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88. 緊急会議

 ぐるりと巡ってみた結果を言うと、もしかしたら住人数は百を超えているかもしれなかった。広さと話し声や息づかいを聞いた感じからの概算だが。


 正直、この地下街の広さを侮っていた。外周だけを巡るつもりが、それさえも難しかった。横歩きの上に音に気を付けているせいだ。しかもたまに底が抜けたようになっていて、足場がないところもある。


 分析した結果、どうやらこの地下街は三重構造になっている。巨大な円形の内側に大きくくり貫いた四角形で区画を作り、その区画の中で更に二重構造の壁を作って、部屋を構築しているようだ。


 一言で言ってシェルターである。


 もちろん飛逆の全力で消し飛ばすことが不可能ではないだろうが、想像していた以上に堅牢な構造だ。これを十日かそこらで構築したのだったら感嘆せざるを得ない。というか攻略が面倒臭い。


 ある程度複雑な構造ということで、いっそ内側に這入るかということも検討した。

 だが例の感覚の鋭い青年にこれ以上の疑惑の要素を与えるのは上手くない。そこで一応持ってきていた『流体操作』で気流を操り、誤魔化そうとしたのだが。


 【言語基質体】をインジェクトしていたために、影の方に入れようと――


(って、あっぶね……)


 思わずいつものように【能力結晶】を影に落とそうとした飛逆は、潜入調査を始めてから一番のポカをやらかしそうになっている自分に気付いた。


 今飛逆がいるのは、怪物の体の一部の上なのであり、【能力結晶】をインジェクトできるのだ。それをやってしまえば、いくらなんでもヴァティとやらも察知するに違いない。


(と、いうか、そうか。月光が届かないんだな……怪物の体に遮られて)


 思わぬ陥穽であった。


(そういえば、月光がイキモノの体でしか遮れないって言うルールもあったな、そういや)


 見落としというか、これまでほとんど影響してこなかったせいで忘れていた。


 今更だが、どうしてあの月はそんな奇妙な光を発しているのだろう。飛逆たちが【能力結晶】が塔からの恩恵であると考えたのは、その光によってできる影に【能力結晶】をインジェクトできるという奇妙な性質からだった。


 仮に、【能力結晶】がダークエルフ:ヴァティによって製造されたものであり、影にインジェクトできることが副産物ではないのであれば、ヴァティはあの月光の正体を知っていると考えるべきだ。


(……ってことは、あのドームの蓋を閉じたのは、月光を遮るため、か?)


 飛逆たちの知らない月光の有益な使い方があるのではないだろうか。だとしたらそれを封じることに意味はある。


 少し考えるが、検証材料が足りない。何かあるのは確かだと思われるのだが、せいぜい眷属が月光をエネルギーに変換する機能があるとか、今更なことくらいしか思い至らず、現状に影響してくるとは考えづらかった。


 さておき、外周を巡るのはあまりにも手間と時間がかかりすぎる。どうにかして内側に潜入したいところだが、どうしたものか。


 空気の熱運動を操って、どうにかできはするだろうが、気配遮断と同時に行うのは負担が大きすぎる。それこそ全能解放しないととてもではないが追いつかない。全能開放は気安く開閉できるわけでもなく、閉じた直後は完全な行動不能に陥る。割に合わない。


 仕方ないので、上下の区画であろう床と天井の間のような隙間を匍匐前進で進み、中心部を目指してみる。擦れる音がどうしても生じるのが厄介だったが、この分厚さを通して聞き取られるようだったらもう諦めるしかない。通風口からはなるべく遠ざかり、どうしても近くを通らざるをえないときには極力音を殺して進む。幸いにして風の音もある。紛れさせることはできなくはなかった。進路はヒトの音が集まる方向へ。


 そして結構な時間を掛けたところで、目的の声紋を耳が捉える。

 ゆっくりと近づき、再び聞き耳を立てた。


『――はい、というわけで朝ですよー。みんなよく眠れたー? ボクは眠れなかった。なぜなら【全型】がついに行動を開始したから! それで神経質になったウリオがボクを寝かしてくれなかったから! だから早朝から緊急会議開きました! みんなウリオをなじっていいよ! 寝かせろよ! 眠いよ!』


『私がなじられることは別によろしいのですが、一言申し上げますと、いずれにせよあれだけの爆音が響けば皆、そもそも安眠などできようはずがありません』


『一言長いよ!』


『皆に安心をもたらすべく、緊急会議を開くことと相成りました』


『シ・カ・ト、されたー。これってイジメ? イジメだよね。ボクって偉いんじゃなかったっけー?』


『ヴァティ様はこのように徹夜でテンション高いですが、皆様お気になさらず。各区代表は今回のことで現れた住民への影響の報告を開始してください』


『うわー、寒い。寒いよ。ウリオと漫才して掴みはオッケーとか思ってる自分が何より寒いよ。みんな愛想笑いしてるだけなのにさー、調子乗ってさー。だからプレゼンって嫌いなんだー。議長とかサイアクだよねー。もうホントボク抜きでやってくんないかなー。なんならコント笑いを演出する側に回るよー? 笑いどころでワハハハ言って手を叩いてればいいんでしょー』


『僭越ながら、ヴァティ様。そのようなことを仰せられることが何より寒いかと存じます』


『ワハハハ!』


 とかなんとかやりながらも、報告とやらは挙げられていく。どうやらこのコント紛いはいつものことのようだ。


 八人からの報告が終わる。


『影響なし、と言いますが、ハルドー。医師としての実際の所見はどうです?』

『影響がないという意味では正解ですな。ただし、元々挙がっていた問題に隠れているだけということはあるでしょう』


 ヴァティのノリは無視して進行する議会は総じて『今回のことが影響しているわけではない』という結論に集約され、それに対して中年から壮年くらいの声が肯定しつつも問題点を挙げる。


『元々挙がっていた問題ー? ってあれのこと? ご飯が美味しくないって奴?』


『単刀直入に申し上げて、ヴァティ様がお造りになった果実及び木の実が不味いという奴です』


『ザックリ刺してくるよねぇ、ホントーに。ていうかてゆかー、むっちゃ栄養バランスとか気を付けたんだけどなー。それだけ食べてればいいってくらいに。それじゃ味気ないっていうから色々用意したのにー……。ボクの血肉の結晶がそんなにイヤか!』


『イヤに決まっているでしょう。その表現を聞いて益々食欲が失せました』


『ボクはどうしてこの男を生かしているのかと自分で不思議になることが稀によくあるんだ』


 不必要なコントを受け流すようにして、そこにハルドーなる声が割り込む。


『食事だけの問題ではありますまい。不定愁訴ですな。つまりは慢性的に皆不安なのです』


『ヴァティ様。ハルドーは食事の問題を否定していませんが、そこは悪しからず』


『わかってるよ! っていうかなんでわざわざ揚げ足拾ってまでボクを刺しに来るの!?』


『――【全型】がまたしてもこの地下へと攻撃を開始するのではないか。そのような不安がこのハルドーにもないわけではございませぬ。半分……失いましたからな。単純に、次はない、と考えてしまうのも致し方ありますまい』


 ハルドーが相変わらずの無駄なノリには付き合わず、話を戻す。


『まあね。ボクの使い魔の防御を貫いた挙げ句にその遙か地下まで攻撃を透せるなんて、正直言って想像もしてなかったよ』


『やはり、勝算はありませぬか』


『皆無ではないけど、小さいかなー。やっぱり。ボクって陣取り合戦が得意なわけで、それに引き込んでもせいぜい互角だからねー。ボクが新しい力に目覚めるとかでもない限り無理』


 ヴァティの内容に反してあっけらかんとした物言いに、どうやら会議室の空気は沈痛なものになってしまったようだ。

 しばらく誰も発言しなかった。


『とりあえずボクの血液でも飲んでリフレッシュしよかっ!』


 シュルシュルと蔦が這うような音が幽かに響く。続いてコポコポと液体が注がれる音。

 どうやらヴァティの言うところの『使い魔』からその樹液をカップか何かに注いでいるようだ。


『ヴァティ様。身を張ったギャグのおつもりかもしれませんが、飲む気が失せます』


『そこは、「オメェの血は何色だ!」って突っ込んでくれないと』


『僭越ながら、凍えそうです。ここまで来るとヴァティ様が面白いくらいです』


『鼻で笑った!? もはや慇懃無礼ですらないよね、キミ!』


 そんな閑話を挟みつつも、会議は再開される。


『まあ交渉で片を付けようってことになったわけなんだけど、こうして不満ばっかり言うってことはキミら、実は不服なわけ?』


『家族や仲のよい友人を失った者は少なくありませんからな』


 ハルドーが少し躊躇った後に、総意を代表するように言った。


『ボクにしてみれば、被害があんだけで済んだことを幸運と思って欲しいけどな。そうとは割り切れないのが人心って奴なんだねー。わかりはするけど、だからって玉砕覚悟で戦い続けるのもねー』


『頭では、わかっているのですよ。ヴァティ様が勝てないと言う以上、勝てないということくらいは、皆も』


『はっきり言っていいよー。乗る船を間違えたって』


 再び重苦しく沈黙が会議室を占める。

 クピクピと何かを飲む音が響き、小さな吐息を一つ。


氏族(クラン)を作ったのは間違いだったかもね。キミらニンゲンは、自分が何もできないのに、できると信じた誰かができなかったら責める習性がある。自分ができないのはその信じた誰かのせいだって思っちゃうのかな? そこはわからないけど、知っていたのに、独り寂しさに負けたボクの責任だ。謝るよ』


『ヴァティ様を責めてなど……』


『そうかな? 要はボクが例の【全型】に対抗する力がないことを責めているんじゃない? それを、ボクがボクの氏族を殺されたことに何も感じていないとか、人心がわからないとかって言葉に代えて、内心でやっぱりボクを責めている』


『……』


『感じてないわけないんだけどね。ボクはキミらとはつくり(、、、)が違うから、キミらのそれと同じものではないだろうけど』


『ヴァティ様。我々を生き残らせるために和平交渉を持ちかけるのだというお考えはわかります。ですが、私個人に限って言わせていただければ、果たして交渉が成り立つ相手であるのかどうか、それが不安です』


 深刻な調子を含まないヴァティの深刻な発言の不足を補うように、ウリオが引き継いで懸念を挙げる。


『大丈夫。ボクの考えているとおりなら、いくつか情報を渡せば最低でも話は聞いてくれる』


『ヴァティ様のお考えどおりというのが不安なのですが……』


『キミは本当にボクへの信用ないなぁ。このやりとり何度目だよ』


『ヴァティ様への信用というよりも、例の【全型】への信用のなさがそれを上回っているのです』


『何気にボクに信用ないの否定してないよね』


『ヴァティ様が対処を講じなければ我々は確実に全滅していました。その上、地上を全壊させた破壊魔をいかにして信用しろというのでしょう』


『言われてみたらそりゃそうだけど、それと比べてしか信用されていないボクってキミのなんなのマジで?』


『話の腰を折ってばかりいないでお答えになってください。我々を納得させていただきたいのですよ。なぜ件の【全型】は話が通じるとお思いなのです?』


『なんでボクがはぐらかしているみたいなことになってるんだろう』


 なにやらブツブツと言い募るヴァティだが、ウリオに反応がないのでやがて諦めたようだ。


『――要するにキミらがいるからだよ。モモコちゃんの話では、彼は国を作ろうとしていたらしい。ボクらは仮にもミラージュ・シティの中枢機構だからね。そのことを伝えれば、きっと欲しがると思うよ。【能力結晶】の製造法とか、治世のノウハウとかを』


『それが話が通じることの根拠にはなりません。それに、実際の所ヴァティ様は治世をほとんど行ってきてはいないではないですか』


『だからこそ、クランのみんなを生かす必要があるって思ってくれると思うんだけどなー。実際に動いてきてきたのはキミたちで、だからこそ価値があるんじゃないか』


『ヴァティ様、それではご自身が危ないと』


『ボクが【能力結晶】にされることと引き替えにクランのみんなは助かる。これ以上の上出来な結末ってあるの?』


 あまりにもあっけらかんと、ヴァティは自分の首を差し出すことでこの戦いに決着を付ける気であるのだと、宣言した。


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