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90. 不自由な三択

「やっぱりトドメを刺さないんだね」


 勝利宣言をした飛逆にヴァティは言う――

 訝しむ前に、飛逆はヴァティを押さえつけていた足に力を込めて、跳躍する。

 と同時にヴァティの胸を貫いて、枝が生えてきた。

 ブーツを通して鋭い感触が伝わる。重心を後ろに傾けて、枝の勢いに抗わずに後方宙返りしてヴァティを見据える。


 繰り返すが、その枝はヴァティの胸の中心を貫いて、飛逆を貫こうとした。

 危うくハヤニエになるところだが、ヴァティはそれになっている。


 四肢を失い、口から吐血しながら、けれど相変わらず脳天気な顔で、胸を貫かれて宙吊りにされている。


「あらら……どんな素材だよー、そのブーツ。貫けないなんて」


 口からゴボゴボと血の泡を吹き、心臓が破壊された衝撃で眼球の奥の毛細血管が破裂したのか、血涙を流し、胸から空気の漏れる音を出しながらも、ちゃんとした声で呆れたように言うが、呆れるのはこちらだ。


 追撃がないことを確認し、それでも念のため空気の壁への震脚で牽制しておいてから着地する。


「お前、俺の不意を打つために四肢と腹を犠牲にしたのか」

「まあねー。完全に無駄だったけど。ボクから生やすんじゃなくて、ボクを通して攻撃させたらいけるかなーって思ったのに、デタラメなイキモノだねぇ、キミ。どんな反射速度だよ」


 床から枝を生やし、その枝で自分から切り離された四肢を貫き、その枝を動かしてそれぞれの部位に接合するデタラメなイキモノが、どの口でそれを言うのか。


 ヴァティがその四肢を結合させると、それぞれの枝は枯れるようにしおれ、崩れた。おそらく結合と再生のためのエネルギーをヴァティに受け渡したのだろう。


 破れた服とところどころに血痕があること以外はすっかりヴァティは元通りだ。


「お前、女なのか?」

「今の場面でそれを訊くってやっぱりキミ、おもしろいね」


 薄いがふくらみがある。

 貫かれたことで破けた服がそれを僅かに覗かせている。


「両性具有か」

「正解。まあ正確にはどっちにも成れるってところかなー。女性から変えたことないけど、そうにも成れることは知ってるよ。というかなんでわかったの?」

「臭いが変なんだよ、お前。ヒト型に近い怪物だし、お前は基が女性で憑いてるのが男性かと思っただけだ」

「ふうん? ボクがそれだったらキミはどうかするの?」

「いや、別に」


 それが心理的弱点であるならそれを衝こうかと思ったが、違うようなのでもうどうでもいい。


「というかボクって大分キミに嫌われてるみたいだけど、何がそんなに気に障ったのかな? ボクが誰か殺しちゃったのかと思ったけど、そうじゃないみたいだし」

「ただの難癖だから気にするな」

「いや余計気になるよ。殺すよりも屈服させたいとか、そこまで怨まれるようなことしたっけなー。まあボクのクランがやったこと全部把握してるわけじゃないけどさー。っていうかほとんど知らないんだけどさ」


 本当にただの難癖でしかないが、勘違いしているようなので便乗して質問してみる。


「ゾッラ・イージュン=パヴェルコバーの名前に聞き覚えは?」


「ないけど、その誰かがボクのクランに何かされた?」


「お前によく似た容姿で、お前の存在を感知することができるくらいの特異的感覚の持ち主だが、知らないのか」


「なにそれ。そんなおもしろいコがいたの?」


「知らないのに発芽させたのか……」


「ああ、あれは単なる時間稼ぎだよ。集落を作ろうとしてるっては聞いてたから、何人かはいるだろうって思ったんだ。モモコちゃんが帰った直後にこっちに来られたら仕込みが間に合わないからねー。って、じゃあボクってそれで怨まれちゃったの?」


「じゃあそれで」

「なんだろうこの新感覚。これほどに無感動におちょくられたのは初めてだよ、たぶん」


「おちょくられたとお前は言うが……それは多分こっちのセリフだ。お前自身がやったことってむしろ何があるんだ? おそらく何もない、が正解なんだろ。お前は『種蒔き』と『陣取り』をしていただけで、俺たち今回の被召喚者に具体的な対策は講じていなかった。俺が火山作って初めて具体的に動き始めたんだろ。……なあ、それって俺がお前を嫌う理由にならないと思うのか?」


 適当に言ってみるが、言ってみたら何かその理由でもムカついていきた。これまで神樹の主について考察してきたが、結論となる事実こそ正解しているが、その根拠がすべて的外れだったということになるからだ。


「キミみたいなタイプには、そっちのほうが効くわけで、間違ってないと思うんだけどな。逆に何も考えないタイプだったら結局最後にはボクの『陣取り』に対抗できない。どんな【全型】が来てもいいように、真剣に考えた結論がボク自身は知らず講じずだったんだけど」


 確かにそのせいで、飛逆はこのダークエルフの思考回路が読み切れなかった。正解していた事実のほとんどはおそらくウリオ辺りが組み立てた作戦だろう。


 論理的思考を基本とする飛逆には、気紛れに動かれる方が厄介だ。

 対策の骨子を複数の他人任せにすることで攪乱し、その他人とは無関係に動くことで擬似的に気紛れを演出する。まさに飛逆にとってやりづらい『策』だ。


 けれどやはり、ヴァティの言う『真剣に考えた結果』は、自棄を基にしている。自らが敵対する者を相手に、それも決して侮ってはいない相手に、自分が何もしないことを選択できるということがそれを如実に表している。警戒していればこそ、その推移を見守りたいと思うものであり、普通を逸脱した精神でしかそれを徹底できない。


 そこは自分と違うな、と飛逆は思う。


 飛逆ならば仮に部下となる誰かを信用していたとしても、その作戦の内容と推移を任せっきりにはできないだろう。最低でも何をするか、何をしたか、定期的に報告させる。


 そんなところも忌々しい。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというが、最早どうなっても飛逆はヴァティという『女』が気に食わなかった。


「まあ、でもキミもよくわかんないよね。キミの立場的に一番楽なのってあのままボクがキミたちにいくつか情報を渡して、その上でボクが死ぬことじゃなかった?」

「お前がそう考えているってわかったからだ」


 思い通りにさせるのは我慢ならなかった。


「えー……じゃあどうなったら満足?」

「……お前はこの中で戦う限り、頭を潰されない限り死にそうにないな」


 会話を無視してぐるりと見渡し、先刻までの戦闘痕が消え去っているのを確認しながら独りごちる。


「頭潰れても死ぬかなー……」


 ヴァティは呟きを拾って首を捻る。本気で確信がないらしい。


「とりあえず試すか」


 刀を鞘に戻し、左腕で遠当てを撃つ。

 槍のような指向性衝撃波がヴァティの頭に迫るが、ひょいっと避けられた。

 彼女の長く尖った耳がその衝撃に持って行かれ、余波でたたらを踏んだヴァティは、けれどそれだけだった。

 数秒を待たずに耳は修復される。


「避けんなよ」

「いや、痛いのヤだし」


 露骨に舌打ちする飛逆に、不意打ちするためだけに四肢を切り落とさせて自分で心臓を貫いたヴァティが何か言っている。

 どっちも無茶だった。それをお互いが無茶だと思っていないことが何より無茶苦茶だった。


「まあいい」と刀を抜く。「死なないんだったら好都合だ。とりあえず百回ほど死んどけ」

「そんなのキミが大変だと思うんだけどなー……ホントになんでそんな難儀なことに」


 そうされること自体は別に構わないとでも言わんばかりだ。

 そんな態度ながらも床から樹皮が捲れてヴァティを纏う。


「まあ、ボクもキミを殺す気で行くけどね。一回くらいは死んでやってくれないと、ウリオがあんまりにもかわいそうだ」


 ウリオの望みはヴァティが生き残ることであって、自分の仇を討ってもらうことではないだろう。

 ヴァティにはそれがわかっていないわけではない。

 ただ、ウリオが命を懸けてまで願ったそれを、自分自身はどうしても叶えてやろうと思えない。彼が大事にしたほどに、自分を大事にできない。

 せめてもの代償行為だ。彼の方が大事だったのに、それを伝えられなかったことの。


「……本当、腹立たしい」


 そんなヴァティの、余人には理解できないはずの心境がわかってしまう自分に飛逆は腹を立てた。


 とりあえずその腹立ちを紛らわせるために、宣言通り百回は致命傷を与えることにした。

 それもただの代償行為に過ぎないと自覚していた。




〓〓 † ◇ † 〓〓




 戦闘勘と呼ぶべきそれは、ヴァティのほうが飛逆よりも一枚上手だ。

 けれど戦闘技術と呼ぶべきそれは飛逆のほうが圧倒的に上だった。更には扱える【能力】が完全に破壊に傾いている。たとえば同じだけの出力で同じ破壊力を出そうと思えば飛逆はヴァティの十分の一近い消費で出せる。それは同時に、現象の具現が早いということも意味する。

 近・中距離での純粋な戦闘力という意味で、ヴァティが百回中一回たりとも飛逆に勝てる要素はない。


 そしてその通りになった。


 番狂わせは起きず、それどころか三十を超えた辺りから飛逆の戦闘実験と化していた。


 毒の『浸食』という性質を『炎』に付加した炎熱で内側から焼いたり、炎を細く圧縮して斬戟のように飛ばしたり。

 有効だったのはこれくらいだったが、もう少しは創意工夫できそうだ。


「ホントに、百回殺されるとは思わなかったよ……」


 ワザと熱を弱めた上で消えずに浸潤する炎に下腹部から焼かれながらヴァティは、さすがに疲労を隠せない様子で呻く。因みにその下腹部より下はない。


「これ……ヤバいね。どれだけ修復しても追いつかない」

「元々ナパーム弾っぽい性質だったから、これは親和すると思ったんだよな」


 継続して修復するような相手がいなかったために検証できなかった、毒と炎の合成能力だ。合成したのは前述した『浸食』の性質と認証破壊毒並びに【吸血】の『吸収』部分だ。対象に寄生し、その対象の精気の認証を破壊してその精気を吸収して燃え続ける。対象が精気を送り込めば送り込むほど消えないというわけだ。


 元々カタログスペック上で飛逆に劣るヴァティがそんな『毒』で弱体化させられれば、いかに戦闘勘が優れていようとも飛逆の攻撃に対処できるわけもない。


 まあさすがに精気が送り込まれる限り燃え続けるわけでもなく、認証破壊毒自体が発現した炎によって無効化されていくためにやがては消えるが、費用対効果は非常に高い【能力】だ。主に相手を削りたい時に。


 弱体化したヴァティは植物を操るのにさえ自由自在とはいかなくなっている。何かをしようとしても即座に飛逆の何かの攻撃によって潰され、攻撃として成立させられることさえなかった。


 これを最初に用いたのは手指関節一個分、次に爪先、そしてそれを交互に薄くスライスしていき、ついにはヴァティが完全に行動不能になるまで続けた。


 今やヴァティは修復で炎の浸食に抗うだけの達磨だった。


「最初は使わなかったこの炎……で……ボクなりに考えたんだけど……キミは、つまりボクを否定したいんだね……。フロックとかでもボクに一撃も入れさせないために……ウリオの仇を取らせないために……ボクの思い通りにさせないために」

「言ってなかったか?」


 そういえば言っていなかった。


「ウリオを生かしたのも殺したのも、特に意味はない……」

「これは言ったよな」


 そのままではないが、似たような含意のことを言った覚えがある。


「そして……キミとボクは、とてもよく似ている……」

「……」


 小さく舌打ちする。

 ヴァティを見下ろす目が自然と冷たく硬質なそれになる。温度がなかったそれに、冷気という熱が籠もる。


「キミは……ボクと同じく、他の【全型】とも違うんだね。基からつくりが違う。最初からヒトじゃない。ボクとキミは違う何かだけれど……、ヒトによく似た何かであるというところが全く……同じなんだ」


 あるいは予感していた。

 ダークエルフという存在の特徴を聞いたときから、そうではないかと思っていた。


「確認するが、前回は」

「いなかったよ。ボク以外は全部、見た目は怪物だけど……中身の基はヒトだった。一応、訂正しておくと……ボクはもう二回目だ……」


 やはりというべきか、ヴァティは前々回からの勝者だったのだ。


「……必ずヒト型が混じってると思ってたが」

「まあ……ボクが見てないだけかもね……ボクらは基本的に、殺し合うように仕組まれているから……。ボクの知らないところで殺されていても、不思議じゃない……」

「言うほど、殺し合うような仕組みじゃないが、そこはお前が仕事してないってことなのかと思ってた。違うのか?」


 前回勝者と今回被召喚者とのチーム戦ではないならば、ゲームメイクの役割を担っているのが前回以前の勝者であるヴァティなのだと思っていた。

 このヴァティの言い様だと、あくまでもシステム的にしか全員が殺し合うように仕向けられてはいないということになる。

 だとすれば――ここにまだ飛逆たちが知らないルールが隠れているということだ。


「ああ……そういえばキミは、モモコちゃんや人形の使い魔を使う【全型】と、共存しているんだったね……。あるいはだから、なのかな……」

「何が、だからだって?」


「キミがボクを嫌うのは……キミの辿り着く未来がボクの位置かもしれない、からだろう?」


 飛逆が反射的に否定したくなるのが、ヴァティの言うことが正しいことの証だった。

 だからこそ彼女が氏族とやらを構成しているのが気に入らない。

 ただの同族嫌悪だったならば、ここまで屈折した衝動に囚われていなかっただろう。


「だからボクに……クランを壊させようとしている……」


 じわじわと精気を消費させて、その行き着く先はこの地下シェルターの崩壊だ。いかに無尽蔵に思えるほどの貯蔵量であっても、いずれは尽きる。それ以前に、崩れるだろう。このシェルターが『生命』である以上、『活動』には維持のためのエネルギーが必要だからだ。


「キミが壊すのではなく……ボク自身に、ボクの創ったモノを、壊させようとしている……否定させようとしている……」


 そのために合理性をかなぐり捨てた。


「ボクが歩いてきた道、それ自体を否定(こわ)したいんだね……」


 訂正すべきことはもちろん、付け加えるべきことも何もなかった。


 飛逆とヴァティは性格も考え方も立場も性別も能力も元の世界での境遇もきっと違うのに、歩いている道が似すぎていた。

 二周遅れでその道を歩いている飛逆が、ヴァティを見て反感を抱かないわけもない。


「先にそこに行き着いてしまったお前は、俺を嫌うか?」

「どうかな……多少は、何か感じるものはあるよ……。でも嫌いでも、憎くもない……。ただ、キミがこうしたくなる気持ちはわかるような気がするってだけ……」

「だろうな」


 噛み合わないことはわかっていた。こちらがいくら嫌おうとも、ヴァティから同じ感情を向けられることがないと、自分のことのように知っていた。

 だから殊更に挑発はしなかった。ウリオをああしたのは、本当に何の他意もなく、ヴァティの態度に腹が立っただけだ。あまりにも飛逆が想像したとおりだったせいで。


「強いて言うなら哀しい、ね……。ボクたちは独り(ひとつ)で完成しているのに、寂しがり屋なんだ……それが、哀しい」


 その言葉に共感できることが、腹立たしかった。


「選べ」


 自然と短くなった言葉で、迫る。


「ボクを生かすためにクランを壊すか、クランを生かすためにボクがキミに殺されるか……。どちらを選んでも、キミは気に入らないんだろうね……」

「このままなら、どちらでもなくなる。お前が死んで、クランとやらも潰れる」

「選んで欲しいのは、そっちかぁ……。つくづく難儀だね……。キミにとってもそれが一番、都合の悪い選択だろうに」


 もう言葉を交換する必要はなかった。


 飛逆はじっと、薪をくべるように浸食毒を追加しながら、待ち続けた。


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