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66. 仕上げ .vs 飛逆 (上)

 なんでミリスを呼ばなかったのか、という疑問をようやくヒューリァが口にした。

 モモコが戻ってくるはずの予定日まで残り約二十時間ほどのときのことだ。


 この頃にはもう大方の準備は済んでいる。

 もちろんヒューリァの下着も、その上に着るための服も、完成している。


 ちなみに素材は大分反則的なものだ。

 使った生地は、布のようでいて、布ではない。最初は機織を作って生地を織ろうと思っていたのだが、ふと思い立った飛逆は、赤毛狼の、自体の分子配列を操る能力を使って一枚の膜を作ってしまうことにした。織機を設計するのが面倒だったためだ。

 単分子膜だ。おそろしく薄い。当然、シースルーである。しかしなぜかかなり強靱だ。肌触りも悪くない。三層ほど重ねて結合させ(3分子膜?)、少しは厚みを持たせたが、それでもシースルーである。赤の色つきシースルーは、十層にしても大して透過性は変わらなかったので、諦めた。あまり重ねすぎると通気性が損なわれて蒸れるので、結局三層に抑えるしかなかったのだ。


 一応、こいつは拙いと思った飛逆は紡いでいた糸でレースを編んだのだが、それはもっと余計だったかもしれない。完成図を想像すると、なんだかものすごいことになっていそうで、飛逆は確かめていない。ヒューリァが着用しているところなどは以ての外、見ていない。

 というのもヒューリァは、見た目はともかく着心地などが大層気に入ってしまったらしい。ちっとも蒸れないし、重さはまったく感じず、それでいて安定した着心地であり、一度これを着用してしまうともう他は無理だとかなんとか、ジト目だった。


 もちろん服のほうはその反省を込めて、カップを作るのにも使った衝撃吸収剤(精神感応性高分子ゲル/ゾル)を単分子膜で包んだ生地で作った。少しだけ厚いが、見た目ほど重くもない。むしろこれも綿のように、あるいはそれよりも軽い。


 けれどこの生地で作った服も問題がないわけではない。


 この場合の問題は生地ではなく、仕立てをしたノムのほうだ。

 彼女は応用力がないわけではないのだが、創造性にやや欠ける。見たことのあるものしか作れないというわけだ。そのため服飾のレパートリーは多くない。


 結局、ヒューリァは以前の衣装から、デザインは色以外ほぼ変わらず、若干露出度が抑えられた程度だけが改善点となってしまった。その抑えられた部分というのも、かなり深いスリットから覗く太腿を半ばまで覆うニーハイソックス(ガーターではない)という、狙っているとしか思えないようなデザインである(おそらくミリス人形からゾッラを通じてノムに指示があったと思われる)。


 もちろん飛逆に女物の服を作れるようなセンスは備わっていない。加えて、シースルー生地を作った飛逆は、ヒューリァからこの方面で不信を買っていた。彼女はどうも、下着に関する知識がないため、飛逆に騙されているのではないかと疑っている節がある。


 騙しているのはどう考えてもミリスであって、飛逆には騙すメリットなどない、とはさすがに言い切れないので、誤解を解けずにいる。


 やっぱり見た目が可愛かったりエロかったりするほうが飛逆としても嬉しい気持ちがないわけでもない。だとしても疚しいところはない、はずだが。


 それにしてもミリスはどうしてヒューリァをエロカッコよくしたがるのだろうか。飛逆の元の世界で言えば同性にコスプレをさせたがる腐女子のような心理なのだとは思うのだが、もちろん飛逆にその気持ちがわかるわけがない。


 さておき、ヒューリァのミリスとの合流を果たさない理由への疑問だ。


 本人に直接聞けばいいと思うのだが、ヒューリァは基本的に『電話』が嫌いらしい。飛逆にも、自分が一緒にいるときはなるべくミリスに通じる腕輪から原結晶を取り外すようにしてほしいと言われているくらいだ。まあそれは別の理由もあると思うが。


「まあ、簡単に言えば、保険だな」

「保険?」

 ヒューリァは半月刀を馴らしのために素振りする腕を止めて、首を傾けながらこちらを振り返る。


「モモコが生きてるとして、しかも神樹の主と接触を果たせたとして……最悪の可能性はモモコがそいつに寝返ることだ」

「それって最悪?」

 眉をひそめて、大したことでもないではないかとヒューリァは切り捨てる。


「まあ、モモコが脅威にならない程度にこっちに戦力が備わってるから最悪ってほどの印象はないかもしれないが。

 だが忘れてるかも知れないが、モモコは暗殺特化型だぞ。気配遮断は今の俺でも直接視認以外では見破れない。取り付かれたらあの雷撃を防ぐ手立てもない。最低でも麻痺数秒だ。そして一撃必殺の爪戟。

 仮に複数相手でも、雷撃は周囲に波及するし、今でも敏捷は俺たちと同レベルだから雷撃にひるんだ隙に一瞬で離脱も可能。

 つまりヒットアンドアウェイをやられたら、今でも割と面倒な相手ってことだ。

 もともと真っ向から戦うタイプじゃないんだ。普通に戦っても強いから本人さえあんまり自覚してないみたいだけどな」


 なんというか、今回の被召喚者たちは軒並みそうなのだ。真っ向から敵に立ち向かうタイプではない。元竜人のヒューリァでさえも、その真価は目と耳を惑わせる爆炎を用いての立ち回りである。


 いやまあ、どんな能力でも効果的に立ち回ろうとするとそういう感じになるのだけど。


「神樹を招き入れる役をモモコにされるだけでも厄介だし、その混戦状態でモモコにそういう風に立ち回られたら、割と危ないぞ」


「そう言われてみると……確かにそうかも」

 納得した風情だが、改めて首を傾げる。

「でも、ってことは保険って、ミリスをその現場から遠ざけるためってこと?」


「それもある」

「他にもあるの? まあ、だよね。どっちにあの猫被り(モモコ)の転移門が繋がるかわかんないんだし。小賢しいミリスが、自分一人が襲撃される危険があるって状況を認めるはずないし」

 ヒューリァは根拠を指折り数えてその指を唇に当てて、他にあるかなと探すように少し上を向く。


 一応、この『飛逆とミリスのどちらに引き寄せられるか』については、検証してはいないが仮説がある。

 外にいる【全型】の位置と、内にいる【全型】との相対距離で決まるだろう。つまりたとえばモモコが転移門を、塔のあった場所である森から離れた位置で開けば、高い階層にいる飛逆のほうに繋がる。森の中心部に近ければ、低い階層にいるミリスに繋がる、というのが考えやすい。

 どちらになるかは、モモコの置かれた状況次第だということだ。


「あれ? でもそれって、もしミリスの方に繋がったら、あの猫被りが森の中から繋いだってことになるよね」


 気付かれてしまった。

 ピンチだ。ミリスの。


「それって、……あれ? なんかそっちのほうがミリス、危なくない?」

 モモコが寝返っている場合はもちろんのこと、寝返っているかどうかに関わらず、子神樹からの攻撃がミリスに及ぶ危険がある。


 つまるところミリスはそうした危険を承知の上でこうすることを決めたのだ。

 その理由に飛逆に貢献したいという気持ちがあるわけで。

 正直ミリスが本気を出したことをヒューリァが知ってどうなるのか、わからないのでなるべく悟らせたくない。とりあえず神樹を倒して、ある程度は落ち着くまでは。


「あれだ。ミリスは、俺が赤毛狼の能力を掌握したことで、自分の存在価値がなくなりそうだから、ここらで手柄を立てておきたいんだろ」

 その理由もあるはずなので、嘘は吐いていない。ミリスにしてはリスクマネジメントができていない判断だというところは無視したなら、妥当な推測ではある。


「つまり……ミリスは猫被りが寝返っていたら、倒すつもりってこと? 独りで?」

「俺には、寝返っているかどうか確かめたらすぐにこっちに避難してくるって言ってたけど」

 どうだろうか。どこまでやるつもりなのか。


 ヒューリァはふうん、と頷いてそれきり興味を失ったように素振りを再開する。

 握りと重心のバランスの要望を聞いて微調整していき(赤毛狼で作っているので、ある程度流動性があり、増殖も多少は可能なため、飛逆が命令(オーダー)するだけでいい)ヒューリァは満足したらしく、演舞のような型をやりはじめた。


(前から思ってたが、やっぱりヒューリァって中華な感じだよな……)


 名前はそれっぽくないが。旧ソビエト連邦辺りの血が混ざった中華人という感じといえばとてもしっくりくる。やっぱり名前はそれっぽくないが。

 微妙に中華っぽい衣装であるためか、余計にだった。というか半月刀が似合いそうだと思ったのは彼女にそれっぽいイメージを持っていたからだ。

 おそらくミリスも同じ見解から、あのようなデザインにしたのだと思われる。


 そういえばミリスの元の世界も、なんだか妙に飛逆の元の世界と近い感じがあるが、名前に和風イメージはない。けれど中華なイメージというのは飛逆と共通なわけで、色々と不思議なところがあった。


 まあ深く考えても益体のない事柄だ。


 思ったよりも早くに準備が整ったおかげで、色々と今までは余分として切り捨てていた部分が気になるようになっていた。


 その気分はヒューリァも共有するところなのか、演舞が終わったところを、飛逆の腰の物を気にし始めた。


「ひさかも武器使うの? なんていうか、変わった形だね……短いし……。というかその細さで頑丈さが充分っていうなら、わたしのももうちょっと細くしてもよかったんじゃない?」


 飛逆も自分で使う用に刀を用意している。

 といっても、いわゆる太刀ではなく、脇差しと小太刀だ。脇差しのほうが小太刀よりも長いので、メインは脇差しのほうである。両方とも鍔は用意していない。取り回しの良さを優先した結果だ。


 飛逆は両手利きだったが、現在は左手のほうが器用で勝る。右腕が【紅く古きもの】のそれに成り代わっているためだ。だから脇差しを左に構えて二刀流を気取ろうと思っている。


「まあ、俺は剣術とか本格的には知らないから適当なんだけどな」


 というか飛逆の家に伝わるそれは、どう考えても邪剣と呼ばれる類の術理ばかりである。脇差しと小太刀の二刀流という時点でそれは明らかだが。


「これにしたのも、扱い方を一番よく知っているのがこれだったっていうだけで……まあ、細いのもそれが理由。どんな刀でも使いこなせるような腕がないんだ」

 飛逆がこれまで、短剣などをあくまでも使い捨てのように、補助的な武器としてしか使わなかった理由である。使えなかったというのが実際のところなのだ。


「当然、頑丈さはそっちの半月刀のほうが上だし、威力もそっちのほうがあるぞ」

「今のひさかの力なら、重さとか関係なく使えそうなのに?」

 自分がそうだからかヒューリァは納得できないようだ。


「重さはどんな武器でも関係ある。切り返しを考えない使い方してるからな、ヒューリァは」

 回転による遠心力など、とにかく慣性を使ってベクトルの修正にかかる力を最小限の最大効率にする動きを多用するヒューリァは、たとえば振り落とした軌道をなぞるように振り上げる、というような動きでの重さの影響がどれほど大きいかあまり実感できないのだろう。


 それはそれで正しい使い方なので、文句の付け所はない。というか邪流の飛逆に付けられる文句などどこにもない。


「じゃあ、わたしのもそれにして」


なにが『じゃあ』なのかわからないが、ヒューリァはどことなく拗ねたような調子で要求してくる。


「あー……なんでだ?」


 重さをそのまま威力に換える動きを基本とするヒューリァには、どう考えても半月刀のほうが相性が良い。まあ、太刀というのも本来的にはそのような使い方なのだが。


 反りがついているのもそのためだ。巧く、引き斬れるように。包丁だって面に対して垂直平行よりも斜めに刃を入れるほうが切りやすいのと同じ理屈だ。

 繰り返すが、脇差しのほうが使いやすいという飛逆が邪道なのだ。


「だって」


 だからなにが『だって』なのか。

 さすがのヒューリァも、武器をおそろいにしたいとか思っているわけでもあるまいに。

 だとしたら、まあ、太刀の見た目が気に入ったとかなのかもしれない。半月刀を大太刀に変更しても威力的には大して変わらないのでそれでもいいのだが、問題は太刀の特性にある。


「ヒューリァがたとえば大太刀にしたとしても、俺でも一合でその太刀を折れると思うぞ?」


 それくらい、実際のところ太刀というのは使いづらいのだ。同素材、同性能の武器同士だと習熟の差がモロに出る。


「むぅ」

 不満そうだ。


「あー、もしかして俺が騙してるとか思ってるか?」

「えっと、そんなことないよ?」

 思ってるときの答え方だった。


 騙してもなんのメリットもないというのに。これについては本当に。


「ふむ。じゃ、賭けるか?」

「賭け?」

「純粋な強度って意味では同じくらいの太刀の試作品があるんだが、それをヒューリァが使って模擬戦をしようか。一合で折れたら君の負け。折れなかったら俺の勝ちってことで」


 飛逆も久しく得物を持っての戦闘を行っていない。少しくらいは馴らしをしたほうがいいだろう。


「それ、わたしに有利すぎない?」


 いくらなんでも一合はない、と思っているらしい。


「なんか、忘れられてる気がするんだが……俺は元々接近戦しかできないというか、対人格闘戦の方が得意なんだぞ?」


 もちろん投擲などの技術も修めているが。

 【吸血】を主眼に置いて鍛錬を詰んできた飛逆の技量がどちらに傾いているかなど言うまでもない。その戦術観に武器破壊が含まれていないはずがないではないか。

 怪物ばっかり相手にしてきたせいで(ギィは例外だ)、または【理】などに埋もれてしまっていて、本気で忘れられていそうで困る。


「【理】なしの君とやるんだったら、これくらいじゃないと賭けが成立しないだろ」

 無自覚に傲然と言い放つ。


「……何を賭けるの?」

「何をって、そりゃ君の武器をどれにするかを」


 そういう趣旨の話だったのだが。単純に飛逆は、危ないから彼女の武器を太刀にしたくないのだ。


「副賞とかは?」

「なんか欲しいのがあるのか?」


 なんだか妙な話になってきたが、賭けを言い出したのは飛逆なので、ヒューリァから条件を持ち出してきても強くは断れない。そうじゃないとフェアじゃないからだ。物を用意するのは飛逆ではあるが、それよりも意志を曲げろというのは、飛逆にとってそれくらいに重みがある。

 とはいえヒューリァが殊更賭けてまで求める物というのも思い付かない。


「ちがくて、ひさかは? わたしだけじゃない、勝って得するの」


 別にない、というかヒューリァが説得されてくれればそれは飛逆の得なのだが。


(でもこういうところなんだろうなぁ、ヒューリァがたびたび不安に思ってるのって)


 飛逆が彼女に積極的に何かを求めることがないから。だから自分自身が飛逆にとって本当に価値があるのか疑問を持ってしまう。


 もちろん飛逆は彼女から色々なものをもらっている気なのだが、それは形にしなければ伝わらないわけで。


「なら、君が俺を本当のところどう思ってるのか、俺が勝ったら教えてくれ」


 何気にはっきり言葉にして告白している飛逆に対し、実は一度も言葉をもらっていないのだ。

 言ってみて、悪くない取引に思えた。


 別に愛の言葉がほしいというわけではない。これまでの態度でそれが違うのだとしたら、女性不信から本気でハーレムとか作って間接的に女性に対して復讐を企てかねない。


 だから『本当のところはどう思っているのか』と。不安だとか不満だとか、口にしてくれれば飛逆だって考えるのだ。それが見当違いの結論やすれ違いを導くかも知れないにしても、行動からだけ推察するよりはずっと。


 ヒューリァはきょとんとする。


 ただしそれは意表を衝かれたからというより、自分の失敗を悟ったときの呆然に似ている気がする。


 そう見えただけかもしれないが。


 何にせよ赤毛狼に運んでこさせた戦場妖刀を、認証ブロックを破壊してからヒューリァに渡し、自分は二刀を鞘から抜いて構えた。


 模擬戦、開始である。

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