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64. ガチ生産

 どうせヒューリァは神樹との決戦に付いてこようとするだろう。


 だから飛逆は毒の組成パターンを組む傍ら、武具の作製を試みていた。


 実際のところ、毒の組成を編み出すのは、ほぼオートで可能だ。無意識の一角で、基本パターンからとにかく順繰りして、それをデバッガにかけていくだけでいいからだ。

 リソースはかなり食い潰されるが、今の回復率だと何も問題はない。


 念のため残量九割のラインで自転車操業だ。


 そしてそれを神樹の根に垂らして、効果が出たらそれを記録していく。

 その垂らす作業さえも、動脈に刺した採血針からチューブを通してパックに貯めて、それを点滴するというオートメーションである。

 異物に対して勝手に抵抗する飛逆の身体は血圧を異常に高めることでチューブを破裂させるということをしでかしたが、今や飛逆はその抵抗力をコントロールする術を(自爆しかけたときに)身に付けている。

 問題はなかった。


 効果がなかったり弱すぎたりした場合の血液パックは、飛逆に回収されるために戻ってきた赤毛狼に飲ませて処分している。

 彼らはさすがに飛逆の作った毒では死なない。デバッガが勝手にそのような毒にしてしまう。


 実際に活動している根に対して実験するのは、せめて有効パターンが五十を超えてからにすることを決めていた。神樹の根が耐性を付ける可能性があるためだ。

 それでもパターンが五十を超えていればまあ、順繰りで殺しきることができるだろう。


 そこで、待つしかない間にヒューリァの武具を作ろうということなのだ。


 【神旭】による疑似剣は、あれはあれで有効だが、彼女に負担が大きいという問題がある。燃費が悪いのだ。


 あの神樹の何が厄介かといえば、ひたすらにその物量と個々の頑丈さだ。つまり神樹に有効な攻撃を与え続けるために高出力を続けなければならない。すると普通に考えて、ヒューリァは飛逆より先にへばる。場合によっては神樹を倒す前にそうなってしまうわけで、節約と保険が必要となる。


 節約のために武器を。保険のために防具を。


 武器は半月刀でいいだろう。今の彼女の膂力ならば多少大きめでも使いこなせる。

 防具は、保留だ。動きを阻害しては元も子もないので少し考えなければ。


 そして武器には耐熱性と毒を付加したい。


 けれどここに問題がある。


 毒を付加するためには精神感応性の素材が必要だし、耐熱性を持たせるにも生半なそれでは意味がない。最低でも神樹のそれを上回る必要がある。

 飛逆が彼女の防具の必要性を感じる最たる理由はそれだ。飛逆たちの全力に、最早耐熱ローブの素材では耐えられない。


 耐熱性オリハルコン程度では、一回の使用で壊れるだろう。そもそもあれから精神感応性は失われている。


 つまりついに、【精神感応性合金】を、飛逆自身が生み出そうというのだ。それも、飛逆自身の熱耐性を付加できるようなそれを。


 精気を視覚化した上で、生のままのオリハルコンに精気を流し込みながら、視力をミクロ方面に最大限強化して観察してみたのだが、どうやら複数のレアメタルの展性や剛性、延性、果てには磁性の違いを上手い具合に利用して、原結晶を閉じ込めているようなのだ。


 おそらくこれは飛逆には未知の技術なのだが、その原結晶からは精気の九割が抜けている。本来なら合金にできない金属同士を融和させるためにそのエネルギーが用いられているようだ。

 反発する金属を結合させるための触媒として使われている、といえば少しはわかりやすいだろうか。


 つまり実質的に、オリハルコンとは原結晶の抜け殻なのだ。どんな奇跡的なバランスか、器だけが残っているような状態である。


 【能力結晶】を入れると、【能力】が書き込まれた精気がその抜け殻に流入する。そして操ろうとする意思がトリガーとなり、【能力】が発現される。

 これが精神感応性の正体だ。


 実際的なことを言えば、原結晶の抜け殻が精神を伝導しているのではなく、どんな意思(イメージ)にも染まる白精気とでも言うべきエネルギーを通して伝導しているわけだが、そこはまあ細かいことである。


 この理屈によって、飛逆が右手を使ってこねこねしたオリハルコンが熱耐性を付加され、そして精神感応性が失われた理由も見当が付く。


 右手を使うとどうしても特殊な炎が出るわけだが、この炎、ある意味で【能力】そのものだ。しかも限りなくエネルギーそのものにも近い。


 抜け殻である原結晶の中にその炎が宿ってしまい、空きがなくなってしまったのだろう。その炎は飛逆にとってはすでに『結果』であるため、他の意思を伝導しない。それどころかブロックしてしまうだろう。

 【紅く古きもの】は圧力に対して反射的に反発する穴熊のような性格なのだ。そりゃあ熱耐性も上がるし頑丈にもなるだろう。


 最初の頃は酸化だったり炭化だったり、逆に分子格子の中に炭素が足りなかったりといった理由なのかと思っていたが、そもそもレアメタルの殆どは原子構造的に非常に安定である場合が多く、滅多なことでは酸化しないし炭化もしない。

 唯一、格子中に炭素が足りない場合が捨てきれなかったが、これが実に面妖なことに、フラーレンっぽい分子(明らかにフラーレンより小さい分子だが)が元々混じっているようだ。


 何はともあれ、これでおよそ精神感応の原理は判明した。

 元々ただのオリハルコンでは役者が足りないところだったので、より強力な素材を生み出すために、この純粋な原理だけを流用したい。


 問題はこの奇跡的な構造バランスを崩さないようにアレンジすることは難しいというところだ。仮に素材が集まっても、ただ同じ配合にしたところでこの構造が実現可能かどうかさえも、かなり怪しい。


 そこで、ナノ単位で情報制御が可能な赤毛狼だ。


 赤毛狼の毒というのは詰まるところ、分子レベルで特定の形を当てはめて、その構造を作り替えたり、組織の性質に干渉してその効果を増やしたり、または減らしたりすることで効力を発揮するのだ。飛逆がここのところよく使っている溶解毒などは、実は、非常に細かい綿毛のような物質らしきモノを分子間に入り込ませてその結合を解くという、構造的には単純なものだったりする。


 さすがに素粒子レベルには干渉できないが(自身の霧粒状細胞同士を除く)、ナノ・ミクロレベルで物質の結合の制御を行うのに、これほど適した能力も他にない。


 原理さえわかっていれば、より頑丈な素材で精神感応性を再現できるかもしれない。

 


 まずは赤毛狼に金属や鉱石系のドロップ品をとにかく集めさせる。そしてそれらを新しく出した赤毛狼に、対象の性質を変化させないタイプの単純な溶解毒によって分解させ、それを彼らの細胞に摂りこませる。


 元々鉄分らしきモノを含んでいる赤毛狼は、どうやら金属系統の素材と親和性が強い。

 資材を取り込んだ彼らを圧縮・焼成することによってかなり頑丈な素材として使えることは、今飛逆が籠もっている実験室を作れたことで証明されている。


 問題があるとすれば、その体積に比して体重が少ない彼らからは中々充分な量の素材が採れないことだろうか。焼成して水分らしきモノを飛ばした後は余計にその重量は減る。

 まあ実験に使う分には一体当たりから採れる分量で充分だ。実際にヒューリァ用を作るのには三十体分くらいは使わなければいけなさそうだが。


 そして実際に試行してみたところ、精神感応性の再現は、笑えるほど簡単に実現できた――扱えるのは飛逆限定だったが。


 赤毛狼を素材にしているのだから、考えてみれば当たり前である。

 じゃじゃ馬の【紅く古きもの】と違って、元々彼らは飛逆の意思を反映するようにできているのだ。逆に言うと他人の意思は伝導不可能だ。ついでに言うと炎の発現もできない。

 この相性のおかげで伝導体の中に炎が宿ることが防げているのだから文句は言えないが。


 まあ、これはこれで使える。飛逆だって節約できるに越したことはない。鋳造製、しかし飛逆が使えば鍛造製を上回るというふざけた戦場妖刀を一振り作って、これは脇に置いておく。

 素材をより上位互換にするため、おそらくこれは使う機会はないだろう。だいたい、こんな芯鉄も柄も適当な刀など刀ではない。バランスが実際的に違うのだ。


 さておき、これで課題が明らかになった。


 予てより勘案していた、赤毛狼アカウントの共有化が実現できれば、新生【精神感応合金】も完成するというわけだ。とりあえずネオ・オリハルコン、略してネリコンとでも呼ぶか。なんだか語呂が悪いが。


 これに関して、ミリスも他人事ではない。


 耐熱性を付加できるようになった赤毛狼にミリスの髪を仕込めば、彼女の弱点を概ね覆い隠すことが出来るというメリットもあり、やはりやらない手はないのだ。


〈話聞いてて思ったんですけど~〉

 さっそく連絡を取ると、少し考える時間を置いてミリスは言う。

〈ヒサカさんの【吸血】って~、ある意味では~、アカウントの書き換えとか~、強奪っていう側面があるように思えるんですよね~〉


「……盲点だった」

 灯台下暗し。


 言われてみれば、そうなのだ。【魂】というものに個人認証があると仮定した場合、【吸血】はその認証を破壊/無効化して、自分のものとして上書きして取り込んでしまうというものであるという見方ができる。


〈ああいえ~、今考えただけで~、実際どうなのかはわかりませんが~〉


「いや、かなり可能性は高いと思う」


〈ですか~。

 それなら~、認証防壁を破壊するところまででどうにか止めてしまえば~、そこでワタシの操作を受け付けるように書き込めると思います~。

 その辺り~、ワタシの十八番ですからね~〉


「問題があるとすれば、怪物に対して俺が【吸血】をコントロールできないってところだな。すでに俺のアカウントになってるわけで、これは無視できる問題だとしても、自分で自分を【吸血】って、試そうと思ったこともないからなぁ……」


 元は自分の血液である赤毛狼は除いての話だが、彼らはコントロール云々以前にあまりにも簡単に回収されてしまうので、操作を受け付けるかどうかが怪しい。


〈何もヒサカさん自身がそうせずとも~、根本的なところ以外は割と自由度の高いアカゲロウちゃんに【吸血】の該当するコードを書き込めばいいと思います~。

 認証突破用とか~まさしくウィルスですね~。

 毒的な概念から逸脱しないので~、親和性も問題なさそうですし~、いつものアップデートと同じようにすればいいだけです~〉


「お前、本気だな」


〈本気と書いてマジです~。これに関して~、ワタシにメリットが多すぎるくらいなんですよ~。

 現状最も欲しかった~精神感応系素材の実現に~、

 ワタシ自身の戦闘力の獲得~、しかも得意分野です~。

 加えてヒサカさんに良いとこアピールまでできるんですから~、マジにもなりますよ~〉


「いや、というかヒューリァと研究はやってないのかってことなんだが」

 こっちに全力を傾けている余裕があるのか、という疑問だった。


〈やってませんよ~? 今ヒューリァさんと協力することって何かありましたっけ~?〉


「【神旭】とやらがそれ自体、怪物性の抑制、それに【魂】と【力】の転換に関わっているらしいこととか、色々あるだろう」

 ヒューリァの説明をなんとか噛み砕いたところ、飛逆はそんな推論を得ていた。これでも何を言っているのかわかりにくいが、適切な語彙がないのだ。


 それ以前にヒューリァはミリスと連絡を取っていなかったということが問題ではあるが、それはやっぱりと言えばそうだったので流した。最近は(とみ)にスルースキルが磨かれる機会が多いのでいちいち引っかかることもない。


〈それもまぁ~、精神感応系素材がないとどのみち進められませんし~、

 今思い付いたんですが~、ヒサカさんのその認証ブロック解除コードをその精神感応素材で再現すれば~、術式光の固有性を打破できると思います~。すると~、ワタシの髪でもっと直接的に術式光の解析ができますので~、やっぱりこっちが最優先ですね~〉


「なんか……怖くなるほど全部が連鎖的に解決しそうな勢いだな」


〈研究なんて一つブレイクスルーがあればそんなもんですよ~。そういうことでもなければ予算が最も多い最高学府より少ない予算でやってる学府のほうがより成果を出している~、なんてことにはなりません~。

 まあブレイクスルーを得るまでの試行数を確保するためにある程度以上の予算が必須なことはどこでも変わりませんが~〉


 だからネタがわからんというのに。あるいは飛逆が知らないだけかもしれないが。


 何はともあれ、飛逆は変性意識に入らなければならない。【吸血】の仕組みなど今まで深く掘り下げたことがなかったため、どうすればそのコードがわかるのか不明だ。少し深く潜らなければならないだろう。


 あるいは――それは兄が知っているかもしれない。


 けれど飛逆は、また自分でもコントロールできないあの不快感と違和感に直面することを恐れた。

 頻繁にあの領域を訪れれば、意識区画壁が脆くなる可能性だってある。


 色々と言い訳もできることだし、飛逆はそこを避けて通った。

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