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67. 仕上げ .vs 飛逆 (下)

 戦場妖刀の握りを確かめてからヒューリァは、どこか困ったような顔で飛逆を窺う。

 こっちの準備はできているので、さっさとかかってきてくれたほうが助かるのだが。


 本来、飛逆に特定の構えの型はない。例外的に二刀を使うときにだけ、構えがある。

 順手順足にして足を前後に開き、腰を少し前に出して後ろ足をやや残し、脇差しを片手で正眼に構え、小太刀をだらりとぶら下げる。

 攻めるにも受けるにもこの構えだ。


 準備万端ということなのだが。


「えっと、ひさか。あの、わたし」

「いいから。どうせだったら勝負で勝って聞かせてくれた方がありがたみも増えるだろ?」

「というかなんか、わたし勝った方が気まずいっていうか」


 これでヒューリァが勝てばまるで『飛逆を本当はどう思っているのか』を言いたくないと言外に示すも同然だから、と言うのだろう。

 なるほど、確かにフェアじゃない。


 とりあえず構えを解いて、改めて考える。

 エロい方面の要求が頭に浮かんだが、なぜかこの方面、飛逆の知るステレオタイプからすると男女が逆転気味なので、これも同じことだろう。

 ヒューリァが勝てば拒んでいるみたいで積極的に勝ちに行けなくなる。

 イエス/ノー枕は意外と使いどころが難しいという話だが違う。


「というか、それどんな条件でも同じじゃないか?」

「言われてみればそうかも?」


 普段からお互いの要求を言葉で示してこなかったことの弊害がいかにも表れていた。


「というかヒューリァ、実は太刀にしなくてもいいんだろ?」


 我が儘を言いたかっただけだと見た。

 少なくとも半月刀に不満があるわけではない。


 飛逆の言えたことでもないが、ヒューリァはコミュニケーションが下手なのだ。

 つまりは構ってちゃんだけど素直に言い出すことができなかっただけなのだろう。


 言い当てていたようで、ヒューリァは少し頬を髪と同じ色に染めて視線を反らす。


「じゃ、こうしようか。もっとざっくばらんに、勝った方がなんでも言うことを聞くっていう賭けにして、勝利条件も相手から一本を取ったらに変える。武器はご自由に、ってことで」


 この条件だと【理】を封じる意味はない。毒は封じなければならないが、炎はお互いに効かないのだから。炎などは必ずしも直接中てるだけが使い道でもないから、この条件を入れれば接近戦が得意な飛逆との条件が五分になる。


 武器は刃引きして(飛逆がオーダーするだけでいい)、武器で有効な一撃を入れることができれば勝ちということにすればいい。


 体育会系コミュニケーションだ。

 仕合とか、飛逆も嫌いではない。


 昔はよくやったなぁ、としみじみと思い出すくらいだ。仕合ではなく死合だったが。血族の連中、一対一だと九割本気で殺しに来やがるのである。心臓や肝臓、脳などの即死的急所はさすがに避けていたが、他の内臓は何度か貫かれたり外気に曝露されたりしたものだ。【吸血】がなければ普通に死んでいる。今思えば【吸血】をする心理的抵抗を壊させるための追い込みだったのだとわかるが。

 懐かしい話だった。


 結局ヒューリァは半月刀に持ち替えて、念入りに自分の動きを確かめている。

 勝つ気だった。その瞳にはらんらんとした喜色が浮かんでいながらも真剣だ。


 なんでもという条件は彼女にとって魅力的だったらしい。「なんでも、なんでも……」とかぶつぶつ言っているのがちょっと怖い。


 フロックとかないように、飛逆も気を引き締める。


 六間ほどの間合いを広げて、開始の合図に、小さく爆発する炎を二人同時に放つ。

 ボクサーが最初にグローブを合わせるようなものだ。


 接触し、一瞬だけ炎がお互いの姿を見失わせ――


 今度こそ、仕合開始だった。


 ヒューリァは視界が遮られた一瞬の間に直線的に突っ込んできていた。

 逆袈裟に構えた半月刀を肩に担ぐようにして駆けてくる。あえて接近戦から入ろうというのだろう。――読めていた。


 飛逆はそれを確認してから自らも直線的にヒューリァに向かった。


「っ」

 ヒューリァが一瞬息を呑むのは、飛逆の動きが直線的にも関わらず、タイミングが掴めないためだ。その証拠にヒューリァの瞳の瞳孔は飛逆に焦点を合わせることができていない。

 上体をまるで上下させない。

 初動さえもヒューリァにはわからなかっただろう。


 飛逆は前後させた足を殆ど動かしてもいないのだ。

 内腿から腰にかけての筋肉だけを使って後ろ足で床を突っ張り、腰を前に出す力で、固定した身体全体を地面から引き抜くように引っ張る。いわゆる縮地とか呼ばれる歩法である。より正確には、足運びを隠せる袴がなくとも使えるように改良された縮地だ。

 本来は一間も潰せれば上出来という部類の技だが、今の飛逆の膂力でこれをやると五間の間合いでも、本気で距離が縮んだのではないかと思えるような錯覚を相手に抱かせる。見た目の運動法則を完全に裏切っているためだ。


 一体どんなタイミングで剣の間合いに入られたのかわからない。視角を広く取ることに特化していて、遠近感が特別優れているわけではないヒューリァには殊更に効いた。


 肉薄する。

 ヒューリァはまず自身の半月刀のアドバンテージを奪われた。飛逆の短い小太刀が最も有効な間合い。滑り込むように小太刀が彼女の肝臓の位置に――

 それでも彼女はさすがだ。身体を小さく折りたたむようにして腕を引きながら、半月刀を振り落としてくる――と同時、彼女のやや後ろの足下が爆発。

 半月刀の角速度が一瞬にして跳ね上がり、飛逆が脇差しで受けざるを得ないように追い込んだ。しかもヒューリァはその爆発に乗って縦に回転し、飛逆の脇差しに弾かれる力も加えて、飛逆の小太刀の間合いからも逃れる。


 身体のどこからでも炎を出せて、爆発を操れる彼女にとって足場がないことは不利な要素にならない。

 自転軸を空中で動かした彼女から有精神感応製の半月刀が縦横に薙ぎ振るわれ、その軌道上で小爆発が連続して巻き起こる。

 赤い光を撒き散らす爆発は、視界を遮りながら、爆風でお互いの間合いを広げる。


 爆風を切り裂き、突っ切って追い撃ちしてもよかったが、


「――この、天才め」


 得も言われぬ感情が、飛逆を満たし、足(というより腰)を止めた。

 口角が吊り上がる。


 一合で決めようと思っていたのだ。

 【理】があっても、それを有効に使えるようなタイミングではなかったはずだ。


 飛逆の縮地は完璧だった。それに嵌っていながら完全に防ぎきった。

 予め読まれていたのだ。縮地を見切られたわけではない。ただ飛逆が、ヒューリァの意識の外から肉薄してきたとき、どのようにして回避するかを、予め決めていたのに違いない。


 これだから訓練と言って侮れない。

 相手のことが知れているということは、それだけ戦い方に工夫が必要になるということなのだから。

 誰々ならこれくらいはやる。

 そんな漠然としたイメージだけでもこれほど違う。


 愉しい。


 なんだかんだでやっぱり飛逆は戦うことが――思考を燃やし、脳を焦がすことが好きなのだ――



 ヒューリァが炎の尾を引く半月刀を横薙ぎに振るい始めながら、迫る。


 それは正しい。面で対象を捉える彼女には相手の動きに合わせて刀を打ち込む技能はない。いわゆる当て勘がない。それならば、常に攻撃を始めていればいい。理論上は正しい。常に先手を取れば相手に合わせる必要がない。そして、爆発によって緩急を付けられる彼女ならばその理論は実践にも耐える。

 また、動き出しさえも読めない飛逆を相手にしては、間合いを広げすぎない方が戦術的にも正しい。


 もちろん飛逆はそれを、一刀で爆風を切り裂き、懐に入り込んで半月刀に鎬を中ててベクトルを逸らさせ、体勢を崩させてから一撃を入れようとする。


 二刀がある飛逆のほうが圧倒的に有利だが、ヒューリァは逸らされたベクトルに抗わず、刀に重心を預け、刀の遠心力であえて身体を泳がせてから、身体を畳むことで、回避し、加えて爆発によって速度を上げた回転によって半月刀を攻撃に対する攻撃として、間に合わせる。

 攻撃に刃筋を立てることなど彼女は一切考えていない。ただ中てることだけを狙っている。


 回転を止めるために床や壁に刃を誘導すると、刃が突き立った壁や地面を爆砕して、飛逆の攻撃のタイミングを悉くズラさせる。瓦礫の散弾はヒューリァもろとも容赦なく攻め立てる。


 はっきり言ってむちゃくちゃだ。こんな動き、戦い方、人にはできないし、あらゆる意味で耐えられない。

 あらゆる要素が合理を裏切り、裏返って合理的でさえある。

 曲がりなりにも戦法として成立して見えること自体が奇跡的だった。

 ヒューリァのそれは、自爆特攻を絶えず続けているも同然なのだから。


 むちゃくちゃな軌道は身体全体を振り回し、

 そのかかるGは、

 人ならば手足が鬱血から麻痺して、

 脳から血が失せて失神を招き、

 内蔵が捻れる激痛に悶絶してしまうほどのそれ。


 刃筋を立てない攻撃はただ接触するだけでも、

 手首の骨が外れ、

 筋が伸びきり、

 関節が砕け、

 橈骨や尺骨を斜めに割ってしまうほどの反作用を彼女に与えている。


 竜人であったときの経験があったとしても、吸血鬼としては成り立ての彼女が、どんな神経をしていればこんなことを実行に移せるのか、そもそも思い付けるのか。


 やはり彼女はイカれている。


 彼女の特異性は異能を操ることでも、身体が怪物となったことでもない。

 その精神性だ。


 人外からも外れた、そのこころの在り方だ。


 怪物であったとしても異常としか言えない。



 ――なんて、美しい有様か。



 壊れた飛逆の琴線に響く音色を纏い、彼女は踊る。

 こころを打たれて飛逆はますます笑った。



 剣戟が何百合と鎬を合わせ、火花が散り、爆風で舞った。

 ヒューリァの顔に苦渋が滲む。

 おそらくもう勘付いているのだろう。

 飛逆は引き延ばしていた。

 もう何度か、仕留められるタイミングを見つけては見逃していた。

 余裕があるからではない。余裕がないこの戦いを愉しんでいた。


 飛逆がヒューリァの罠を描くことを阻害するのと同様に、ヒューリァも飛逆の震脚を初めとした体術技を封じるように動いている。だからその意味でもイーブンだ。

 あえてその動きに乗っているという意味で、体術を主体にすればとっくに勝負は決しているという部分に目を瞑れば、同条件だ。

 飛逆にとって武器はどこまで行っても補助なのである。


 ヒューリァにはそれが余裕であるように見える。言い方を悪くすれば、遊ばれているように思えているのだろう。


 実際遊んでいるから誤解ではない。

 ただし、真剣に、遊んでいるのだ。


 その真剣さがヒューリァにはわからないのかもしれない。わからないのだろう。性別の差だろうか。別にわかってもらわなくてもいいけれど。


 業を煮やしたというように彼女は一際強く撃ち込み、その反作用で大きく間合いを広げた。


 飛逆は追わない。遊んでいるからだ。


「ひさか、愉しそうだね」

「そういうヒューリァは……よくわからんな。どうなんだ?」


 ヒューリァは取り立てて悔しそうにしているわけでもなく、かといって愉しそうでもなく、強いて言うなら寂しそうな顔をしていた。


「ひさかと同じモノになれば、同じものが見えるかなってちょっと、期待してた」

「そうか」

 そういうことだったらしい。


 そしてその期待は外れた、と。飛逆が味わっている愉しみを、ヒューリァは共感できないことを確かめた。


「同じものを見たいっていう願望からして、俺には理解できないからな。そういうもんじゃないのか?」


 たとえ恋人だろうとなんだろうと、見え方が違って当然で、むしろそれを尊ぶべきだとばかり思っていた。


 それにそれは、【魂】を取り込んでさえ不可能なことだ。

 たかが同属になったくらいでそれが果たせるわけもない。


「ひさかのこと、好きなんだけど」

「うん」

「好きなことが、恐い」

「うん?」

「早く安心したいって、思っちゃう。恐いから、同じになりたくて、なったらそこが終着点って、そこで安心できるって……ごめん。言葉、わたしあんまり上手くないから」

「ふむ」

 わかるようなわからないような。


 『飛逆のことを本当はどう思っているか』という質問への回答なのだとは、すぐに理解したが。


 ゴールが欲しいということなのかもしれない。たとえばそれは、婚姻といった一つの終着点だ。そこからまた始まるものでもあるらしいし、絶対に壊れないものでもないが。

 そもそも社会的保障、契約の一種であるそれは、飛逆たち怪物には関係のないものだ。


 変化のない関係なんてものは存在しない。お互いが努力して、変化がないように見せかけている、そんな関係ならあるかもしれないが。


 いつかは終わってしまう好きという感情を、留めておきたい。好きという感情が嘘になってしまう日が来る前に、決着したい。そんな一見すると相矛盾する感情の発露が、ヒューリァの場合『飛逆との同化』だった、ということなのだろうか。


 正直、自分なりの言葉に敷衍してもさっぱりわからない。

 言葉にできているかも疑問だ。



 ちりちりと音を立てる火の粉が、めちゃくちゃな気流に乗って舞う中で、しばらく二人分の沈黙があった。


 ヒューリァは言葉を探して、やがてそれを諦めたようにかぶりを振る。

 チキ、と。ヒューリァは改めて構えて半月刀で音を鳴らす。


「わたし、勝ちたいな。なんでもしてもらうって言っても、何してもらいたいのか自分でわかんないけど。その権利が、その約束が、欲しいの」


「そっか」

 どんな動機でも、真剣に勝ちに来てくれるというのであれば、飛逆に文句はない。


 たとえば負けた方が、彼女を安心させることができるということがわかったとしても、飛逆は彼女を阻む。


 手を抜かれて約束(それ)を手に入れても、彼女は安心できないだろうという見通しもある。


 ただ、遊びは全力で勝ちに行かなければ、愉しくないだろう?



 精気を視覚化する。

 ヒューリァへの『手加減』の一つだ。それを解禁する。


 これはある種の反則だ。

 飛逆に膂力で劣り、近接戦での技術で劣るヒューリァが、飛逆を追い詰めうる強みである【理】の、その使用のタイミングを、視ることができるからだ。

 しかも、これまで彼女の戦闘訓練を観ていた上に、赤毛狼の情報蓄積を取り込んだ飛逆には、彼女が『どんな』術を使うかまで見切れてしまう。


 どのタイミングでどんな術を使うのか、それを見破られてしまうことがどれほど彼女に劣勢を強いるか、わかっていたから封印していた。



 飛逆の纏う雰囲気が変わったことを見て取ったか、ヒューリァはひるんだように軽く顎を引き、けれど負けじと構えをやや前傾にする。


 こちらがどうであれ、ヒューリァにはとにかく速く、とにかく強く打ち込むしか戦法がない。


 合図も何もなく、剣戟の舞が再開される。全身の術式を発火させてのそれは先ほどの比ではない勢いだ。

 見えていても、読めていても、確実には対処(カウンター)できないほどの。


 まだ引き延ばしたい飛逆はためらって、僅かな隙には踏み込まない。


 連続しすぎた剣合の音はもはや一つの低周波だ。まるで地獄の蓋が開いたような唸り声となって壁や地面を震わせる。


 飛逆が軽く踏み込むだけで、砂煙が舞い、炎を浴びて爆発し、

 ヒューリァが回転する度に巻かれた火花が竜巻のように舞い上がる。


 明らかに偶然だが、最早飛逆たちの体重ではその上昇気流の中で足を床に着けていられなくなった。


 こうなるとヒューリァのほうが有利だ。元々彼女の動きは足場に依存していない。

 その有利を見て、ヒューリァは打ち落とす攻撃をなるべくやめて横から下からの剣戟を基本にしてくる。


 剣戟の度に飛逆の身体が泳ぐ。

 ヒューリァの剣戟を逸らすのも、勢いが不十分であり、確実に押していた飛逆がむしろやや劣勢に追い込まれた。風の流れに乗ろうにも、内部で爆発が起き続けるこの環境では予測は実質不可能だ。演算をそれのみにかまければ不可能ではないだろうが、彼女の攻撃を凌ぎながらでは、まず無理。


 これまでは一刀で充分受け流せていたのが、二刀を使って、時にはまともに受けざるを得なくなる。一撃の威力は、武器の性質もあって、ヒューリァのほうが上なのだ。


「――ハハッ!」


 ついに笑声が漏れた。愉しすぎて。

 ヒューリァはそれを仕方なさ気に、少し呆れたような、それでいて嬉しそうな顔で見る。

 複雑なのだ。複雑なのだろう。

 飛逆は愉しい。ヒューリァは愉しくはないが、愉しませていることが嬉しい。

 伝わるように、交差して、交流した。

 それも一瞬。視線がかち合ったのはその一瞬だけだった。

 後は視線ではなく、剣戟で語る。


 二人は脇目も振らず死力を振り絞る――


 赤い竜巻の中で二人は絶え間なく衝突する。


 剣戟を合わせることでの姿勢の制御を覚えた飛逆とヒューリァの趨勢は再び均衡していた。


 けれどじきに終わりが見えている。

 寂しいことだが。

 ヒューリァの精気が枯渇しかけている。

 ここまで保っただけでも驚異的ではあるが。

 こんな駆動を続けていれば必然的な結末だった。

 だけどやっぱり、そんなつまらない決着は御免だ。


 一刀でヒューリァの身体を大きく受け流し、残る一刀で爆風を切り裂き、風の環流を断ち切った。

 嘘みたいに二人を捕らえていた風がそのベクトルを千々に散らして、二人は慣性と重力に従って離れた位置に着地する。

 できそうだと思ってやったが、できてしまったことに自分で驚く。

 風って斬れるんだな、と。

 どうでもいい感慨だった。


 すっかりズタボロの床に降り立った飛逆は、ヒューリァと改めて向き合う。

 ヒューリァは自分の状態も、飛逆がもうこれでお仕舞いにするつもりだということも、正確に把握していた。


 それでも彼女は息を乱すようなことはせず、

 肩に半月刀を担ぎ、身体を引き絞って、もはや残りのすべてをその一撃に注ぎ込むつもりだった。それを隠すつもりもない。


 最早スピードでは決められない。ヒューリァの限界速度を飛逆は凌ぎきった。この上多少の速度を乗せたところで飛逆には入らない。

 だから後は、威力と、それを完全に発揮できる(タイミング)だけが、彼女が勝利に至る最後の手懸かりだ。

 見てから撃ち出したのではその機に間に合わず、かといって撃ち始めていても、飛逆に見切られる。


 ではどうするつもりか。

 知れている。

 ヒューリァは瞼を降ろした。

 見ないつもりだ。自分の中のイメージだけで、そのシビアな機を創り出すつもりだ。


 心眼などではない。

 視覚のような余分な情報を遮断し、それどころか五感さえも外界に対して閉ざし、内側だけで完結させて、自分の中にあるイメージだけで、飛逆の動きを読み、自らの動きを決定する。


 盛大に外してお終いかもしれない。

 むしろその公算が高いだろう。

 いくらヒューリァが天才だからといって、そう来るとわかっている飛逆が読み通りに動くはずがない。

 そこは飛逆も真剣だからだ。

 真剣に遊び、勝ちに来ているのだから。

 あえて彼女のその特攻に付き合ったとしても、そのタイミングまでを合わせるつもりはない。



 呼吸が必要でない二人の沈黙の対峙は本当に静かだった。

 呼吸で機を悟られてはならない。

 それくらい徹底して、二人は機を窺っていた。


 飛逆はあくまでも周囲の環境を含めた彼女の様子からそれを窺い、ヒューリァは自己のイメージでそれを描く。


 噛み合うはずもないそのタイミングは、けれど同時だった。


 あえてヒューリァは爆発から入らず、ただ直線的に飛逆に向かい、


 飛逆はあえて直線ではなく回り込む軌道を駆けたが――


 その飛逆に直線的に向かってくるヒューリァの姿に、口角を吊り上げた。


 それは初めから。

 ヒューリァは迂回を選んだ飛逆にまっすぐ、方向転換などせずに駆けた。


 読まれたことが嬉しいというこの感情は、果たして彼女が自分をよく理解していると感じたからか、それとも彼女のイメージ力がやはり桁外れであることを喜んでいるのか。


 飛逆自身にもわからない。



 一瞬よりも短い刹那、交差した。


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