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76. ボトムアップダウン

 解呪法改め怪物封印術の開発は、予想できていたことだが難航した。


 ヒトの【魂】に選択的に精気を送り込むこと自体はさほど難しくはなかった。けれど怪物性を押し返すコードを書き込んだネリコンで疑似【神旭】化して打ち込むことで、ヒトの【魂】が強くなるという現象を観測したものの、それは一瞬だったのだ。


 まあわかりきった話。

 眷属の場合は、例えるならば細胞の核に相当する部分だけがヒトのそれであり、それ以外の細胞内小器官や細胞質などの一切が怪物のそれに置き換わっているような状態だ。すなわち代謝に相当する部分の機能はすべて怪物が担っているのであり、エネルギーを供給してもすぐさま怪物のほうに奪われて消費されてしまうのだ。今までと違うのは、これまではエネルギーの吸収と代謝を怪物部分が行っていたところが、吸収のところだけヒトになったというだけのこと。


 実験は失敗したものの、解呪は行っていないためにサンプルは失われていない。まだまだ試行錯誤の余地がある。


〈観念的に言えば~、ヒトの【魂】に『意思』がない~、という状態だと見なせます~〉

「俺のコードが意味を為す前にホメオスタシスに巻き込まれて分解されてしまっているってイメージだな。体はあるんだ。『意思』を呼び覚ますことはおそらくできるんだが、具体的にどうすればいいのかがわからん。麻痺毒のせいで意思というか、思考力が余計に弱体化しているのもあるとは思うんだが、これがないと選択的に注入することができないし……」


「ていうか、ミリスたちだったら別にこれでいい気がするんだけど」

「俺の経験上、すんげぇ痛いぞ。しかも肉体的な痛みじゃないのに体も痛いし」


 まあ【紅く古きもの】だからこそという可能性もあるのだが、程度の差こそあれ、痛くないはずがない。


〈眷属の場合もその痛みからの逃避として増幅コードを無視しちゃってるのかもしれないですね~〉

「つまり『覚悟』のないミリスには無理ってことだよね」

〈混ぜっ返さないでください~……〉


「今後もこの研究を続けて、汎用化を目指すなら、ゾッラが必要だ。最悪でも神樹の解呪はできるようにならないといけない」

〈ヒサカさん、ご自分に適用する気があったんですか~?〉

「何言ってるんだ。俺自身にどうこうって話じゃなくて、ダークエルフを打倒したら、次は国作りだぞ? 臣民に対する飴は必要だろう。ダークエルフはおそらく他国にも輸出に乗じて神樹の種を植えてあるから、それを安全に解呪できる技術があれば恩を売ることもできるし、ヒトを根本的に強化できればそれに惹きつけられる奴は絶対にいる。解呪と強化、両方が必須だ。そこに神秘を演出できる巫女がいればなお良し、だ」


 【能力結晶】の製法が知りたいのもそれが理由だ。


「あ、その話、まだ生きてたんだ……」

〈フツーに忘れてました~……〉


 そんな気はしていたが、やっぱり忘れられていた。


「塔下街なんて小国もいいところだからな。それが全滅したからって人間全体にとっては大したことでもないし、ダークエルフはわかりやすく自分の象徴を作ってしかも火山を埋めやがったから、あれを倒してしまえば他国の干渉・侵出はすぐにでも始まるぞ。最初の内は俺らの台頭を見せつけてやればいいが、いつまでもそんなの続けられないだろ。わかりやすい威嚇用の防衛戦力がいるし、それを維持するための社会的システムも構築しないといけない」


 原結晶を除いたとしても、塔は資源の宝庫だ。飛逆の現代知識にもないような素材もちらほら混ざっているし、何も【能力結晶】だけが人間の塔に求めるものではない。それにルナコードさえ保存していれば、【能力結晶】はいくらでも複製できるのだ。しかもルナコードは消耗しない。他所の大国がそれを保持していないとは考えづらいのだ。


〈理解しました~。確かに~、必要ですね~。というかだからヒサカさんはこの案件が最初に出たとき慎重になってたんですか~〉

「そういうことだ。解呪の技術が他国に対する交渉カードになるかもっては思ってたが、それだけだと少し弱いと思ってたしな。最悪俺の眷属を疫病みたいに振りまくことになると思ってたから、その代替ができるかもって渡りに船だったんだ」


 割と実験体として増やしてはいるが、正味の所を言えば自分の眷属を作るのは気が進まない。血族をインスタントに増やすみたいで気持ちが悪いのだ。実験体は死ぬか解呪するという結末が見えているから作っているが、そうでないなら極力避けたい。


「それに、やっぱり文化は欲しい。この前の行楽でつくづく思った。自分で娯楽を創出しようとするのって、マッチポンプ感が強くて虚しい。ごくたまにでいいから、気分転換できるような文明文化がほしい」


 退廃に耽溺するだけの未来は、やはり追い求める物ではないと思うのだ。

 まあ実を言えば今後も『戦争状態』が続くのだと、ヒューリァに明示したかったというのもあるのだが。


 ゆっくりでいいのだ。彼女にこびり付いたそれが雪がれるまでは。


「でも、わざわざ自分たちで国を作る必要って、ある?」


 ヒューリァは納得できないらしい。

 わからないでもない。全員が外見的に完全なヒト型に戻れるのであれば、あえて自分たちで国を作る必要性がないというのだろう。


「社会っていうのは、根本的に理不尽だ。どれだけ完成されていようとも、それは変わらない。異文化から来た俺たちは特にそれに気付きやすい。そんなものに帰属して、力を隠したままで生活するなんてことは難しい。はっきり不可能だと断言できるくらいだ。いざ不可避で我慢しようのないそれに直面したとき、その国を滅ぼすってことに結局なる。だからどこか人里から離れたところで自給自足するっていうのでなければ、自分で国を作るしかない」


〈自給自足するなら別に現状と何も変わりませんからね~……。それくらいならダークエルフを倒した後~、ヒサカさんに群発火山を作ってもらったほうがいいことになります~〉


「そう、だよね……。うん、わかってたんだけど。なんかひさかにそういうの、似合わない気がしただけ」


 まあ自分でも魔王とか柄ではないという気がしている。だから最終的には隠棲ライフに繋げるつもりなのだが、そのスケープゴート予定のミリスの前では言えないという話であった。


〈そ~ですか~? ヒサカさん、王様とか似合うと思いますけど~〉

「どこが?」

 王様とかはっきり口に出されてぞわっと肌が粟立つ。


〈少なくとも能力面では文句付けようがありませんし~、なんだかんだで優しいですからね~〉


 飛逆が優しいのは準・身内までだ。だが自国民となれば準々・身内くらいにはなるかもしれないので、正直自分でもその立場になればどうなるのかわからない。そもそも飛逆の『優しさ』は一般的な意味での『優しさ』では決してありえない。


「言っておくが、俺はシステム面の構築をしたら自分が王とかにならないように仕向けるぞ。ゾッラを王族に仕立てて宗教国家にすることすら考えてるくらいだ」


 本当に次善の考えとして持っている。


〈え? ヒサカさん、ゾッラを娶るつもりだったんですかっ!?〉

「ねぇ、燃やすよ? 本当に……」


 こいつは何を言っているのだろう、と飛逆がミリスの発言を咀嚼できないでいると、どうやらわかっているらしいヒューリァが割と本気の殺気をミリスに放つ。

 それでようやくミリスが何を言っているのか察することができた。


 つまりは『英雄色を好む』ということで、将来的に飛逆は自分ミリスを含めた複数の妻を娶っているはずだから、『王様』らしいことではないかと言っていたのだ、最初から。というかミリスは飛逆が王とかになる気がないことをわかっていながら、そうあってほしいという願望を話していたのである。


「王に妻が複数いるのが当たり前なのは後継を絶やさないためだろうが。どのパターンになっても存続を心配する意味がないし、仮に俺が王になっても妻はヒューリァだけでいい」

〈ふふっふ~。でもヒサカさん、ヒューリァさんを王妃にはしないですよね~〉


 ミリスはヒューリァが本気で殺気を放っているというのに図太くも言う。まあなんか繭が揺れているので相当無理をしていると思うが。


 ヒューリァも、ミリスのその発言が気になっているらしく、ミリスを燃やすのを思い留まっている。飛逆がはっきり彼女を『妻』だと発言したせいもあるかもしれない。


「確かに、仮にそうなっても王妃として表に出すことはしないだろうな」

 溜息を一つ落として、肯定する。

 それは決してヒューリァを正妻にしたくないというわけではなく。


〈ですよね~。わざわざ仕事とヘイト集まりやすいだけでさほど旨味のないポジションには~、ヒューリァさんを一番大事にしているからこそ~、置かないわけで~。でも曲がりなりにも国家を運営する立場ですよ~? 諸外国の王侯貴族の姫君なんかを政略結婚という形で人質に取らなければならなくなったりすることもあるかもしれません~。そうすると正妻といったポジションは予め埋めておかなきゃ色々面倒ですから~、合理的なヒサカさんは『誰か』をそこに置きますよね~?〉


 その『誰か』は自分だと、あからさまなまでにミリスは暗示していた。あくまでも形式でしかないそれでいいのか、と疑問はあるが、どうせ色々と考えているのだろう。


「よしわかった。絶対俺は王にならん」


 ミリスの言うことが正しいからこそ、飛逆は決意した。

 この世界の人類を絶滅させるか、もしくは全世界を支配するつもりでもない限り、諸外国との外交は避けられない。ミリスの未来予想図はかなりぶっとんでいるものの、決してありえない話ではなかった。


〈まぁ、いずれにせよ大分先の話です~〉


 いずれはそうなると確信しているかのように、ミリスは余裕で飛逆の決意を受け流した。


「……そうだったな。まだ目先の問題が一つも片付いてないんだった」


 溜息混じりに話がズレていることを認めながら、どういう感情を抱いて良いのかわからないというように、微妙な顔をするヒューリァを抱き寄せて、ゆっくり頭を撫でる。


 ヒューリァがミリスの前で不安そうな様子を見せるのは珍しい。これで安心させられたとまでは思わないが、少しは落ち着いてくれるといいのだが。なんかもう厄介だから殺しちゃいたいな的なミリスへの殺気が漏れてますよヒューリァ先生。


「話を盛大にズラしてしまったことだし、一旦お茶でも淹れて休憩するか」


〈お茶請けっ!〉

「ケーキ!?」


 この女どもの甘い物への渇望は一体どこからもたらされるものなのか。体に栄養を溜め込む本能が備わっている彼女たちは中性脂肪として溜まりやすい糖質をひたすら求めるようにできているという理屈は知っているが、お前ら怪物だろ、と言いたくなるのである。怪物でも食べれば脂肪を溜め込めるのか、検証していないのではっきりとはわからないわけだが。


 喝采を上げるミリスは置いておいて、ヒューリァは目をキラキラさせている。先刻までの複雑な色はそこに欠片も残っていない。


「いや、まあ。教えるって約束したしな。とりあえず、作ってるところを見てみるか?」


 本当は文字通りお茶しか用意する気の無かった飛逆は、けれど作るしかないようだと観念して言った。


「うん、うんっ」


 この娘誰? と一瞬、思ってしまった。




〓〓 † ◇ † 〓〓




 試作品として作ったタルトの生地が余っていたのでチーズタルトを作ってお茶にする。

 なんかヒューリァはまた感激していた。スイーツに色々な種類があるということにも感動しているようだ。

 やはり本能なのだろうか? 元々肉食傾向にあるヒューリァがそこまで甘い物に執着するというのに違和感がある。実際ただの果物とかにはそれほど食指が伸びないようなのだ。どうも彼女の中で甘い物に関して思い出補正が掛かっている気がしてならない。

 飛逆にとってはどうでもよくないが、重要ではない話だ。食べ過ぎないようにだけ注意していればいいだろう。


 自分の分の一切れを片付けて、切り替える。


「さて、話を戻して、ヒトの【魂】だけじゃなく、『意思』を強化する方法を考えようか」

〈こうして聞くと~、雲を掴むみたいな感じですね~。実際にヒサカさんがそれらしいのを観測できる【魂】はともかく~、『意思』とか~〉

「今更だ」


 それに普通は逆のほうが『それはともかく』と言われるべきではなかろうか。まあどっちもどっちで普通ではないのに違いないが。


〈まあ順当なところで考えれば~、ヒサカさんが言っていたように~、『体はある』んですよね~。意思がどこにあるのかっていうのは~、諸説ありますが~、少なくとも脳、あるいは神経、はたまた体全体がその活動に関与していることは間違いありません~〉

「つまり、純粋な精気を送り込むだけじゃなく、ヒトの体を狙って修復、あるいは補完してやることが必要ってことか」


 物理的な切断の後に修復するのでは手遅れだとわかっているので、あくまでも眷属化した状態でそれを行わなくてはならない。


〈『修復』の【能力結晶】を使えばいいのかもしれませんが~、『修復』の機序もいまいち不明なところがあります~。部位欠損を修復できたこともあれば~、できなかったりもしたり~〉

「【能力】だからな。使い手の腕に依るんだろう」

〈ワタシも最初はそう思いましたが~、むしろ相手側に依る可能性を示唆する症例がいくつかあったんですよ~。部位欠損を修復した前例のある使い手が他のヒト相手にはできなかったとか~。事が事だけに症例自体が少ないし実験検証もされていないので~、確かではありません~。けどそれが正しい場合~、サンプルとなるヒトの確固たるイメージがないとそもそも修復が上手く働かない可能性が大きくなります~。つまり問題が同じところに帰結してしまうんですね~。下手をしたら~、神樹部分が麻痺毒を解毒するだけの結果に終わりそうで迂闊に試せませんし~。解呪の段階に来たらやっぱり拮抗障害が起きるでしょうし~〉

「結構深く抉れててしかも焼いてしまってその挙げ句に気絶していたヒューリァにはきちんと効いたけどな?」


 疵痕も残らないキレイなものだ。何度も見ているので間違いない。


〈そういう例もあるので~、だからいまいち判然としないんです~。疵痕が残った例もあったり~、近い位置でそれよりも深い傷だったのに残らなかったり~〉

「まあなあ。修復ってその対象の特定の時間を再現するってイメージだよな。それは時空間干渉能力のカテゴリだ。そうじゃなければある意味では対象の創造に近い。新しくその部位を作って癒着させているって可能性も考えられる」


〈時空間干渉能力~というか……サイコメトリーに近いって可能性もありますよ~。対象の記憶を読み取って~、それを再現する~っていう。創造というより複製ですか~。定着率の差は対象と施術者との相性であるとか~、もしくは時間経過ですね~。どの時点を読み取るのかコントロールできない~、とか~〉

「物に宿る記憶を読み取って、か……そういや『修復』の主な使われ方って実は治療よりも武具のメンテナンスなんじゃないかって思ったことがあったな」


 長い間塔の中に潜っていられるのだから最初は彼らの中に鍛冶職人がいるものだと思っていたのだが、どうしても摩耗する装備を『修復』という【能力】で彼らは解決しているのだった。割とどうでもいいことだったのでいちいち考察していなかったのだが。


〈まあ、トップランカークラスだと実際そうでしょうね~。全体からするとその用途の比率は小さかったでしょうけど~〉


 何せ『修復』は高いし、用途が他にある。とくれば普通に武具をメンテナンスに出したほうが効率面でいい。下位クラスならば余計にその傾向が強くなる。


「また話ズラしちまったな。結局、『修復』がどんな仕組みだったとしても、元々それが自分の【能力】でもない限り、コントロールは難しいだろ。サイコメトリー能力があれば一助にできそうではあるんだが……」


 体に宿る記憶を【魂】に転換させることを【神旭】で行う、などできそうな感触はある。

 けれど仮に【能力】として扱えるように連続インジェクトなどで研鑽するとしても、飛逆が【紅く古きもの】を今ほどに自在に操れるようになるまでの経緯を考えれば、途方もないと予想される。やってる時間もないし、誰にでも扱える技術の創出を目指しているのにそんな手間は掛けられない。案外トップランカーにはできるほど熟達している奴もいるかもしれないが、そもそもそれが叶ったところで解呪ができるとも限らないわけで。


「失敗するとわかっていても実験してみないと次の試行段階に進めないってか。思った以上に研究って厄介だ」

〈実は~、その『失敗するとわかっている実験をしてみないと次の段階にいけない』って段階に~、たった三回の試行で辿り着けたことが~、前例のない開発研究の進捗としては奇跡的なまでに順調なんですけどね~〉


 そういうものらしい。

 時々ミリスが元の世界で何をやっていたのか気になるところだが、そうした詮索はしないと決めている。


「じゃあまあ、とっとと神樹を取り除きたいから優先させてたけど、吸血鬼のほうを使い潰すつもりで色々試行してみるか」

〈ですね~。ヒューリァさんっていう前例がある分~、そっちのほうがやりやすそうです~〉


「……わたしは色々特殊なんだけど。自分で言うのもなんだけど」

 自分の話題が出てヒューリァは余韻から引き戻されたらしく、ちょっと不満げに言う。


 そっち方面の技術が最も発達しているのはおそらくヒューリァの出身世界だろう。けれど彼女自身は施術される側であったため、そうした技術的なことはごく断片的にしか把握していない。彼女が感覚的に『自分はこう違う』ということを理解しているだけでも儲け物である。


 そうだとしても、前例があるだけやりやすいし、何より飛逆は自分の眷属であるからして感覚的な吸血鬼への理解がある。問題はあくまで眷属部分への理解であって、ヒトの【魂】を増幅・強化ということへの理解ではないことなのだが。

 実際に殆ど手順を変えず(【能力結晶】を【言語基質体】にしてみた)に解呪を試してみたのだが、顕現直後の赤毛狼並みの精気を回収・封印することができたものの、残ったヒト部分は神樹のときよりも原型を留めていないという有様になった。


〈まぁ、やっぱり解呪の方法として方向性は間違っていないことは確かめられたと言えます、かね~。ついでにやっぱり拮抗障害であることも確かめられた~、と。【能力】の種類の問題じゃないんですね~〉


 元神樹と元吸血鬼の残骸を解析したミリスによる結論である。

 クリーチャーの腹の中を解析することは渋った癖に、ああいうのは平気ってどういうことなんだろうと多少疑問ではあったが、まあどうでもいい。


〈生きているのと死んでいるのとでは全然違いますよ~〉

 どうでもいいのに勝手に答えられた。フツーは逆では、とも思ったが面倒臭いのでつっこまない。


〈生きているほうが不気味じゃないですか~〉

 そういう奴もいるんだろうな、と思うだけである。何せ飛逆にはどっちも大差なく、気持ち悪いとも何とも思わない。


〈そういうヒト、いますよね~。感情を殺しているとか麻痺しているとかじゃなく~、そういうものなんだって自然と受け容れている、っていうか~。まるで自分を含めて生死は重要なことじゃないって言うみたいに~〉


 脱線が過ぎるな、と溜息を吐く。


〈そういうヒトのほうが他者との関係性を大事するから不思議なんですよね~。利害関係とか、そういうのでなく~、むしろそういうのは度外視して~。だからワタシも最初はそういうヒトは麻痺しているとか~、本当は傷付いているとか~って疑ってました~〉


 無視して次の試行へ移行した。


〈今でも疑問なんですよね~……〉


 そんな疑問に飛逆は答えられないのだから。




 『失敗するとわかっている実験』は結局六度行われた。

 もちろん無駄ではない。情報は蓄積されていき、問題点のブラッシュアップがされていく。


 そうして飛逆以外の二人が休憩することになり、その翌日まで飛逆は問題点の解決のためにサンプルを消費しない方法で試行を行う。

 彼女たちが目覚める頃に、解決案を練り上げて提出し、検討する。

 それを三度繰り返して、残りの吸血鬼サンプルが残り一体という頃に目処が立った。


「現状最もコントロールしやすい眷属である赤毛狼に、サンプルの怪物部分を選択的に殺して成り代わってもらう。【神旭】との合わせ技で行けば可能なはずだ。そして赤毛狼にヒトの機能を擬態させる」

〈なるほど~……すでに毒が効くという時点で優位性は明らかですし~。でも~、それだとワタシが怪物を抑制する能力を獲得することはできないってことに~〉

「というかひさかしかできない技術ってことにならない?」

「これができれば、ヒトの部分を強化する試行錯誤が簡単になる。俺のコマンドで赤毛狼を特定的に弱らせてヒトの部分が自分で拡大しようとする力に任せたり、そういうところを観察することでいずれその技術は手に入る……最終目標にはちょっと遠回りでズルい手法だけどな」

〈ズルい、というか邪道ですね~。問題の根本的な解明を避ける手段ですから~。ですが結果を得るためには有効です~。コンバータといい、ヒサカさんはそういう発想がすごいです~。皮肉とか嫌味とかではなく~、本気で~〉

「ボトムアップとトップダウン思考は両方同時に行えって兄上の教えだったんでな」

〈確かに~、普通はどっちかを偏重しますね~……。でも実際にそれができるのって、ワタシからするとどんだけ~ってレベルなんですが~〉


 ミリスは本気でおののいているらしいが、当の飛逆としては何がすごいのか、よくわからない。単に正道を行くことができないだけのような気がするのだ。


 ヒューリァは単に飛逆が何を言っているのかがわからないらしく、首を傾げている。思考方法とかいう観念的でありながら実践的な、ある種の『技術体系』があることをそもそも知らないためだろう。というかヒューリァはナチュラルにそうした斜め発想を体現しているタイプなので、わかりはずもない。天然とはそういうものだ。


 なんにせよ、反対意見はなかった。



 実際に試行してみたところ、不完全な形ではあるがそれは成功した。


 一番最後に回していた吸血鬼サンプル、つまり霧化トーリの誕生であった。


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