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89. 生きる理由も殺す理由も

 やっぱりこうなったか――


 盗み聞きをしていた飛逆は内心、どうしてもつまらないと思ってしまう。


 あんまりにも予感したとおりだったせいで、殊更感情を殺さなければ気配遮断を解いてしまいかねないほどに。


 ヴァティなるダークエルフは、生きることに飽きている。


 飛逆たちに自分の首を差し出すというのは、氏族とやらを生き延びさせるための献身からくる自己犠牲精神ではない。ただちょうどいいタイミングだから、ちょっとギロチンに頭を差し込んでみようかな、くらいの気分に間違いない。


 ダークエルフに仲間がいる、というところで飛逆はこれをすでに予感していた。


 怪物という奴らは自殺はしないくせにどうにも死にたがりだ。理由があれば死んで構わないと思っている連中が多すぎる。

 時にはわざわざその理由を作ってまで――


 気に入らない。


 はっきり自覚しているが、同族嫌悪だ。


 分厚い壁を隔てた下ではヴァティの物言いにキレたウリオとかいう側近が騒いでいる。便乗してその他の側近たちもヴァティの方針の撤回を求めて喧々諤々が始まった。


 けれどもう、飛逆は聞き耳を立てる気を無くしていた。


 気に入らない。

 本当に気に食わない。


 けれど少しばかり歓喜を覚えている。

 飛逆はこれまでダークエルフに、ただの障害物として以上の認識を持っていなかった。


 けれど、奴は『敵』だった。

 否定すべき『敵』だ。


 それを知ることができた。

 それだけでもこの面倒な潜入に価値はあった。


 陰惨な形に口の端が吊り上がる。


 腰に差していた刀の鯉口を切る。


 溶解毒を纏わせて、体ごと回転して一息に円形状に壁を刳り抜く。

 上部の壁を押して、落下の速度を上げる。


 天井の墜落の衝撃でその会議室にいた内の数人は吹き飛ばされるか潰れた。


 残った者たちも、何が起こったかわからない――


 会議室の空気は主にそんな困惑による停滞に支配されていた。


 どうしようもないほど強大な何かに直面したとき、ヒトの反応は大きく分けて二つだ。


 もちろんすぐさま逃走を開始できる者もいるが。

 それを危機であると認識できず、ぼんやりと眺めるだけ。


 そんな後者の反応に対して飛逆は刀を振るい、麻痺毒を飛ばして一瞬で無力化する。


 本命であるヴァティは――

 ウリオとかいう青年だろう。彼に抱き上げられて、部屋から出るところだった。


 飛逆が鯉口を切ったタイミングから逃走を開始していなければ間に合わない距離だ。飛逆が有象無象を無力化した時点ですでに部屋から出て、その扉が自動的に閉じかけている。


「クッ――」


 込み上げてきた笑いが喉を鳴らす。


 そうこなくては。


 あのウリオとかいう青年は、飛逆の襲来を想定していた――わけではあるまい。

 ただいかなる突発危機的状況に対しても備えていただけだ。

 本当に常に、考えているのだろう。いかにしてヴァティを護るか。それだけを。


 そんなウリオの意気を台無しにするように、縮地。


 閉じかけた扉に迫り、溶解毒を纏わせた脇差しと、熱現象を操り髙周波を纏わせた小太刀を振るい、ただの壁と化した扉を細切れにする。

 ほぼ同時に震脚――

 瓦礫のような壁の破片が散弾のように飛び、横に延びる通路を行くウリオの背に迫る。


 けれどさすがにそう上手くは行かない。ウリオに担がれたヴァティは手を振るような挙措でもって壁の四方から枝を伸ばし、瓦礫を受け止めた。


 それに対していちいちかかずらうような精神性を持たない飛逆は、縮地を行いながら脇差しを腰の鞘に戻すやその腕で空気に対する浸透勁を放つ。


 絡まって壁になりかけていた枝が吹き飛び、破片が再び散弾と化す。


 埒が明かないと見たか、ウリオはヴァティを前方に放り出して、振り返り――その腕を神樹化させた。


 通路の縦面積半分を占める大木そのものが大砲さながらの速度で散弾を弾き飛ばし、飛逆を圧殺せんと迫るが、もちろんそんなもの、溶解毒と髙周波の前には大した足止めにもなりはしない。


 腰から脇差しを抜き打ち、すでに繰り出していた小太刀のそれと合わせて一息の間に数百の斬戟を見舞う。もちろん進みながら。


 片腕を失いながら尚も何かをしようとしたウリオに、


「寝てろ」


 聞こえるはずもない声を掛けて、その横っ腹を蹴りつけ、吹き飛ばし、

 壁に激突した彼はさすがにそのまま昏倒した。


 けれど念のために自分の手首を小太刀で斬り付けて赤毛狼を召喚。ウリオの腕の付け根を舐めさせてそのまま待機を命じる。


 さて、とここでようやく動きを止めた飛逆は前を睨み付ける。


 ヴァティは、なにやら手すりらしき段差の上に立って、眉根を寄せた笑顔で、飛逆を見返してきた。

 その後ろは空間が広がっている。

 どうやらそこがこのシェルターの中心部らしい。すべての区画に通じているのだろう。


「手加減、してくれたみたいだね。助かるよ」


 ヴァティはウリオを見て、その腕だったところの付け根から垂れ流しになっていた血液が止まっていることを、どうやら言っていた。


 赤毛狼に命じたのはウリオの止血だ。もちろん麻痺毒も喰らわせたが、フィブリンのような異能化学物質を塗ったのだ。


「でもわからないな。殺さないってことはボクたちの話を聞いてたってことだよね。なんでこのタイミングなんだい?」


「……まだ閉じ終わらないのか? さっさとしろ」


 時間稼ぎの会話に付き合うのは面倒だった。

 刀を鞘に戻して、これ以上の追撃をすぐには仕掛けるつもりはないということを示す。


 飛逆の精気感知には、ヴァティが各通路へと信号を送っていることが感じ取れていた。

 その他の住人がこの中心広間に訪れないように、自分たちの戦闘から閉め出すために。

 彼らを護るために。


「ああ、バレバレかぁ……。でも本当にわからないな。ボクのクランを滅ぼしにきたわけじゃないんだったら、なんだってこのタイミングなのかな。ここまでボクに感知されずに侵入できたってことは、キミは文字通り、ボクの寝首を搔くことだってできただろうに」


「いつだって同じだ。直前まで気配遮断してたのに、ソイツは俺が天井を刳り抜く前から気付いてやがったんだから」


 おそらくは会議室に飛逆が匍匐で近づいたときにはすでに奇妙に感じていて、それが鯉口を切る音で一気に確信に至ったというところだろう。


 けれどそんなわかりやすい『気配』がなくとも、どのタイミングであっても、必ずウリオとやらは気付いてヴァティの盾となろうとしただろう。結果、ほんの些少とはいえ時間を稼ぎ、結局飛逆はヴァティとこうして相対することになっただろう。


「んー? 順序がおかしくない? ウリオがそれに気付けるくらいの勘のよさがあるってわかったのが、行動を開始した直後なんだよね?」

「そうだな。正確には、ソイツが気付けるかどうかが知りたかったっていうのが本命だ」

「なるほど。テストしたってわけだ。使えるようなら生かしておこうって感じ?」


 納得と安心に加えてヴァティはどこか、自慢気だった。自分の『氏族』とやらを誇らしく思っているからだろう。


 それが飛逆の気に障る。


「赤毛狼、ソイツをやれ」


 一切の逡巡もなく命じた。


「っ、な――」


 ウリオを護ろうと壁面を操作するヴァティだが、赤毛狼に単純な物理攻撃は無意味であり、枝の攻撃をすり抜けた赤毛狼の牙はざっくりとウリオの首に突き立った。


「――」


 血が吹き出たり、ウリオの身体が崩れたり、そういった何かがあったわけではない。

 けれど精気(オーラ)を感知できる眷属を持つヴァティには、わかっただろう。ウリオの精気(オーラ)の循環の一切が停止したことが。


 しばらく完全にヴァティは放心していた。


 毒の【能力】を使い果たした赤毛狼が血滴となって床に染みを作る。


 やがてのろのろと動いたヴァティの視線が、飛逆に向く。


「なんで?」


 怒りよりも悲しみよりも、ただひたすらな困惑がその声と表情には浮かんでいた。


「配下には困ってない。それに、どうせお前以外には従わないだろ、コイツ」


 忠誠という意味では怪しいが、少なくともこの男(ウリオ)だけは間違いなく、ヴァティを理由に氏族とやらに属していた。

 決してヴァティ以外には従わないだろう。仮初めに従ったとしても必ず飛逆に不利益になることをする。


「アハッ、アハハハハハハハハハ――」


 ヴァティはさも可笑しいというように腹を抱えて笑う。

 気を違えた感じではない。

 健全すぎて狂った笑いだ。


「つまりあれかー、キミはボクの反応が見たかったからウリオを生かして、殺したんだね?」


 笑いすぎて涙が出たらしいそれを指先で拭いながら、確認してくる。


「いや、単にムカついたからだが」


 殺す理由がなかったから殺さなかっただけで、理由ができたから実行しただけの話だ。


「――キミ、おもしろいね。すごくおもしろいことを言う」


 酷薄なまでに愉快そうに笑いながら、ヴァティは言う。


「いい加減終わったか?」


 取り合わず、再び二刀を抜きながら問いかける。


「ああ、うん。終わったよ。ところで質問が一つあるんだけど、それを答えてからにしてくれないかな」

「なんだ?」

「キミ以外の【全型】はまだ生きているのかな?」

「モモコともう一体も無事だぞ」


「そっか。教えてくれてありがとう。――じゃ、やろうか」


「ああ」


 そんな軽い調子の頷きを合図に、死闘を開始した。




 〓〓 † ◇ † 〓〓



 植物を意のままに操る【能力】。

 これははっきり言って反則だ。


 飛逆が神樹に初めて襲われ、その正体をミリスに“神”だと言われてすぐには否定できなかったのは、それが反則だと感じたからだ。“神”の領域に程近い。


 【能力】が強大であるから反則だと感じたのではない。実際強力ではあるものの、その繁殖力や攻撃力を除けばさほど特筆すべき特性を持たない。


 炎や雷、水や空気、土石の操作というのは極めて特異な【能力】であり、実に怪物らしい。怪物らしく、不条理だ。

 植物を操作するというのも、不条理だ。


 けれど、不条理の桁が違う。


 なぜならそれは、『生命』を操る【能力】であるからだ。


 異能を研究し、その解明に足がかりが付いた今ならば、例えば【紅く古きもの】にとって炎というのは彼の一部分であり、ある意味で生命の欠片のようなものであるのだと直感できる。故に、ダークエルフのそれと本質的な差はない。


 けれど、やはり反則であり、不条理なのだ。


 それのみで自己生産が可能であり、制限はあるものの自律的に駆動し、繁殖も可能である生命を生み出し、操る。


 生命を『現象』に貶めている。


 不条理なのは、それをただの【能力】として扱えるダークエルフ:ヴァティの精神性だ。


 つくり(、、、)が違うと言っていたが、なるほど。少なくともヴァティの精神はヒトのそれではありえない。


 おそらくは一番近しい側近であるウリオを殺害されても激昂しなかったのは当然だ。


 ヴァティにとってそれはごくごく当たり前にあり得る『現象』でしかない。悪意的な比喩で言えば、それは道端に落ちているガラスの破片を踏んでしまったくらいのものだ。


 自らが生み出した『生命』を、これまでに何百何千と(こわ)されてきた。

 また(ころ)されただけ。


 それはヴァティにとっての日常。


 怒りも悲しみもそれに伴う苦しみも、いつものこと。


 多少上書きされたところで大した意味を見いだせない。


 非常に不本意で、不愉快なことながら、ヴァティのそれは飛逆と似ている。


「ああ、本当に気に食わない」


 誰にも聞き取られない呟きを零しながら――縮地。


 接近と同時に繰り出した二刀からの斬戟は、けれど四方から伸びた枝によってそのベクトルを反らされる。


 と同時にヴァティは床からまるで布のように薄い、けれど強靱な樹皮を引っぺがした。

 樹皮を翻し、マタドールさながら、飛逆の突進を受け流す。

 もちろん一瞬にして枝も樹皮も細切れにするが、その斬戟の隙間を通すかのように、薄い膜の樹皮が飛んでくる。


 枝や樹皮の破片でよく見えなかったが、ヴァティはまるで羽衣のように樹皮を纏い、その端を刃にしている。


 鞭のような動きだが、予備動作が一切無いために飛逆の反応も僅かに遅れ、避けられずに斬戟を戻して受け止める。と、樹皮は絡まって刀を封じに来た。


 溶解毒と髙周波を纏ったそれぞれの刀はそんなもので封じることはできない。絡められたと見るや即座に前に出ながら二刀を振り抜き、同時に震脚で床から飛び出ようとする鋭い枝の出先を封じる。


「あらら」


 もちろん衝撃波はヴァティにも及ぶ。床から伸びる樹皮を纏うヴァティはモロに衝撃を受けるが、そうと見るや床から樹皮を離脱させ、衝撃に逆らわずに跳んだ。


 飛逆も追った。ヴァティよりも高く飛び上がり、上から撃ち落としの斬戟を見舞う。


 受け止められた。溶けたり破けたりする樹皮だが、一瞬だけ停滞を生み、その付け根である腕に残りの樹皮が両腕を結ぶようにして絡まる。

 単純に引きちぎってもよかったが、思うところあって飛逆は空中で身体を入れ替え、ヴァティの腹にただの蹴りを入れる。


 床に激突するヴァティから離れた間合いで、着地した。


「いったいどれだけ生きてるんだ、お前」

「あたた……って、なんだって?」


 普通の人間なら内臓破裂する蹴りを喰らって床に激突したヴァティは、けれど「あたた」で済む程度のダメージしか受けていない。正確には、ダメージを受けても床やら壁から即座にエネルギーを受け取って回復しているようだ。


「反応速度はモモコより遅い。動きも大した速さじゃない。力も大したことないが、俺の攻撃に悉く対処できるって、どれだけ生きてきたらそんな風になるのか、少し興味がある」


「あーまあ、いくら接近戦が苦手って言ってもこれくらいはねー。ここは言ってみればボクの体内なんだし、地形効果ってヤツ?」


「全部俺の動きを先読みしていないと間に合わないのにか?」

「ニンゲンの身体の動きなんだから当たり前じゃないか」


 きょとんとして、本気で何に疑問を持たれているのかわからないという態度だ。

 見た目の運動法則を裏切る縮地を見切っておきながら、その物言いだ。


「ま、そんなどうでもいいことより、今度はこっちから行くねー」


 ヴァティが軽く手を振ると、一斉に床から壁から柱から、筒状の突起が飛び出す。

 扇状に展開されたそれのすべての口は飛逆を向いている。

 間髪入れずに、種ライフル弾が射出された。


 これらすべてを斬り落とすのはさすがに現実的ではない。軽くバックステップした飛逆は赤竜の腕で浸透勁を放つ。


 けれど数発が爆炎を抜けてくる。芸が細かいことに、それぞれの弾速は一定ではなかった。おそらくは窒素であろう推進剤は種内部にも溜め込まれていて、二度噴射する方式のようだ。


 それは脇差しで斬って落としたが、同時に高い天井から種ライフル弾よりも二回りほどの口径の種が落ちてきていた。飛逆は更にバックステップしようとしたら、いつの間にか本当に小さな凹凸が踵の直後に形成されていて、僅かに体勢が崩れる。


 そんな僅かな隙を突くように、斜め下の床から枝が、柱の上部から茨の鞭が、更には前方から再び種ライフル弾の射出音が。


 文字通り四方八方の攻撃を、飛逆は震脚と同時に右腕でアッパーカット。

 軽めの遠当てで上方の種は焼き尽くし、茨や枝はその仰け反らされて、そんな一瞬の隙に二度目の噴射が始まる直前の種ライフル弾を斬って落とした。


 さすがに前方からの何発かは当たるが、減衰した威力ではネリコン製コートを穿てない。

 そのまま中心線の種ライフル弾だけを斬って、視界を塞ぐ爆炎を突っ切る。


 そして、樹皮を殻のように纏ったヴァティに迫り、樹皮を十字に切り裂いて中身を確認するや――その四肢を樹皮ごと切り落とした。


「あらら……」


 達磨にされたヴァティは相変わらずの脳天気な声を上げて、床にどしゃっと落ちる。


 その胸を足で踏みつけて、


「俺の勝ちだな」


 大した感慨も浮かべず、飛逆は宣言した。


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