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7. がびょう

 飛逆に落ち度があったとすれば、少年のことをただのコソ泥だとしてそれ以上のことを考えようとしなかったことだろう。


 もう一歩踏み込んで、何故少年がコソ泥の真似をしたのか、という動機について考えれば、あるいは正解とまでは行かずとも、近いことを予想できたかも知れない。


 すなわち、『誰かのために仕方なく』という可能性だ。


 仲間がいるかもしれない可能性については考慮していたが、最も助力が必要なコソ泥を実行する際にいなかったことからあくまでも単独だと決めつけていた。地下室も、盗品を隠すための場所だと決めつけて、そこに潜伏している仲間がいるなどとは想像していなかった。


 だが、飛逆に甚大なダメージを与えた猫耳娘を観れば納得だ。彼女はとても連れて歩けるような風貌ではない。


 猫耳と言えば可愛らしいが、現実には虎のそれだ。


 白銀と漆黒の横縞コントラストの長い髪、同じ配色の体毛に覆われた手の甲からは鋭い爪が伸びており、そして暗闇で蛍光を発する紫瞳。


(……ヒューリァと……いや、俺たちと同類だ)

 直観する。彼女はきっと、自分たちと同じく別の世界からの来訪者だと。


 少年が彼女をコソ泥に連れて行かなかったのは、彼女と言葉が通じないからではないか。風貌はヒューリァと同じようにフードでも被せれば隠せる。それでどうやって少年に匿ってもらえたのかという疑問は残るが、言葉が通じないとしたらこれだけの運動能力を持つ彼女を泥棒に連れていなかったことに筋が通る。


「……ヒューリァ、彼女と知り合いだったりしないか?」


 激痛を意識から棚上げにして、冗談でも言うような口調でヒューリァに訊く。夥しい出血を僅かにでも抑えようと右肩を押さえながらのこの態度はいっそシュールだっただろうが。


 竜と虎という違いはあれ、飛逆の見立てでは彼女たちは同類だ。ヒューリァが【紅く古きもの】に蝕まれていたように、この虎娘もまた【何か】に侵されているのであろうと、そう想像するのは容易い。そしてそんな似たような存在の出身地が同じではないかというのは、そう見当を外した推測でもないだろう。


 というか実際、そうであって欲しかった。


 このダメージは拙い。とてもではないが戦えない。激しい運動をすれば失血死は数分後に確実に訪れる。血液凝固性ホルモン(アドレナリン)で抑えられる限度を超えている。だが【吸血】しなければ、動かなくても十数分後には同じ事でもある。だから都合のいいことを言わせてもらえば、ヒューリァと虎娘がまったく同じ境遇であり、むしろ進んで『喰わせて』もらえないかと思ったのだ。彼女に憑いているモノを喰えばまた暴走するだろうが、死ぬよりはマシだ。


 そんな希望を込めた質問は、しかしヒューリァに届いていなかった。


 痛みのせいで気を回すことができなかったが、ヒューリァはさっきからずっと何かブツブツと呟いていた。内容は、彼女の母国語のせいでいまいち不明だが、穏当な言葉ではないことはその顔が物語っている。一言で言って凄惨な顔だ。微妙に笑顔に見えなくもない引きつった顔。


 有り体に言って、ヒューリァはブチギレしていた。その主要な原因であるところの飛逆の様態を気に掛ける余裕さえ失っているようだ。


■■(コロす)ッ!! ――■■灰燼■(燃え尽きろ)ッ!!」

 飛逆を片手で支えながら咆吼のような怒声を上げたかと思うと、残りの片手が素早く空中に魔方陣を描く。


「――【轟炎華(ごうえんか)】ァ!!」

 そして今までと違い、ヒューリァはその魔方陣を掌に固定するのではなく、彼らに向かって投げつけた。


(ええっ!? 投げるとかできんのそれ!?)

 吃驚するところはそこでいいのだろうか。飛逆は失血のせいかちょっと頭がバグっていた。


 当然、そんな得体の知れない光る文様を虎娘が受けるはずがなく、少年を抱えて飛び退く。様子見のつもりか、それとも肩を脱臼している少年を抱えているためか、その速度は大したことはない。


 そして魔方陣が彼らのいた地面に着地する――業火が咲いた。


 その炎の華はそれなりの広さの庭の六分の一の面積を舐める範囲攻撃だ。


「フギャ――!」

 猫なのか虎なのかはっきりしてほしいと思わせる悲鳴を虎娘が上げる。少年を庇った虎娘はその背中に火が付いていた。衣服が燃えて、ダメージの程はともかく驚いたらしい。


 そしてヒューリァは容赦がない。今度は固定した魔方陣から次々と【焔珠】を撃ち出す。


 これは拙いとでも思ったのか、虎娘は少年を塀のほうに放り投げて、自分は逆方向に転がってついでに背中の火を消しながらそれらを避ける――が、ヒューリァは本当に容赦がなかった。


 虎娘が庇ったことで少年を彼女の弱点と見なしたのだろう。火弾の照準は少年を向いていた。


「|わたし■■痛■■《わたしの痛みを思い知れ》っ!!」


 なんとなくヒューリァの言っていることがわかるようになっている飛逆だが、この娘は何を言っているのだろうという疑問を抑えることができない。痛いのは怪我をした飛逆である。


 一際凄惨な笑みを浮かべたヒューリァは、これまでで最高の速度で連射――火弾を五連発。適度に照準を散らされたそれは、すべてが当たれば間違いなく少年を焼き尽くす――


 瞬間移動かと思えるほどの速さで虎娘が少年の前に辿り着き、その爪で周囲の風ごと切り裂いて火弾を掻き消していく。一発、二発、三――


「【轟炎華】」


 ヒューリァの容赦のなさは留まるところを知らなかった。


 いつの間に用意していたのか、ぽーい、という軽い感じで山なりに弧を描き、五発目の火弾の着弾の直後に合わせて魔方陣が虎娘の目の前に着地する。


 いつの間にも何も、飛逆を支えていたもう片方の手で、その準備はされていたのだ。虎娘たちからは死角のその手で放られたそれは、銃弾幕の最中に手榴弾を放り込まれるに等しい効果を発揮した。


 きっと、自らの非力を補うために小細工ばかりを弄する飛逆の影響を受けたのだろう。ヒューリァは飛逆と出遭った当初と比べて戦術を実に巧く組み立てていた。そして飛逆も、その意図を十全に汲んで、まるでヒューリァに支えられているような体を保ち、虎娘の目を暗ませた。



 ――轟、と。



 絶対に避けられないタイミングで業火が咲き誇るように開花する。炎の華が彼らの姿を覆い隠した。


 万が一超反応で虎娘が躱すことができたとしても、少年は確実に巻き込まれた。そして虎娘は少年を見捨てない。


 まあ、やってしまったものは仕方がないが、飛逆は困ったな、と今更のように思う。


 派手なことをやってしまって、もう隣家で騒ぎが起き始めている。更にはジクジクと蝕まれるような痛みを発する肩や頸椎、鎖骨と肋骨を癒す手段が無くなってしまった。この傷では逃げることもできず、ぶっちゃけ絶体絶命である。


 いや、まだわからない。あれしきで虎娘が死ぬとも思えない。この炎の中飛び出してこないということは、それなりにダメージを受けてくれているはずだった。できれば瀕死くらいであれば、【吸血】できる。


「――く、っぅ」

 ヒューリァが膝を突く。息が絶え絶えで、顔色も真っ青だ。


(まあ、どんなんであれ代償はあるわな……)


 どんなエネルギーを基にしているのかはわからないが、【古きものの理】を扱うには体力か精神力か、何かを消費しているのだろう。【轟炎華】はいかにも燃費が悪そうだし、連発と併用はかなりヒューリァの中の何かを消耗させることを飛逆に知らしめた。


 そしてもっと悪い予感がした。ヒューリァを労おうとする飛逆の動きが止まる。


(火勢が落ちるの、遅くないか?)

 そう直感すると同時、ぶわっ、と炎が舞い上がり、空に吸い込まれるようにして消える。


 その炎の下で顕わになった虎娘と少年は、あろうことか彼の肩以外は無傷。


「フゥゥゥゥ……!」

 明らかに人の範疇を超えた鋭く長大な牙を剥き出して唸り声を上げる虎娘は彼女の体毛を逆立てる青白い火花を纏っていた。


 どういう理屈なのか飛逆には見当の付けようもないが、虎娘が炎を遮断し、ついには何もない空中へと拡散させたことは事実だ。


(やばいな、ガチで詰んだ……)


 この事態を前に、ヒューリァは気丈に立ち上がり身構えるが、その消耗を隠せていない。突っ立っているだけでいずれ死ぬ飛逆も同様で、つまりは虎娘が一気呵成に攻撃をしてきたら、抵抗らしい抵抗もできずに殺される。


 こうなってしまえば、この街の治安機構がここに駆けつけてくることを祈るしかない。そうなれば、飛逆は間に合わないだろうが、ヒューリァだけなら生きる道もあるだろう。


 そう結論して、せめて時間を稼ごうとヒューリァを隠すように前に出る飛逆だが、


 前触れもなく、

 虎娘と飛逆たちのちょうど中間に、真っ黒な扉が出現した。


 考える前に体が動いていた。無事な左手でヒューリァの腕を掴むと、それこそ一気呵成に扉に突入する。


 あまりにも都合良く出現した『空間転移門』。


 それが本当に『都合良く』なのか、潜り抜ける瞬間、少しだけその疑問が脳裏をよぎった。


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