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84. トラップ

 空間転移門に関してまだまだ判明していないルールがあることは確実だった。

 というのも、神樹に最も初めに襲われたとき、飛逆は転移門を開いて逃げた。すると、神樹の根が追ってきた。


 これがおかしい。


 飛逆の仮説によれば、空間転移門は転移対象を一旦別空間に収納した後に改めて転送している。けれどそうだとしたら、神樹の大本と繋がっているはずの根が、繋がったまま飛び出してきたのはおかしい。この事実が成り立つのなら、イルスは神樹の枝が転移門から飛び出しているところを目撃しているはずだ。


 これは矛盾である。いくつかこのパラドクスを成り立たせる理屈(塔内同士を繋ぐ転移門と内外を繋ぐそれはやはり別の機序である。一定以上の体積、質量は門を挟んでも通過する。誰かが通過した直後なら転送が継続される。等々)は思い付くが、それらのどれなのかを証明する術がない。


〈そのときのこと~って関連で思い出したんですけど~、ゾッラたちがあの時発芽しなかったのもよく考えたら変ですよね~〉


「それはあんまり変じゃない。モモコの腹の中にあったのも神樹の一部のはずだ。ゾッラたちの発芽は転移直後じゃなかった。発芽する合図が常に発信されているわけじゃないのはこのことからも明らかだ。あの根からは発芽を促す合図は発信されていなかったっていうのは矛盾じゃない。そもそも俺と一緒に外に出たヒューリァはあの時まだ種が入ってたはずなんだからな、ゾッラたちより先にヒューリァが発芽してないことでもそれは証明されている」


 まあ、飛逆の唾液によって変質を始めていたヒューリァはすでに種を根絶していた可能性もあるのだが。もしくは合図は花粉のようなもので、熱によって失活、希釈され、効果を発揮できなかったのか。やはり色々と考えられる。


〈現象論ってこれだから~……。要素が多すぎるんですよね~……〉


 なにやらミリスはうんざりしていた。


 飛逆も割とうんざりしている。割と検証してきたつもりだったが、こうも筍みたいにポコポコ見落としが出てくると、解呪法の開発が行き詰まったのもさもありなんというところだ。


 色々言い訳はできるが、結局は、せめて落ち着いた直後にはダークエルフを捕らえに行くことを検討しはじめるべきだったという結論になる。


 せめてもの時間の節約として、ミリスフィギュア(デフォルメ版)を量産しながら、そんな溜息混じりの話し合いをする。


 ミリスがネリコン素材を生成し、飛逆が成形するというラインだ。


 なぜフィギュア型なのかというと、外に放り出した途端に攻撃を受ける可能性があるため、なるべく感度が高いほうがいいと結論されたからだ。その分攻撃を受けることの感覚がミリスに伝わるが、ミリスはMだから大丈夫だろうというのは冗談として、だから頑丈なネリコン素材を選択した。防御力が高ければそれだけミリスの感覚も保つらしい。ネリコンの存在を知られたくはないので、飛逆たちの武具のそれよりはワンランク落ちる素材だが。


 できた端から赤毛狼に持たせて外に繋がる転移門の傍に運ばせる。一度に五体くらいを送ればその分周囲を観察することができるだろうし、いずれにせよ余分があって損もないということで、量産していた。おかげで飛逆のフィギュア作りの腕はめきめき上達していく。


 因みにミリス垢の赤毛狼を介して後でその情報を飛逆も参照できる。ミリスの分析を信用していないわけではないが、最近だけの例を見てもやはり一人で考えても限界があるわけで、同じ情報を二人分の視点で以て検証できるのは大きい。


「こういうのの便利さを実感するに、電子演算器(コンピュータ)って偉大だなと思う」


 関連書物と情報技術の授業で学んだ程度しか知らないが、できることにどんなことがあるか程度は大まかに把握している。


〈本当ですよねぇ。擬有機デバイスの台頭で危ういところでしたが~、やっぱり自分でスクリプトとか組めるのって安心感ありますし~、まだまだ廃れないと思います~〉

「……いや、擬有機デバイスって、何だよ。有機ってポリマー? 何が擬? そんで装置?」


 さも当然のように意味不明の単語の組み合わせを引き合いに出されても困る。


〈あ~、ワタシの元の世界での~、まあ要するにナノマシンみたいなものでして~、ハードでありインターフェイスみたいな……う~ん、説明、難しいですね~。人造ミームが自然的ミームと組み合わさって独自にビルドアップしていくので携帯性がいいんですけど~、環境依存性が強く~バリエーションに富んでいる反面~個人固有性が低いというか~〉


「うん、さっぱりわからん」


 想像していた以上にミリスの元の世界はSFっぽい感じだった。いや、彼女が何言っているのか本気でさっぱりわからないのだが。


〈これをモデルにワタシの髪で霧形態のアカゲロウちゃんと似たような仕組みを作ってみようとしたんですが~、なぜか枝毛ができただけでして~〉


「それ、ただのネタじゃなかったのか?」


〈いえまぁ~、ワタシの髪に枝毛ができるって~、それはそれでありえない事態だったんですけどね~。因みに~、ワタシ垢アカゲロウちゃんでも再現できず~、やっぱりワタシの髪が枝毛になりました~〉


 言われてみれば、ミリスの異能そのものと言える髪が物理的な要因無しに裂けるというのは不思議と言えば不思議である。

 ただ、現象が現象だけに重要度を感じられない。実際異常事態というだけであって、何かがあるわけではない。ただ、おそらく赤毛狼はあくまでも飛逆の【能力】であるために、飛逆のイメージを越えるものは反映できないということなのではないかという仮説は立つ。ミリスの髪が裂けてしまったのはその現れとみることができるわけだ。もしもミリスの持つ知識を飛逆が自分のものとすることができれば、実現できる可能性があるということだ。


 そういうわけでミリスの持つその擬有機デバイスとやらの概要を教わってみる。慣れてきてしまってフィギュア製作だけだと気が滅入ってきていたのだ。

 けれどミリスもそれの専門家ではないということで、どうにも飛逆に詳しく教えられるほどではなかった。根本が漠然としすぎていて、今度時間があったら改めて、そのデバイスで『できること』から逆算してみようという話になった。


 そんな雑談をしている間にミリスフィギュアを百体作製し終わる。


「しかし終わってから言うのもなんだが、……不気味だよな」


 ヒトの形をしている物がずらっと並んでいる様子は、変な威圧感がある。五十体を越えた辺りから変なテンションになってポーズを動的にしたりしてしまったことも不気味を演出している。順番よく並べたらクレイアニメが撮れそうだ。たった五十コマだが。


〈ワタシも思いました~。いくら素晴らしい造作・造形だとはいえ~、ここまで揃うと不気味ですね~、遺憾ながら~〉


「しかもこの百体、別に使い切るとも限らんわけで」


 ミリスの迂遠な自画自賛はスルーした。


〈巨人兵の核にするから問題ないですよ~〉


「それでも使い切れるかわからんだろ。つーか思った。赤毛狼の変形コードを利用して特定の型だったらすぐに再現できるプログラム組めばよかったんだ。素材食った赤毛狼を共食いさせて変形したのを分裂って出力にすればいいか?」


〈あ、三次元プリンターって手がありましたか~〉


「もちろんすぐには難しかっただろうが、百体を成形するのとどっちが楽だったかっていうと、今後も利用価値があるほうの開発をしたほうが効率的だったよな……」


〈それができれば~、巨人兵のパーツを量産できますね~。ワタシのほうで少しずつ進めておきます~〉


 任せることにした。


 ところで飛逆たちがそんな苦行みたいな作業をしている間、ヒューリァが何をやっていたかというと。

 彼女にしかできない仕事、つまり【神旭】の研究である。


「で、どんな感じだ?」

「やっぱり難しいっていうか、根本的にね」


 ネリコンを前にまるで飛逆がそうするように瞑想しているヒューリァに話しかけると、ふっと戻ってきたヒューリァはかぶりを振る。


「わたしたちにとって【神旭】っていうのは、ひさかたちのいうので、パーソナリティっていうのの象徴だったんだ」

「術者の個性ってことか」

「……わたしが【紅く古きもの】を降ろす宿り木に選ばれたのも、【神旭】の色が一番適合したからだし。【神旭】を出せるようになるまでに、そうなりやすいように調整は受けてたけど、結局は生まれ持っての才能みたいなのが大きかったんだよね。少なくともわたしは、生まれ持った色を完全に塗り替えるようなことは不可侵っていうように教わってた」


「そう言うと、本当は無個性な色っていうのに調整できるのにやらなかった、って聞こえるな」

「こうやって研究っていうのをやってみると、本当にそうだったんじゃないかなって、最近はね、思ってる」


「まあ、開発研究って言うのは最終的には物事の固有性や特別性を無くすことになるからな」


 神秘をただの現象に貶めるというか、そんなところがある。故に古来から神秘と科学は衝突してきたのだ。飛逆に言わせればただの考え方の違いでしかないのだが。天使の存在を許容する一神教のジレンマみたいなものだ。


「うん。実際おかしいんだよね、思い返してみたら。わたしは【古代術式伍の型】しか使えないけど、古代の英雄とかって、そんな制限なかったみたいに読める記述がけっこうあったし」


 そういえばヒューリァは古代語の修得なんてものをした巫女だった。古代伝記に触れる機会が割とあったわけだ。


「英雄だからそれができたんじゃなくて、当時はそれができた者を英雄として祭り上げるため、後代では英雄が簡単に生まれるのを防ぐため、情報規制されたってところか」


「うん、ひさかが国のシステムを作るとか言ってたときのこと思い出したら、そうじゃないかなって気付いたっていうか。今までそのことを疑問にも思ってなかったんだから変な話っていうか。思ってもわたしの読解が間違っているか、物語として誇張されてるんだろうって決めつけてたんだ。これを先入観っていうんだな、って」


 だからできないと決めつけずにやってみようと思えるのだと言う。


「やってもらっててなんだけど、もしも【能力結晶】に免疫抑制コードがあったなら、【神旭】と【魂】のどちらの問題も解決する。あんまり気張ってやらなくてもいいぞ」


「ううん。もしこれができるようになったら、わたしの術式も応用が増えるから、やるだけやってみる」


「英雄になりたいのか?」

「そんなんじゃないってわかってるくせに」


 ジトっとした目で睨め上げてくる。


 まあ、確かにそんなんじゃないのはわかっている。おそらくはより強くなることを単純に求めているだけだろう。なんのために、というのはともかく。


「もちろん、【紅く古きもの】をただの『現象』っていうのに貶めるためなんだから」


「……」

 そっちか、と。かなり意表を衝かれた。


 最近はあまりその嫌悪を通り越した憎悪を表に出さないから忘れていたが、ヒューリァの中でその復讐(?)の手段が今までとは変わって、しかも具体的になったために鳴りを潜めてたように見えていただけだったらしい。明確な目標があると傍目には大人しく見えたりする。


 権威を失墜させることを以て復讐とする。

 それ自体はありふれている。だから理解はできるのだ。


(でもヒューリァ、それは【紅く古きもの】を『ただの現象』ではないって認めているからこその発想だって気付いてるか?)


 所詮は人形を復讐対象者に見立てて攻撃するがごとき代償行為でしかない。

 それはわかっているが、指摘することは憚られた。

 結局どうすれば彼女の気が晴れるのかわからないし、復讐なんて生産性のないことはやめろとも言えない。


 その是非は結局本人にしか決められないことだから。

 どうして、そしてどれほどの復讐心が彼女にあるのか、どちらも飛逆にはわからないから。

 おそらく、彼女のどうしてを知っても、飛逆は共感できないことを予感している。おそらく今と同じように理解することしかできないだろう。


 それが二人の間で判然としてしまうことは、きっとお互いにとって残酷なことだ。たとえ暗黙の内にその齟齬を了解していても、瞭然としてしまえば微妙な気持ちになるものだから。


 そんな内心を誤魔化すように苦笑して、ここらで区切りを付けるように言う。

 ただの偵察とはいえ、何が起こるかわからない。一応警戒しておくに越したことはない。最初くらいは万全な体勢で臨むべきだろう。


〈それじゃ~、準備いいですね~〉


 ミリスの最終確認に、飛逆たちは肯く。


〈ポイっとな~〉


 変なかけ声と共に、外に繋がる転移門に赤毛狼がミリスフィギュアを投じたらしかった。




〓〓 † ◇ † 〓〓




人形を放り込んでから、


〈……〉


 なぜかミリスが何も音を発信しなくなった。


 実際には数秒しか経過していないが、ミリスらしくないな、と首を傾げたところで、


〈やられました~……そう来ましたか~〉


 と、溜息の気配と共にミリスの反応が戻る。


「どういうことだ?」

〈落とし穴っていうのは正解ですね~。ただし~、規模というか~、形状がちょっと予想外です~〉


「お前の悪い癖はいちいちもったいぶることだ。オペレーターとしてかなり失格だと思うんだが、そこんとこどうよ?」


〈ヒサカさんまでディスるんですかぁ!?〉

「いや、だから具体的なところを早く言えと」


〈わかりました~。今のところ~、攻撃は受けていません~。落とし穴っていうか~、縦穴ですね~。ヒト一人が転移したらほとんど埋まるくらいです~。って、あ、上のほうが閉じて行ってる~。つまり、ワタシの人形、捕獲されました~。元々暗かったのに光がまったく入ってこないので~、映像的な要素はまったく不明です~。ただ~、なんとなく横壁は土っていうより神樹っぽい感触ですねぇ。あ、それ以前に~五体の内三体と二体にそれぞれ分断されています~〉


「……」「……」

 ミリスの端的な実況を受けて、飛逆とヒューリァは顔を見合わせる。


「つまり、そうか……。すげー単純な罠っていうか、見落としだったな。外で転移門開くには、一間くらいのスペースが必要なんだった。そして何故か転移門は地面に垂直にしか開けないから上に出すのも無理。だから転移可能なスペースだけ空けておけば、転移された奴は身動きできなくなる上に転移門開いて逃げることもできない……」


〈ものすごく深いので~、もしもヒサカさんが範囲攻撃なんかで周囲を破壊すれば~、生き埋め待ったなしですね~。ヒサカさんなら死なないかもですが~、かなりのダメージを受けることは間違いないです~〉


 単純だが、非常に効果が高い罠だった。しかも不可避である。もしもミリス人形を投じるという案が出なかったら、飛逆に万が一があったかもしれない。


「……ところでこれ、どうする?」


「対抗策、ないよね……埋め立てても、周りが神樹だっていうなら、別のところに穴を空ければいいだけだし、取り除くのもそんなに難しくないし」


〈地中は根が待ち受けてますので~、『土石操作』で穴掘って逃げるのも自殺行為ですね~〉


 本気で隙がなかった。


「落とし穴と転移封じ、両方持ってこられたか……やられてみたら、これ以外無いってくらい効果的な罠だな」


〈一応~、ヒサカさんが火山作ったときくらいの出力で行けば~、吹き飛ばせるとは思いますが~……〉


「前回で俺の限界を見切られたってことだな。それをやったら前の半分も進まないうちに戻ることになる。そうなってもあっちには大した損はないんだよな。むしろ今回は、逃げようとしたときにこそ罠が待ち受けているかもしれない」


 いずれにせよ、こうなってしまえばすぐに打って出るのは得策ではない。赤毛狼のバックアップがあれば、周りの神樹を麻痺させた上で飛逆が全能開放、辺りを吹き飛ばしてから次々に送られる赤毛狼で精気を回復しつつ、攻めるという方法は取れる。だが、見落としがあり、思い至らない手段がまだまだあるという可能性が提示されたために、作戦を今一度検討しなおすべきだった。


「あれ? でも何かおかしくない? なんでミリスの人形、攻撃されてないの? 閉じ込めるだけって、攻撃しても悪いことないのに」


 そのヒューリァの疑問に、咄嗟には合理的な回答が思い浮かばない。


〈あ、ちょっと待ってください――〉


 とミリスが慌てて何かを探るような気配を出す。


 しばらくして、またしても溜息を吐くような音声でこう言った。


〈あ~、そういうことですか~〉


 怪訝な顔をする飛逆とヒューリァに、


〈ダークエルフからのメッセージです~。


――『遅かったね。話し合いの準備はできたかな?』〉


 ミリスの声帯模写によって伝えられたそのメッセージは、なんだか癇に障る響きを持っていた。


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