段ボールを一つ、また一つ取り出しアパートへ急ぐ。二人の男は階段を一列に上がり、階段脇の戸に鍵を差し込む。その部屋は201号室と書かれており相馬 重御と表札にテープが張り付けてある。男達はいたり来たりトラックを往復作業を行い続けた。トラックから最後の一箱が運び出され部屋の隅へ向かう男性。その時一つの箱が倒れた。段ボールからガムテープが剥がれたのか中身が滑り出た。
「おい。何してるんだよ」
ベランダで一服していた男性が声をかける。
「すみません。今片付けます」段ボールを抱えた男が頭を下げ段ボールを置いた。
段ボールの中身はびっちりと原稿用紙が詰め込まれていた。その中で一枚だけクリアファイルに入っていない黄ばみ古びた原稿用紙がしわを寄せはみ出している。男は好奇心から手を伸ばす。原稿用紙に記されていたのは幼さ残る文字の列。小学生が描いたものかは推測することしかできないがなぜか原稿用紙が読んでくれと囁いているようで男は原稿用紙に目を通さずにはいられなくなっていた。
タイトルには「終わりと始まり」と大人びたものが書かれている。その横には表札にあった相馬 重御に文字。
「僕と彼女の出会いは突然だった。うろ覚えだが小学一年性の夏休みの出来事になる。友達の少ない僕は町にある唯一の公園の砂場にいたことを覚えている。だがなぜだろう。どんな目的で、その場所にいたのかは霧かかったままだ。砂場のど真ん中で立ち尽くしていた僕を哀れむように雨が僕を打ち付け僕は下と向いた記憶がある。あの時の僕は泣いていたのだろうか。それとも雨が髪を伝わり頬を濡らしたのか僕にはわからない。だがその体を冷やす雨に救われた気分になっていたのだろう。誰もいない公園。それは僕にとって、おあつらいな場所だった。一人になりたい。いや僕はいつも一人歩いてきた。だからこそこのすたれた公園で雨に打たれるのは苦じゃなかったのかもしれない。夕方も近づき雲の合間から光りが公園へ差し込んだ。まるで天へ案内してくれているようで僕は空を仰いだ。気づくと僕は空へ語りかけていた。
「この世界はつまらない。どんな人間も同じことを繰り返す。生きることに価値はあるのだろうか。いつか死にゆく命なら生きるだけ無意味じゃないか」これこそが僕が胸に抱いていた心の叫びだった。生きることには価値はない。それはゲームと一緒だ。ゲームなど手を付けなければクリアの文字も存在しない。いやゲームなど手放すことができた時点でクリアなのだろう。これが僕が抱く見解だった。生きるなど生を受けた人間の抗い。死にたくない。それは命亡き者でさえ抱く思念だろう。物は人によって量産化されていく。人は流行などと呼び幾多の新製品を生み出し世にまき散らす。そのどれもが時間の流れにより衰退、死へと進み人々の記憶から姿を暗ます。人もそう。生み出されたことには意味などない。その感情が視界をぼかしクラスメイトとなじめない根幹だったと思う。ある少女と出会うまでは。夕焼け空が僕を包み一つの影が目に付いた。「そんなことないよ」囁くように小声に僕は振り返る。視界の先には滑り台の像。頂上には髪をなびかせる少女。少女は僕へこう投げかけてきた。「意味はあるよ」少女はそういうと滑り台から……
一枚目はここで止まっていた。一枚めくった先。
「僕の目の前には香澄がビルの下敷きになる姿が映し出される。駆け寄り手を伸ばすが香澄は大きな瞳を細め微笑んでいた。足掻こうともせず助けを呼ぶこともせず香澄は口を開きこう話した。「重御。君には私と過ごした日常がどのように見えていたの?」その言葉に返事をすることなく僕は瓦礫を退けていく。「ね。私はここで終わり。でも君と過ごした私は思い出の中にいるよ。忘れないで。私のことを。諦めないで。生きることを」瓦礫は崩れ香澄の顔は見えない。瓦礫の下から伸ばされた手に握られていた物は一つのペンダントだ。丸いペンダントには蓋があり中には僕と香澄が笑い合っていた。僕は叫ばずにいられない。「助けてくれよ。香澄を。親友を」この事件をきっかけに僕はまた一人になった。誰の輪にも溶け込めなかった少年が見たささやかな夢。世界が荒れるきかっけとなる一日」
原稿用紙が男の涙でよれる。
「どうしたよ」
ベランダからタバコの煙が部屋へ吹き込む。
「なんでもないですよ」男は涙を肘で拭い段ボールへガムテープを張っていく。2115年7月11日の文字が原稿用紙からちらっと見えた。